第30話 初戦
「選手入場!」
審判員の掛け声を聞き、俺達は小春ちゃんの背中を押す。
「いってこい!」
「がんばるっす!」
「怪我のないように、気をつけて」
「ふふん、任せておきたまえ」
小春ちゃんはそう自身満々に答えると、競技場への一歩を踏み出した。
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――アステリア学園先鋒、小春――
戦闘経験だけでいえば、小春は場数が少ない。もし莉子会長が出場できる状態であったならば、小春にこの役目が回ってくることはなかっただろう。
だがしかし、小春も探索者だ。必要とあらば自分でダンジョンに潜るし、そのたびに成果を得て帰ってきている、立派な実績の持ち主だ。
そんな小春の対人戦成績は、未知数だ。
その実、彼女は学外対抗戦に出場した経験がない。いつも他の先輩や、同級生の紬の背中を見送ってばかりだったからだ。
もちろん装備という面でいつも貢献している。
しかし直接本人が戦うということは、これまで一切なかった。
だからだろうか……
「けっ、なよっちい女かよ」
「レディにその口の利き方はいただけないね」
「まあいい。俺1人でさっさと初戦突破してやる」
「はぁ。うちの学園も舐められたものだね」
ファイティングポーズをとってみせた相手に対して、小春はリラックスして立ち尽くしていた。
「両者構え……競技開始!」
「雑魚に時間かけてられっかよ!」
相手が地面を蹴って急接近する。小春ちゃんはリラックスしたまま、手を掲げて……いや、いつの間にか手に何か持っている。
「バァン」
「っ!?」
男は横に飛び退くように、何かを避けた。
「銃?おい!殺傷武器はルール違反だろ!」
「殺傷?そんなこと私はしないよ」
そう言ってポケットから小さな弾を取り出してみせた。
「これは私が開発した小型の麻酔弾だよ。この銃本体も既製品に似せて作っただけの、麻酔銃さ」
「麻酔銃だと?」
相手は審判の方を見る。審判は何も言わずに勝負の行く末を見守っていた。
ということは、反則ではないということだ。
「じゃあ連発はできねえんだな」
「なんだ、麻酔銃を知ってるのか」
「俺も訳ありでな!」
通常麻酔銃には、シリンジ一体型の麻酔弾が込められる。その弾の大きさから給弾構造を作るのが難しく、連発も想定されていない作りになっている。
「だがしかしだよ」
給弾していないはずの銃を、小春は再び掲げた。
「言っただろう?弾も銃も、私特性の一級品だと」
再び引き金が引かれる。薬室に自動装填された弾が圧縮空気によって打ち出された。
「なっ!」
「戦闘で使うんだ。連発できて当然だろう?」
「くそがっ」
男はギリギリで躱してみせた。しかし、次の攻撃に移るまでにしばしの時間が必要となるくらいには、麻酔銃が驚異的に見えていた。
「ふむ、命中精度はもう少し課題かな。いや、私の腕の問題か」
「ごちゃごちゃとうるせえやつだ」
男は立ち止まると、背中のほうから武器を取り出した。
彼は徒手空拳の使い手ではなかったようだ。
「こいつを使うまでもないと思ってたが、仕方がねえ」
「おや、出し惜しみは強者の特権だよ」
「うるせぇ。その減らず口を閉ざしてやる!」
男の動きが変わった。
男の手にあるのは鎖鎌。その鎌を地面に突き立てては、人ならざる挙動で小春に近づいていく。
「……っ!」
「ようやく焦りを見せたな。でももう遅い!」
男が鎌を振り抜く。
手加減だとか、峰打ちだとか、そんなことは一切考慮されていない、渾身の一撃だった。
「だから言っただろう」
その一撃を、小春は左手で受け止めてみせた。
否、左手ではなく、それに装着された籠手によって攻撃は防がれていた。
「なっいつの間に!」
「セナちゃんのためにいろいろ考えた甲斐があったよ」
接近状態で、麻酔銃を突きつける。
チェックメイトだ。
「……っ!」
その時、男の身体がブレた。
次の瞬間、小春の身体は宙を舞っていた。何が置きたかを人の目で捉えられた者は、この競技場内にいなかっただろう。
それだけのスピードだった。
「っはぁ、はぁ」
「なんだい、今のは」
「へへ、とっておきさ」
「……そうか、異能か!」
「遅いな!」
再び男の身体がブレる。
世の中の常だ。
異能を持たざるものは、異能を持つものに勝てない。
未だ解析の進んでいない謎のメカニズムを持つその力は、人類を持つものと持たざるものにわけてしまうほどに大きな格差を生み出してしまっていた。
男の鎌が小春に迫る。
絶対絶命のその時……
小春は後ろへと転がった。
ある人にはそれが無様な逃げ方のように見えた。
しかしそれは違った。
彼女は逃げたのではない。攻撃したのだ。
ポロポロとこぶし大の何かが、小春の背負っていたバックパックから射出される。
そしてそれは空中へと舞い上がり、男の周囲を取り囲んだ。
「なっ!」
それ以上、男に言葉はなかった。
バチバチと発光し、球体たちの間を稲妻が走った。
「ぐああああああ!」
数秒後、倒れたのは男のほうだった。
小春はパンパンと土埃をはたき落としながら立ち上がった。
「まさかコレを使うことになるとはね」
物言わぬ男に紐を巻き付けて、審判の方を見る。
「しょ、勝者!アステリア学園!」
会場がどっと大きな歓声に包まれる。
いつの時代だって、ジャイアントキリングは最高の点火剤になりうるのだ。
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小春ちゃんが勝った。
小春ちゃんらしい戦い方で。
そして、異能なしが異能もちに勝つというのは、この大会でも初の出来事らしい。
「やったっす!勝ったっす!」
「ちょっと紬、髪が崩れる」
「すごいっす!ほんとっす!」
紬ちゃんのはしゃぎようも仕方がない。
それだけすごいことをやってのけたのだから。
「このまま小春ちゃんが3連勝したっていいっすよ」
「ああ、そのことだがね」
小春ちゃんは、あっけらかんにそう言いのけた。
「次の試合、私は棄権するよ」
なんですって?




