怨嗟の炎は聖女を燃やす
その後、私達はそこから少し距離を取り、森の中の少し開けた空間にまで足を運ぶ。
「⋯⋯うん、ここでいいかな。」
周囲に木々はほとんどない。近くにはちょっとした滝がある程度。
限られた中で選んだ戦場としては上出来だろう。
「主君、本当にこれでいいのか?」
そんな私の背後で、アレスは不安そうな表情で問いを投げてくる。
私の無茶を一番理解しているのは多分この男だ。だからこそ、ここから先の戦闘への懸念も一際強いのだろう。
しかし、私は彼の眼をじっと見据えて答える。
「ええ、確かに最善じゃないかもしれない。けど、これが一番、選んだ感じがする。」
「⋯⋯そうか。」
少しだけ目元が緩んだ、しかし眉が寄っている。
納得はしてるが不安なのだろう。
その不安は、今の私では軽減はできない。
何故なら、ここからさらに無茶を重ねる事は、私が一番よくわかってるから。
「大丈夫よアレス。」
それでも私は彼の方に歩み寄って両手を伸ばす。
「この選択は、私の主義に反してない。」
魔法の発動の前、私ははっきりと言葉を紡ぐ。
「⋯⋯そうか。」
周囲に魔法の光が広がる中、私の視界は彼の呆れたような笑顔だけが映る。
周囲に広がる眩い光、その光はアレスの心臓へと収束していく。
「さ、早く行って。」
私の力を受け取ったアレスは、その言葉に小さく頷いて一気に森の中へと消えていく。
わざとらしく草木を掻き分けて突き進む彼の足音が、森の中で強く響く。
そして程なくして、その足音は止まり、それと入れ替わるように、甲高い金属音が響く。
「案外早かったわね。」
おそらく早々に見つかったのだろう。金属音、という事は相手は想像通り副団長のエリサンだ。
そしてあっちに彼が行ったという事はつまり——
「——見つけた。」
こっちには彼女が来るという事だ。
「⋯⋯ほんっと、予想の範疇すら出ないのね。」
血走った眼でこちらを睨む彼女に対して、私は鼻を鳴らして呟く。
「言っとくけど、どっちも私じゃないからね?」
「黙れっ!」
念のため呟いた私の言葉など届くわけもなく、返答と同時に燃え盛る炎の魔法が飛翔する。
「ローズ・アンブレラ」
咄嗟に魔法の障壁展開で対処するが、私の身体は障壁ごと後方へと吹き飛ばされる。
「⋯⋯ぐっ。」
足の踏ん張りが効かず、私はそのまま地面を転がる。
「⋯⋯最悪。」
思ったより身体に力が入らない。身体の負担は想定以上に深刻だ。
「⋯⋯だったら!」
私は足元に魔法を放つと、周囲に土煙が舞い上がる。
「⋯⋯くっ、逃げるなぁ!!」
怒りも相まって混乱する彼女に背を向けて、降り注ぐ火の雨を駆け抜けて、私は滝の中へと飛び込む。
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主君と離れ、森の中を駆け抜ける俺は、程なくして背後から異様な気配を感じ取る。
そして、その瞬間、気配は殺気へと変わる。
「——フランメル・ヴァーガンディ」
振り下ろされる斬撃に反応して、咄嗟に剣を抜くと、眼前に強烈な火焔が舞う。
「⋯⋯っ!?」
想定よりも重い。
俺の身体は、わずかに地面を押し退けて沈み込む。
瞬間、舞い上がる炎が消え、俺の視界に中年の男の姿が映る。
「おや、これを止めるとは、流石だね。英雄。」
柔らかさの中にどこか野心の滲むような笑みで笑う男を、居れば強引に剣を振って弾き返す。
互いに距離を取り、襲撃者との間に張り詰めた空気が奔る。
飄々とした態度で小綺麗な身なりの中年の騎士、そして、この強さ。
「君が噂の⋯⋯。」
目の前の敵が主君から聞いたとある男に違いないと確信すると、俺は静かに口を開く。
「おや、ご存知かい?光栄だね。」
すると中年の騎士は、剣を手にしたままわざとらしく敬礼してみせる。
「アールグレン帝国騎士団、副団長エリサン・マリヴェルだよ。」
「そうか、俺はアレス・イーリオスだ。」
副団長エリサン、どうやら間違いないようだ。
俺は名乗りと同時に剣を構えると、先ほどまで受けていた殺気が、さらに大きく膨れ上がる。
「⋯⋯知ってるよ!」
そんな言葉と共に放たれた炎の魔法が巨大な龍の形を成して牙を剥く。
「⋯⋯はぁ!!」
俺は咄嗟に魔力の障壁展開で迎え撃つ。
障壁は無事、しかし、周囲の森を焼き尽くさんばかりのその炎は、およそ近接を主体とする騎士が出せる威力の魔法とは思えなかった。
「⋯⋯っ!」
炎が消え、開かれた視界の中、俺たちの視線は再び交わる。
「⋯⋯流石だな。副団長。」
分かってはいたが、この男、強い。
殺さないように、怪我をさせないようにと気を遣ってられる相手では無さそうだ。
しかしそんな俺の警戒とは裏腹に、エリサンは自嘲気味な笑みを浮かべる。
「そうやって褒められると、複雑な気分だね。」
「⋯⋯?」
言葉の意味が分からず眉を顰めていると、彼の口が開かれる。
「これ、僕の力だけじゃないからね。」
その言葉で俺はその強さの仕組みを考察する。
「なるほど、そちらも『聖女の祝福』か。」
相手は騎士、そして彼が守るのは主君と同じ『聖女』だ。同じ戦法で戦うのに、違和感はない。
しかしエリサンは眉をハの字に寄せて首を横に振る。
「惜しい、少し違うね。⋯⋯正しくは、『聖女の寵愛』だ。」
「⋯⋯寵愛?」
聞き覚えのない魔法に動きを止めていると、相手はその隙をつくように距離を詰めてくる。
「知らないんだ?まあ彼女、身持ち固そうだもんね。」
「何が言いたいか知らないが、それは間違いないなっ!」
振り下ろされた刃に、俺は再び迎え撃つ。
「「⋯⋯っ!!」」
交わる二つの刃に遅れて、奴の炎と、俺の炎が衝突する。
周囲に炎の竜巻が舞い上がり、木々が薙ぎ倒されながら燃え広がっていく。
「⋯⋯おいおい、なんで上位魔法使ってるのに互角なんだよ。」
鍔迫り合いとなり、火花を上げる刃の先で、苦々しく笑うエリサンの言葉に、俺は一つの情報を手に入れる。
「⋯⋯なるほど、上位魔法か。」
俺が受けた『聖女の祝福』は、使用者の魔力特性を付与する魔法。
その上位魔法ということは、効果の純粋な強化、あるいはさらなる追加効果が考えられる。
そして奴の口ぶりから考えるに⋯⋯今この瞬間もその効果は恩恵として得られていると推測できる。
それも『戦闘力』という結果に結びついて。
それならば、もう考える必要はない。
「はぁ!!」
俺は強引に剣を弾き上げ、再び距離を取ると、自らの肉体に魔力を流す。
「詳しい話は後で主君に聞くとして、今は、力比べて君に勝てばいい。————違うか?」
その言葉に、エリサンは不敵な笑みを浮かべる。
「——違わないね。」
そして言葉と同時、周囲に不自然な風が吹き荒れる。
「⋯⋯⋯⋯。」
火の海と化す森の木々を鎮火していきながら、一点に集まる風に、俺はそれが魔法によるものであることを理解する。
そしてその風の中心に立つエリサンの姿が、僅かにぼやけていく。
「⋯⋯炎と風の魔法を同時に使っているのか。」
「ああ、複合属性魔法だよ。流石に鋭いね。」
二つの属性を同時に使う高等技術、本来であれば上位の魔法師のみが扱える難度の技術を、騎士の身で使いこなしている。
「流石にレベルが高いな、アールグレン帝国。」
「⋯⋯レベルが高いかどうかは——」
瞬間、揺らいだ景色の先にいるエリサンの姿が消える。
「——敗けてから言いなよ。」
「⋯⋯っ!?」
そして直後に目の前に現れたエリサンの刃が俺の眼前へと迫る。




