64 プロローグ
私は監査をしに、工場へと急がなければならない。雪もちらついているし、このペースで車を走らせていたら、遅刻だろう。
「はぁ」と私は大きなため息をついて一度車を止めた。
なんだか、何かが、胸に、心に、引っ掛かっている。きっと原因はマカイラスだ。
私は車のエンジンを止めて、車の外へと出た。そして、車のタイヤを見る。。あぁ、やっぱり夏タイヤだ。巫女に異世界へと飛ばされた時と同じ、夏タイヤだ。
そういえば、こうやって車の外にいたとき、突然、雷がなって、私は神隠しにあったんだよなぁ、と思い出す。携帯の時刻で確認すると、地球時間ではまったく時間が進んでいない。だけど、体感時間では1ヶ月の時を過ごした。
濃い1ヶ月だった……。何だかんだで楽しかった。
ごろ、ごろろろろ
突然、頭上で大きな音がした。鋭い痛みが頭に走った。あ、渦雷からいだ。早く車の中に戻らなきゃ……。
・
目を開けると、真っ赤な鳥居の前に立っていた。え? 神社? え? またここ? って、またあの巫女の仕業?
「あ、こんにちは」と私の背後から声がした。
振り返ると、神社の巫女のような姿をした女性が立っていた。忘れもしない。あの、馬鹿巫女だ。そして、なぜ私はまたこの場所に来ているのだろうか? たしか、チュートリアル部屋だったかしら?
「あれ? どうしてまた私はここに?」
「やっとモニカさんを元の世界に送り返せたので、神隠しの練習の再会をしようと思って……。誰もいない場所でやったつもりなのに、なんでまたモニカさんがいるんですか!」
「って、まさか同じ場所で練習しようとしたの?」
「で、でも、モニカさんはとっくに工場に向かっているはずでした! しばらく誰もいないはずだったのに! あっ、さてはモニカさん、私に会いたかったんですね!」
「いや、できれば二度と会いたくなかったわよ」
「じゃあ、何故、またここに来ているのですか!」
「そんなの私が知りたいわよ! って……でも、そういえば、『日本海を中心に低気圧が急速に発達しながら北東に進んでおります。今日は全国的に大荒れの天気となり、暴風、暴風雪、高波、大雪に注意が必要です』っていう、お天気お姉さんの天気予報、最初に呼び出された時と、帰った時、2回同じのを聞いた気がするわね」
「え?」と巫女の顔が青くなる。
「私を元の世界に送り返す時間をミスしたのじゃない?」
「そんなはずはありません! プラスマイナス20分の精度で送り返したはずです」
プラスマイナス20分って、精度がどれほどなのか良く分からない。この巫女なら、プラスマイナス百年とかやりそうなので、20分ならまだマシな方なのかもしれない。
「で、神隠しってのの練習はどこでやったの?」
「前と同じ所で……」
いや、どうして同じ場所で神隠しの練習をしようと思ったのか……。もっと人気のない場所で練習したらよいのにと私は思う。
「たぶん、貴女が私を現実世界へ送る時間が少し巻き戻っていた。そしてまた貴女が同じタイミングで神隠しの練習をした。それで、また私が巻き込まれた?」
「おぉ! モニカさん! 宇宙の神秘を見事解き明かしましたね! きっとこれは神様の悪戯ってやつですね!」
「いや、貴女の失敗でしょ?」
「伝家の宝刀、ジャンピング土下座! ごめんなさい、ごめんなさい。貴女を手違いでまたこの世界に呼んでしまいました」と突然彼女は土下座をして頭を何度も上下させて謝罪をする。
私は、またこのパターンかと呆れる。
「って、また、巫女巫女ミュニケーションの求人広告欄を悪用して、自分のミスを隠そうとかしたってわけじゃないでしょうね! もう魔王討伐だなんて嫌だからね! ゴブリンに追い回されて、死ぬかと思ったんだから!」
「まさか! 私はそんな過ちを繰り返したりはしませんよ! 私も日々成長しているのです!」
いや、また私を間違って神隠しというか、誘拐してるじゃん……。
「で? また、元の世界に送り返してくれるの?」
「もちろんです! ですが、その前にモニカさん! 協力してください! 勝手に人を神隠ししたってことがばれたら不味いです!」
いや、またそのパターン?
「モニカさん! お願いします! 巫女巫女ミュニケーションの求人広告欄に載っている案件を達成するためにモニカさんをこの世界に呼んだということにしてください! 私が降格されてしまいます!」
「【魔王を倒す】とか、そんな危険なのは嫌だからね!」
「え? 協力してくれるのですか? お姉様!」と巫女は半泣きになりながら両手で祈るような姿勢と成っている。
「だから何が「お姉さま」よ! で、今度は何をすればいいの?」
「いま、巫女巫女ミュニケーションの求人広告欄は少ないです。【針を千本飲む(物理的に)】です」
「飲めるか!」
「あとは、【好きな人と幸せに暮らす】です。でも、モニカさんはこれは無理ですよね……」
「無理じゃないわよ!」
「じゃあ、この求人を受注します?」
「の、望むところよ!」
売り言葉に買い言葉ってやつかもしれないと頭の隅っこの冷静な私は思う。マカイラスは、私を見ているのではなくて、亡くなってしまったマカイラスの娘と私を重ねて見ている。すごく悲しかった。色々と面倒を見てくれたのは、娘の面影を感じたからなのだ。ただ、私の髪の毛が栗色で、そしてその髪の色が、マカイラスの娘と似ているだけだから。
「じゃあ、それで! では、行ってらっしゃい〜!!」
そして、突然、私の視界が変わった……。
・
「え? あっ。マカイラス?」
マカイラスは訓練で流れた汗を拭いているところだった。ギルドの裏の訓練場だ。トクソさんはいない。もしかしたら、この世界では時間はあまり流れていないのかもしれない。
「急に元の世界に帰るとか言い出して、そして消えたと思ったら、また現れてどうしたんだ? 忘れ物か?」
「違うわよ!」
「帰るの辞めたのか?」
「あなたを殴り忘れたと思ってね!」
「やっぱりこの前のこと、まだ根に持っていたんじゃねぇかよ。いいぞ。一発と言わず、好きなだけ殴れ」
「殴らないわよ!」
「じゃあ、なんなんだ?」
「私は、あなたの亡くなった娘さんじゃないんだからね!」
とりあえず言ってやった……。
「そんなことは分かってる。ギルドで最初に見た時はもしかしたらと思ったが、話せばそうじゃないことくらい分かる……って、モニカ、どうして泣いてるんだ?」
「どうしてだか私にも分からないわよ!」
「泣きながらどうして怒ってるんだよ?」
「この鈍感!」
「おいおい、どうしたんだよ、怒ったり、泣いたり……」
涙でぼやけたマカイラスは、どうやら困り顔をしている。どうやら私の惚れた男は、私の気持ちには気付いてくれないようだ。
どうしてだろう。どうして私はこんなに男運がないのだろう……。
「マカイラス、モニカ、話はまとまったか?」
トクソさんの声だった。ギルドの裏口から出てきたトクソさんは、エールを三杯抱えている。
「ん? 拗れたのか?」と、泣いている私と困り顔のマカイラスを見て言った。
「いや……。モニカが泣いたり怒ったりでよ……」
「トクソさん……。マカイラスが鈍感なんです……」
私とマカイラスは、お互いの状況をそれぞれトクソさんに伝える。
そして、お互いの言い分を聞いたトクソさんは、私とマカイラスに強引にエールの杯を渡した。
「お互い好き合っているのに、何を揉める? 春になれば花が咲き、小鳥が歌うのは当然のことだ。人間種はどうして、自然に逆らうのか……」
「トクソ、てめぇ! 男同士の秘密の話だろうが!」とマカイラスさんはトクソさんに対して怒り出す。
「とりあえず、乾杯だ。我々はよいパーティーになるし、お前達は良い夫婦になる。278年と、お前達よりも長く生きた俺が保証しよう」
そういって、強引にトクソさんは私が右手に持っていた杯とマカイラスが持っていた杯に半場強引に杯を合わせて、そして杯を口元で傾かせた。
「マカイラス……。どういうこと?」と私は尋ねる。
「さぁな。だが、パーティーのリーダーとして言わせてもらう。やはり、訓練を途中で放り出すのは認めない。俺が認めるまで、お前はこの世界にいろ! 分かったな? これはリーダー命令だ!」
パーティーのリーダーとして威厳を放ったつもりだが、顔を真っ赤にしているマカイラスには、あまり威厳が感じられない。
「訓練って、3ヶ月だったよね?」と私はマカイラスに尋ねる。たしか、旅を続けるのに支障がでないようにする訓練期間が3ヶ月だった。
「いや、3ヶ月だと足りないな。もっと、長くだ……。駄目だろうか?」
「じゃあ、末永く?」
「そんな感じだ」
「おい、お前等、そろそろお互いに乾杯したらどうだ?」と、トクソさんが言ったので、私とマカイラスはお互いの手に持っていたエールで乾杯をした。
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チュートリアル部屋。
「あ、あれ? あれ? どうして私は突然、見習い巫女から、正式な巫女へと昇格したのでしょう?」と、突然、自分が来ていた巫女服が、見習い巫女の衣装から、正式な巫女の衣装へと変化したことに巫女は驚いていた。
「よ、よく分かりませんが、やっと見習い巫女を卒業かぁ……長かった……。やっと【縁結び】の巫女と成れたのかぁ。とりあえず、「巫女巫女ミュニケーション」に事の顛末を書き込みして、どや顔しようっと!」
そう言って、見習い巫女改め、縁結びの巫女は、「巫女巫女ミュニケーション」に書き込みを始めるのであった。
誤字修正の見直しついでに、エピローグも追加してみました。




