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夢喰い

空が、ひび割れていた。


 夕暮れの野原。


 赤く染まった空の向こうで、

 黒い亀裂がゆっくり広がっている。


 夢の世界そのものが、

 軋むような音を立てていた。


「……なんだ、あれ」


 わらびが呟く。


 隣で、

 よしろの帯腕が警戒するように揺れた。


「眠蟲じゃないケ」


「じゃあ何だよ」


 よしろはしばらく黙り込み、


 そして珍しく低い声で言った。


「……夢喰いケ」


 その瞬間だった。


 亀裂の奥で、

 何かがこちらを見た。


 ぎょろり。


 巨大な眼。


 濁った黒。


 底の見えない感情の渦。


 視線が合っただけで、


 腹が重くなる。


「っ……!」


 孤独。


 絶望。


 諦め。


 逃避。


 眠って、

 全部忘れてしまいたい。


 誰かに助けてほしい。


 そんな感情が一気に流れ込んでくる。


「見るなケ!!」


 よしろが叫んだ。


 帯腕が伸び、

 わらびの視界を覆う。


 直後――


 ずぅん……


 地面が沈んだ。


 空から巨大な影が降りてくる。


 それは、


 化蟲だった。


 白と黒のまだらな身体。


 幾重にも重なる瞼。


 膨れ上がった腹には、


 無数の人の顔。


 誰も目を閉じたまま、

 苦しそうに呻いている。


「なんだよ……これ」


 わらびの声が震える。


 よしろは唸った。


「夢に逃げた人のケ……


 食べてるケ」


 夢喰い。


 眠蟲が化蟲化した存在。


 眠りへ逃げたい感情を喰らい、


 巨大化した怪異。


 夢喰いがゆっくり口を開く。


 真っ暗だった。


 底が見えない。


 だがそこから、


 無数の声が聞こえてくる。


『帰りたくない』


『起きたくない』


『疲れた』


『もう嫌だ』


『誰もいない』


 わらびの腹が鳴った。


 きゅるるる……


 感情が流れ込みすぎる。


 頭痛。


 吐き気。


 視界の揺れ。


「わらび!」


 よしろが肩を掴む。


「飲まれるケ!」


「……っ」


 苦しい。


 だが。


 この声は全部、


 誰かの本音だった。


 わらびは夢喰いを見上げる。


「……寝たいくらい、


 疲れてたんだろ」


 夢喰いが止まった。


 巨大な眼が、


 ゆっくりわらびを見る。


 よしろが驚いた顔をする。


「わらび……」


「分かってる」


 わらびは毫鍼を抜いた。


「でもな」


 鍼先を向ける。


「食い続けたら、


 もう戻れねぇ」


 パシュッ!!


 鍼が飛ぶ。


 腹。


 無数の顔が集まる中心。


 そこへ真っ直ぐ突き刺さった。


 ぶわり。


 夢の空気が震える。


 悲しみ。


 疲労。


 孤独。


 逃避。


 押し込められていた感情が、

 一気に溢れ出した。


 わらびの目から涙が落ちる。


「……重すぎるだろ」


 こんなの。


 一人で抱えられるわけがない。


 夢喰いが苦しそうに震える。


 黒い“ケ”が煙のように漏れ出した。


「よしろ!」


「たべるケ!!」


 ポンポコポン!!


 白い光と共に、

 よしろが虫化する。


 六本腕が広がる。


 夢喰いへ飛びつく。


 ずるり。


 黒い“ケ”を噛みちぎった。


 しかし。


 次の瞬間。


「……っ!」


 よしろの動きが止まる。


「よしろ?」


 黒い感情が逆流していた。


 夢喰いから。


 よしろへ。


 大量に。


 帯腕が震える。


 仮面が軋む。


 そして――


 白かった仮面に、


 黒い染みが浮かんだ。


「……!」


 わらびの顔色が変わる。


 


 よしろが、


 汚染されている。


「よしろ!!」


 夢喰いが咆哮した。


 野原が砕ける。


 空が裂ける。


 夢の世界そのものが崩れ始める。


 その時だった。


「離れなさい!!」


 鋭い声が響く。


 次の瞬間。


 白い光が降った。


 無数の鍼。


 光の雨。


 夢喰いへ次々と突き刺さる。


 花蓮だった。


 白装束を翻し、


 夢の世界へ強引に侵入してきている。


 その瞳は、


 夢喰いではなく――


 よしろを見ていた。


「主蟲が……」


 花蓮の顔が強張る。


「化ける――」

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