31話 団欒
「おかえり、凌大くん。ご飯にする? お風呂にする?」
「ふおっ!?」
バイトから帰ってきたら直純さんがお玉を片手にエプロン姿で出迎えた。
変な声を出してしまったが仕方がないだろう。
何この状況。なぜ氷奈と同じ様なことをする。
「えっと……、風呂にします」
この場から逃げる選択肢はこれしかない。俺パニック。
「じゃあ、その間にすぐ食べられるよう用意しておくよ。今夜は私が作ったハンバーグなんだ」
その手にあるお玉は何に使うんだ一体。
ダメだ、新妻演出の小道具にしか見えない……。
黒いスマートなエプロンなのが救いだ。フリルの白エプロンだったら家を飛び出している自信がある。
「……ありがとうございます」
「急がなくていいから、ゆっくり入っておいで」
「はい」
階段で直純さんと別れ、二階の浴室へと飛び込む。
制服を脱ぎ散らかし、まだお湯にならない冷水のシャワーを全身に浴びた。
「危ねぇ。完全に顔が引き攣りそうだった……」
まさか直純さんが出て来るとは思わなかった。
母さんは何をしているんだ。
金曜とはいえ、夜の十時過ぎに出掛けるなんてことはしないはず。
確実にこの家に居るだろう。止めてくれマジで!
動揺を振り払うように髪から順にザッと洗い、湯に浸かることなく浴室を出る。
適当に全身を拭き、Tシャツにハーフパンツに着替えダイニングに降りると、母さんと双子はテレビに釘付けになっていた。
美容に関する情報番組……ぽい。
「女性陣は好きだよね。そのままで充分綺麗なのに」
ダイニングテーブルに料理を配膳しながら直純さんが苦笑する。
今の直純さんの方がよっぽど女子力あるぞ。そういうとこだぞ。
「あら、凌くん。おかえり」
ようやく気付いた母さんが呑気に挨拶してくる。おい。
「母さん。直純さんに任せ過ぎじゃないの?」
「やだ、怒られちゃったわ」
「いいんだよ。料理は趣味だし、分担できることはしないと」
理想の旦那か! おかん、絶対離婚するなよ。
「すみません。片付けは自分でやりますから」
「髪もロクに拭いてないのに何言ってんの」
「風邪ひいちゃいますよ?」
番組が終わったのか、雪奈と氷奈がソファーから立ち上がりこっちにやって来た。
「急がせてしまったかな……?」
「気にしすぎよぉ。男の子なんだから大丈夫、大丈夫」
カラカラ笑う母さんは相変わらずの大雑把さだ。
というか、むちゃくちゃこの家に馴染んでやがる。よかったな!
「でも床に水が落ちるのはダメよ。もうちょっと拭きなさい」
「は? ちょ、やめっ」
母さんが近付いて来たかと思えば首にかけていたタオルを奪い、強引に頭を拭いてくる。背が足りないのにするな首が折れる!
「ははは。仲良しだね」
「犬の世話っぽく見えるけど」
「凜子さん! 氷奈にもやらせてください!」
「そう? じゃあ氷奈ちゃんと交代」
交代じゃねえ!
「も、もう充分だよ。料理が冷めるから」
「ええー。ちょっとだけダメですか?」
「ほら、髪が落ちるといけないし」
「氷奈。凌大くんが困っているよ?」
「むぅ……。はーい」
渋々引き下がる氷奈。直純さん、ナイスアシスト。
ようやく俺は席に着いた。やれやれ……。
「ごめんね。アルバイトで疲れているだろうに」
「いえ。直純さんこそ仕事帰りで俺よりお疲れでしょう」
「ふふ、ありがとう。でも家族の為だから平気だよ。さ、たくたん食べてね」
目の前に並ぶのはデミグラスソースのハンバーグと付け合せのポテト、サラダ、コーンスープ、白いごはんと食欲をそそられるメニュー。
ゴクリと自然に喉が鳴る。
お玉はスープをよそう時に使われていた。穿ちすぎだったか。
「いただきます」
ハンバーグにフォークを差し入れた途端、中から溢れる肉汁。
デミグラスソースを絡めて口に入れれば、肉の脂の甘みと少しほろ苦いコクのあるソースが絶妙な美味さだった。
「うっま……!」
「そうかい? 口に合ったならよかった」
「めちゃくちゃ美味しいです!」
食べるスピードが止まらない。
直純さんの手料理を初めて食べたが、レシピ本を出せそうなぐらいどれも美味い。
しかもテーブルコーディネートまで完璧なのだ。
「凌くんてば、私の料理より食いつきがいいんじゃない?」
「母さんより上手だし」
レベルが違う。直純さんて、どこまでハイスペックなんだ。
欠点とかないのか……?
煙草も吸わないし、酒も嗜む程度。ギャンブルも興味がないと聞いている。菩薩?
「そうだとしても、愛情は込めてるんだからねー」
反撃のつもりなのか人差し指で額を突いてくる母さん。ちょ、食い難い。
「働いてお腹が減っていたからだよ。こんな時間まで偉いなぁ、凌大くん」
「そんなことないです」
美味いのは事実だし、偉くもない。
だからそんな優しい顔で見ないで欲しい。喉に詰まる。
「凌大くんの目的があってアルバイトをしていると思うんだけど、渡したカードも遠慮なく使ってくれると嬉しいよ」
クレジットカードのことか。
留守の間だけ持ってろってことじゃなかったんだよな……。
「はい。ありがとうございます」
「――なんかまだ硬いわね」
ジッと静観していた雪奈がポツリと感想を漏らした。
責めているのではなく、ただ呟いたという感じで。
「雪奈。そんな急には無理だろう? 徐々に慣れてくれればいいんだよ」
「本音は?」
「一刻も早くお義父さんと呼ばれてみたい!」
……マジか。
「キャッチボールだってしたいし、背中も流し合いたい……。一緒にスポーツ観戦とかキャンプとか釣りとか、将来はお酒だって酌み交わしたいと思っているよ!」
多い多い! 夢が溢れ過ぎだし、最後以外は児童向けじゃね……?
思春期真っ盛りの息子に言ったら確実にウザがられるラインナップだろ。
「欲求の塊じゃない……」
「お父さんの方が子どもみたいだねぇ。全部やると大変だよ」
「だったら取り敢えず、一回お義父さんて呼んであげたらどう?」
おい、凜子。
すぐ出来そうで意外にハードルが高い要求をするな。
直純さんが期待して目ん玉飛び出しそうなぐらいガン見してくるじゃねぇか。
……大体そのワードを最後に口にしたの、十年は前だぞ。
母さんだって双子から「凜子さん」呼びのままだろうが。
結構デリケートな問題なんだよ。
「や、やっぱり無理に言わせることじゃないよね……。やめよう」
過去を思い出した俺の顔を見て何を思ったのか、直純さんが苦笑いを浮かべる。
空気を悪くしないよう、明らかに無理して笑った下手くそな笑顔だ。
俺だって別にそんな顔をさせたいんじゃない。
……仕方ねぇな。
これからずっとそう呼べってわけじゃないし、一度ぐらいは……いいか。
残っている料理を急いで腹に収め、パンッと手を合わせる。
「ごちそうさま。…………お、お義父さん」
「!?」
クソッ、噛んだ。すげぇ恥ずかしい。
「うん……、うん! 次はもっと美味しいものを作るよ!」
凜子の立場がなくなるので、程々にしてやってくれ。




