Story.51【火竜の降臨】
―――痛い……苦しい……
サクラは朦朧とする意識の中、尋常ならざる痛みに必死に耐え、“治癒”で命を繋ぎ止めていた。
―――ッ……まさか、大蜘蛛が兄様達の猛攻から逃げ出して、此方に襲い掛かって来るなんて……
突然の出来事だった。
非難していた鬼人族達と一緒に隠れていたはずの避難地帯に、突如姿を見せた大蜘蛛。
攻撃に特化した魔力を持たないサクラには、身を挺して皆を逃がす事しか出来なかった。
―――……アング君が来てくれて良かった。お陰で、大蜘蛛が皆を追わずに済んだ……
遠退いて行く意識の中で、聞き慣れた声が幾つも耳に届いた気がした。
「サクラぁああ!!!」
―――この声は……兄様? 良かった……無事だったのね……
サクラは実兄の無事を知り、心から安堵した。
危うくそのまま意識を手放しそうになったが、寸での所で留めた。
―――いけない! まだ、私は死ねない! 兄様達と一緒に、里を、皆を守らなければ…!
サクラは遠くなっていく意識を必死に保ち直した。
グウェンの近くに居たヨウがアングに指示を出し、非難した鬼人族達の捜索に向かってくれたようだ。
「ヨ……さ、ま……」
蚊の鳴くような声で口にしたサクラの呼び声に、ヨウは応える様に上を見上げ、サクラと目を合わせた。
―――ヨウ様……ヨウ様……
サクラは心の中で、何度もその名を口にした。
―――何でだろう……この名を呼ぶと……安心する気がする……
思えば、偶然ヨウの頭上に出現してしまった時も、初めて会ったはずなのに、何故か知っているような気がした。
ずっとずっと昔に……
遥か遥か、遠くの記憶の奥底で……
けれど、思い出せない。
だけど、分かる。
彼と出会った瞬間から、自分にとって―――“かけがえのない存在”なのだと。
「っ……ヨウ……さま……」
―――助けて……助けて……ヨウ様ッ!
心の中で懇願するサクラの頬を、大粒の涙が伝い落ちる。
・
・
・
「………」
さっき、サクラが俺を呼んだ気がした。
見上げてみたら―――サクラが、泣いていた。
「今助けるぞ。サクラ…!」
出会って間もなく、種族も違う鬼人族の少女。
その腹を大蜘蛛の足が貫いた姿を目の当たりにした時は、一瞬頭が真っ白になった。
俺は“半人半魔”のお陰で、死ぬことは無い。
その所為で、普通以上に親しくなった者の死は、己の死よりずっと恐ろしいものに捉えている。
だからこそ、必ず助ける。
―――文字通り……命を懸けて!
俺は魔力を高めた。
「“防盾”展開!!」
グウェンの指示で、鬼人族達が残りの魔力を振り絞って“防盾”を張り巡らせる。
「さっきよりも奴の行動範囲を狭めろ! 暴れられたらサクラの傷が悪化しかねない!」
「っ…了解!」
“防盾”を張る鬼人族達が徐々に大蜘蛛へ詰め寄って行く。
里を滅ぼした強大な敵に自ら近寄るなど恐ろしくて敵わないだろうに、彼らは勇気を振り絞って一歩、一歩と大蜘蛛を取り囲む。
「そろそろか―――ヨウ!」
グウェンの合図だ。
大蜘蛛相手に出し惜しみはしない!
「行くぞ、大蜘蛛! 目玉焼けても知らねぇからな!」
俺は高く跳躍し、大蜘蛛の四つの目玉に睨まれながら強発光の光を放った。
―――“閃光”より凄ぇのをお見舞いしてやるよ!
「“超新星”!」
途端に、辺りが真っ白に染まる程の光が発光する。
普通の“閃光”の何倍もの明るさの光を目の当たりにして、大蜘蛛が叫び声に似た奇声を発した。
《キィイイィアァアアア!!》
光に怯んだという情報は正しかったようで、大蜘蛛は前足を上げるような姿勢で仰け反った。
「ッ―――!!」
その反動で、サクラが声にならない声を発した。
「悪いサクラ! すぐ終わらせる!!」
大蜘蛛が怯んでいる隙に俺は光の中を突き進み、腰に携えていた剣を構える。
―――リアト。使わせてもらうぞ。
「鳴龍幻舞」
剣を握る右手に、有りっ丈の力を込め―――放つ。
「“凪”」
一切の乱れが無い横一線の斬撃。
強固な物程上手く切断出来ないが、上手くいけばダイヤモンドの強度でもスッパリ切れるという高度な技。
だが――
―――手応え有り!
サクラを捉えていた足を付根から斬り飛ばした。
―――けどっ……固い!
剣を握る右手の指の関節が何本か折れた感覚がした。
それだけ力を込めてようやく斬り落とせるほどの装甲の固さだ。
物理攻撃が殆ど効かないのは納得と言うべきか……
「ッ―――」
斬り離したと同時に、サクラの体が蜘蛛の足を突き刺したまま、大きく宙を舞った。
「グウェン!」
「あぁ!!」
空かさずグウェンが大きく跳躍して、サクラの体を受け止める。
「サクラ! おい、サクラ! しっかりしろ!!」
「っ……あ、兄……様……」
「もう大丈夫だ。よく頑張ったな! “治癒”を頼む!!」
「「はい!!」」
待機していた二人の鬼人族達が、腹に突き刺さった足をゆっくり取り除きながら治療に専念した。
「慎重に……止血と肉体の結合を同時に行わないとショック死する……!」
「潰れた内臓も復元しないと……サクラ様が自ら治療していなければ、こんな致命傷……一溜りも……ッ」
人族が泣きながら必死に治療する。
治療魔術師としては相当な技量を持っているのか、まるでプロの裁縫職人の様にサクラの傷を結合していく。
「サクラ…」
「………ん」
グウェンがサクラの頬にかかる髪をそっと指で掃う。
早急に止血したお陰で意識が保っているサクラが自分を見下ろすグウェンに向かい、力無く微笑んだ。
「―――よく、頑張った…!」
グウェンの声が震えている。
見えなかったが、もしかすると泣いていたのかもしれない。
そうだったとしても、その涙を嗤う奴は、今この場に誰一人としていない。
「よし。サクラ自身も“治癒”をかけてたし、あの二人が治療を続ければもう大丈夫だろう」
俺は治療中のサクラ達を背に隠し、再度大蜘蛛に対峙した。
「後は大蜘蛛だけだ! 思う存分ぶっ潰してやれ!!」
グウェンがゆらりと立ち上がり、怒りに満ちた鋭い眼光を放ちながら大蜘蛛を見据えた。
「あぁ。妹が受けた痛み……死んでいった里の者達の無念と、生き残った俺達の覚悟―――余す事無くテメェに返してやる!!」
この時、初めて大蜘蛛が怯んだ。
今し方倒したはずの相手の魔力量の差に気が付いたのだろう。
―――勝てない―――そう判断するに容易い程に。
大蜘蛛は大人しくなっ奇妙な行動を取った。
途端に大蜘蛛の全身の表面が波打ち、まるで砂の造形物が雪崩る様に崩れた。
「何だ?」
「これは……“分裂”だ! コイツまた逃げる気だぞ!!」
「“盾”を密集させろ! 一匹も通させるな!!」
鬼達が一斉に“盾”の間隔を詰めた。
間一髪の所で、分裂した蜘蛛を“盾”の結界内に閉じ込める事が出来た。
完全に個体となった無数の小蜘蛛の群れ。
見ているだけで鳥肌が立つ程の気持ち悪さだ。
……だが。
「おっ、おい!! コイツ等……地面の中に潜って行くぞ!!」
一人の鬼が無数の蜘蛛達の動きに気付いて声を上げる。
パワーや魔力量もだが、知能も普通の蜘蛛以上に優れているようだ。
鬼達が揃って取り逃がすかと不安を感じた時、魔力を急激に上げて行くグウェンが動いた。
「逃がさねぇよ」
怒りの形相と轟々と音を立てて可視化していく魔力のオーラ。
「消滅は出来ずとも……勝手な行動はさせんぞ!!」
その姿たるや、日本人なら幼い頃から脳裏の片隅にイメージを持つ地獄の支配者―――“閻魔大王”を思わせる。
「火竜ノ……」
唸るように唱え、グウェンが地面に両手を着く。
両掌からは、出会った頃の比ではない程の熱と炎が放出されていく。
「降臨!!!」
土砂を溶かす程の炎が地面を抉った。
地中に逃げた蜘蛛達は、いとも簡単に炎に呑まれた。
逃げ場を完全に失った蜘蛛達は、成す術無く再び地上へ舞い上がる。
「早速使いこなしてんじゃん!」
俺は|グウェンに譲渡した魔術が無事に発動して安心した。
―――“火竜ノ降臨”……
俺が先程、グウェンと“等価交換”した上位魔術の内の一つだ。




