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美しき雨の日に~A Beautiful Rainy Day  作者: 安堂登呂和
第一楽章:自立するふたり
9/9

第9話 2020年9月2日:美雨の告白

律の熱愛報道は過熱し、美雨は精神を削られる毎日。

そんな時、律には小山田が、美雨には麻衣やメンバーが道を示す。

美雨は自分の気持ちを届けられるのか?

(ああ、いったい何がどうなったら、こんなことになっちゃうんだろうなぁ……)


 僕、高野律たかの・りつは、麻衣さんから連れられて来た“隠れ家”で、週刊誌を読みながらため息を吐く。


 僕の目の前には、


『国民的若手女優・冨山はるか、熱愛を激白!

“結婚を前提”事務所社長も祝福!』


 ……とんでもない見出しが躍っている。


(この記事を見て、美雨はどんな気持ちでいるだろう……)


 僕は、そう考えるといてもたってもいられなくなる。

 だが、美雨に連絡を取りたいと思っても、僕が所属する事務所社長である麻衣さんからは、


『しばらくは鳴りを潜めていなさい。特に、美雨ちゃんや『DIAMOND☆彡DUST』のみんなに接触しないこと。さもないとアンモナイト、律くんの居場所がばれちゃうから。いいわね!?』


 と、きつく言い渡されているのだ。


『お兄ちゃんは、私を差し置いて別の女の子とキスしたりしないよね!?』


 美雨の必死な顔が目に浮かんでくる。


(9月9日からは『DIAMOND☆彡DUST』の初ツアーだっていうのに。

今こんなことに巻き込まれている場合じゃないのに。

それに、ミュージカルの方も、舞台監督や脚本家の先生と話をしないと、とてもじゃないがどうしようもなくなるぞ……)


 美雨を安心させたい、仕事も気になる、でも何もできない……。


 そうこうしているうちに、僕と冨山はるかさんの“真剣交際”のゴシップだけが、世間に周知されて認知されてしまう……。


「……美雨に会いたい……。僕はどうしたらいいんだ……」


 週刊誌の記事を目の前にして、ただ立ち尽くすだけだった。


★ ★ ★ ★ ★


「麻衣さん、どうにかなりませんか!? このままじゃ、高野先輩は完全に『冨山はるかの恋人』になっちゃいますよ!?」


 その頃、芸能プロダクション『FAIRWAY』では、『DIAMOND☆彡DUST』のリーダー、八木沢理央が、社長の小田切麻衣に直談判していた。


「美雨も、報道以来ずっと元気をなくしていますし、歌詞を間違ったりコードを飛ばしたりと、彼女らしからぬポカを連発しています。

このままじゃ、9月からのツアーにも影響しますよ!」


 デスクに両手をつき、身を乗り出すようにして訴える理央に、麻衣は眼鏡の奥の目を光らせて答える。


「美雨ちゃんの気持ちは分かるけど、プロ意識が足りていないわね。たかが律くんっていう男一人のために、そこまで精神を削られてちゃ」


「たかがって……。麻衣さん、麻衣さんだって美雨がどんだけ律先輩のこと本気で好きなのか知ってるでしょう!?

それを“たかが”だなんて……」


 激昂する理央に最後まで言わせず、麻衣は冷たく言葉を被せた。


「美雨ちゃんもプロよ。仕事は仕事、男は男で割り切らなきゃ。

それが出来ないんだったら、恋なんてしないことね。

恋も仕事も真剣に向き合い、その二つが互いに良い影響を与える……あなたたちならそれが出来ると思っているから、『DIAMOND☆彡DUST』のみんなには『恋愛禁止』なんて野暮なことは言わないのよ」


 麻衣の言葉に圧された理央だったが、釈然としないのか、自分の想いをぶつける。


「でも、今の美雨は見ていられません」


「……理央さんだって、美雨ちゃんなら恋によってもっと彼女自身を高みに連れて行くはずって信じてるんじゃないの?

だったら、美雨ちゃんが今どうであろうと、絶対立ち直るって信じてあげなきゃ」


 麻衣がそう言うと、理央はぐっと言葉に詰まる。


 麻衣は立ち上がると、


「『DIAMOND☆彡DUST』のメンバー全員を連れて、あたしについて来てくれるかしら?」


 そう真剣な顔で言った。




 麻衣が『DIAMOND☆彡DUST』を連れて来たのは、第2会議室……社内の人間から『開かずの間』とか『社長の秘密基地』と言われている部屋だった。


 ここには、麻衣以外は律や小山田、さくらなど麻衣が認めた人間しか入れない。


 しかも、麻衣がそこに籠ったら少なくとも1時間は出て来ず、その間はどんな用事も受け付けず、出て来たときには少し疲れた、でもいやに色っぽい感じになる。


 だから社員の一部では、


『麻衣社長、あの部屋で恋人と密会してるんじゃ?』


 なんて話すらささやかれている“禁断の場所”だった。


「どうしたのみんな。何か珍しいものでもあった?」


 三面の壁いっぱいに設置されたモニターや、数台のスーパーコンピュータを見て、口をあんぐり開けている『DIAMOND☆彡DUST』のメンバーに、麻衣が不思議そうに声をかける。


「……い、いえ。ただ、『社長の逢引き部屋』って聞いていたので、イメージがぜんぜん違ってて……」


 理央が言うと、部屋に入った途端目を輝かせてきょろきょろし始めたエリカが、


「凄いです。わんだほーです。エキサイティングするです。

これだけの機材があれば、宇宙の神秘を音楽にできそうです。

麻衣さん、あのスパコン、使わせてほしいですよ。お願いするです」


 すでに頭の中に音譜が流れ始めているような、一種独特のエクスタシー状態に陥った表情で言う。


「……みんな、ちょっとこの部屋とあたしに関して誤解があるみたいだわね。

ま、誤解は後で解くとして、これを見てちょうだい」


 そう言いながら麻衣がデスクにあるノートパソコンを操作すると、壁の中央にあるモニターにPC画面が表示される。


 そして、凄い数のチャット画面が勢いよく開かれ始める。


「……な、何ですかこれ?」


 嘉穂が聞くと、


「何って、『FAIRWAY』社のホームページから飛べる、あなたたちの公式ブログに寄せられたファンレターよ。

どんなものがあるか、読み上げさせてみるわね?」


 麻衣が答えて、PCを操作する。すると、可愛い女の子の声で、


『美雨ちゃん、元気出して! 高野律は絶対美雨ちゃんのことが好きに決まってるんだから』


『冨山はるかより、美雨ちゃんの方が律さんに似合ってます。私は冨山はるかに律さんが取られたら恨んでやりますが、美雨ちゃんならぜんぜんOKです』


『美雨ちゃんと律さんには、誰も入り込めない絆があります。だから、美雨ワールドを律さんはあれだけ素敵な音で表現できるんです!』


 美雨と律を応援するメッセージが次々と読み上げられる。


 美雨を除く『DIAMOND☆彡DUST』のメンバーは、理央も、嘉穂も、有紀もエリカも、全員がうなずいて微笑みながら美雨を見る。


 美雨は、読み上げられる優しくて温かい言葉の中で、ただぽろぽろと涙を流し、両手を胸の前でぎゅっと握りしめていた。


「……週刊誌がどれだけ騒ごうと、これがあなたたちを信じているファンの声よ。

その声に応えるには、美雨ちゃんが動くしかない、そう思わない?」


 麻衣が言うと、美雨は涙を拭きながらうなずくが、


「はい……。でも、具体的に何をやったらいいのか分かりません」


 そう戸惑いの表情で言う。

 麻衣はくすっと笑って答えた。


「冨山はるかは、自分の『国民的若手女優』という立場と知名度、兄である社長の権威と影響力という、彼女の土俵で勝負を仕掛けて来ているわ。

だったら、美雨ちゃんも自分の土俵で勝負しなさいな。

自分の一番大切で、自分らしさを出せる方法で、律くんに心を伝えなさい。

それで週刊誌が何か書いたら、あたしだって社長権限で二人の仲を公認してあげる。

このまま戸田社長の思惑通り、律くんを引き抜かれてたまるもんですか」


「えっ!? それはどういう?」


 理央が聞くと、麻衣はにたりと笑って答えた。


「はるかの想いを利用して、律くんも自分のプロダクションに引き抜こうとしているのよ、あの根腐れイケメンは。

あたしだって、律くんっていう二枚看板の片方で、従弟で下僕を失うくらいなら、美雨ちゃんに飼育させた方がいいもの。

美雨ちゃん、律のお守りはお願いね? あいつ、恋愛に関しては羅針盤が故障しているし、そのくせ妙な自信だけはある頑固者だから苦労するかもだけど」


 笑っていう麻衣につられて、思わず笑みがこぼれる美雨だった。


★ ★ ★ ★ ★


 僕(律)が隠れ家生活を始めて三日目、不意に玄関のチャイムが鳴る。


(……え? まさか、ここがバレた!?)


 僕が動揺して言葉を無くしていると、もう一回チャイムが鳴る。


 僕は恐る恐るドアモニターを確認し、そしてホッと肩の力を抜いた。そこに映っていたのは、きちんと手入れされた髭面で、優しい山男然とした渋い男性だった。


 僕は慌てて玄関を開くと、彼はにこりと笑って言った。


「やあ、律くん。ちょっと君に助っ人で来てほしくてね。麻衣君には許可を取っているから、僕のスタジオまでいいかな?」


「え? は、はい。分かりました。小山田さんのお手伝いができるなんて光栄です」


 この男性は、僕や『DIAMOND☆彡DUST』がレコーディングする時のメインスタジオを経営する小山田高師さんだ。そして、御年は70歳に近いが、張りのある甘く澄んだ歌声でいまだ第一線で活躍しているミュージシャンでもある。


 僕は彼に声をかけられたことがとても嬉しく、冨山はるかさんのことは一時忘れるほどだった。


 スタジオに到着すると、小山田さんは僕に楽譜を渡しながら、真剣な顔で言う。


「今度の新曲だ。君にはアコースティックギターのパートをお願いしたい。

それに、コーラスも律くんの声で入れたい。君の声質はかなり僕に似ているが、完全に僕の声ではないから、この曲のイメージをもっと素直に表現できると思っている。

先ず、僕の声のデモを聞いてもらう。そして、ギターパートの確認と練習に1時間あげよう。先にギターを入れて、次にコーラスだ。

分かってくれたかな?」


 僕は渡された楽譜とスコア割、そして歌詞を確認する。小山田さんらしい優しい歌詞と、素直なメロディーだった。



春風のように(作詞・作曲:小山田高師)


不思議だね、君のこと見つめていると

こんなにも心が、安らぐなんて


君の声、君の匂い、優しく包む

ただ君がそこに、いるだけなのに


たぶん出会った時から、

何かを感じてた

言えなかったのは、強がりのせい


少しずつでもいいね、

素直になりたい

通り過ぎてゆく、春風のように


そして見つめ合った時、

僕らしくもなく照れて

どうしようもない……


不思議だね、君の指、こんなに白い

頬にふれる、吐息が甘い


君の肩、抱き寄せて思うことは

これからはずっと、二人でいよう


そして口づけた時には

決めていたんだ

君の側でずっと、微笑みたいと


いつだって君を、守ってあげたい

君によく似合う、春風のように


たぶんどれだけの時間が

流れてゆこうと

君への思いは、変わらないから


探し続けていたんだ、変わらないものを

あたたかさを運ぶ、春風のように


たぶん出会った時から、

きっと分かってた

探し物はきっと、ここにあると


さりげなく君を、包んでゆくだろう

通り過ぎてゆく、春風のように



 僕は歌詞と楽譜を首っ引きにして、小山田さんの想いを受け止めようと心の耳を澄ました。




 小山田は、律が弾くギターを聞いて、思わず苦笑する。


「……これはちょっと、教育的指導が必要かな?」


 そうつぶやいた小山田は、分厚く重いドアを開けた。




(違う。何か違う。これは小山田さんの想いじゃない)


 僕は、何度弾いてもギターが応えてくれないのを不思議に思いながら、なんとか小山田さんの想いを音にしようと悪戦苦闘していた。


「やあ、律くん。なかなか迷っているようだね?」


 そこに、ニコニコしながら小山田さんが入って来て、僕に笑いかける。

 さすがは『伝説のミュージシャン』だ。僕がいつもと違って苦闘していることを見抜いたんだろう。


「……はい、なかなか小山田さんの想いに合った音が出なくて……」


 僕が正直に言うと、小山田さんはふむ、と言った顔で僕を見て聞いてくる。


「僕の想いとは?

君に僕の想いが完璧に理解できて、それを完璧な音で表せると思っているのかい?

律くんともあろう者が、まさかそんな夢のような事を思っちゃいないだろうね?」


「え?」


 肩透かしを食ったような声を上げた僕に、小山田さんは眼だけが真剣な笑い方をして言う。その言葉は、僕を鋭くえぐった。


「演者は、作曲者の想いを理解することは必要だ。だが、それ以上に大事なのは、その思いに、演者自身の人生を乗せることだ。

いいかい、律くん。演者はレコードやCDプレーヤーじゃないんだ。正確に音を出せばいいだけだったら、僕は君に弾いてもらったりはしない。コンピューターやAIに任せれば早いし、正確だ」


 そう言いながら、小山田さんはキーボードの前に立って、『春風のように』の一節を歌った。


『たぶん出会った時から、

きっと分かってた

探し物はきっと、ここにあると


さりげなく君を、包んでゆくだろう

通り過ぎてゆく、春風のように』


 そして、僕の目を見て笑って聞く。


「君は、演奏している時、誰を思い浮かべた?

僕は、大切だったひとを想って弾き、歌っている。

僕がこの曲にほしいのは、必要なのは、僕の想いの劣化版じゃない。

君自身の誰かに対する思いが乗った音だ。

君が歌詞を読んで思い浮かべる人物に、この歌を届けるつもりで弾いて、歌ってくれ。それでこの歌は完成する」


 そう言うと、小山田さんはにこっと笑って出て行った。


(……僕が思い浮かべるひと……)


 僕は目を閉じる。

 隠れ家に連れられて来る直前の美雨。

 冨山はるかさんのことが出てから必死だった美雨。

 ステージで歌っている幸せそうな美雨。

 初めて『やさしい雨音』をみんなの前で歌った美雨。

 そして、バスの中の美雨の横顔……。

 僕が初めて美雨を“妹”としてだけじゃ見れなくなった、美しい雨のような優しくて、静かに未来を見つめる微笑み。


 ……答えは初めからあったんだ。さっき小山田さんが歌ったように……。


 僕は静かにギターを弾く。僕のギターは、いつもどおり僕の声で歌ってくれた。




 その音色を聴いた小山田は、満足そうにうなずいてつぶやいた。


「それでいいんだよ、律くん。この曲は君と美雨君のために書いた曲だからね」


★ ★ ★ ★ ★


『だったら、美雨ちゃんも自分の土俵で勝負しなさいな。自分の一番大切で、自分らしさを出せる方法で、律くんに心を伝えなさい』


 私(美雨)は、仕事が終わって部屋に帰るとすぐにノートを広げた。麻衣さんが言ってくれた言葉は、


『律に私の想いを歌詞で届けろ』


 という意味だとすぐに分かったからだ。


 でも、いざ律への想いを言葉にしようとすると、いろんな想いがあふれて、言葉をつかまえることができない。


 ふわふわとした言葉、鋭い言葉、私の中にこんなにもたくさんの、律への想いがあったなんて、今の今まで気付かなかった……。


 ううん、きっと、律を『お兄ちゃん』として見ていて、私は『妹』として守られることが当然って思っていたから、私が律を一人の男性として好きで、律をこんなにも求めているって思いに蓋をしていたからだろう。


 だからこそ、その思いに気が付いた今、逆にどんな言葉で彼に思いを伝えるべきなのか、分からないのだ。


 律への想い……好き、大好き、優しく笑って、頭をなでて、愛してる、私だけを見て、抱きしめて、キスして、ひとつになりたい、どこにも行かないで、側に来て、ここにいてほしい、離れないで、私を一人にしないで……怖い。失うのが、怖い……。

 でも……好き、なんだ。愛しているって、言いたいんだ……。

 ぐるぐると回る言葉が、私を取り囲んでいる。でも、一つとして私の手の中には来てくれない。だから、怖い。律が私をどう思っているのか、怖い……。


 一日、二日と時間だけが過ぎる。テレビや週刊誌の報道は過熱し、麻衣さんもレポーターに囲まれることが増え、そして世間は、高野律が姿を現さないことに対して、誹謗や中傷まで流れ始めた。


 事務所にも、はるかさんの熱心なファンから、高野律あてにカミソリの刃や脅迫状が送られても来た。


 何よりショックだったのは、高野律のファンにも、今度の報道で


『失望しました』


 とか、


『はるかのものになるくらいなら、○してやる』


 みたいな(アンチ)ファンレターが何通も送られて来たことだった。


「……律、これを見たら悲しむだろうな」


 私がぽつりとつぶやくと、耳ざとい麻衣さんがニマニマしながら話しかけてくる。


「あら、美雨ちゃん。あたしはいつ律を呼び捨てにすることを許したっけ?」


 それで、私はいつの間にか彼のことを『お兄ちゃん』でなく、『律』として受け入れていることに気が付いた。


「え、あ、その、す、すみません……」


 あわあわする私を、麻衣さんは優しい目で見ながら言う。


「……ま、それはそれでいいわ。

美雨ちゃんのこと、律のご両親には、いつか時間を見てあたしから根回ししておいてあげるけど、美雨ちゃんはまだ19歳だし、結婚とか妊娠とかはまだ早いわ。

律から求められても、簡単に許しちゃダメよ? そこは順番や筋を間違えないでね? 律は身体でつなぎとめる必要なんてない男だから」


「ふぇっ!?」


 赤くなる私に、麻衣さんは容赦ない追撃をしてくる。まったく、こんなところはどうにかならないものかしら。律がいつも困った顔をしながら、麻衣さんにちょっと怯えているのも分かる気がする。


「それとも、八年分の想いが募って我慢できない? しけこむなら、絶対にすっぱ抜かれるんじゃないわよ」


「うぇっ!?」


「で、愛しの律に届ける歌詞はできた?」


「ふぁっ? え? えーと、それがそのぅ……」


 もじもじする私を見て、麻衣さんはニヤリと笑って言う。


「うん、まだね。おおかた、自分の想いに気付いて、言葉がいっぺんにあふれて来たから収拾がつかないんでしょ?

だったら、これを聴かせてあげる」


 そう言って、バッグからCDを取り出した。目を丸くする私に、麻衣さんはにっこりと笑って、


「小山田さんの新譜よ。律くんが手伝ってるの。一緒に聴いてみましょう?

みんなを呼んで来て」




 私たちは、『社長の秘密基地』で、小山田さんのCDを聴き始めた。

 滑らかなキイボードの音と、抑えたアコースティックギターの共演から始まったイントロは、懐かしい感じがするメロディだ。


「このアコースティック、高野先輩の音ですよね? すごい、傘の上の雨粒みたい」


 同じギター奏者である嘉穂ちゃんはすぐに律の音がいつもと違うことに気付いたみたいだ。私も最初、


(律にしては、感情を抑えて弾いているみたい……)


 そう思ったけれど、


(違う! わざとだ。わざと雨粒みたいにポツポツと感情をもらしているんだ!)


 そう気付いたのだ。


 そして歌詞が入る。小山田さんの澄んだ歌声が耳を心地よく刺激する。


「さすが伝説のミュージシャンね。70歳近い声とは思えないなぁ」


 理央さんのつぶやきに、私も深くうなずく。でもこの歌詞って……。


 私がそう思った瞬間、


『たぶん出会った時から、

何かを感じてた

言えなかったのは、強がりのせい』


 律のヴォーカルに変わった。


「へっ? この曲、小山田さんと高野先輩のダブルヴォーカルなの?」


 有紀ちゃんが驚いたように言い、


「……でも先輩、思ったより声が良いです。素敵です。惚れますですよ」


 エリカちゃんも目を丸くしてそう言う。


 そして律はコーラスに戻ったが、


『そして見つめ合った時、

僕らしくもなく照れて

どうしようもない……』


『そして口づけた時には

決めていたんだ

君の側でずっと、微笑みたいと』


『たぶんどれだけの時間が

流れてゆこうと

君への思いは、変わらないから』


『たぶん出会った時から、

きっと分かってた

探し物はきっと、ここにあると』


 このパートは、律のヴォーカルだった。


(これって……律が、私に?)


 そうとしか思えない。それほどに律の思いが伝わってくる歌声だった。


「先輩、思ったよりテクニシャンです。キザです。反則です。

これじゃ、美雨さんにプロポーズしているのと同じです」


 エリカさんがうらやましそうにぽつりとつぶやくと、


「いや、小山田さんがカッコよすぎるって。サイッコーにイケおじじゃん!」


 有紀ちゃんも顔を赤らめながら言う。


「よかったね美雨ちん。小山田さんプロデュースの律先輩からのラブ❤レターだよこれ」


 熱くなった頬を両手で押さえている私に、嘉穂ちゃんが言うと、


「美雨も、負けないくらい情熱的な歌詞をぶちかまして差し上げると良いよ」


 理央ちゃんがそう言って笑う。


 そして麻衣さんは、そんな私たちを見て満足そうに微笑むのだった。






 小山田さんの歌を録音した翌日、僕の所に麻衣さんがやって来た。


「律くん、悪いけど急いでこれに曲をつけてくれないかしら」


 僕はぶつくさ言いながら手渡されたノートを受け取る。


「まったく、四・五日もほっといて、姿を現したら仕事ですか?

相変わらず人使いが荒いんですね、麻衣さんって」


 僕が文句を垂れると、麻衣さんはにこりと笑ってぶっきらぼうに言う。


「今度のツアーの最初に歌う曲だから、編曲はギターとキーボードだけでいいわ」


「今度のって……もう一週間しかないじゃないですか!」


 僕が驚いて言うと、麻衣さんはくちびるの片方を引き上げて、


「できるわよね? 歌詞を読んで御覧なさい。

できないって言うなら、『FAIRWAY』を辞めてもらうわ。

鈍感男はうちにはいらないもの」


 はて、いつもの麻衣さんではない。

 何より、真剣さが違う。

 僕はその圧をいぶかしく思いながら、ノートを開く。美雨の端正な文字が見えた。


 だが、その内容を見て僕はさすがに驚く。よく見ると、美雨の文字はところどころが細かく震えていた。


 この詩が、美雨の想いの結晶だということが、それを紡ぎだす勇気を振り絞ったことが、一目で分かった。


君を忘れない

(作詞:東雲美雨)


いくつもの星を数えて

この道を歩いて来たね

幼いころはあんなに

真っすぐ走れたのに


永遠を求めることは

見果てぬ夢と知っていた


ただ僕はいつの間にかに

笑うことを忘れていた


黄昏の帰り道、いつもひとり歌ってた

この僕の目の前に、微笑む君が居たんだ


ひとを好きになることで

失うものができるから

哀しさと寂しさを

いつも比べていたんだ


抱えきれないほどの

痛みに耐えてゆくよりは


ただ僕は虚しさの中

眠ることを選んでいた


君の哀しげな顔が、僕の瞳を融かした

あなたに会えてよかった、僕は今もそう思う


 やわらかな風が、君の声を運ぶ

 あたたかな安らぎは、今二人包んで

 『ありがとう』と『愛してる』、たった一言なのに

 どうしても僕は君に、心伝えられなくて


坂道も暗い夜も、君がいれば怖くなかった

どこまでもどこまでも、二人歩くこの道を


思い出になる前に、この気持ちを伝えたい

いつまでもいつまでも、僕は君を忘れない



 歌詞を読んでたたずむ僕に、麻衣さんは一言聞いて来た。


「……返事、できるわよね?」


 僕は静かにうなずいた。


【A Beautiful Rainy Day:9】

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

いやー、小山田さんがいい仕事しましたね。

それに麻衣さん、さすがです。

なお、作中の『春風のように』と『君を忘れない』は、安堂の自作です。

You Tubeで歌ってます(お耳汚しですが)。

さて、気持ちはお互いに交換しました。あとはどう返事を伝えるかです。

では、次回までごきげんよう(美雨の真似)。

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