Story.76【事情聴取】
北方連合の兵士の対応をデルフィノーム達に託し、俺は検診所にやって来た。
慌ただしい検診所の奥で、オキリスがユリオスとビオラに付きっ切りで看病されてる。
―――オキリスは見るからに話が出来そうな状態じゃないな。となると……
俺は視線を、オキリスと共に保護した堕耳長族の方へ向けた。
彼女はボロボロのローブに身を包んでいた。
一見すると褐色肌の魔女の様な見た目だが、耳長族特有の尖った耳が、彼女が魔族だという事を物語っていた。
「貴方様はこの里の長様で御座いますか?」
彼女は俺と目が合うと、礼儀正しく頭を下げて礼を述べ始めた。
「一事はどうなる事かと。私の様な見ず知らずの魔族まで保護して頂けるなんて、何とお礼を言ったら……」
「いや。アンタも俺達の仲間を支えながら逃げてくれてたんだろ? 二種族同盟の盟主として、此方からも礼を言わせてくれ」
「そんな! 私は偶々……瀕死の状態の彼女を発見した時は、何事かと……」
「その辺の話も詳しく聞かせてほしい。今、話せるか? まだ休みたいなら無理にとは言わないけど…」
「いいえ。お話致しますわ。全て…」
堕耳長族は真剣な面持ちで俺を見つめた。
「ですが私はお話を終えましたら、早々にこの里から立ち去りますわ」
「え?」
「同族がいらっしゃるこの里でしたら、彼女の身を隠す事も容易でしょう? ですが私は悪目立ちしてしまいますわ」
「でも今逃げたら、アンタ独りがアイツ等に追われる事になるぞ?」
「えぇ。ですがご安心を。これでも魔術には少々自信がありますの」
彼女はそう言うと、両掌を掲げて、片手ずつに違う魔術を発動させた。
「先程は手負いの彼女を護る事で精一杯でしたので、なかなか応戦出来ませんでしたが、独りになれば、森の外まで逃げるだけの時間が稼げますわ」
「そうか?」
正直、彼女を単身で里の外へ出す事は気が乗らなかった。
彼女の自信は本物の様だ。
とは言え、追手は現在のこ大森林内でも脅威の存在だ。
「……取り合えず、話を聞かせてくれ」
「えぇ」
俺は話を聞く為に、椅子を二つ用意して、彼女と向き合う形で椅子に腰かけた。
そこにタイミング良くサクラがお茶を入れて持って来てくれた。
それを受け取り一口飲んだ堕耳長族は一息吐き、話を始める。
「私の名は、アジェッサと申します。御覧の通り、堕耳長族の旅人ですわ」
「旅人か。一人で?」
「はい。私は、鼻摘み者ですので……」
「あ、失礼…」
「いいえ。構いませんわよ」
堕耳長族はその名の通り、“堕ちた耳長族”の事を示す。
耳長族の掟を破り、その誇りを穢す行いをした者が転化してしまった成れの果てだ。
雪のような白い肌は土の様な色に染まり、放つ魔力も禍々しい物になる。
人間からも邪悪な存在と忌み嫌われるが、魔族に関して博識な師匠曰く、全ての堕耳長族がそう言う訳ではないのだとか。
彼女はソッチのタイプかもしれない。
「それで、どうして彼女……オキリスと?」
「私と彼女が出会ったのは、私が南方国家から北方国家へ移動する為に、国境間近まで来ていた時でしたわ。国境を超す前、其方の女蛇族のお嬢さんが傷だらけのお姿で、私に助けを求めて来られたのです。由々しき事態と察し、咄嗟に彼女を執拗に追う者達に攻撃を……ですが……」
「相手が悪く、北方連合の兵士達を怒らせてしまったと」
「私の判断が甘かったばかりに、貴方様達にもご迷惑をおかけしまいました。本当に申し訳ございません」
アジェッサは深々と頭を下げた。
「いいや。俺達はアンタが助けてくれた女蛇族を探してた最中だったんだ。寧ろここまで連れて来てくれた事に感謝する。それに北方連合とも近々戦になる予定だったんだ。貴女の所為じゃないから、気にしないで」
「あぁ……ありがとうございます」
アジェッサは安心したように微笑んだ。
その直後、里の門の近くでデルフィノームの魔力が高まった気配を感じた。
―――アイツぅ、ヘマはしないと約束したけど、変に挑発したりして無いだろうな!? (※しました)
「では、私はこれにて失礼しますわ」
「本当に大丈夫か? こっちはオキリスの件も有るし、暫く休んでいてくれて構わないんだぞ?」
「いいえ。これ以上のご迷惑は掛けられませんもの」
そう言うと、アジェッサは頭を下げて、腰に添えた腰巻袋の中を漁り始めた。
「………」
―――旅人って言ってたよな? それにしては軽装だし、荷物も武器も碌な物を持ってない。
けれど話の中で北方連合の兵士に攻撃をしたと言っていたし、彼女は魔術専門の旅人なのかもしれない。
まぁ、魔法の起源と名高い“耳長族”なら魔術専門でも当然か。
と、腰巻袋の中を漁っていたアジェッサが手にした何かを差し出してきた。
「あの、この様な物しか御座いませんが、匿って頂いたせめてものお礼に…」
「何これ?」
彼女が手渡してきたのは紅玉色よりもっと赤黒い輝きを放つ石の欠片。
それが首飾りのチェーンに繋がり、ちょっと小洒落たアクセサリーの様になっていた。
「私が路銀集めの為に作った魔石のアクセサリーです。この魔石は魔素を多く含み、魔術師にとっては魔力向上、魔術進歩のお守りとして効果が期待出来ると人気なのです」
「へぇ? じゃあ結構貴重な物なんだ」
「私の腕ではとても高額で売れる様な物には出来ませんでしたが、魔石その物の効果は十分に御座います」
「なら余計にタダで貰う訳には行かないな」
“等価交換”が身上の俺としても、オキリスを助けてくれた礼をアジェッサにしなければ気が済まない。
俺は傍に居たサクラに視線を送った。
サクラは俺の意図を読み取ってくれたようで、微笑みながら検診所から出て行った。
「時に、何で北方国家に入国しようとしたんだ? やっぱ、魔族主義の国だからか?」
「それも御座いますが、主に魔術の研究の為に。ですが、最近は北方国家の内情も不安定なようで、中々すんなりと入国する勇気が持てずにいました」
「確か、もうじき四方国戦争が始まるかもしれないんだよな。そんな時に四方国に挟まれた大森林に滞在すんのは危険だな」
と言うか、今この大陸に居ること自体が安全ではないか。
「俺達の里も、このまま戦争が始まったら危険かもな…」
今更だが、四方国戦争への不安が脳裏を過った。
戦争が終わるまでの間、鬼人族と女蛇族の二種族を移動させるとなると、今からでも移動を始めないと間に合わないかもしれない。
と言うか、この里を放棄するような事を皆が承諾するとは思えない……
「ヨウ様」
そんな中、サクラが両手に酒瓶を抱えて戻って来た。
その酒瓶をアジェッサに手渡すと、不思議そうに首を傾げられた。
「お酒? 葡萄酒ですか?」
「いや。まだ試作品なんだけど、酒に提唱がある女蛇族に好評な蜂蜜酒だ。王都では売られていない珍しい酒だし、味も良いから高値で売れると思う。勿論、アンタが飲んでも構わないよ」
「まぁ、そんな貴重なお酒、本当に宜しいのでしょうか?」
「コッチも貴重なアクセサリー貰ったし、これでお相子って事にしよう。此処から先はアンタの事助けてやれないし」
「そんなお気遣いまで……では」
アジェッサは快く蜂蜜酒を受け取った。
「ありがとうございます」
「こちらこそ―――」
互いに礼を言いつつ、俺も赤黒い魔石のアクセサリーを受け取った。
瞬間―――
【 ヤ メ ロ ッ ! 】
「?」
一瞬、脳裏に叫び声が聞こえた。
途端に背筋が凍り付く感覚。
時々聞こえて来るもう一人の俺の声も聞こえた気がした。
―――ん? 何だ?
でもすぐに消え去った。
気の所為と思う程、一瞬の出来事だ。
《マスター。北方連合の兵士が戻って行きました》
“遠隔会話”でアングから連絡があった。
「分かった。ローソゥの部隊はそのまま里周辺の警備を続けてくれ。他の者達は来襲に備えつつ解散だ。きっと奴等は数日の内に動き始めるぞ」
それも今まで戦ってきたどの勢力よりも強力だ。
休める内に英気を養ってもらわないと。
《畏まりました。アングも其方へ戻ります!》
「あぁ。それとローソク以外の幹部と部隊長達も呼んでくれ」
《はっ! 暫しお待ちを!》
アングの威勢のいい返答の後、“遠隔会話”が途絶えた。
五分とせずアング達が此処に来るだろう。
「すまない、アジェッサ。俺達も間も無く戦が控えてるんだ。本当なら森の外まで護衛してやりたいんだけど……」
「お気遣いは不要でしてよ。皆様のご武運を心からお祈りしますわ」
「ありがとう」
「さて、ではそろそろ―――」
アジェッサはサクラから受け取った蜂蜜酒を慣れた手付きで“黒箱”に仕舞っていた。
―――やっぱり魔術専門の旅人か。耳長族程の魔術の専門家ですら四人の兵士に成す術が無かったとすると、俺が思う以上に向こうの戦力の基準値は高いという事になる……
俺は作戦の練り直しをすべきか思考した。
その時、丁度アング達が検診所に帰って来た。
「マスター! ただいま戻りました」
「あ、おう。おかえり」
アングに続き、気怠そうに検診所に入ってくるデルフィノーム。
その後ろにはグウェンとアグーラムとムックも居る。
「お疲れ。ヘマしなかったか?」
「しないと言っただろう。これでも俺は三魔将―――だ……」
自信満々に胸を張るデルフィノーム。
しかし、彼は突然目を見開いて口を閉ざした。
その視線の先には、サクラに蜂蜜酒の礼を述べているアジェッサの姿があった。
そして唐突に、デルフィノームはアジェッサのローブの胸倉を掴み上げたのだった。




