Story.19【小人族の鍛冶職人】
「ただいま」
「マスター!」
「ヨウ殿! 無事か!?」
「この通りな」
俺は五体満足で、アング達の待つ採掘場跡地の洞窟内へ戻った。
俺の生還を確認して、アングとリアトは安心したように駆け寄ってきた。
「まさか、本当に狩人は退けたのか?」
「アイツは奇襲の天才かもしれないけど、近距離戦に持ち込めば案外簡単に失態を出したよ」
「そ、そうか…」
リアトは信じられないとでも言いたげに驚いた顔を見せた。
とは言え、両手をへし折ってやったのに瞬時に退却した行動力は流石だった。
追うか、とも思ったけど、脅威でない以上はリアトの仲間の捜索を優先すべきだと判断して見逃す事にした。
―――狩人とはまた闘う事になりそうだ。
「さぁ。無駄な足止めを食らった分、急いで仲間の後を追うぞ」
「それなのですが、マスター」
「ん? 何だ?」
「実は、この洞窟内に俺の仲間が暗号で自分達の進行方向を残してくれていた」
そう言うと、リアトは壁に書かれた謎の文字列を俺に見せた。
「……読めない」
この世界に来て読めない文字は読める様になっていたはずだ。
恐らくこの文字は世界共通の言語ではない物だろう。
「この文字は?」
「ギルド文字だ。俺達の所属しているギルド内でのみ使用される暗号なのだが、これによれば、仲間達は小人族族の工房街へ向かっているらしい」
「小人族の工房街?」
リアトの話によると、王都の最果てに技術力を誇る三十人ばかりの小人族が滞在する工房が集まる場所があるのだという。
王都の誕生時から騎士や冒険者に装備を提供している頼れる技術提供者だ。
「小人族は短気な者が多いが、義理人情に厚く魔族や人間の中立な立場になる事もある。特に俺達、冒険者の背を押してくれる魔族だ。何より国法によって彼等へ害を成す行為は重罰が与えられる。仲間も身を隠すには小人族の工房街の中が安全と思ったんだろう」
「小人族が指名手配されてるお前等を拒む可能性は?」
「………無いとは言わない。だが、信じるしかないだろう」
「そうか」
「もしそうなったら、せめて仲間と合流して早々に国方出て行く算段を立てるとするさ」
「そうならないと良いな」
「……あぁ」
リアトは意を決して、仲間が待っているであろう小人族の工房街へ足を向ける。
ただでさえ疲労困憊でろくに休めもしなかった体を引きずる様に採掘場跡地から出て行こうとしていた。
その背を見送っていた俺とアングは、リアトの背を支えて一緒に出口へ向かった。
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小人族の職人が集う工房街。
戦闘における装備品の製造は勿論、宝石や硝子を加工した装飾品の製造も手掛ける超一流技術者が、日々精を出していた。
そんな工房街の一角。
入口のドアを挟んでも漏れ聞こえて来る、鉄を打つ音。
ドアを開ければ肌を焦がしそうな熱気で室内が満たされ、息を吸い込むと肺が焼けそうになって咽返る。
そんな灼熱の中、一人の小人族が滝のような汗を流しながら熱い鉄を槌で力強く、何度も何度も打っていた。
「ナーさん。騎士団から受注した大剣十振りの納品に追加の注文が来てるッスよ」
一人の若者が受注票を片手に、それを見ながらドアの向こうから入ってくる。
そしてその若者の言葉に、鉄を打っていた小人族が振り返りなが大声を撒き散らす。
「あぁ!?クソォ、またかよ!追加は幾らだ?」
「えーっと、追加で十振りッス。納品期限も二十日程延ばして構わないって―――」
「馬鹿野郎!!」
『ナーさん』と呼ばれた鍛冶職人の小人族が、鉄を強く打ち付けながら怒号した。
「たった二十日延ばした所で初めの納品だって期限に間に合わねぇ状況なんだぞ! 初めの受注十振りを延長期限十日かけてようやく完成出来るかどうかだ!そんな無理な注文押しつけてんじゃねぇぞ! 騎士共にそう返しとけ!」
「じゃあ、ナーさんが直接言って来てくださいッスよ。俺、前にもナーさんの苦言を代わりに伝えに言ったらぶった斬られそうになったんスよ?」
「ヘッ!そんな事でこの名鍛冶師ナスタ・チムが怯むと思ってんのか?斬られたら国法に反した罪でその騎士が斬首刑だ!ガッハハハハ!」
「ナーさぁん…」
大口を開けて笑う小人族―――ナスタ・チムの傍で項垂れる人間の少年。
少年は深い溜息を吐きつつ、慣れた手つきで筆ペンと白紙の紙を用意して、サラサラと文字を綴った。
少年が手紙を書き綴る間も鉄を打つ手を止めないナスタ・チムが、ふと思い出したように少年に声をかけた。
「そう言やぁ、サザン?最近、ギルドの連中が随分騒がしくしてるみてぇだが、何かあったのか?」
「あぁ~。ナーさん知らなかったんスか?グラジオ討魔団の下っ端だった蜥蜴人族が居たでしょ?」
「あぁ。リアトか?銅級な上に金が無いにも関わらず俺の作品を贔屓してやがる可笑しな奴だろ?何だ遂に昇格したのか?」
「いや逆みたいッスよ。貴族殺しの容疑で絶賛指名手配中ッス。お仲間と一緒に逃亡中らしいッスよ?」
「はぁあ!?何だとぉ!?」
ナスタ・チムが驚愕の声を上げ、初めて槌を動かす手を止めた。
打ち途中の槌を床に落とし、大股で助手のサザンの傍に歩み寄り、胸ぐらを掴み上げた。
「リアトが!?あの蜥蜴野郎が貴族殺しの容疑者だぁ!?」
「ぐぇっ!そ、そう、聞いたッスよ!お陰で、ギルドは今臨時閉鎖になってて、グラジオ討魔団の団長も一時的に城に軟禁して外への連絡手段を遮断されてるとか何とか…!」
「リ、リアトが…」
ナスタ・チムが落胆した表情で近場の椅子に腰を下ろした。
「クソッ!あの野郎……魔族嫌いが多いギルドの中に身を置くだけの度胸があるとを買ってたのに!」
「ゲホッ、ゴホッ…! た、ただ、その容疑も疑わしいって話ッスよ?」
「あぁ? どういう事だ!」
締め上げられた襟元を正して、サザンが呼吸を整えながら話を進めた。
「貴族殺しの凶器は確かにリアトの物だったらしいッスけど、その武器は修理に出してたはずで、殺害当日に王都でリアトの姿を見たって目撃証言があるッスけど、リアトはその時グラジオ討魔団の任務で王都から離れていたっつー話もあって……要は矛盾だらけなんスよ」
「王都で貴族を殺したリアトと、任務で王都に居なかったリアトだ?リアトが二人居るってのか?」
「みたいッスね」
サザンはそう言うと、書き終えた文を持ってドアへ足を薦めた。
「ナーさん。お気に入りの冒険者が容疑の疑いかけられてショックなのは分かるっスけど、仮にリアトが此処に逃げ込んで来ても、絶対匿ったりしちゃ駄目ッスよ。アンタはともかく俺はこの職場失ったら行き場無いんスからね」
「テメェで店を持てばいいだろうが?大体、俺ん所で五年も世話してやってんのに未だに雑な短剣しか作れねぇたぁどう言う了見だ?」
「もう雑じゃねぇッスよ!とにかく、もしリアトと仲間の逃走者が飛び込んで来ても、すぐに追い返して―――」
サザンの言葉尻を食う様に工房のドアが勢い良く開き、その前に立っていたサザンの背を強打した。
「ごふっ!?」
「な、何だ!?」
白目を向いて床に倒れ込むサザンに覆い被さるように、三人の人間が飛び込んで来た。
「いったたた…」
「マ、マロウさん。大丈夫ですか?」
「は、はい。私は大丈夫ですが…」
「なっ! お、お前ぇ等はリアトの…」
「あっ! ナスタ・チムさん!」
その場に立ち尽くすナスタ・チムに、突如押しかけて来た三人の人間は顔を上げて懇願した。
「ナスタ・チムさん!リアトを助けてやってくれ!!」
それは、リアトの仲間だった。
【ぷちっとひぎゃまお!】
小さな鍛冶職人―――『ナスタ・チム(ナーさん)』
名前由来:ナスタチウム『困難に打ち克つ』
鍛治見習い―――『サザン』
名前由来:山茶花『困難に打ち克つ』