4話 苦い朝食
俺の目の前には四角く黒いものがある。
縦横が約十ニセンチ、厚さ約二センチ。さて何でしょう?
正解は、香ばしいを通り越した炭同然の食パンでした!
おい、誰が逆飯テロを起こせと言った。
トーストするだけでなぜこうなる? 火炎放射器で炙ったのか。
さらに驚くべきことに、原材料食パンという炭の隣には、ぐちゃぐちゃした黒い何かも皿に乗っている。
スクランブルエッグ……か?
スクランブルしてーのはこっちだよ! 緊急事態だろ!
その他にはテーブルの中央に、大皿で盛りつけられたフリルレタスとミニトマトのサラダも用意されていたのだが、周りが黒いせいで妙に色鮮やかに見える。
なんだこの食卓……。
洗うだけの野菜以外無事じゃないってどういうことだ。
事前シミュレートしていた「美味しそうだね」というベタなセリフは、到底口にできそうもない。言ったら嫌味にしかならない。
「ちょ、ちょっと失敗しちゃっただけでしょ!」
「加減が難しくてですね……」
思わず言葉に詰まる俺に言い訳を始める双子。
どう大目に見てもちょっとどころじゃねーよ目ぇ大丈夫か!?
そう言いたくなるのを我慢して、好青年らしく穏やかに尋ねることにした。
「もしかして料理したの、初めて?」
今後の参考の為にも訊いておかねばならない。命の危険がある。
「……そうよ。悪かったわね」
ジト目で睨んでくる雪奈から返ってきたのは、予想通りの答え。だろうな!
「朝食は父が作ってましたし、夜は外食か父が週末に作り置きしてあるものを温め直したりだったので……」
吾妻さんすげぇ……。って、もう俺も吾妻さんか。籍に入ったから。
直純さんすげーな。
顔も収入も良くて料理も出来るとか、オカンよくそんな人と再婚できたな。
まあ顔は整っている方ではあると思うけど。実年齢よりだいぶ若く見えるし。
ぶっちゃけ二十歳そこそこにしか見えない。アラフォーなのに……。
「……あとは凜子さんが来てくれてたし」
思考が脱線していると、若干ふて腐れ気味に雪奈がぽつりと呟いた。
あー……。なるほど。
確かにこの様子では、世話好きの母さんが介入したくなったのも納得できる。
手の掛かる相手は放っておけないタイプなのだ。
俺も昔は散々構い倒されたが、成長して邪険にし始めると一応尊重してくれるようになったのでありがたい。でも時々予告なく抱き付いてくる。あれか。俺から若さを吸い取ってんのか。
「もういいわよ、そんなに嫌なら食べなくていいわ」
「美味しそうとは言えませんしね……」
一向に手を付けないでいると雪奈がツンとそっぽを向き、氷奈は罪悪感を抉るくらいにしゅんとなってしまった。
同じ顔でも性格は正反対らしい。同居してなんとなく分かってきたことだ。
「ごめん、食べるよ。せっかく作ってくれたんだし」
結果はどうあれ、気を遣って用意してくれたものだということを忘れるところだった。好意を無下にするわけにはいかないだろう。
例えそれが健康を害しそうなものだとしても……。
そしておそらく調理過程で惨状と化したキッチンを片付けるのが、俺になりそうだとしても。なんてこった悲劇しかねぇ。
覚悟を決めて炭もといトーストにかぶりつく。
ガリッ。
ザクッ、ザク。
…………に……っげえ…………ッ!!
「こっ……、香ばしい、ね……」
一流のグルメリポーターでもこれしか言えまい。そんな産物。
にっがあ!! 飲み物として用意されたブラックコーヒーより遥かに苦い!
勇気を出してスクランブルエッグ(仮)も一口食べてみたが、ジャリジャリとカルシウムが取れそうな食感付きだった。そんな栄養素プラスはいらない。
あとこっちも苦いのは言うまでもない。
「べ、別に無理しなくてもいいんだから」
心を殺してザクザク咀嚼する俺に、雪奈がちょっと嬉しそうに言う。
無理せずこれを食えるのは蒸気機関車くらいだろうがとツッコみたい。苦い。
「わあ、すごいです! 氷奈は感動しました! 勇者ですね!」
氷奈も頬を若干赤く染めて嬉しそうに見つめてくる。
おい作った張本人、自覚あるなら提供するな頼むから。味覚と心が死ぬ。
「……二人はもう食べたの? 俺の分しかテーブルにないけど」
「食べたわ」
「サラダだけですが、お先に頂きました」
なにそれズリぃ。え、これイジメ? 実はイジメなの?
「朝はちゃんと食べた方がいいんじゃないかな」
遠慮せず自分らも味わえ。
見ろ、無意識に手が震えて拒絶反応を起こしてんじゃねーか。
これ以上は口に運ぶなと本能が告げるほどの代物だぞ!
心の中だけで猛抗議していたら、雪奈と氷奈がサッと目を逸らした。
「し、失敗しすぎて材料がもう無いのよ」
「お恥ずかしいです……」
……どんだけ?
「えっと、なんかごめん……」
俺に出してくれたのが唯一の完成品(と言うには語弊しかない)だったということらしい。そんな事実を聞いてしまったら、男として完食せざるを得ない。泣ける。
「……あの、一つ訊いてもいいかな?」
「はい。何でしょう?」
「家政婦さんとかいないのかなって思って。ほら、この家大きいし」
苦さを紛らわす為に、気になっていたことを訊いてみる。
広い家は快適ではあるが、その分手入れに手間が掛かるものだ。
食事の面にしたってそうだし、母さんが仕事の合間に来るよりその方がずっと効率も良かったはずだ。直純さんだって社長なんだから忙しいだろう。
話に出ないということは、いない可能性が高いが一応確認しておくことに――。
って、あれ?
なんで二人して固まってんだ?
そんな変なこと訊いてないよな?
「いませんよ。ハウスクリーニングは定期的に業者に頼んでいますけど」
ようやく氷奈が答えてくれたが、今の間は何だったんだ。
「そうなんだ。いかにもいそうな家なのに」
「……別にいいでしょ。雇わなきゃいけない義務なんてないし」
呟くように、だけど突き離すような口調で雪奈が言い放つ。
ん? なんか急に不機嫌になった……?
「あのさ――」
「もうこの話は終わりよ! 二度としないで」
何かまずいことを訊いたのか確認しようと思ったのだが、口にする前に雪奈により一方的に打ち切られてしまった。
雪奈はすぐにハッと我に返り、何か言いたそうにチラッとこっちを見てきたが、半端に開かれた唇からは言葉が出てこない。
……何なんだ、一体?
「すみません。ちょっと色々ありまして」
疑問が顔に出てしまっていたのか、代わりに氷奈が申し訳なさそうに謝ってくる。
「色々って?」
漠然とした返答に訊き返してみるものの、氷奈から返ってくるのは困ったような笑顔だけ。それ以上説明してくれる気はないようで、隣に座る雪奈の背中を労わるように優しく撫で始めた。
「…………」
「…………」
「…………」
気まずい。
もうお互い無言ですわ。なんだこの空気……。
いくら鈍い俺でも分かるほど場の雰囲気が悪くなってしまった。
家庭の事情に突っ込みすぎ、という程の質問じゃなかったと思うんだが。
とはいえ、明らかにさっきまでの和やかさは失われてしまっている。
おいコレどうすりゃいいんだよ……。
結局その後も何を話していいのか分からず、俺はただ用意された朝食と向き合うしかなくなってしまった。
……苦い。




