第19話 自分
――都内某所。ランク5専用トレーニングルーム――
「やぁ。精が出るね、牙門くん」
「……皇。ここにくるなんて珍しいじゃねえか」
現にここを利用するのは専ら牙門くらいだった。
「なに、深夜に施設利用申請が出てるのを見かけてね。仕事の休憩がてら覗きに来ただけさ」
「趣味が悪ぃな」
「君ほどじゃないさ」
皇はバサリと手に持っていた書類を、わざとらしく落としてみせた。
そこには、アクセスログとともに、証拠となる写真が数枚含まれていた。
「データベースの無断利用、不正アクセス、そして……」
追加で1枚の写真を投げ捨てる。
そこには、先ほどの空き地での戦闘がばっちりと映っていた。
「ランク5に認定された際に言われただろう。私闘は禁じると」
「なんだ、俺を糾弾しにきたのか?」
「やだなぁ、血の気が多いねぇ」
拳を構えた牙門に、皇はやれやれと手を広げて見せた。
「なに、僕も気になるのさ。彼女の強さが」
「じゃあ交換条件だ。教える代わりにお咎めなしにしろ」
「元よりそのつもりさ。この証拠も元データは消してきた」
「……俺がお前をボコせば隠蔽できるってことか」
「できるのかい?君に、この僕が」
「……ちっ。交換条件は成立ってことでいいか?」
「うん、それで構わないよ」
牙門はサンドバッグから離れて水を手に取る。
大粒の汗をタオルで拭き取ってから、ベンチに座り込んだ。
「0回だ」
「ゼロ?」
「俺があいつを殺せたと感じた瞬間はゼロだった」
「ほう、使い魔を使った君をしてか」
「すべての攻撃を見切られて、躱し、受け流された」
「ほう。それで、君は?」
「俺自身が死んだのは、1回、時間切れギリギリの最後の一発だけだ」
「……ふむ、なるほど」
「用が済んだならあっちにいけ。強者の匂いは今はウンザリなんだ」
「くくく、高ぶって仕方がないって感じだね」
「当たり前だろ。あんなにも強いやつが世界にはまだいんのか」
「あれほどはなかなかいないだろうね」
「……っふう、また高ぶってきやがった。どうだ、一回だけ」
「いやだよ。今君と戦うと全力を出さざるを得なくなる。そうしたらこの施設ごとお釈迦だ」
「ちっ」
「それに、また戦う機会はすぐに来るだろうさ」
「……対抗戦か」
「数少ない、ランク5同士が戦う機会でもあるんだ。楽しみで仕方がないだろう?」
「へへ、よくわかってんじゃねえか」
「なに、僕も期待しているのさ」
皇は端末に映るセナの姿を見て、微笑んだ。
「彼女がゲームチェンジャーになることをね」
皇はそれだけいうと、それじゃあとすぐに立ち去ってしまった。
残された牙門はふぅと息を入れ直すと、ふたたびサンドバッグの前に立って、拳を振り始めた。
頭の中に残るあの幻影の速さに追いつくために。
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ちゃぽーん
それほど広くはない湯船に身体を預けながら、俺は物思いにふけっていた。
もちろん先ほどまでの戦いについてだ。
俺は最後、自身の制御を失い、本気の一撃を繰り出そうとしていた。
もしそうなっていたら、あそこが訓練場から事故現場になっていただろう。
「はぁ」
「なに、食えない顔をしているんだい」
「ふ、ふぇ?」
俺の影から、ばしゃりと音をたてて、巫女装束の女の子が飛び出してきた。
「えっと、確かハクだったっけ」
「そのとおり。私はハク、牙門の使い魔だ」
「え、いやどうしてここに、てかここ風呂場!」
「おお、すまない。場所に適した格好になるべきだな」
そういって彼女は手をすっと殺ったかと思うと、巫女装束は消えすっぽんぽんの……
「ってまて~い!」
「ん?なにか間違えたかな?」
「いや、いいのか?いやよくないだろ、なんで裸になるんだよ!」
「そりゃ風呂の中だからだけど」
「そうだけど!そうじゃなくて!一般男性の目の前で……」
そこまでいいかけて、俺が今一般男性の見た目をシていないことに気が付く。
「よくわからんが、まあ裸の付き合いってやつよ」
がははと笑う幼女に、俺は頭を抱えそうになった。
「それで、牙門の使い魔が何の用だ」
「何、少し確認をな」
そういってハクは俺の首元に顔を近づけ、何度かスンスンと匂いを嗅いだ。
「やはり、お主、モンスターの匂いが濃すぎるぞ」
「えっ何を言って」
「何、隠さなくても良い。私だって、モンスターの端くれ。外の世界に出ている珍しい仲間っていうもんさ」
「……」
そう言われると、俺はつい黙り込んでしまった。
自分が何者かだなんて、わかっていたことだ。この生まれでこのスペックで、人間と同じわけがないと。
「安心せい。私は誰かに漏らしたりはしないさ。我が主にもな」
そういうと風呂場の窓を開けスルリと出ていった。
「じゃあの、ダンジョン産の人型。また会おう」
夜の影に溶け込むように、ハクは消えていってしまった。
「……ダンジョン産のヒトガタ、ね」
俺は自分の手を眺める。精巧な作りはまるで自分が人間ではなく、人形であるかのように感じてしまう。
「ううん、よくないな」
俺は俺の意識で動いてる。人間に仇なすつもりもない。
俺は俺である限り、なにがどうであったって、人間であるつもりだ。
そんなことを再確認しつつ、のぼせる前に風呂場を後にした。




