28話 いつもの拠り所
平静さを取り戻せた俺は好青年を演じ続け、今朝も問題なく家を出た。
そうして昼休みに屋上で司と椿、ルイスとメシを食いながら昨日起こった出来事をまるっと全て話すことにした。
聞き終えても三人は真剣な顔のまま。
最初に口を開いたのは司だった。
「なんでバイト先やなく僕ん家に来てくれへんかったんや!」
「そこかよ!」
「当たり前や! そない頼りにならんと思われてんなら、ショックやわ」
「違う。距離の問題もあったし」
司の家まで行くと遠い。
コンビニへ行くと言った手前、移動距離の長い場所へは行けなかったのだ。
「あとお前ん家、行ったら兄貴が問答無用で献血を迫ってくるだろ……」
司には歳の離れた兄と姉が一人ずついて、診療科は違えど二人とも医師だ。
その兄貴が物凄い俺様と言うか鬼畜と言うかサイコ。
会う度に「元気なクソガキがうちに来るとは献血したいんだよなぁ?」と言って追いかけ回してくる。極太注射針を片手に。どこのB級ホラー映画だよ。
「繋兄さんか……。早う結婚して実家出ればええのに」
生け贄(嫁さん)が可哀想だろ。
「家が遠い、が理由なら自転車に乗ればよかったじゃない」
「あ。」
そこまで考えられなかったー……。
「ポンコツ……。次からは自転車に乗ってうちに来なさい」
「いや、椿の家もちょっと」
椿の家は『立花堂』という金持ち御用達の老舗和菓子屋。
それは別に良いのだが、椿の父親に問題がある。
「親父さんが俺を見たら茹でる前の小豆を投げつけてくるじゃねぇか……」
毎度拾わされる俺の身にもなれ。
職人気質の渋いおっさんに「うちの椿はやらん!」と節分よろしく全力で投げつけられるんだぞ。心が折れるわ。
ちなみに床に落ちた小豆は商品として使えないので、椿家で赤飯に再利用される。退治記念か。
「母が『そろそろお赤飯が食べたいわねぇ』と言っていたわよ」
「普通に作ればいいだろ!?」
俺にぶつけたのじゃないと駄目なルールでもあんのか。酷い。
「遊びに来いって意味やん……」
「え? そうなのか?」
まあ確かにおばさんはいつも笑顔で歓迎してくれる。
むしろ泊まらせようとしてくる。既成事実がどうとかブツブツ言いながら。
その時だけは目が怖いし謎。
「……俺の家は?」
「ルイスの家はデカすぎて、なんか気軽に行ける感じじゃない」
メイドさんにずらっと並ばれ頭を下げられるのだ。秋葉のような可愛らしい雰囲気ではなく、美しい四十五度で。庶民には荷が重い。
「……じゃあホテルに来ればいい。永久パスをあげたはず」
ルイスはホテルを主体とした大企業――庵西グループの御曹司。
その関係で経営下のホテルをいつでも無料で泊まれるという、魔法のカードをくれたことがある。
確かルイスの卒業旅行は各県にある施設への顔見せの意味があったとか何とか。
こうして改めて出自を思い出すと、勝ち組の集大成みたいなやつらだな……。
「いや悪いだろ。というか、返してもいいか?」
一度も使ったことはないが、もう自由に外泊することはできないし、するつもりもない。なんで貰ったんだっけ?
「……遠慮は要らない」
「ええなぁ。僕も欲しいわ」
「……公坂はラブホ代わりにするから駄目」
「せぇへんて。……限りなく多分」
「ルイス。こいつは一生出禁でいいぞ」
「……通達しとく」
「酷ない!?」
黙れ節操なし!
「真面目な話、逃げ道も考えておいた方がいいんじゃないかしら」
椿が司にアイアンクローをしながら話を振ってくる。その体勢で言うのか。
「逃げ道な……」
「義理の父親にバレたかもしれないんでしょう? 私なら和菓子屋の主人という座を用意してあげられるわよ」
「は?」
「こうなったら婿養子にきなさい」
「はあああ!?」
いきなり何を言い出す!?
「……おぉー。公開プロポーズイベントきた」
「アイアンクローしながらか。じゃねえ! ま、マジで言ってんのか……?」
「瀬名くんは冗談で告白するのかしら」
「しない……」
じゃあ本気で?
「椿はその、司が好きなんじゃ――」
「ないわ。こんな脳みそ下半身男」
「確かに本能に忠実すぎるのは否定できないが……。それを差し引いても司は良い男だぞ?」
「……普通に会話してるけど、公坂が苦しそうだよ」
あ。すまん、あまりの衝撃発言に放置してたわ。
椿が渋々解放すれば、司がぜーはーと酸素を必死に取り込む。
「ちょ、僕の存在無視して良い雰囲気にならんといてや!」
「邪魔だからそのまま気絶してくれていたらよかったのに」
「めっちゃ酷い。泣きそう」
確かに好きな奴に取る態度ではないかもしれない。……そういうプレイじゃなければ。
「というか、急にアプローチしてどないしたんや椿ちゃん」
「周りに余計なのが増えてきたことだし、黙っていたら永遠に気付かないから方針転換することにしたのよ」
「……ついに攻略ルート入り?」
「ええ。邪魔をするなら庵西くんでも容赦しないわよ」
「……ひぇ。サポートキャラに徹する」
司のアプローチという言葉に動揺している内に、椿とルイスがよろしくとばかりに握手を交わしていた。何があった?
「あれは本気やな……。凌大くん、将来の進路は和菓子屋か。おめでとさん」
「なんで確定してんだ!? って、司はそれでいいのか……?」
「? ま、まさか凌大くん、僕のこと!?」
「いま冗談言うとブッ飛ばすぞ」
「あれま、堪忍やで。なんや勘違してるみたいやけど、僕と椿ちゃんは兄妹みたいなもんや。そういう対象として見たことは、互いに一度もあらへん」
穏やかな顔で言う司に嘘を言っている雰囲気はない。
そりゃ必ずそういう関係になるとは限らないが、本当にそうなのだろうか。
「僕のことより自分の心配した方がええで」
ワシワシと頭を撫でてくる司。
その手はいきなり叩き落とされた。椿によって。
「何をしているのかしら」
「痛ぁ! 僕にまで嫉妬かいな……」
「ええ。悪い?」
「アッサリ認めよった! 男の友情なんやから大目に見たってや」
「し、嫉妬って……」
あまりに直球な言葉に思わずカッと頬が熱くなる。
恥ずかしくなり片手で口元を覆えば、三者三様好き勝手なことを言ってきた。
「どんだけ純情乙女やねん。こっちが恥ずかしなるわ」
「襲っていいかしら」
「……リアル肉食女子怖い」
とりあえず前者二人は貞操観念インストールし直せ。




