Story.52【大蜘蛛討伐作戦終結】
グウェンに授けた上位魔術―――“火竜ノ降臨”が盛大に炸裂し、逃げようと分裂した蜘蛛達が地面の中から炙り出された。
「やれ! ローソゥ!」
「あぁ…!」
グウェンの促しで、ローソゥが両手に小さな竜巻を出現させる。
「同胞と……お嬢の仇だ……!」
宙を舞う小蜘蛛達が再び地面に戻る前に、ローソゥは“小さな竜巻”を小蜘蛛達に放った。
「“精霊ノ飛翔”!」
ローソゥから放たれた風は“防盾”の中で爆発的に巨大化した。
その様は、まさに暴風。
意志を持っているかのように吹き荒れ、小蜘蛛を余す事無く両断していく。
「これは……“防盾”の方が持ち堪えられるか心配だな……」
“精霊ノ飛翔”も、俺とローソゥが“等価交換”で譲渡した上位魔術だ。
その場に居るほぼ全員が繰り出す“防盾”内で大型台風並みの暴風が吹き荒れている所為で、魔力が乏しい若い鬼人族達は風と一緒に吹き飛ばされそうになっている。
「と、飛ばされるぅう!!」
「踏ん張れぇ!! ここまで来たら、全滅させるまで気を抜く訳には行かないんだ!!」
「頑張れ! もう少しだ!!」
俺も鬼人族達と一緒に“防盾”を展開していたが、ローソゥの魔力と相当相性が良かったのか、俺が想定していた以上の風力だ。
―――つーか俺が所持してた時より強化されてないか?
俺でも抑え込むのがしんどい程の魔術と化している。
―――俺にも勝るとは、ローソゥ……もしやお前、風魔術の天才なんじゃないか?
何となく悔しさが込み上げるが、渡してしまった物はしょうがない。
それに、譲渡してから慣らしてる間も無く全力で使ってるローソゥ自身も、見るからにしんどそうだ。
「はぁ…っ…はぁ…」
「ローソゥ! もう少しだ! 踏ん張れよ!」
「ッ……!」
返答する余裕もなさそうだ。
その頑張りもあって、無数に居たはずの小蜘蛛の8割は消滅したように見受けられる。
「はぁっ…はぁっ…―――あとぉ、少し…!!」
「いけぇ!!」
「頼む!!」
「ローソゥ!!」
同胞から声援を受けるローソゥは、頬から大粒の汗を垂れ流しながら、最後の止めを刺しにかかる。
一匹、一匹、確実に。
「これで―――最期だぁ!」
そして、遂に―――その時を迎える。
・
・
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気付けば、周りの木々の葉音が穏やかになっていた。
業火で熱された空気が辺りに充満して、自然に吹き抜ける風かそれを冷ます。
草木の焼け焦げた匂いに交じって、毒気を帯びた異臭を放つ無数の蜘蛛の死骸。
魔力と体力切れで地に膝を着く鬼人族達。
唖然として、立ち尽くしたまま動かないグウェン。
その隣に立つ俺。
そして、俺の目の前に、肩を大きく上下に動かして呼吸を繰り返しているローソゥの姿があった。
「―――やった?」
誰とも関わらず、自然とその言葉が出る。
俺は周辺を魔力探知で確認する。
「あの蜘蛛の魔力は、もう感じない―――完全に消滅したぞ」
「や……」
「「「やったー!!!」」」と歓喜の声が上がった。
隣同士で抱擁し、涙を流して嗚咽する者も居た。
無理もない。
彼らにとって長く苦しい敵討が、ようやく達成されたのだ。
そりゃあ、嬉しいに決まっている。
「はぁ…や、やった…」
「ローソゥ!!」
グウェンが目尻に涙を浮かべ喜色満面の表情で、立ち尽くしていたローソゥの頭を抱きかかえた。
その反動で二人同時に地面に尻もちを着いたが、御構い無しにグウェンはローソゥの頭をワシャワシャと強引に撫で回した。
「よくやったぁ! 本当によくやったぞ!!」
「グ、グウェン……痛い、止めてくれ……」
魔力切れで今にも眠ってしまいそうなローソゥに、グウェンは容赦なく抱擁を繰り返す。
細身のローソゥがぽっきりと折られてしまいそうな勢いだ。
―――て言うか、グウェンも不慣れな上位魔術を繰り出してこれだけ元気なのが驚きだ。
鬼人族族は総じてタフなのかもしれないな。
「何はともあれ。これで悲願は叶ったよな? グウェン、ローソゥ」
「ヨウ!」
未だ座り込んでいる二人を上から見下ろして声をかける。
グウェンはハッとしたように俺に向き直り、立ち上がったかと思うと、俺の両肩を強く掴んだ。
「ヨウ! お前には心から感謝している! お前の協力が無ければ、妹も、仲間も、里も、全て失う所だった。この恩は一生忘れない! ありがとう!!」
グウェンは俺の目の前で頭を下げた。
「いやいや。俺は何もしてないし。皆で決めた作戦で、皆が最後まで戦い抜いた結果だろ?」
「俺達が最後まで戦えたのは、お前の協力あってこそだろ。魔術の譲渡……本当にで助かった」
そう言って、グウェンは俺の肩をポンポン叩いた。
「けど、良かったのか? 結構役に立つヤツくれたじゃん?」
「何言ってんだよ? 真面に制御も出来てなかったモンだ。逆にお前の役に立つって思ってくれんなら、手放して正解だったぜ」
「そうか? なら、有難く貰っとくよ」
「おう!―――っと、そんな事より!」
思い出したように、グウェンが今も尚治療中のサクラの許へ駆け寄る。
そこへ、大森林の奥から戻って来たアングも合流した。
「マスター!!」
「戻ったか、アング」
「はっ! 非難していた鬼人族達も無事に生還いたしました!」
その背中には、サクラが身を挺して護った子供達が乗っている。
後ろから他の鬼人族達も姿を見せる。
見た所、怪我の一つもしていないようだ。
「良かった」
―――残す問題は、サクラのみ……
「どうだ? サクラの容態は…?」
「は、はい! もう少し…」
サクラの治療に専念していた鬼人族の手によって、腹に貫通していた大蜘蛛の足がようやく取り外された。
「取れました!!」
治療していた前髪の長い鬼人族が、サクラから取り除いた蜘蛛の足を高々と上げた。
「サクラ様の傷も結合完了! もう大丈夫です!」
「そ……そうか……」
グウェンが糸が切れたように地に膝を着いた。
「サクラ、大丈夫そうだな」
「あぁ。本当に良かった……」
かく言う俺とローソゥも、やっと心から安堵した。
これで心置きなく再興に―――
「……………………ん?」
―――ってぇ!! 蜘蛛の足はぁ!?
「まだ蜘蛛残ってたぁあ!!」
俺の叫び声で、その場に居た鬼人族達がハッとなる。
「おまっ! ソレ! 分裂するぞ!!」
慌てふためくグウェンが、足を手にしたまま前髪の長い鬼人族に言い放つ。
当の本人は顔面蒼白で、同じく慌てふためいていた。
「どどどどうしたら?!」
「上に! 思いっきり放り投げろ!」
「こ、のぉお!」
俺の言葉に従った鬼人族が蜘蛛の足を思いきり宙に放り投げた。
案の定、蜘蛛達が分裂を始める動きを見せる。
―――させるか!!
俺は放り投げられた蜘蛛の足に右手を翳した。
「“水晶ノ囲”!」
大蜘蛛の足が、小蜘蛛に分裂する直前。
それを覆い囲む様に球体上の水晶が蜘蛛を一匹残らず閉じ込め、地面の上を転がった。
「ふぅ~! ギリギリだった!」
「コイツ等、一本の足だけで、まだこんなに居やがったのか……」
「アレだけ殺しても足の形を維持してたって事は、コイツ等は“個”が合体して擬態するタイプの魔物だったっぽいな」
「どの道コイツ等とは今度こそおさらばだ―――ローソゥ。行けるか?」
「……す、少し……休ませて、くれ……」
眠気の頂点なのだろう。
もう殆ど瞼が閉じているローソゥが辛うじてグウェンに返答した。
「ローソゥが回復次第、もう一度、蜘蛛を駆除する。今の内に防御部隊も可能な限り回復しろ!」
「あ、あぁ…分かった…」
とは言うが、もう間もなく完全にローソゥは眠りにつく。
他の鬼達だって、そう簡単には回復出来ないだろう。
―――あ。そうだ…!
「グウェン。ちょっと、待ってくれないか?」
俺は小蜘蛛が蠢く水晶の球体を持ち上げた。
持ってるだけで鳥肌が立つほど気持ち悪い……
「コイツが何なのか、ちゃんと調べておきたい。今後もコイツみたいな魔物が現れないとも限らないし。もし、操ってる奴の存在があるなら、俺達にとってはそれこそ倒すべき最大の敵になるだろ?」
この蜘蛛の解析には手を焼いていたが、此処にこれだけの実体がある。
実体があって触れる事が出来るなら“解析”も可能だ。
「………それもそうだな。だが、出来ればサクラや子供達の目に届かない場所に監禁しててくれないか?」
―――当然だ。特にサクラにとっては心の傷確定の相手。厳重に監禁しておかないと。
「任せろ。俺の四次元ポケットに仕舞っとくよ」
「よじ…? まぁ、そういう事なら……ヨウに任せる」
「おう」
グウェンの許可を得た。
複雑な心境だろうが、俺の監視下に置く以上、絶対に逃がさない。
右手を宙に掲げ、魔術を発動する。
「“黒箱”」
空中に出現した黒い穴の中に水晶を放り投げる。
―――コイツも、デルフィノームの異変に無関係ではないだろう。裏で糸を引いてる存在……必ず見つけ出して、サクラ達が受けた痛みを倍返ししてやる……
俺は心の中で静かに復讐を誓った。
そうなった時、まだグウェン達と共に居るかは分からないが、必ず共に戦おうと思う。
本当に倒すべき誠の元凶―――そんな奴がいればの話だが……
「―――……ん……」
蜘蛛を“黒箱”に閉じ込めた事で、再び静けさを取り戻したその場所に、サクラの声が微かに響く。
「と、頭領! ヨウ様! サクラ様が…!」
「サクラ!」
治療を終え、すっかり腹の傷も癒えたサクラが、横たわった状態のまま意識を取り戻した。
「サクラ」
「………ヨウ、さま」
桜色の前髪から覗く赤い瞳が、俺を見上げる。
その目には、ちゃんと“生命”が宿っている。
俺は膝を着き、サクラの肩を支えながら上半身を起こした。
「終わったよ……サクラ」
「―――はい…! ありがとう、ございます……ヨウ様……」
ふわっと微笑む彼女の瞳から、太陽の光で輝く涙が伝い落ちる。
「ヨウ。改めて礼を言わせてくれ。本当に、ありがとう…!」
グウェンが俺の隣に膝を着いて、深く頭を下げた。
それに続くように、他の鬼人族達も俺の前に集まって、頭を下げる。
「ありがとう…! 本当に…本当に…っ」
「貴方は私達の救世主だわ…!」
瞳に涙を浮かべる鬼人族達が続け様に俺の手を握って礼を言って来る。
「皆で勝ち取った勝利だ。此処は代表して、頭領が勝利宣言すべきじゃないか?」
感謝される事は嬉しいが、やっぱり気恥ずかしい。
俺は逃げる様に、グウェンの方へ話を振った。
「あ、あぁ。それもそうだな…!」
グウェンは一度咳払いをした。
そして、拳を天へ突き上げ、高らかに宣言する。
「皆……本当によくやった! 俺達の大勝利だぁあ!!」
「「「おぉおお!!!」」」
周辺に響き渡る歓喜の声。
彼らと出会って丸一日。
この一日の中で、ようやく鬼人族達が心の底から喜びの声を上げた。
此れにて、白角の鬼人族族の仇討作戦―――
その全てが終結したのであった―――