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行き先

指して歩き始夢喰い事件から一夜明けた。


 宿の広間では、朝食の匂いが漂っている。


 焼き魚。


 白飯。


 味噌汁。


 漬物。


 旅人達の声も戻り、昨日までの騒ぎが嘘みたいだった。


「うまいケ〜……」


 よしろは茶碗へ抱きついていた。


「朝から三杯目だぞ」


「まだいけるケ」


「いくな」


 その隣では、おねむが座ったまま寝ていた。


 しかし手だけは動いている。


 もぐ。


 もぐ。


 寝ながら飯を食っていた。


「器用だなそいつ」


 ガンジが笑う。


「ねながらたべるケ……」


 おねむは目を閉じたまま答えた。


「それ自慢なのか?」


 わらびが呆れる。


 花蓮は無言で茶を飲んでいた。


 しばらくして。


 ぽつりと言う。


「行儀が悪いです」


「お前が言うな」


「私は正しい事を言っています」


「そこじゃねぇ」


 ガンジが吹き出した。


「はははは!!」


 朝から騒がしい。


 だが。


 どこか心地よかった。


 食事を終え。


 荷物をまとめ。


 宿を出る準備をする。


 女将は深々と頭を下げた。


「本当にありがとうございました」


「気にすんな」


 ガンジが手を振る。


「困った時はお互い様だ」


「そんな立派な事言う人が朝飯五杯食べますか」


「食うだろ」


「食うのか……」


 わらびは少しだけ笑った。


 夢喰い事件は終わった。


 宿場町にも平穏が戻った。


 だからこそ。


 次の問題が浮上する。


「で」


 わらびが立ち止まる。


「どこ行くんだ?」


 沈黙。


 全員止まった。


「……」


「……」


「……」


「……」


 誰も答えない。


「決めてなかったのかよ!!」


 わらびが叫ぶ。


「旅だしな」


 ガンジは平然としていた。


「いや行き先くらい決めろ!」


「私は監視ですので」


 花蓮が言う。


「帰れよ」


「断ります」


「なんでだよ」


「主蟲がいます」


 よしろが団子を頬張る。


「いるケ」


「そういう意味じゃねぇ」


 ガンジが笑いながら荷物を担ぐ。


 そして。


 少しだけ真面目な顔になった。


「坊主」


「なんだよ」


「最初の行き先なら決まってる」


 わらびが眉を上げる。


「は?」


 ガンジは山の向こうを見た。


「伊吹だ」


「伊吹?」


「ああ」


 少し風が吹く。


 ガンジは続けた。


「長生郷」


 聞いた事のない名前だった。


「なんだそれ」


「お前の母親の里だ」


 わらびは目を瞬く。


「……母さんの?」


「ああ」


 ガンジは頷いた。


「一度くらい見とけ」


「なんで今なんだよ」


「今だからだ」


「意味分かんねぇ」


「そのうち分かる」


 相変わらず説明になっていない。


 その時だった。


 花蓮の箸が止まった。


 ほんの一瞬。


 だが確かに。


 反応した。


 わらびは見逃さなかった。


「……知ってるのか?」


 花蓮はわらびを見る。


 そして静かに答えた。


「知っています」


「行った事あるのか?」


 少し間が空く。


 花蓮は茶を一口飲んだ。


「答える必要がありますか」


「あるだろ」


「ありません」


「あるって言ってんだろ」


「ありません」


「なんなんだお前」


 ガンジが腹を抱えて笑った。


「ははははは!!」


「笑ってねぇで説明しろ!!」


 その時。


 おねむがぼんやり呟いた。


「……なつかしいケ」


 全員が振り向く。


「は?」


 おねむは半目だった。


「ながいことかえってないケ」


 わらびが首を傾げる。


「お前も知ってんのか?」


「ねむいケ」


 そのまま寝た。


「聞けよ!!」


 宿場町の出口。


 旅支度を終えた四人と二匹は街道へ立つ。


 空は青い。


 山々は遠い。


 伊吹の峰が霞の向こうに見えていた。


 ガンジが前を指差す。


「あっちだ」


 わらびは山を見る。


 見た事のない景色。


 行った事のない故郷。


 母が育った場所。


 何があるのか。


 まるで分からない。


「長生郷へ行けば分かる」


 ガンジが言った。


「何がだよ」


 ガンジは少しだけ笑う。


「お前の母親が」


 風が吹く。


 遠くで鳥が鳴く。


「どんな人だったか」


 わらびはもう一度山を見上げた。


 知らない故郷。


 知らない過去。


 そして。


 まだ知らない真実。


 こうして一行は、


 伊吹の長生郷を目めた。

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