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美しき雨の日に~A Beautiful Rainy Day  作者: 安堂登呂和
第一楽章:自立するふたり
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第1話 2019年12月24日・再会

大学生のギタリスト・高野律たかの・りつは、偶然、記憶の底に眠っていた少女・東雲美雨しののめ・みうと再会する。

そこから、二人の切ない青春ドラマが始まった。


ポツポツと、傘の上で

雨粒が何かを語りかける

失くしてきた、大切なもの

思い出すことがつらい僕に


いつまでも、こんな日々が

続くと無邪気に信じていた

手を伸ばせば、届くはずの

あたたかな人たちは今はもう……


静かな雨が降る日には

思い出たちと寄り添って

約束した、笑顔のまま

僕は、うたうよ……


やさしい雨にうたれながら

あの日のうた、口ずさんで

約束した、笑顔のまま

君とまた会える日を、待っている……


君とまた会える日を、……待っている……


待っている……


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


「う……う~ん……」


 何かの夢を見ていた……。

 それは、とても懐かしい夢だった。

 この耳元に、まだ、その歌は流れていた。懐かしい歌……。


「……いけね、ラジオつけっぱなしで寝ていたのか……」


 朝の光が窓から差し込んで、鳥のさざめきが僕の思考をこの世界へと引き戻す。

 僕はゆっくりとベッドで身を起こした。

 う~んと背伸びをする。

 背中が痛い。昨日寝る寸前まで、ギターを弾いていたからに違いない。


 ゆっくりと机の方に顔を向けて、時間を確認する。

 目覚まし時計は6時を指していた。

 遅くまで起きていても、目覚ましに起こされる前に起きてしまう、それが僕のいつもと変わりのない朝だった。


 僕は頭を振って眠気を追い払うと、ベッドから出た。

 どうせ部屋着はトレーナーにメンパンだ。そのままでいても起き抜けだとは誰にも分かりゃしない。僕はそう考えながら、ゆっくりと冷蔵庫へと歩き、扉を開ける。別に大したものは入っていない。


 この部屋は僕だけしか住んでいない。男の一人暮らしで、冷蔵庫に何が入っているかなんてだいたい想像がつくだろうというものだ。


「……牛乳くらいは買っておくべきだったかな?」


 僕は、冷蔵庫から缶コーヒーを取り出しながらつぶやいた。

 タブを開けて一気に冷たいコーヒーをのどに流し込む。

 これで僕の朝食は終わりだ。パンくらい食べたいが、食料は何もないのだから仕方ない。


「仕方ないな、講義に出る前に、学食で何か食べていくか」


 僕はそうひとりごちると、愛用のギターをケースにしまい、居心地の良いまったりとした部屋を後にした。今日、僕の運命が大きく変わることも知らないで……。






「おはようございます、オーナー。またお世話になります」


 僕は、大学での講義を受けると、そのままこの音楽喫茶『チェリー』にやって来た。


 ドアについた小さな鈴が、チリンと鳴る。

 大学通りの裏手にある、雰囲気のいい古い喫茶店だ。

 もともとはコーヒーの旨い純喫茶だったのだが、前のマスターが亡くなると同時に、その孫娘さんが音楽喫茶として跡を継いだものだった。


「あら、おはよう、律くん。こちらこそお世話になるわね?」


 ここのオーナーは、桜井さくらという、今年26になるお姉さんだった。

 見た目は凛として、つややかな黒髪がとてもきれいな大和撫子風だが、好きな音楽のジャンルは見た目からは想像もつかなくて、邦楽からへヴィ・メタルまでなんでもござれだった。


 ちなみに、名前が『さくら』なのは別にシャレではない。前のマスターがこの喫茶店を開いた年に産まれたのがさくらさんで、この店はさくらさんに因んで命名されたということなのだそうだ。


「……まったく、今を時めく新進ギタリストの律くんを、ほぼノーギャラで出演させてるんだから、感謝しなさいよね? さくら」


 僕と一緒に『チェリー』に入ってきた女性が、さくらさんに言う。

 この女性は小田切麻衣さんと言って、僕の従姉で、僕が所属する音楽事務所の社長で、さくらさんの古い親友だった。


「はいはい、麻衣にはちゃんと感謝してるわよ。律くんみたいな子を、格安で回してくれるなんて、さすがは親友だわ」


 笑いながら言うさくらさんに、にやりと笑って見せた麻衣さんは、今度は僕にその笑いのまま話しかけてきた。


「律くん、今日はどんな選曲でいくのかしら?」


「そうですね、今日はクリスマス・イブですから、それらしい曲で行こうかと思っていますけど、何かお二人が聴きたい曲ってありませんか?」


 僕がギターをケースから取り出しながら聞くと、途端にさくらさんが目を輝かせて答えた。


「ホント? なんでもいいの? じゃあさ、私は律くんのデビューアルバムに入ってる『やさしい雨音』がいいな」


「……構いませんけど、それ、クリスマス・ソングじゃありませんよ?」


 僕が言うと、なんと麻衣さんまで


「いいじゃない。どうせ、律くんってば『ノエル』とか『白い夜』とかしかクリスマス・ソングは持ってないでしょ? この際、いい曲は聴いてもらいなさい」


 そんなことを言い出した。


「……分かりましたよ。麻衣さん」


 僕が言うと、麻衣さんは途端に眼鏡の奥の瞳をきらりと光らせ、形のいい人差し指を顔の前で振って見せながら言った。


「仕事場では『社長』でしょ? 律くん」

「……はい、社長」


 僕は深いため息をついた。






「では、皆さんお待ちかね。音楽喫茶『チェリー』がお届けする毎年恒例、クリスマス・イブのコンサート。今夜は、今、最も注目の新進ギタリスト、高野律さんにおいでいただきました。拍手でお迎えください!」


 さくらさんのMCとともに、僕はギターを抱えてステージに上る。デビューしてそろそろ2年半になろうとしているけれど、やっぱりこの瞬間はドキドキする。


「皆さん、こんばんは。高野律です。心を込めて弾きますので、今夜はゆっくりとお楽しみください」


 僕は、満員(といっても『チェリー』は小さな喫茶店だったから、50人ほどしかお客はいなかったけれど)の客席に向かってそういうと、1曲目を弾き始めた。


 1曲目が終わり、やっと僕も落ち着いて、客席を見る余裕ができた。

 よく見ると、お客はたいていがお年寄りだが、みんな品がいい。きっと前のマスター時代からの常連さんなんだろう。


 そんな方々が、ゆったりと目を閉じて、僕のギターの音色に耳を傾けてくれている……ぼくはそう思うと、ちょっと胸が熱くなった。


 さらによく見ると、端っこの方に明らかに学生だとわかる一団がいた。みんな、僕の母校である『聖ハシリウス学園』の高等部の制服だった。

 彼女たちも、みんなゆったりとくつろいで、中にはドラムを叩くような仕草をしている少女もいた。


 やがて、僕は予定の全曲を弾き終わり、アンコールにも応えて、成功裏にコンサートを終えて楽屋に下がった。


 僕がギターを手入れしていると、楽屋のドアがノックされ、麻衣さんの声がした。


「律くん、ちょっといいかしら?」

「何ですか、麻衣さん」


 僕がそういうと、楽屋のドアがバタンと開いた。そこには『聖ハシリウス学園』の制服に身を包んだ四・五人の女の子と、麻衣さんがいた。


「律くん、あなたのファンだそうよ。サインがほしいそうだから、ちゃんとファンサービスしてあげなさいね」


 麻衣さんがそう言うと、先頭にいた背の高い、きりっとした顔立ちの美少女が、色紙を突き出しながら言った。


「あ、あの……先輩、サイン、お願いします」

「うん、名前は?」


 色紙を受け取りながら、僕がそう聞くと、美少女はびっくりした様子でオウム返しに言った。


「名前?」

「うん。君の名前。ここに一緒に書くから」


 僕がそういうと彼女はやっと意味を飲み込んだらしく、慌ててせき込むように言う。


「あ、り、理央です。八木沢理央」

「ふう~ん、いい名前だね。……八木沢理央さんへっと。はい」

「あ、ありがとうございます。先輩」


 理央と名乗った美少女が後ろに下がると、今度はくりくりした目を持つツインテールの可愛らしい子が出てきた。


「あ、あのう、先輩。私、玉森嘉穂って言います」

「あたしは、児島有紀って言います。先輩」


 このヘアバンドをしている子は、ずっとエアドラムをしていた子だ。


「私は、芦原エリカって言うですよ。よろしくです、先輩」


 僕は全員にサインをすると、気になっていたことを聞いてみた。


「ところで、なんで君たちは僕のことを『先輩』っていうのかな?」


 すると、最初にサインを書いた理央という少女が、顔を真っ赤にしながら答えた。


「あたしたち、みんな『軽音サークル』なんです。先輩のこと、サークルでは伝説になってるんです。全国軽音コンクールに3年連続で優勝して、3年連続でベスト・ギタリストに選ばれるなんて神です!」


「あたしたちも頑張って、3年連続で全国大会まで行きました」


 有紀さんが言うと、エリカさんがポツリとつぶやく。


「……でも、3年連続で2位だったですよ」


「いや、それでも凄いよ。全国大会まで行くだけでも大したもんじゃないか。しかも準優勝だなんて。後輩にそんな女の子たちがいるなんて、僕もうれしいよ」


 僕がそう言うと、女の子たちはみんなパーッと表情を明るくした。笑顔の女の子って、やっぱりいいもんだ。


「あのう、先輩。せっかくだからお願いしちゃっていいでしょうか?」


 理央さんがおずおずとしながら言ってくる。僕はにこりとして聞いてみた。


「何か僕にお願いがあるんだね? 僕にできることなら考えてみてもいいよ」


 すると理央さんは、ありったけの勇気を振り絞ったような顔で


「あたしたちの練習を、見てほしいんです」


 そう言って、真剣な目で僕を見てきた。僕は慌ててみんなの顔を見る。嘉穂さんも、有紀さんも、そして少しボーっとしているように感じたエリカさんすら、真剣な顔で僕をすがるように見ていた。


「う~ん……」


 僕は言葉に詰まった。そりゃあ、僕は一応まだ学生だから、講義の時間のほかは原則としてフリーだ。仕事だって毎日入っているわけではない。


 でも、僕は麻衣さんの経営する音楽事務所『FAIRWAY』の所属ミュージシャンでもある。勝手な約束もできなかった。


「ちょっと、麻衣さん。相談があるんですけど」


 僕は、手っ取り早く、麻衣さんに相談することにした。本来なら一笑に付してもよかったんだろうけれど、みんなの真剣な表情がそうさせたのだろう。


「なあに、律くん?」


 にこりとした笑みを浮かべて現れた麻衣さんに、僕は彼女たちの申し入れをかいつまんで話した。


「なるほど……。ところで皆さんは、どうして律に練習を見てほしいのかしら?

もう軽音コンクールも終わって、普通ならあなた達も普通の授業に戻っているはずよね?」


 麻衣さんがそう聞くと、彼女たちは思い切ったことを言った。


「あたしたち、プロになりたいんです」

「私たち四人で、どこまでやれるか、やってみたいんです」


 理央さんと嘉穂さんが、同時にそう言った。それを聞いて、麻衣さんは“やっぱりね”という顔でうなずくと、


「あなた方、律と同じ『聖ハシリウス学園』の生徒さんね?」


 そう聞く。


「はい、軽音サークルに所属しています」


 理央さんがそう言うと、麻衣さんは驚いたことに先を取って言った。


「確か、『DIAMOND-DUST』っていうバンド名で活動しているわね?

ここ3年間で3回、全国大会に出場して、いずれも2位……。

でも、律のバンド以来の快挙らしいわね」


「麻衣さん、どうしてそんなこと知ってるんですか?」


 思わず僕は聞いてしまった。すると麻衣さんはにこっといつもの意味不明な笑いを浮かべて言う。


「音楽事務所の社長をなめんじゃないわよ」


 そして麻衣さんは、みんなの方に向き直ると言った。


「プロって、そんなに甘いもんじゃないわよ。それが分かって言っているのなら、あたしと律とであなた方の練習を見て、プロで通用するかどうか判定してあげるわ。それでいいかしら?」






「本当に、あれでよかったのかな……」


 理央さんたちが帰った後、僕と麻衣さんはさくらさん特製のコーヒーを楽しんでいた。


「いいんじゃない? 彼女たちもそれでいいって言ってるんだし」


 あっけらかんと言う麻衣さんだった。


「彼女たちね……」


 麻衣さんはそう言いかけると、僕にウインクして聞く。


「なんで全国大会で優勝できなかったと思う?」


「分かりませんよ。僕は彼女たちの演奏を、まだ一度も聞いたことないですし……」


 すると麻衣さんは、あの意味不明の笑いを浮かべて言う。


「律くんも、もっと鋭い子かと思っていたけど、案外ニブチンね。だから女の子にモテないのよ」


「へいへい、どうせ僕はニブチン野郎ですよ。じゃ、麻衣さんには理由が分かるっていうんですか?」


 僕が言うと、麻衣さんはとろ~んとした目でコーヒーカップを見つめながら言う。


「まあね……たぶん、彼女たち、演奏はとっても上手いと思うわ、でもそれだけ……」


「でもそれだけ?」


「そう、きっとあの子たちは、律くんに追いつきたくて一生懸命練習したと思うの。

でも、だからこそ、伝えることを忘れているんじゃないかって思ったのよ」


 そう言われると、僕もなんとなく、麻衣さんが言わんとするところが分かったような気がする。音楽は……芸術はって言ってもいいが……何かを伝える手段だ。

 彼女たちにも、彼女たちなりの『伝えたい事』があるはずだ。それが伝わって来なかったって事だろう。


 そんなことを考えながら、コーヒーを飲みほした僕に、麻衣さんは優しく言ってくれた。


「あんたみたいに、気持ちを上手に伝えられるミュージシャンって、貴重なのよ」

「それはどうも……?」


 僕の言葉は、さくらさんのびっくりしたような声にかき消されてしまった。


「あら! 美雨ちゃん。まだ上がってなかったの?」


「す、すみません……私も、コンサートを聴きたかったものですから……」


 おずおずとした静かな声がした。僕はその声と、そして“美雨”という名前に憶えがあった。


「そう言えば、美雨ちゃんも律くんのファンって言ってたわね? ちょうどいいわ、私が紹介するから、お友達みたいにサインをもらったら?」


「い、いいえ、そんな……私なんかが……」


 思わず振り向いた僕の目と、さくらさんに連れられてこっちに歩いてくる少女の目が合った。


 少女は、『聖ハシリウス学園』の制服を着ていた。長いつやつやした髪の毛と、切れ長で意志の強そうな瞳、抜けるように白い肌、そして何よりも鈴の入ったような、静かだが凛とした声に、僕は確かに聞き覚えがあった。


「君は……美雨? 東雲美雨しののめ・みうかい?」


 思わず僕は立ち上がって聞いた。少女はびっくりした顔をしていたが、やがてにっこりと笑って言った。懐かしい声だった。


「はい、東雲美雨です。お久しぶりです、お兄ちゃん」


★ ★ ★ ★ ★


 東雲美雨は、僕のお隣さんだった。僕より三つ下で、物心つく頃からよく一緒に遊んでいた仲だった。


 お互い一人っ子だったせいもあるが、美雨が幼稚園に入るころから、僕は彼女の『お兄ちゃん』になっていて、僕も美雨を本当の妹みたいにかわいがっていた。


 その頃の彼女は、とても屈託なくて、のちに有名になる澄んだハイトーン・ヴォイスや味のあるハスキー・ヴォイスを自由に出し、いろんな歌を歌っていた。たった7歳のころだ。


 僕がギターを始めたころ、彼女もキーボードを始め、僕が作った曲に合わせて演奏しながら彼女が作った詩を歌ってくれたりしていた。


『すごいなあ、美雨の詩って、とっても不思議な詩だね。どうしてそんな詩が思いつくんだい?』


『……べつに……お兄ちゃんの曲を聴いていたら、自然と思い浮かぶんだ』


『じゃあさ、いつか僕がプロのミュージシャンになったら、美雨が詩を書いてよ。そして美雨が歌ってくれたら、僕たち、どんなとこでも歌えるかもよ』


『どんなとこでもって、例えば?』


『もちろん、武道館さ。僕たちの歌で武道館を満員にできたら、すごいと思わない?』


『私は、ただお兄ちゃんと一緒に歌えるだけでいいけど……』


 そんな話をしていたのは、確か僕が中学2年で、美雨が小学5年の時だったと思う。そして、美雨の家族に突然の不幸が襲い掛からなければ、あのまま二人、本当にバンドを組んでいたかもしれない。






『私ね……この家に住めなくなっちゃったの……』


 あれは、忘れもしない、8年前のクリスマスだった。両親を同時に飛行機事故で亡くしてしまった美雨は、身寄りもなかったため、隣町の児童養護施設に入所することになったのだ。


『お兄ちゃんとも、もう、お別れだね……でも、お兄ちゃんのこと、忘れないよ』


 雪の中で、彼女はそう、せいいっぱい明るく言っていたが、もしかしたら傘の下のその頬は、ぬれていたかもしれない。


『違うよ、美雨。お別れなんかじゃないさ』


 僕が言うと、美雨は可愛らしく首をかしげた。


『いつか言ったろ? 僕がミュージシャンになったら、美雨が詩を書いて歌ってくれって。あの夢、僕はあきらめてなんかいないよ。

だから美雨も、ちゃんと約束を守れるように心の準備をしていてくれなきゃ困る』


 僕が言うと、美雨は吹き出しそうになりながら言う。


『お兄ちゃんったら、絶対プロになれるって、そう思っているみたいだね』


 僕は美雨が笑顔を見せてくれたことがうれしくて、笑いながら言った。


『当たり前さ。見てろよ美雨。僕が高校生になるころには、絶対に一人前のギタリストになってやるから』


『うん、楽しみにしてるね』


 小学5年の美雨は、笑いながら隣町行きのバスに乗った。






 それから8年。僕は曲がりなりにもギタリストになる夢を果たした。

 でも、美雨のことは、正直言って、毎日の暮らしの中で少しずつ薄れていってしまってたらしい。その気になりさえすれば簡単な、『美雨に会いに行く』事すらせずにいた自分がいたのだ。


 ★ ★ ★ ★ ★


「ふう~ん、律くんに彼女がいたとはねえ。どぉりで寄ってくるファンの女の子に見向きもしなかったわけだ……」


 コーヒーのお替りを飲みながら、麻衣さんがジト目で僕を見ている。


「でも、美雨ちゃんはとてもいい子ですよ? 私は律くんに似合うと思うけど」


 これもコーヒーをすすりながら、さくらさんが僕たちに笑いかける。僕は少々(というかかなり)こっぱずかしくなって、慌てて言う。


「ちょっ! み、美雨は僕の幼なじみって言うか、妹って言うか、彼女なんてものじゃなくてですね……」


 僕の顔は真っ赤なんだろう、麻衣さんもさくらさんも、ニタニタ笑いながら僕をいじり始めた。まったく、だから年上の女の人って苦手なんだ。


「あら、美雨ちゃんの前でそんなこと言っちゃっていいの?

美雨ちゃん傷つくわよ?」


「ほ~んと、人前で『美雨』って呼び捨てにするくらいの仲なのに、何を今さら。

で、アンタたち、どこまで行っちゃってんの?」


「い、いえ……私は別に、そんな……本当にお兄ちゃんですし……」


 美雨は困ったような顔で僕を見つめてくる。そんな彼女に、麻衣さんは執拗に絡んでいる。


「あのね、律はあたしんとこの売出し中のアーティストなの。だから社長としては、そのタレントの恋愛事情まで把握しておく必要があるのよ。

さ、正直に言いなさい。律とはもうキスくらいしちゃってるの?」


「え、そんな……」


 顔を真っ赤にして困っている美雨を見て、僕はさすがに麻衣さんに言う。


「麻衣さん、僕と美雨は、本当にさっき8年ぶりくらいに再会したばっかりなんですよ?」


「そうね。それはそうだわ。さっきだって、美雨ちゃんは律くんに声をかけようともしてなかったもの。麻衣、それは律くんを信じてあげていいんじゃないかしら?」


 さくらさんがそう言って僕に助け船を出してくれる。そして、真剣な顔で僕に向き直って聞いてきた。


「ところで律くん。さっき再会したばかりって言ったけど、それじゃ美雨ちゃんの現在の状況、全然知らないってことよね?」


「……『星の子園』のことですか?」


 僕が言うと、さくらさんはニコリとして


「そう、そのことは知っているのね? 安心したわ」


「美雨が引っ越して行ったのは、『星の子園』に入るためだったから。でも、美雨、ゴメン。一度も会いに行ってあげなかった」


「ううん、いいの。むしろお兄ちゃんが会いに来てくれたとしたら、私、園の子どもたちにずいぶんと冷やかされたかもしれないし……。それはいいの」


 僕と美雨の話を聞いて、麻衣さんはうすうす事情を悟ってくれたのだろう。麻衣さんは目を細めて、僕たちを眩しそうに見つめながら言った。


「……事情はだいたい分かったわ。ごめんなさいね、美雨さん。

あたしとしても大事な従弟だから、変な女にはひっかけられたくないのよ。あなたなら、大丈夫みたいね」


 麻衣さんはそういうと、バッグから財布を取り出しながらさくらさんに聞く。


「さくら、お代はいくらかしら?」


 するとさくらさんは笑顔でこう言った。


「コーヒー代はギャラのうちよ。それより、もう遅くなったから、美雨ちゃんを送ってもらえないかしら?」


「分かったわ。じゃ、律は自分で帰りなさい。美雨ちゃんとあんたを一緒にあたしの車に乗せたら、外で待っている週刊誌の奴らが飛びついてくるわよ?」


「あ、いいえ。私は自分で帰りますから……」


 そう言って遠慮する美雨に、僕はギターを抱えながら笑って言った。


「遠慮しないで送ってもらったらいい。僕もその方が安心だし、麻衣さんの言う通り、妙な写真を撮られるのも嫌だから……。

じゃ、美雨。そのうち『星の子園』にも寄らせてもらうよ。その前に、学校で会えるかもな」



(A beautiful rainy day1:再会)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

この物語は、十年ほど前から私小説みたいな形で構想を温めていたものです。

なお、作中の曲は、すべて安堂の作品で、ほとんどはYOU-TUBEに投稿しています。

お時間と興味がある方は、ぜひお立ち寄りください。

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