Story.75【北方連合の兵士】
「医療班は急ぎ治療部屋へ! 北東連合の迎撃を警戒しろ!」
「「「はい!」」」
「非戦闘員の方達の避難誘導の準備もお願いします!」
「分かりました!」
サクラとゼラを筆頭に、里の近くまで逃走している二人の魔族を保護する準備を急がせる中、俺とデルフィノームとユリオスが率いる戦闘員達が里の守備を固め、戦闘態勢を整える。
「随分とタイミングが良くないか? ビオニアの放った罠じゃないのか?」
「主はまだそのような事を! 罠にせよ妾の妹を救出出来る機会をみすみす逃して成るものか!」
「二人共! いい加減喧嘩するな! 罠である可能性を考慮しつつ、確実に二人を保護する! ユリオスは一先ず妹さんの保護と治療に専念してくれればいい! 追手は俺とデルフィノームとグウェンで迎え撃つぞ!」
「了解した!」
口頭でザックリと指示を出したが、流石に戦いなれている二種族なだけあって自主的に行動に出てくれている。
里の周辺に“防盾”を張り巡らせる鬼人族達。
木陰に身を隠し、周囲を警戒する女蛇族達。
遠距離攻撃が出来る俺やデルフィノームの前方に武器を持って構える近接隊のアグーラムとムック。
ある程度体制が整った所で、周辺警備を行っていたローソゥ達が戻って来た。
ローソゥとサンの両脇に挟まれる形で運ばれて来た堕耳長族の女性と、生傷が体中に刻まれた幼い女蛇族が里の奥へ連れられた。
「オキリス!」
姿を認識するや否や、即座に傷だらけの女蛇族の許に尾を引きずって近寄るユリオス。
ローソゥ達から妹の身柄を受け取ると、その大きな体全身で包み込むようにして強く抱擁した。
「オキリス! あぁ…何と痛々しい…!」
「ッ……お姉、さま……?」
傷だらけで女蛇族―――オキリスは虫の声で、自分を抱擁するユリオスの背に腕を回した。
「お姉さま……お姉さまぁ……ッ」
「な、泣くでない! もう大丈夫じゃぞ? 妾が傍に居るぞ?」
糸が切れたようにユリオスの腕の中で泣き始めるオキリスを、ユリオスは必死に落ち着かせようとする。
しかし、どうにも様子が可笑しい。
何者かによって甚振られた恐怖もあるようだが、それ以外にも涙を流している理由がある様に感じられた。
オキリスが繰り返し何度も「ごめんなさい」と繰り返して謝っている。
どうにも不審に思ったサクラ達が早々にオキリスを里の奥の検診所へ連れて行った。
その場に残った堕耳長族は心配そうにオキリスを見送っていた。
「お前、怪我は?」
ローソゥが堕耳長族を気にかけて声をかけた。
「わ…私は大丈夫ですわ。ですが、彼女が心配で……」
どういう成り行きでオキリスと知り合ったかは知らないが、その一心に心配している様子を見て、ローソゥは一先ず敵ではないと判断した。
「お前も奥の検診所へ」
「は、はい」
堕耳長族はローソゥに言われるまま、サクラ達の後を追って駆けて行った。
医療部隊を見送り、ローソゥは里の周辺を警戒する俺たちの元へ戻って来た。
「どうだ?」
「お嬢達に任せた。堕耳長族はともかく、女蛇族は重傷だ……精神的にも」
「そうか」
戻ってきたローソゥの報告を聞き、一抹の不安を覚えた。
だが今は、前方から迫って来る北方連合の兵士を相手にする事に集中しなければ。
この間に、アグーラムが“大鷲ノ眼”を発動して接近してくる北方連合の位置を把握した。
「追手の数は四名です。隠密も居ないようですし、数では我々の方が優位です」
「なら先制攻撃っしょ!」
余裕綽々で槍を構えるムックの後頭部をグウェンが軽く叩いた。
「馬鹿か。相手の力量がハッキリしてない内に余計な事するな」
「で、でも、四人対八十人ッスよ? 余裕ッスよね、親分?」
「俺に助け求めんな」
求められても俺だってグウェンと同意見だし。
追手だって自分達だけで鬼人族や女蛇族を相手に出来るとは思ってないだろう。
追っていたオキリスと堕耳長族の二人を追って来たんだ。
二人を差し出せば、向こうは事を荒立てずに去るだろう。
けど……
「同盟者との約束だ。保護した二人は渡さない。あくまで話し合いでこの場を収める。相手が手を出すまで此方から攻撃するな!」
「「「はっ!」」」
話し合いで治まるならそれに越したことは無い。
所詮は只の一時凌ぎだが、今はまだ本腰入れて争う時じゃない。
「間も無く来ます」
アグーラムの報せで、皆が身構える。
「ヨウ」
そんな中、デルフィノームが俺に耳打ちして来た。
「作戦の決行までお前の存在はなるべく隠せ。知られた所で勝利は揺るがんが、面倒な策を練られては厄介だ」
「それもそうだな。けど……」
この場を皆に任せて自分が身を隠す事に気が引けた。
「ヘマはしない。お前は保護した二人から事情でも聴いて来い」
「……分かった。頼んだぞ!」
「おう」
「アングは此処に残って、何かあったら“遠隔会話”で報せてくれ」
「御意!」
俺はその場をデルフィノームと仲間達に託し、検診所に向かった。
「さて…―――おいでなすったか」
デルフィノームが相手を牽制するよう荒々しく魔力を放出した。
間も無くして、茂みの奥が騒めき出す。
姿を現したのは、板金鎧を身に着ける魔族だった。
一際大柄な一眼族、二人の獣人族、そして宙を舞う有翼族の四人。
四人の中でもリーダー格と思われる一眼族が前に躍り出て、デルフィノームと対峙する。
「鬼人族の長デルフィノーム殿とお見受けする。我は“将軍・ビオニア”様の忠実なる第五小隊隊長、ベルニコフである」
「そうか。それはご丁寧に。それで、殺気だって俺の里まで何用で来たのだ? 場合によっては手荒な歓迎になる事も止むを得ないのだがなぁ…」
デルフィノームは覇気を強めた。
圧倒的な魔力の差を見せつけられ、北方連合の兵士達は身構える。
だが、流石は“将軍”の部下と言うべきか、デルフィノームの覇気に気圧された様子は無い。
「これは失礼した。用件を先に申すべきでしたな」
ベルニコフは片手を剣の柄に添えたまま話を進めた。
「今し方、此方へ女蛇族の少女と翠玉色の瞳をした堕耳長族が逃げてきたはずだ。もし匿っているならば、快く此方へ身柄を渡して頂きたいのだが?」
「……ふむ」
デルフィノームは何処か芝居掛かった動きで顎に手を添える。
「堕耳長族は知らんが、女蛇族ならこの里に大勢居る。一人ずつ顔でも見て探してみるといい」
「……白を切られるつもりか?」
デルフィノームの態度に対し、ベルニコフの額に青筋が浮き出る。
だがデルフィノームも一歩も引かず、尚且つ鼻で笑って言い返す。
「随分な物言いだな、“将軍”の腰巾着が。何を根拠に疑ってやがるのか知らねぇが、問答無用で里の中に押し入ろうってんなら―――」
そう言いながら右手を天に掲げる。
同時に、鬼人族と女蛇族が四人の兵士を取り囲むように態勢を取る。
勿論戦うつもりはない。
だが数で圧倒する方法が功を奏したのか、流石に北方連合の兵士達の表情が険しくなる。
「ホレ。さっさと手前ェの巣に帰んな。それとも、主の許可無しに、俺等と戦り合うか?」
「……チッ」
目に見えて悪態を見せるベルニコフは渋々剣から手を離した。
他の三人も続けて戦闘態勢を解いた。
「今回の件はビオニア様に報告させて頂く。逃走者を匿っているならば早急に身柄を差し出せ! でなければ、どうなるか……」
「しつけぇな」
デルフィノームは顔を顰めて全身を放電させる。
「来たきゃ来いよ。何時でも相手になってやらぁ」
「ッ……我等、北方連合を見くびるなよ……ビオニア様の足元にも及ばぬ下級魔族風情が…!」
その途端、四人の足元に陣が出現する。
転移魔術の一つ“帰還”だ。
「首を洗って待っているがいい! 我等、北方連合を敵に回した事を後悔させてくれるわ!」
お決まりの台詞を吐き捨て、ベルニコフ率いる兵士達はその場から姿を消した。
途端に、同盟を組む二種族が安堵の声を上げた。
「あぁ~! 怖かったッスねぇ!」
「あのまま本気の戦闘に入っていたら、危うかったのは我々だったでしょうね…」
「ったく、デルフィノーム! お前の挑発で冷や冷やしただろ!」
「ふん。あの程度、挑発にもならんわ」
「けどこれで、完全に北方連合との戦争は決まった」
二種族同盟は“将軍・ビオニア”が追う逃走者を匿い、それを偽った。
遅かれ早かれ……否、気付かれているのは明白だ。
後は、向こうが動くのを待つ事になる。
「気を引き締めろ! 近日中に開戦だ!!」
そしてこの間、俺は逃走者の一人、堕耳長族のアジェッサに事情聴取を行っていた。
ユリオスの妹―――『オキリス』
名前由来―――オキザリス『母のやさしさ』
北方連合の一眼族―――『ベルニコフ』
名前由来―――ベロニカ『忠実』




