Story.91【相棒の絆】
「アング」
「マスター?」
「ちょっと話がある」
会議の後、後に控える再戦に向けて皆が束の間の休息で英気を養う。
そんな中、俺は直ぐ様アングと二人きりで自室に入った。
俺は寝床の縁に腰を下ろし、アングは俺に向かい合う形で床に座る。
「………」
―――話がある。と誘えたものの……何と言って切り出そう……
話す内容は言うまでもなく、先程の戦いで俺がアングに命じた内容についてだ。
緊急事態とは言え、俺は家族と言える存在にとんでもなく酷い事をさせてしまった。
サクラ相手には考え直すだけの思考が回った。
ビオニアにも苦渋の決断……と言うか、賭けで頼み込んだ結果は拒否。
最悪の危機に現れてくれた相棒。
藁にも縋る思いで口に出してしまった俺の殺害……
窮地だと察してくれたアングの適応力に多大な感謝と同時に、多大な罪悪感が積もる。
「……アング」
「はっ!」
複雑な気持ちのまま名前を呼べば、アングは何時もと同じように返事を返してくれた。
それだけでもホッとする。
「さっきは本当にありがとな。お陰で助かったよ」
「マスターがご無事で何よりです」
そう言うアングの尻尾が左右に大きく振られる。
アングの尻尾は表情以上に感情が露わになる。
どうやらアング本人も尻尾の動きに関しては無意識のようで、何時ぞや尻尾の動きを師匠に指摘されて驚いていた事がある。
「ごめんな。嫌な思いさせたろ?」
「まぁ……喜べはしません」
「だよな」
「ですが、あのままマスターを苦しめる方がアングは嫌でした」
アングは俺の傍に寄り添い、座っている俺の膝の上に顎を乗せて一息吐いた。
その顔は糸が切れたようにリラックスしきっている。
そんなアングの頭を撫でてやれば鼻を鳴らしてとろんと目を閉じる。
今となっては当たり前になっていたこのスキンシップにこんなに癒されるとは……
極めつけは―――……
「マスター。どうかお気になさらず」
「……おう」
そう言って膝に頬を擦り寄せて来るアングの頭を抱擁する。
―――……ほんとに大きくなったな。
あの時……ほんの一瞬だけ、この世界で目を覚ました時の事を思い出した。
洞窟から出て来た俺を、初めて襲って来た魔獣。
銀色の毛並みの大きな狼の魔獣に襲われ、無意識で魔術を使ったあの時の、一瞬の出来事。
俺は初めて使った魔術でその狼の魔獣―――後に知る事になる……アングの母親を殺した。
正当防衛とは言え、俺は大事な相棒の肉親を手にかけた。
その事を、忘れた事は一度もない。
―――これで、お相子だな。
何て言い方したら、アングに怒られるな。
「アング。次の闘いも、また一緒について来てくれるか?」
「勿論です! 何処までもお供します!」
アングは嬉しそうに尻尾を振りまくる。
最高の相棒を同行させ、挑むは強者“将軍・ビオニア”。
「次のアイツとの戦い。上手く行けば双方共に血を流す事は無くカタが付けられる」
「マスター。本当に先程会議中に仰られていた戦法で挑まれるのですか?」
「あぁ。実際にビオニアと対峙して、何となくだけど確信が持てた」
そう。
俺は先の闘い……強いては俺が暴走を始め、沈静化し、ビオニアが休戦提案を出してくれた後に、コイツは話せばわかる相手だと思った。
まぁそう思えたのは、皮肉にもアジェッサに戦いを邪魔されたお陰でもある。
互いに勝利を譲れない戦いに横槍を入れられた俺達には共通する感情があるはずだ。
そこを上手く引き出して、向こうとの交渉を有利に進める事が出来れば、今度こそ勝つ事が出来る。
「問題は同行してもらう仲間の選抜だが……」
一人は当然アングだ。
一番信頼出来る相棒だし、いざと言う時に適応出来るコンビネーションがとれるのはアングを置いて他に居ない。
後は……
「穏便に済ませる心算でも、ある程度は相手を牽制出来ないとな……」
穏和に接しつつ、決して隙を見せない。
内柔外剛とは少し違う気もするが、一度は倒しかけた相手の要請を易々と聞き届けられる程ビオニアが寛大かどうかはさて置き、此方もそれなりに体裁を整えて臨む必要はある。
「―――となれば。やっぱりあの二人かな?」
頭の中で一緒にビオニアの許に赴く布陣を構成し、アングと相談する。
俺が提案した二人の名を聞いて、アングが露骨に顔を歪めた。
正直、も~~~ッんの凄く気持ちは分かる。
俺も不安が拭えない人選だ。
だが、この二人が一番北方連合の領土内でも臆する事無く、毅然とした態度で臨んでくれるはずだ。
「もしもの時のアングの負担も増えるけど、大丈夫そうか?」
「お、お任せを…! マスターのお、お手を煩わせはしませぬ!」
声が裏返るアングの頭を撫でて労う。
この人選が吉と出るか、凶と出るか。
―――出来れば、吉と出てほしいものだ。
*** *** *** *** *** ***
ヨウは愛他主義者だ。
そう思い始めたのは、ヨウと出会い、家族となり、一年と経たない頃だ。
鬼人族や女蛇族を率いる立場になって、更にそう思うようになった。
ご自身よりも、仲間の事が大事。
仲間の為ならどんな傷も痛みも厭わない。
ーーー全く。少しは我の気持ちを知って頂きたいものだ。
ローザ師範の許で鍛錬に励む日々の中で、ヨウは口癖の様に仰られていた。
「不死身ってのはさ。どんな世界でも“卑怯”で、RP……戦略ゲームとかでも、敵から忌み嫌われる存在だ。俺には“死”で物事の終止符を打つ事が出来ないからな」
その御言葉からは哀愁が漂っていた。
ヨウは自身が不死身である事に対し、少々自虐的な思想を抱えておられる。
いや……元々、ヨウはご自身の事をあまり好いていないように思える。
それも、この世界に転生なされる以前から。
ご本人から聞かされた話では、転生前のご自身は生まれながらに病弱で、齢十と六つで享年を迎えられた。
十分な親孝行はおろか、親に負担と面倒をかけさせるだけの存在だった等と、そんな自身を卑下する言葉を簡単に口にされる。
談笑の様に語られる所為でその時は唯々聞き入る事しか出来なかったが、内心では口にされる自虐の言葉を否定して差し上げたかった。
我の心より慕う御方に、その様な思想を持ってほしくなかった。
ーーーとは言え。こればかりは他者に指摘された所で易々と思考が変わる事は無いだろう。
ヨウには、どうか御自愛して頂きたい。
我には隠しているようだが、ヨウは、母上に手をかけてしまった事を忘れず、未だに自責の念に駆られ続けている。
我が進化を果たす前にヨウの口から聞かされた母の死の真相。
母の仇であるヨウに対し思う所があったのは事実だが、それ以上に我はこれから先の孤独に恐怖が込み上げていた。
産まれたばかりで、狩りも碌に出来ない。
父と呼べる銀狼族も傍におらず、仲間の群れの居場所も分からない身の上で、この先、どう生きて行けば良いのか……
だが―――……
「―――……俺が、お前の家族になっても良いか?」
「!」
その時の―――母上の仇であるヨウから放たれた言葉に、我は心から救われたのだ。
―――かぞく? ひとりじゃ…ない?
雨に打たれた後の体が、我を抱き抱えるヨウの体温も相まって、心地良く温かさを覚えた。
ヨウが震える右手を我に差し出し「俺と一緒に生きて行くのが嫌だった時は、手を噛んで否定してくれ」と言う。
我は、幼く乏しい思考で、一生懸命に悩んだ。
親の仇だと線を引いて否定するのか、共に生きてくれると温情を与えてくれる相手を肯定するのか……
考えた。
必死に必死に考えた。
考えながら、目の前の男の顔を覗けば―――……今にも泣き出しそうな顔で我を見つめていた。
―――あぁ、そうか……このオトコも、ひとりぼっちなのか……
そう思ったと同時に、我もヨウを孤独になせたくないと思った。
強く思った。
だから、差し出された右手を舐めた。
生前、母上が我にしてくれたように、優しく、安心させてあげる様に……
「っ……ありがとっ…!」
ヨウは緊張の糸が切れたように笑みを浮かべ、涙を流した。
まだ小さかった我の体を抱きしめ、全身を震わせて泣いた。
―――だいじょうぶ。なかないで。だいじょうぶだよ。
そんな思いで涙を舐めた。
涙の味はしょっぱかった。
だけど、少しだけ幸せの味がした。
その時から、我はヨウを家族となった。
我は、ヨウの事が大好きになった。
それから、二年の月日を経た。
主従として、相棒として、家族として。
我はヨウと生き続けている。
この絆は決して絶えない。
例え、大好きなヨウを、この牙で殺してしまう事になったとしても、絶対に……―――




