第22話 止まらず進め
五感というのはよくできているもので
人間というのはその五感によって雰囲気というぼんやりとした概念を感知する。
苔の匂い、ジメッとした触覚、空洞音のする聴覚。
そのどれかか、もしくはそのどれもが変化を感じ取った。
「なんだ……?」
辺りの変化に、俺は警戒を高める。
あいにくカメラは起動中。止める方法聞いてくるの忘れたな。
「……何も起きないな」
敵の気配がしたわけでもない。
ただ、場の雰囲気が明らかに変わった。
その違和感を抱きながら、歩みを進める。
「いや、やっぱり変だ」
直感的に、後ろを振り返った。
そこに今まで来た道はなかった。
正確には、さらに深淵へと導く道がつながっていた。
進んでも戻っても、行き着く先は深淵。
そんな状態でもなお、カメラのランプは点きっぱなしであった。
「仕方ねえ。こうなったら意地でも進んでやる」
俺は前へと足を踏みしめた。
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いつもよりジトッとした道をしばらく歩いた先で、俺は見覚えのある部屋へとたどり着いた。
「ここは……」
そこは、俺がこの身体で目覚めたあの部屋だ。
大きく開いた空間となっており、奥には寝台代わりにしていた台座が鎮座している。
「変遷で道がぐちゃぐちゃになってわからなかったが、こんなところにあったのか」
台座に近づく。
ここに寝転がって目覚めたのも、ずいぶん昔のことのように思える。
「ん?なんだ」
突如、背後の空間が歪む。歪んだ先から、のそりのそりと、多数のモンスターたちが押し寄せてくるのが感じ取れた。
「おいおい、ここは俺の縄張りのはずだろ」
多種多様なモンスターたちが、俺という異物をダンジョンから排除しようとするかのように、じわりじわりと距離を詰めてきている。
機甲を使うという選択肢はなかった。
それに、この程度の相手ならば、機甲を使わずに立ち向かえるはずだ。
「さぁ、生存競争を始めようか」
籠手をつけ直し、靴紐を結び直した。
じわりじわりとモンスターたちは距離を詰めてくるものの、あちらから仕掛けてくる様子はない。
「じゃあ先手は取らせてもらおうか!」
地面を蹴り、一気に距離を詰める。その勢いを活かして――
「おらぁ!」
――先頭のイノシシ型を殴り飛ばす。頭蓋骨を砕いた感覚が拳に伝わる。致命傷に違いない。次いで隣のモンスターへと踏み込む。
核がどうだとか気にする必要すらなかった。
これはフロアボスによる、一方的な蹂躙だ。
ちぎってはなげ、貫き、殴り飛ばす。
だからだろうか。俺はいつのまにか台座に座る影に気づかなかった。
「はははっ、素晴らしいね」
影の主は、パチパチと軽い拍手をしながら戦闘風景を鑑賞していた。
「……お前、何者だ?」
俺の本能という本能が、目の前のヒトガタに逆らうなと警告を鳴らす。
「本当に記憶が抜け落ちてるんだね」
近づいたことで、影の主の姿が顕になる。
今の俺そっくりの姿だった。
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「ど、どういうことなんだ」
「敢えて言うならば始めましてかな」
「何を言ってるんだ」
ヤツはくつくつと気味悪く嗤う。
俺は警戒しつつある程度距離を取りながらも、その一挙一動を目に焼き付ける。
「言葉のとおりだよ」
パチンと指を鳴らせば、ヤツの腕のまわりに歪みができる。
そしてまるで当たり前かのように、コーラのボトルを取り出してみせた。
「その歪み方……小さな変遷みたいだな」
「勘がいいね。そのとおり、変遷と同じ原理だよ」
ゴクリゴクリと喉を鳴らしながら、ヤツがコーラを飲み干す。
「プハァ、やっぱコーラに限るね」
「ふっ、飲みすぎると病気まっしぐらだぞ」
「はははっ、人間じゃないんだから。ならないよ」
「人間じゃ……ない」
「僕たちはダンジョンモンスター、そうだろ?」
目配せする先には、あの台座がある。
俺もヤツも、ダンジョン産のモンスターなのだと言っているようだ。
「目的はなんだ」
「目的?」
ケタケタとヤツは嗤う。
「目的じゃなくて存在意義さ。僕はダンジョンを運営する使命をもってして生まれた」
「運営……?」
「僕はダンジョンがつつがなく運営されるために生み出された存在で」
ヤツがこちらに指を差し向ける。
「君は僕がダンジョンを運営する上で生み出した道具だ」
「道具……だと?」
「だから困ってるんだよね。道具が意思をもっちゃって。まあ意思を持たせたのは僕なんだけど」
「意思をもたせた?な、なにを言ってるんだ」
「……そうか。まだ理解できないんだね」
ヤツはこんどはポテチの袋を取り出して、雑に開けた。
「君は、僕が材料を拾い集めて作り上げたホムンクルスということさ」
「拾い上げた……」
俺の脳内に、あの日、あのダンジョン事変の日が思い返される。
死にかけの俺が、モンスターによって拾い上げられたあの日を……。
「俺は……俺が俺だと認識している人格は……拾われた人間ってことか?」
「そういうことさ」
ポテチのカスを払い落としながら、ヤツは言葉を続ける。
「とにかく、おかえりというべきかな。ここが君のホームだよ。外部の人間がなんと言おうとね」
「ち、違う」
頭の中に、俺の帰るべき場所が思いうかぶ。
「今の俺はアステリア学園の生徒だ。俺の帰るべき場所はそこだ」
「一途だねぇ。まったく、どうしてそこまで人間に執着するんだか」
「それは、俺が俺であるからだ」
「さっきからその『俺』って言ってるけどねぇ」
少しうつむいたヤツは、しかしその口元の端を上げながら言った。
「君はいったい『誰』なんだい」




