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3話 始まった同居生活

「――きて。起きてってば!」

「あァ……? んだよ、まだ寝かせろよ……」

「な、口悪っ。こいつ低血圧なの?」

「そうかもねぇ。見て、雪ちゃん。眉間にすごいシワ寄ってる」

「なんだか悪そうな顔してるわね。もう放っとかない?」

「でもせっかく作ったんだし――」


 ……なんか周りがごちゃごちゃうるせえ。

 こっちは引っ越しやバイトで疲れが溜まってんだ。静かに寝かせ――。

 ガバッ!!

「おはよう、二人とも」

 持てる力を総動員して迅速かつミントタブばりに爽やかに起きた。

 おかげで色々痛い。表情筋とか首とか腰とか、主に精神とかがな!


「い、いつまで寝てるつもりよ」

「おはようございます。そろそろ支度しないと遅刻しちゃいますよ?」


 ベッドのすぐ傍に立っている意外な訪問者である二人の少女。

 白いセーラー服という清楚な学校制服を着た、ツインテールの吾妻雪奈とサイドテールの吾妻氷奈だ。

 つい先日、母親の再婚で家族になったばかりの双子の姉妹である。

 改めて見ても人形のように整った同じ顔は、カーテンの隙間から射しこむ朝日に負けないほどキラキラと輝いていて、完璧な美少女オーラが目に痛い。眩しい。


 しかし母親以外に起こされるとか、想定外すぎてどう対処すりゃ――なんだこの状況……!


 異常事態に気付いた途端、込み上げる羞恥心。

 寝癖とかヨダレの跡とか朝の生理現象とか、とにかく俺はいま女子にお見せできるような状態なのか!?

 一瞬の脳内大パニックの末に出した結論――『これ夢じゃね?』と、ごく自然な流れで布団の中へと潜り込む。

 うん、きっと寝ぼけただけだ。女子特有の良い匂いがすぐ傍でしようが夢だ!


「ちょっ! 二度寝しないでよ!」

 振り切れた羞恥心から自分に都合の良い事実へと捻じ曲げたところで、頭まですっぽり被った布団をグイグイと引っぱられる。

 やめろ引っ張んじゃねえ! 本当は夢じゃないことぐらい分かってんだよ!

 ただの現実逃避だ!

「ゆ、雪ちゃん落ち着いて」

「せっかく起こしてあげたのに寝るからじゃない!」

 高級布団を剥がされそうになる度、ベッドの上をゴロゴロ転がり攻防一体。

 数度くり返した後、この方が恥ずかしいだろという事実に気付いて一気に冷めた。ミノムシ状態で何してんだ俺。


「あの、起きるから……」

 白旗を上げのそのそと布団から這い出れば、若干息切れした雪奈と目が合う。

「ま……まったく、手を……焼かせないでよね」

「……ごめん」

 あまりのことに珍行動に出てしまった。激しく後悔したがもう遅い。

「丸まってるの可愛かったですよ?」

 ツンとしている雪奈の隣で氷奈がクスクスと笑う。

 朝一で美少女に囲まれるという、普通ならありえない状況。

 なぜこんなことが起こり得ているのかと言えば、俺と母さんも吾妻家に住み始めたからだ。


 両家対面の日から約一ヶ月後。

 あれから順調に事は進み、母さんは無事に籍を入れた。

 お互い再婚だったからか、二人の意向で結婚式は挙げず、指輪の交換を両家の子どもが見守るだけという内々のお祝いで済まされた。

 あの店の肉の美味さを俺は一生忘れない。

 いやだって食うしかねーだろ。見てられん。つられて泣きそうでやばかった。

 それがつい四日前の話。

 そしてその翌日から迎えたゴールデンウィークを利用し、ここに引っ越してきたのである。


 吾妻家は現代美術館みたいな外観の、内外ともにオシャレな戸建だった。

 三階建ての各フロアにはバス・トイレ完備。家具の一つ一つも洗練されたデザインであり、無駄なものが一切ない。モデルルームとして公開すれば人気が出そうな物件だ。

 さすがインテリア雑貨販売会社社長の自宅、という感じ。


 話通り用意されていた俺の部屋は道路側に面した二階の奥にあり、モノトーンで統一されたシックな部屋だった。前の自室より四倍は広い。ぶっちゃけ引いた。本当に設えられていた家具の質の良さに更に引いた。

 でもふかふかベッドは最高だ。誰かに起こされるまで気付かないくらい良く眠れるぞ! ダメだろ。

 ちなみに双子の部屋は三階、夫婦の部屋は一階にある。


「ちょっと。まだ寝ぼけてんの?」

「ああ、いや。ちゃんと起きたから」

 慣れない家をつい他人事のようにぼけーっと眺めていれば、雪奈がジト目で睨んでくる。

 どうもここが新たな我が家だという実感が湧かねぇんだよ。高級ホテルって感じだ。

 それに朝一で好青年を演じなきゃいけないのが辛い……。


 母さんが籍を入れた後も尚、偽装は続いている。

 暴露して「こんな不良が息子だとは話が違う」と離婚に発展しては困るからだ。

 なのでこのまま偽装し続けざるを得ないという泥沼状態。

 俺だけ同居しないことを前提にした作戦だったのが、完全に仇となってしまった。

 もう墓穴の掘りすぎで温泉が湧き出てもいいと思う。

 そんな間抜けな俺を覗き込むようにして、氷奈がにっこりと告げてくる。


「着替えたら一階に降りてきてくださいね」

「? うん?」

「朝ごはん作ったんです」

「え、二人が作ってくれたの?」


 実は今日から新婚夫婦はいない。

 海外出張という実益を兼ねた新婚旅行で、十日かけて北欧を回ると聞いている。

 早朝に立つと言っていたからもう家にはいないはずだ。

 なので不在の母さんに代わり、双子が朝食を用意してくれたのだろう。

 吾妻家では一階にあるキッチンと続き間のダイニングで、なるべく揃って食事をするのが家族のルールと聞いている。


 あ。だからいつまでも起きて来ない俺を起こしにきたのか。

 引っ越してから三日の間にそのルールを体験したのだが、生活リズムが母親とは違うため一人で食べることがほとんどだった俺としては、大人数で食卓を囲むのがなんだか変な感じだった。

 一方、母さんはキッチンが広く使いやすくなりテンションが上がったのか、張り切って料理をしていた。ここ最近は俺にやらせていたくせに、いつもやってます感を出していたのが腹立ったけど何も言わずにおいた。新婚祝いだ。


「あんまり期待しないでくれると助かります……」

「え?」

「い、いいから早く支度しなさいよね!」

 話は終わりだとばかりに雪奈がいきなりビシィッと長い指で俺を指すと、勢いよく部屋から出て行ってしまう。

「あ、待って雪ちゃん! ではまた後ほど!」

 その後を追うように、ペコリとお辞儀した氷奈も慌てて出て行った。


 ……朝から元気だな。低血圧な俺からしたら信じられねぇ。

 ようやく一人になったことに気を緩めつつ、ノロノロと身支度を開始する。

 疲労と休み明けの学校の行きたくなさがダブルで襲い、全身がだるい。

 あー……でも学校にいる間は素の自分でいられるんだよな……。


 俺と双子は別々の高校に通っている。

 俺は偏差値も評判もごく平凡な進学校、都立荒先高校に。

 双子はいわゆるお嬢様校として名高い私立の女子校、桜華女子学園に。

 しかし学校が違うからとはいえ、完全には油断できない。

 一見何の接点もないこの両校。実は道路一本を挟んだ向かいにあるという、ニアミス必至の最悪な立地条件なのである。なんでだよ……。


 それでも引っ越すまでは通学路も違うし、家に帰れば気が抜けた。

 だけど今日からは通学路も帰る家も、全て同じになってしまった。

 安全圏は最早、学校の敷地内だけ。

 素でいられる範囲がどんどん狭くなっていくことに恐怖しかない。誰が追い込み漁しろっつった。


 頑なに一人暮らしを主張すればよかっただろと思うだろうが、そんなのはすでに実行済みだ。引っ越すまでの間に数度、再婚相手に会う機会があったのでそれとなく伝えたところ。

『やはり私じゃ父親になれないのかい……? 同じ空気も吸いたくないってことなんだろう!? ねえ凌大くん!』

 と、大の男に公衆の面前で泣いて縋られるという、地獄のような目に遭った。

 高級スーツを着たダンディな紳士がガキ相手にマジ泣きだぞ。何も言えねーだろこれ。走って逃げなかった自分を褒めたい。

 そうして諦めたのだが、想像以上にしんどい……。

 もう完全に策を間違えた。


 いつもはしないネクタイを締めブレザーを羽織ると、思わず漏れる溜め息。

 この部屋を出たら俺はまた偽装好青年。


 ――絶対にバレてはならない。


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