30話 一歩進んで二歩どころか二百歩下がる
「な、ななな何言ってんだ!」
「凌大くん、動揺しすぎて認めてるようなもん……あ、いやちゃうで? 別に素行が悪いだけの、どこにでもおるヤツやで?」
「確か『キング』の隣にいる『参謀』は関西弁……! やっぱ間違いなしじゃん! オレんとこの中学のボスがやられて、こっそり皆で遠くから顔見に行ったことあるし! なんで気付かなかったんだろ!」
お前何してんのッ!?
というか、要らん情報持ってんじゃねぇよ!
司が『参謀』と呼ばれていたのも間違いない。
ケンカに負けはしたが部下になった覚えはないって、散々文句言ってたことだ。
「そういえばちょっと前、教室でキングがどうのこうのって叫んでたよな……?」
「それ、俺も聞いた……」
……司と言い合ってた時だな。確か名字が変わった初日。
「おい。どうしてくれんだ。叫んだ張本人」
「堪忍やで。どうにもならへん」
「諦め早ぇな! その頭脳を生かせ! 頼むから!」
「なんぼ僕でもタイムマシンは作られへんのや!」
「司。己の限界は決めるもんじゃねぇんだぞ……?」
「どうポジティブに考えても無理って分かるやろ」
「うるせぇ! 助けてツカえもん!」
「誰がツカえもんや! こちとら八頭身じゃ!」
埒の明かない不毛な争いをしていると、気付いたやつが近寄ってくる。
「うっわマジか。やっべぇ、伝説の不良と同クラとか超すげーじゃん!」
お前、今日までの恐怖心はどうした。態度変わりすぎだろ。
「バカ! 何してんだ、殴られるぞ!」
他のやつが慌てて止めるも、そいつはヘラヘラと笑い返す。
「平気だってー。キングは誰かを助ける時とか、ケンカを売ってきた奴しか相手にしねぇんだ。誰彼構わず殴り掛かるそこらのヤンキーとは違うんだよ!」
「へぇ。よう知ってるやん」
……俺も保健室行っていいかな。
なんで興奮したクラスメイトに己の武勇伝聞かされてんの? どんな罰ゲーム?
「やたらオーラあると思ったらそういうことかぁ」
「オーラってなんだ。そんなもん出した覚えねぇよ……」
「滲み出てるんす!」
俺はいつ出汁系男子になったんだ。あとなぜ急に敬語。
「お、おい沼沢……」
ほらみろ、沼沢とやら。お前の友達がもれなくドン引きしてるぞ。
なんなら物理的にも距離が開き始めたぞ。
「みんなだってさっき三戸のこと許してたの見ただろ? 普通の不良ならフルボッコだよ。つか、そもそも授業にすら出ないかもしんない」
「それは……、まあ」
チラッと気まずそうに視線を寄越すクラスメイトたち。
目が合った途端に首が捻じ切れそうな勢いで逸らされた。おい。
「しゃあないで。鼻血の痕が凶悪なぐらい似合うてるし」
「お前のジャージで拭くぞコラ」
「洗濯が面倒になる地味な嫌がらせ! にしても、ほんま有名やなぁ『キング』は」
「やっぱおばさんに申し訳ないからやめとくわ。……まずくねぇか」
「せやな。口止めしとこか」
こいつが笑いながら言うと別の意味に聞こえる。どっちが凶悪なんだよ。
「ちょっとええ? 僕から一つお願いがあるんやけど」
司は沼沢たちの会話に問答無用で割って入ると、胡散臭さの漂う笑顔で威圧感満載に一同を見た。
ビクッとなるクラスメイト。しかし構わずそのまま続ける。
「僕らの過去はオフレコで頼むわ。言いふらされると迷惑やねん」
これお願いじゃねぇよ。脅迫だよ。だってどいつも顔面蒼白になってくし。
そもそも司は目が一ミリも笑っていない。器用か。
全く人にお願いする態度じゃないのだが、ここは便乗しておく。
「俺からも頼む」
今みたいに気付かれるのは不可抗力として、発信されるのは困る。
回りまわって双子の耳に入るかもしれない。
できるだけそのリスクは下げたいのだ。
「そういう訳や。拡散したらどうなるか……想像できるよな?」
無言でブンブン頷くクラスメイトたち。特に目線で釘を刺された沼沢もだ。
さすが参謀。すっかり支配体制が構築されている。
もう友好関係とか無理じゃねぇか。残り十カ月余りどうすんだよ……。
遠い目で空を見上げれば、鼻血が乾いたせいで鼻の奥がズキッとした。
胃も頭も同じぐらい痛い。
* * *
気を取り直す為にも顔を洗いに体育館横の水飲み場へ行けば、体育館からボールが床を打つ音と女子の賑やかな声が聞こえてきた。
バレーかバスケのどっちかでもやっているのだろう。
椿のやつ大丈夫か……? チームプレーとか絶対向いてないぞ。
心配ではあるが覗けば卒業するまで変質者の称号を頂くので、無視して蛇口を捻る。
入り口や窓は開いていても多分ダメだ。そういうものだ。
無心で洗い流すと少しだけ沁みたもののスッキリした。
タオルの代わりにTシャツの裾で豪快に拭く。ふぅ……。
「あら、素敵な腹筋」
「わ~。腹チラだ~」
「おわっ!?」
急に近くから声がしたかと思えば、いつの間にか椿と篠宮が体育館入り口から顔を覗かせていた。お、驚かすなよ。
……そういや、この二人も授業が同じになるんだったな。
「そんなとこで何してんだ」
「瀬名くんがこっちに来るのが見えたから。この女はくっ付いて来ただけ」
「ひど~い! アリスって呼んでよ~」
「この通り絡んでくるの。助けて」
「いや女友だち第一号でいいんじゃねぇか?」
椿と普通に話せる貴重な女子だ。
アブノーマルさはあるが、それはお互い様だろう。うん。
「ほら~。嫌われ者同士仲良くしようよ~」
「一緒にされると不快だわ。慣れ合うつもりはないと言ったでしょう」
相変わらず格好良いな、おい。
椿はボッチと言うより孤高って言葉が似合う気がする。
「というか、嫌われ者同士って?」
「美少女と美人でしょ~? 男の子に人気だからって僻んでくるんだよね~」
……自分で美少女と言えるメンタル。
「まあ椿は言い方がキツい時もあるが、悪いやつじゃない。仲良くしてやってくれ」
「っ、ちょっと瀬名くん」
体育の時間ですら男女は一緒にいられないのだ。
同性の友人が出来るなら、いた方がいいと思う。
「任せて~。凌くん、そんな慈愛に満ちた顔もできるんだね~」
「は? どんな顔だよ。って、そろそろ戻るわ」
「もう行くの?」
「ああ。そっちの教師がさっきからチラチラ見てくるしな」
注意したいけど俺が怖くてできない、そんな視線を寄越してくる。
佐藤先生と同じくらい若そうな女教師だ。男子はゴリ顔のおっさん教師だよ。
「ならその前に頭を撫でていきなさい」
「は、はあ!? いきなり意味が分からねぇ……」
「私がして欲しいからよ」
真顔で何を言っているんだこいつは。
いや、昼休みの宣言が原因か。
結局俺は「ちょっと今は考えられない」という感じのことを伝えたのだが、椿はマイペースに攻めていくから気にしないと言ってきた。
こういうことかよ。
「ほら早く」
「……わ、分かったよ」
それぐらいなら普通のスキンシップの範囲内と言える……はず。
椿に近付き要求通りにサラサラの頭を撫でれば、ほんのり染まる椿の頬。
おぉ、珍しい表情――。
「いいな~。アリスにもやって~?」
瞬間、冷めていく椿の顔。
背後にブリザードまで見えた気がした。まるで雪の女王だ。
ありのまますぎる。




