Story.21【急く気持ち】
採掘場跡地から休まず足を動かし続けた甲斐があり、俺達は最短で小人族の工房街へ辿り着く事が出来た。
意外と小人族以外の……主に人間だが、他種族も多く行き交っていて、俺が貸したローブのフードで顔を隠したリアトやアングの様な銀狼族が特別目に留まる事は無かった。
上手く人の流れに乗って、人通りのない路地裏に駆け込む事は出来たが……。
「ようやく、ここまで来られた…」
「リアト、大丈夫か?」
工房街の裏路地で身を隠しながら移動する俺達は、時折ふら付いて建物の壁に手を着くリアトの安否を気に掛けた。
「問題無い。ここまで来れば、あとはナスタ・チムさんの、工房に辿り着くまで……!」
「急ぎたい気持ちも分かるが少しは自分の体調の事も考えろよ。傷は癒えたし魔力が上がって調子も良いかもしれないけど、出血多量の重症だったんだぞ、お前?」
「マスターの言う通りだ。急いては事を仕損じる。ここまで来て追跡者に見つかっては苦労が水の泡ではないか!」
俺に続いてアングからも冷静になるよう促され、リアトは肩の力を抜いた。
「………そうだな。すまない、ヨウ殿」
「とりあえず、そこの樽にでも座れ」
指さしで路地裏に陳列していた空の酒樽に座るようリアトに促した。
リアトは力無くその樽に腰かけると、全身から力が抜ける様に項垂れた。
「仲間の無事が気掛かりで、気持ちが焦っている」
「そりゃそうだろうさ」
「情けない所を見せた。どうか忘れてくれ」
そうは言うが、この健気な仲間思いの蜥蜴人族の姿は決して情けなくなど無い。
リアトには言えないが、俺達の追撃を後回しにした狩人が仲間の方を先に始末に向かってる可能性も否定出来ない。
一応両手は圧し折っておいたけど、それも他の誰かが治癒の魔術を使ったら完治するしな。
「提案なんだが、リアトとアングはこのままここで身を隠してもらって、俺がそのナスタ・チムって小人族に話を付けてこようか?」
「え?」
「いきなりリアトが顔見せたら、もしかするとその小人族が騒ぎ立てるかもしれないんだろ?だったら、俺が客を装ってナスタ・チムと話をする中でリアトの話をチラつかせてみるよ。もしそれで好印象を得られるようなら、俺がアングに“遠隔会話”で知らせるから、路地を上手く利用して店の中まで入って来い」
「心得ました。マスター」
「仮にもし悪印象だったら、さっさと店を出るよ。俺が此処に戻って来るまで静かに待ってろ」
「ヨウ殿。ナスタ・チムさんは控えめに言っても、短気で尚且つ勘が鋭い。決して、話を強引に進ませないよう、気を付けてくれ」
「短気で感が鋭い人にはここ二年程世話になってたから、多少の対応術は心得てるよ。リアトからの報酬も貰いたいし、最善の方向に進むよう努力しよう」
「忝い…!」
リアトが深々と頭を下げ、借りていたローブを俺に返した。
リアトの屈強な肉体が俺のヒョロイ体格の服に入る訳も無かったから、フードの所を頭に被ってただけだったが……逆に目立ってたかもな。
「それじゃ行って来る。そのナスタ・チムさんの工房って何処にあるんだ?」
「この場所からそこまで遠くは無い。青い刀身の剣のオブジェが飾ってある店……―――あぁあッ!!」
「えっ、何?」
突如、何かを思い出したように声を上げたリアト。
その赤紫色の瞳を見開き、俺の腰に備えた師匠譲りの剣を凝視して興奮気味に口を開いた。
「そうだ今思い出した!ヨウ殿のその剣が正にナスタ・チムさんの工房に飾られているオブジェその物だ…!」
「え?師匠の剣が?」
俺は師匠から授かった剣の刀身を見た。
白銀の刀身は日の光で青い輝きを放つ。
リアトの言う「青い刀身の剣」と言える代物だ。
「もしかして、この剣ってナスタ・チムさんの工房で作られた物なのか?」
「店の正面に飾られている程の物ならば、その可能性は十分あるな。話に聞いた事があるが、その剣は昔、英雄級冒険者の“蒼薔薇”が所有していた一級品。当時の厄災とされていた“嗜虐の魔王”の討伐を成した時から、冒険者名と共にその愛剣も知名度が上がったとか…!」
「へぇ、そんな話が?じゃあ師匠がその“蒼薔薇”なのかな?」
「ヨウ殿は師の素性を知らされていないのか?!」
「う~ん…あの人全然自分の事喋ってくれなかったからなぁ…」
冒険者だったって事は知ってたけど、まさか英雄級と言われる程の冒険者だったとは…
「ヨウ殿の師があの“蒼薔薇”…! これは最早運命としか思えない…!」
リアトはキラキラ輝く瞳で俺の剣を凝視したまま異常な程の食い付きを見せた。
「まさか…!こんな所で貴重な一級品に出会えるとは…!」
「落ち着けい」
―――コイツもしかして、武器マニア……否、師匠のファンか何かだったのか?
俺は目を輝かせるリアトの頭をそっと押し退け、距離を取った。
路地裏から公道を覗くと、誰もリアトの存在を勘付いた者が居る様子は無い。
「それじゃあ行って来る。気を付けろよ?」
「マスターも、お気を付けて」
「ヨウ殿、頼む…!」
「任された」
俺は単身で、ナスタ・チムさんの工房に向かった。
リアトの言う通り、そう遠くない場所に工房を見つけた。
表には聞いていた通り、師匠の剣と瓜二つの模造品が飾られていた。
「ここか…」
俺は工房の入口のドアを開いた。