第26話 模擬戦
会議を終え日が傾き始めた頃。
俺は空き地で、紬ちゃんと相対していた。
「なあ、ほんとにやるのか」
「もちろんっす。セナちゃんに試せるなんて光栄っす」
「やる気で何よりだ」
俺は素手で拳を構える。
ちなみに格好はさっきのままなので、短い丈が風でたなびいて大変なことになっている。ここが人目のない空き地でよかった。
「じゃあ行くっすよ」
「ああ、どんとこい!」
紬ちゃんが地面を蹴って、俺達の戦いが始まった。
なぜ戦うことになったか?
それは約30分前に遡る……。
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「頼むっす!お願いっす!」
会議が終わった後、急に紬ちゃんが頭を下げてきた。
「いいから落ち着いてくれ。何を頼むってんだ」
「私と、模擬戦してほしいっす!」
「模擬戦?」
模擬戦という言葉にクエスチョンが出たのではない。
「対抗戦に向けて、私も特訓が必要っす。それに、小春ちゃん製とっておきも練習しときたいっす」
「小春ちゃん俺以外にも装備作ってたのか」
「当たり前だろう。アステリア学園のメカニック担当なんだから」
「どんだけ開発に手を出してんだか」
「最近は調子が良くてね。セナのおかげだよ」
「じゃあもう少しシックな衣装をだな!」
「わはは、よく聞こえないのだ」
「とにかくっす!」
ワチャワチャし始めた俺たちを紬ちゃんが制止する。
「私と戦ってほしいっす」
「ああ、わかった」
対抗戦で爪痕を残すためには、俺だけでなく紬ちゃんたちも成果を残せたほうがいいに決まっている。
それにこういう修行パートってのは、お兄さん嫌いじゃないぜ。
そうして、俺と紬ちゃんは空き地で相対することになるのだった。
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踏み込みの速さはさすがの探索者だ。
素早く繰り出された薙ぎ払いを跳んで避ける。
「まだまだっす!」
薙ぎ払いの切り返しが迫る。俺は地面に着地できないまま選択を迫られる。
「なんの!」
空中にいる俺が足をつけられるのは唯一つ。
刀身の平らな部分を蹴り飛ばし、無理やり軌道を変えさせて難を逃れる。
「さすがの瞬発力っす」
「そっちこそ」
少し距離をとって地面に降り立つ。
「あまり跳んで回避するのは感心しないっすよ」
「みたいだな。控えとこう」
機甲があればブースターでなんとでもなるから跳んでもいいんだが、生身となるとそうはいかない。
「さて、こっちから行くぞ!」
「っ!」
土を踏みしめて紬ちゃんに接近する。
瞬時に防御姿勢をとる紬ちゃん。
だが、想定内だ。
振りかぶっていた右手を引き込んで細かく周り、左手でフックを放つ。
「いっつ!」
しっかりと脇腹に入ったものの、防具のせいで威力がそこまででなかった。
「だが俺のターンだ!」
左足で大きく地面を蹴り、背中側へと回る。
「っ!」
無防備な背中に拳を突き出す。
さすがに寸止めするつもりだった。
「うわぁぁ!」
しかし、その大声で一瞬躊躇った。
その瞬間、意味不明な挙動で横に跳んで行く紬ちゃん。
「……なんだ、今の」
「へへっ、とっておきっす」
紬ちゃんは短剣を片手で持ち、じわりじわりと距離を詰めてくる。
「こっちから行くっす!」
そう言いながら、不思議な姿勢で距離を詰めてくる。まるで針の穴を通すような、ヘビのような……。
「そういうことかよ!」
「遅かったっすねぇ!」
紬ちゃんの声と共に見えなかった糸が俺を巻き取る。
困ったことに、動くと肌に食い込んで痛む。
「いやぁ、背中側にまわられたときはどうしたもんかと思ったっす」
「糸をたぐり寄せて無理やりあの姿勢のまま横に飛んだのか」
「小春ちゃんの設計通りっす」
「そして対抗戦の勝敗条件、拘束すること……か」
身体をすこしひねっただけで、ビシリと糸が張り、肌に食い込む。
「まいった、こりゃ動けないな」
「へへーん、どうっすか」
「いやぁこまったこまった。無理に引きちぎろうとすると肌が傷つくって算段か」
「大変だったっす。細さと頑丈さを……」
「こまった。こまったんだが」
俺は腕に力をいれる。
細い糸が肌に食い込んでいく。
「こまったことに、このくらいじゃ全然止まらないみたいだ、俺」
バチン
音を立てて糸がちぎれる。
紬ちゃんはともかく、小春ちゃんまでも、口を開けて固まっていた。
「さぁ、続きをやろうか」
「ひ、ひえーっす!奥の手潰されたっす!」
日が暗くなるまでいっぱい修練した♡
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――都内某所、深夜
「1人で来たか?」
「ああ、抜かり無く」
路地裏の闇の中、2人の男たちが向かい合っていた。
「仕入れてきたか」
「ああ、金は用意できてんだろな」
「当たり前だ」
男たちは2人とも、使いっ走りにすぎない。
だから、これが何を意味しているのかを理解する脳はなかった。
「こまったねぇ」
「ひっ誰だ!」
「女!?」
「困った、実に困ったことだよ」
女は、やれやれと首を振る。金髪の髪の毛が、街頭を反射してキラキラと光った。
「待て、その顔……皇!?」
「皇ってあの?まずい」
なんで皇が怒っているのかは男たちは知らない。
しかし、それが取引内容に関することだと察する脳は持っていた。
「逃げろ!」
「う、うわぁぁぁ!」
「……ふぅ。まったく困ったものだよ」
皇は投げ捨てられたアタッシュケースを拾って、中身を確認する。
そこには、学外対抗戦の詳細資料がごっそりと詰まっていた。
「勝ち負けがあるところに賭け事あり……か」
対抗戦は、好事家たちには良い賭けの道具だった。
賭け事自体は全てを止めるつもりは皇にはなかった。不可能に近いからだ。
しかし、彼女の目が黒いうちは、こういった『不正行為』は断じて許されなかった。
「楽しみだね、対抗戦」
そんな仕事の後でも、皇の目の光は消えていなかった。
彼女はいつだって、未来に向けて目を輝かせているのだった。




