Story.92【将軍の憧れ】
第一回目の、“将軍・ビオニア”率いる北方連合との戦が休戦して七日後。
俺達、二種族同盟は再び動き始めた。
正確には、ローソゥとサンに先行してもらい、北方連合へ密書を届ける事を頼んだのが休戦日から二日後の事だ。
「それじゃ、頼んだぞ。二人共」
「あぁ」
「任せな大将。この前の汚名返上させて来るよ」
俺の手書きで再戦の日取りとその内容を書き記した密書を受け取ったローソゥが相変わらず淡白な返答を返し、サンを連れて里を出た。
北方連合の領土は鬼人族の里から丸一日かかる。
それを往復するだけで二日かかる訳だ。
二人が“空間転移”の魔術を持っていればあっという間だったのだろうが、長距離移動が可能な転移系の魔術は俺とサクラしか有していなかった。
俺はまだ再戦の打ち合わせが有るし、サクラは医療部隊の指揮と同盟全員の食事の管理を任せる関係で同行出来ない。
「無事に帰って来いよ…」
「大丈夫ですよ。あの二人は鬼人族でも屈指の手練れですので」
「そうか?」
「はい」
二人の後ろ姿を見送る俺の言葉に、背後に控えていたサクラがはっきりと断言した。
俺よりも二人の事を知るサクラの言葉は説得力があるが、それでもたった二人であのビオニアの領土である敵地に赴かせるのは、当然心配ではあった。
それでも此方に敵意が無い事を示す為にも、この様な形を取るべきだと判断した。
二人も先行する事を快く引き受けてくれた。
「まぁ、前もってあの二人には相手に武力衝突の意志が有ったら直ぐに撤退するよう伝えてるし、無茶はしないだろうけど……」
「ご安心下さい。ローソゥは必ずお役目を完遂して戻って参ります。サンさんも同じく」
「信頼してるんだな」
「仲間ですもの」
効果音に「にこっ」とでも付きそうな笑顔で言うサクラ。
その笑顔には特別な魔力でも込められているのか、心成しか安心感で満たされる。
「俺も大将らしく、皆を信じて待たないとな」
「ヨウ様はご立派な私達の主ですよ」
「そ、そう?」
「はい!」
今度はお日様の輝きの様な笑顔ではっきり言い放つサクラ。
そうも断言されると、ちょっとむず痒い。
―――けど…やっぱ嬉しいな。信頼されるって。
だからこそ、皆の信頼を一身に背負い、その責務を果たす事で、その信頼に応える。
それが、今の俺が全身全霊を持って出来る事だ。
「幹部勢と部隊長を会議所に招集だ。最終確認をするぞ」
「直ちに!」
先程と打って変わった真剣な眼差しに豹変したサクラ。
俺の指示に一礼で返し、駆け足で里の奥へ戻って行った。
俺はもう一度ローソゥとサンの向かった先を見据える。
「―――……頑張れよ」
聞こえるはずの無い声援を送り、俺も里の中へ戻る。
その後、ローソゥとサンは無傷で敵地から帰還し、先行の報告をしてくれた。
先行したその結果は―――上々の一言だった。
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「ビオニア様。二種族同盟より、使者を名乗る者が参りました」
「………通せ」
休戦宣言から二日後。
あの強大な力を秘めた伝説の魔族“半人半魔”が敵将を担う二種族同盟の使者を名乗る鬼人族が二名―――我が領土へやって来た。
「貴方がビオニア殿だな。この度は我等の謁見に応じて頂き、感謝申し上げる」
内の一人、白い角を生やした白髪の鬼人族が私の前で片膝を着き、頭を垂れた。
もう一人の黒い角の鬼女もその後ろに続く。
「感謝など不要。此方こそ態々足労して頂き、礼を言う」
「そうか。早速だが、我等の主より貴殿に渡すよう託された。拝読の後に検討し、返答を聞かせて頂きたいとの事……」
「………」
私は使いの鬼人族から二種族同盟の盟主が書いた密書を受け取り、書面に目を通した。
「返答は今日より七日の内で願いたく」
「待て。それはあまりにも一方的ではないか? ビオニア様に請願する物言いでは―――」
「止せ」
淡白にそれだけを告げて踵を返す鬼人族に対し、同席していた私の配下が不愉快な面持ちで苦言を呈した。
だが、私は逆にそれを制した。
彼の盟主から下命を賜った、たった二人の使い。
一切の感情を悟らせない冷淡さ。
そして何方共が相応の実力を有した手練れである事が分かる。
下手に見ていれば、返り討ちに合うのは此方である事も。
「私の部下が失礼した。返答はこの場で返す。暫し待て」
「―――……承知」
間を置いて、やはり淡白な返答で了承した。
「お前達は下がれ」
「え…し、しかし―――」
「下がれ」
「ッ……ぎ、御意!」
私の命令に躊躇する部下達を下がらせ、敵の使者に見守られながら再び書面に目を通す。
盟主殿の書面は、一言で言えば―――拙い。
こういった書状を書き慣れていない事が容易に見て取れる。
あの人間の容姿をした男が、白紙の紙を睨みつけ、頭を抱えながら小難しい文脈を綴る姿が安易に思い浮かべられ、微かに口角が上がってしまった。
目の前の二人に気取られぬよう、書面の内容を熟考している風を装い、口元に手を添えて隠した。
読めば読む程に笑みが零れかける書面を読み終える頃には、その内容に驚愕も落胆もしなかった。
何故ならば、彼の盟主の提案は私が想定している事だったからだ。
『手前勝手を重々承知の上。願わくば貴公の連合軍との再戦の内容は―――』
「―――フッ」
「ビオニア殿?」
何とも、あの男らしい提案ではある。
私はこの時、戦場で我が身を犠牲に配下を護り抜いた敵大将の姿を思い出した。
魔族の唯一不変の理―――“弱肉強食”。
元々は敵対していた二種の魔族を一つに纏め上げ、尚且つ配下の命を優先する様な変則的な存在。
「―――……」
いや―――私はきっと、そんな奴を羨ましく思っているのだろう。
“将軍”の名を授かる以前に一度だけ訪れた南方国家の城。
先代“将軍”の座に居た私の師と、現国王のグラビアヌス殿が旧知の仲だった縁で、弟子だった私も同行を許された。
師が王城を訪れた理由は、グラビアヌス殿の依頼で城の騎士達に戦いの手解きを任されたからだ。
当時の私は人間と言う種族を良く思っていなかった。
人間は貪欲で姑息。
何より弱過ぎる所が気に入らなかった。
いくら友の依頼とは言え、そんな連中の為に遠方まで足を運ぶ師の考えが理解出来ない程に私は心身共に未熟だった。
だが、そこで初めて対面したグラビアヌス殿の人柄に私は感銘を受けた。
人魔を分け隔てなく接し、当時は無謀だと思われた平和協定を確立させるだけの実行力に、私は人間という種族ならではの底力を見た。
そして、私は何時しかグラビアヌス殿の思想に惹かれるようになっていた。
人間の弱さを許容出来た訳では無いが、人間の中には決して侮ってはならない者が居る。
それは、自己犠牲を問わず、愛他主義の志を貫く―――他者を思いやる優しさが原動力となる者達だ。
私が憧れを抱くその思想を、彼の盟主も持ち合わせている。
それが、悔しい程に羨ましい……
「盟主殿に伝言を頼む。其方の要望を受ける」
故に、また相見えるのが少々楽しみでもある。
「今日より五日後。我が領土にて―――“首座会談”を行う」
魔物でありながら、人間である……あの青年に―――
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北方連合の領地から一日かけて戻って来たローソゥ達からの報告を受け、俺達は四日後の“首座会談”に向けて動き始める。
会議所に幹部と部隊長達を招集し、最後の打ち合わせに取り掛かる。
「ローソゥとサンのお陰で、ビオニアとの“首座会談”の日取りが決まった。四日後に俺は北方連合の領土に行く。同行者は事前に言った通り―――」
と、言い切る前に、アングと他二人が前に出る。
「アングと、内心とっても不安だが―――デルフィノームとユリオスに同行してもらう!」
「おいコラどういう意味だ?」
「あいたたたたっ」
俺が言い終えると同時に、額に青筋を浮かべて頭を鷲掴みしてくるデルフィノーム。
つい心の声が漏れてしまった……ゴメンナサイ。
「心配要らぬぞ旦那様や。相手は三魔将の一角。故に同じ三魔将の座に居る妾達を同行させるのは、奴等への牽制になりつつ、決して相手を格下に見ていないという意思表示にもなるからであろ?」
「そ、そう! その通り!」
「………ふん」
ユリオスが素早く俺の人選の意図を読み取ってくれたお陰で、デルフィノームも納得してくれた。
俺の頭から手を放して、ドカッと音を立てて席に着いた。
「しかし、よくもまぁあの鉄仮面が会談なんぞ了承したな?」
「鉄仮面は関係無いだろ? それに俺はビオニアは話の分かる相手だと思ってたよ」
「ん~……手合わせた者にしか分からぬ事じゃのう」
「俺は一生かかっても分からんぞ。アイツの考えなんぞ」
「ま、まぁ、何にせよ。これで計画通りに事が進む」
ここから先は、本気の俺の正念場だ。
俺がビオニアに同盟締結の意志を固めさせられるかどうかで、この“首座会談”の行く末が決まる。
「時間がかかったが、いよいよこの戦いに決着を付けられる」
誰も傷つかない。
それ故に、話し合いを優位に進められた方が勝利を制する。
―――気張れよ、俺。今度こそ、仲間達の為に勝利を掴み取るんだ!
気が張り続けた四日間が過ぎ去り、“首座会談”の日がやって来た。