Story.63【サクラ色の髪】
「ヨウ様。今、宜しいでしょうか?」
黒角の墓地から戻って来た俺に、サクラは真剣な面持ちで話しかけて来た。
「良いけど、どうしたの?」
「お、お願いがありまして……」
何やら言い辛そうに口籠る。
里の中では既に殆どの鬼人族達が目を覚まし、動き始めていた。
そんな中、朝食担当のはずのサクラが仕事を他に任せて俺の許に来るのは、この数日の間では珍しい事だ。
「お願い? どんな?」
「……此処ではちょっと……」
そう言うと、サクラは里の奥へ向かうよう促してきた。
用件がハッキリしないが、俺はサクラに従ってその後ろをついて行った。
此方からは里の様子は伺えるが、他からは注視しなければ見逃してしまう様な住居の陰に連れて来られた俺に、サクラは両手の指絡ませて落ち着きがないようにしている。
「どうした? 何かあった?」
「……あ、あの。誠に恐縮なのですが……」
「うん」
サクラが落ち着きのない指をギュッと握り、深呼吸をした。
そして、深く深く、頭を下げた。
「伏してお願い申し上げます! 私も兄様やローソゥと同じく、ヨウ様の恩恵を授かりたく―――“魔術”の譲渡をして頂きたいのです!」
「“等価交換”を?」
「はい!」
真っ直ぐと赤い瞳を俺に向ける。
「兄様に伺いました。同等の対価をもってすれば、今までの比にならない程の魔力を有する事が出来るのだと……」
「まぁ、実際に譲渡してみないと魔力が向上するかは分かんないけどな?」
前もって“解析”をしていれば相性の良い魔術を選択してやれるけど。
「現に、兄様とローソゥは尋常ではない程魔力が高まり“鬼人ノ王”に進化されました。私もヨウ様の配下に就く鬼人族族の幹部。その地位に恥じぬ働きがしたいのです。卑しい強請りをしている事は重々承知しておりますが、どうかお情けを頂けないでしょうか!」
「卑しいなんて思ってないよ。けど、サクラは魔力で言うなら“等価交換”前のグウェンより高かったろ? 今でも十分じゃないか?」
「“治癒”や“跳躍者”のような、防衛系統でしたら多少の自信はありますが……」
「じゃあ、攻撃系の魔術が欲しいって事?」
「―――……いいえ」
サクラは間を置いて、ゆっくり口を開く。
「皆を―――護る魔術を頂きたいのです」
「護るか……具体的には?」
「あの…非常に、ザックリとした考えなのですが……皆が痛みを伴う傷を負う事を……少しでも無くせられればと、考えています」
それはつまり、“防盾”の様な防衛特化型の魔術って事か。
「成程ね。分かった。そういう系の魔術あるから、強力なのがある」
「ほ、本当ですか? ヨウ様が失って、お困りにはなりませんか?」
「“治癒”とか“防盾”って、有ればそれなりに便利なんだけど、俺自身は怪我してもすぐ治るし、何より死なないから、持っててもあんまり関係無いんだよね」
なら、サクラに譲った方がずっと活用してもらえる。
ただ……
「ただ……“等価交換”は物々交換だ。俺の魔術をサクラにやる代わりに、それ相応の何かを頂かないといけない。大丈夫か?」
「同等の価値を持つ物ですよね?」
「あぁ」
「それは、他種族にはあまり理解の得られない物でも大丈夫なのでしょうか?」
「鬼族の中でしか価値が無いって事か? 多分、大丈夫だと思うぞ? ちゃんとそれだけの価値が成立する場のある物ならね」
「でしたら―――」
サクラは徐に、自分の艶やかな長い桜色の後髪を一つに束ね、肩から胸元に垂らした。
「私の髪を、対価として受け取って頂けませんでしょうか?」
「髪?」
「はい。鬼女にとって髪は大切な儀式で必要なのですが、我々の種族の守護神である鬼神様に捧げる供物として扱われます。里の鬼女達に長髪が多いのは、後に供物として鬼神様に捧げる為です」
「へぇ。そんな風習があるんだな?」
―――つまり髪が短い鬼女は、既にその儀式を終えているって事か。
「でも、聞いた感じじゃ後に必要になる物なんじゃないの?」
「それは……」
サクラは口籠った。
視線を俺から逸らし、薄っすら頬を赤らめている。
「ヨ、ヨウ様になら……寧ろ受け取ってほしいのでっ!」
「え?」
語尾を荒げ、サクラは真っ赤な顔で断言した。
どういう事なのか、種族の違う俺には分からなかったが、サクラがそれで良いと言うなら“等価交換”の譲渡品として問題無いだろう。
「分かった。譲渡品はお互い異論無しって事で成立した」
「あ、ありがとうございます!」
「じゃあ、“等価交換”の手順を説明する」
「お願いします!」
俺は魔術発動の口上をサクラに教えた。
サクラは真剣な面持ちで俺の話を聞き終え、懐に仕舞っていた小さな短刀を鞘から抜き出した。
「本当に良いのか? 折角の綺麗な色の長髪なのに…」
「ありがとうございます。何時か訪れる儀式の為に、幼い頃から手入れをしてきた物ですが、だからこそ、ヨウ様への譲渡品として相応しいと判断しました。これ以上の物を提供しろと言われたら、自分の命を差し出す他ありません」
「そうか?」
「はい」
自分の命を差し出すなんて言われたら、もう髪を頂くしかないじゃないか。
「よし! 決心がついてるなら、これ以上俺がとやかく言うのは諄いな。有難く頂戴するよ」
「はい!」
そしてサクラは、抜き出した短刀の刃を自らの髪に宛がった―――