24話 今日も昼休みが休めない
「ひっぐ、聞いて、ます……?」
聞いてるよ。ドン引きしてるだけだよ。
直純さんといい、俺はおっさんに泣いて縋られる運命なのか。
業が深いにも程がある。拝啓前世の俺、何をした。
しかし「生徒に訊くか? 仕事しろ!」とは決して言えない雰囲気である。
なにせ不良扱いの俺に助けを求めるぐらいだ。相当追い詰められているのだろう。
「とりあえず落ち着いて、まず深呼吸を……」
ハンカチを差し出せば眼鏡を外し思いっ切り鼻をかむ教師・吉田。
おい、洗っても返すなよそれ。
「はぁ……。すみません。僕の方が教師なのに……」
「まあ、それだけ困らせてるってことっすよね」
「そうなんですよぉ! あんな子、前代未聞じゃないですか!」
「あァ?」
ルイスを見下した気がして思わず睨めば、吉田がまた泣き始める。
「おっ、怒らないでくださいぃ。確かに今のは言い方が悪かったですが、いっぱいいぱいなんです……!」
だから何故俺に相談する。学年主任でも頼ればいいのに。
「他の先生に相談とかは?」
「しましたよ! でも、やんわり断られたというか丸投げされるし……。もう庵西くんと仲が良さそうな吾妻くんしか頼れる人がいないんです!」
最低か。いや、担任制度ってそういうもんなのか?
よく分からないが、目の前の吉田はどうにかしようともがいているのは分かる。
見て見ぬフリをせずに。
……仕方ねぇなぁ。
「吉田先生」
「? はい?」
「ルイスが持ってる抱き枕は、あいつにとって心を護る為の防護服みたいなもんなんすよ。校則違反かもしれないけど」
「……へ?」
「ルイスってあの見た目だから、昔から学校でトラブルが多かったらしくて。それで同級生には恐怖心があるらしいんです。決してふざけてる訳じゃない。むしろ学校に来てる分、戦ってる。だから大目に見てやってもらえないすか」
俺が抱き枕のことを色々ツッコめていたのは、信頼関係があるからこそ。
本気でディスっている訳じゃないとルイスも分かっている。
けど他のやつが言えばアウトだ。最悪キレて暴れるかもしれない。
ルイスもボンボンなので自衛の為に子どもの頃から護身術を叩き込まれているとかで、ああ見えて意外と強いのだ。
「クラスに慣れてきたら普通にしてる時間も長くなると思うんで、もう少し見守ってやってください。お願いします」
頭を下げれば意味をなさない動揺した吉田の声が聞こえる。
再び顔を上げた途端、吉田が椅子ごと視界から飛ばされていった。吉田ああ!?
「感動したわ、吾妻くん!」
ドンッと吉田を突き飛ばしいきなり現れた我が担任、佐藤先生の仕業である。ど、どっから聞いてた。
口の端に米粒ついてるし……。いや、まず箸を一旦置こうか。刺さる刺さる!
「そんな事情があったなんて、昨日は誤解してごめんね」
まず吉田に謝るべきだろ。眼鏡飛んだぞ。
「俺は別に……」
「もう吾妻くん普通に良い子じゃない! 色んな先生方が脅かすから、どんな最恐ヤンキーかと腫れ物に触るように敬遠してきたのに!」
オブラートが破れてる! 腫れ物って言っちゃってんじゃねぇか!
「私がこんなだからクラスの子たちも誤解してるのよね……。よし、これからはガンガン絡んでいくわ!」
メラメラと燃える佐藤先生。待て待て。あんたそんなキャラだったのか。
「佐藤先生ぇ、僕のアドバイザーを奪わないでくださいよぉ」
復活した吉田が泣きながら俺の腕をガシッと掴んできた。
「おい、今すぐ放さないとブッ飛ばしますよ」
「! なんでですか!?」
「鼻水が付くだろうが!」
さりげなくアドバイザー認定もするな! そんな委員会活動は存在しねぇ!
「そうだそうだ! 吾妻くんはうちの子ですよ!」
吉田とは反対側の腕を組んでくる佐藤先生。何この嬉しさの欠片もないモテ期。
こうして昼休みの半分が失われた。
職権乱用+セクハラで教育委員会に訴えたらきっと勝てる。
* * *
「それは大変やったなぁ」
屋上で職員室に呼び出された事情を説明すれば、ケラケラと笑う司。
「イライラするから殴らせろ」
「ちょ、顔はあかん!」
駄目だと言われた顔を思いっ切り引っ張ってやる。
変顔になってもイケメンなことに余計イラついたので頭突きもお見舞いした。
「酷いで、凌大くん……」
「多少崩れてもイケメンだから気にするなクソが」
「褒めてんのか貶してんのか、どっち!?」
「どっちもだ! 椿はどうした?」
いつもは居るはずなのに姿がない。
「あー、今日は一人で食べる言うてたで」
「まだ機嫌悪いのか……。ルイスは?」
「さあ? 教室で固まってんのとちゃう?」
ダチを見殺すなよ。
「アリスが助けたりは――」
「せぇへんやろ。そない殊勝なタマか」
「確かに。ちょっと両方の様子見てくる……」
「なんやかんや面倒見ええなぁ」
よっこいしょと司が立ち上がる。
最終的に付き合うお前も大概そうだろう。
「ほな僕がルイス見に行ったるから、凌大くんは椿ちゃんよろしゅう」
「チェンジで」
「なんでや!?」
「適材適所だろうが! ルイスは俺、椿は司の方が親密度が高い」
呼び方一つとっても分かる。名字か下の名前か。
「分かってへん……。つべこべ言わずに早ぅ行け」
ドンッと背中をやや乱暴に押された。何だよ!
「……司、ルイスのこと頼んだぞ」
「はいはい。任しとき」
サクッと行ってメシにするべく、階段を駆け下りる。
司に構わず最短で教室を目指せば、賑やかな中で椿がぽつんと一人で座り、手製の弁当を食っていた。
やっぱここか。
他クラスのやつに絡まれる可能性が高い場所を選ぶとは思えなかったのだ。
俺が教室に入ると賑やかさが一瞬失われるいつもの反応をスルーして、椿の元へ向かう。ほんとは多少傷付いてんだぞ、ちくしょう!
「椿。なに一人で食ってんだ」
「放っておいてもらえるかしら」
チラリと俺を見上げ、また弁当を食べ進める椿。唐揚げ美味そう。じゃなかった。
「ほっとけないから来たんだろ。機嫌直せって」
同時に椿の頭を撫でる。
これをすれば大抵女子の機嫌は直ると司から聞いたことがあるのだ。朝思い出せよ自分。
活用する機会がなさ過ぎて忘却の彼方だったわ……。
「…………っ、瀬名くんのクセに」
「ん? 俺が何て?」
もしもの反撃に備えてシミュレーションしていたら聞きそびれた。
「何も。……今朝は悪かったわ」
「おう。じゃあ仲直りな」
「ええ」
素直に折れてくれたことに嬉しくなり、ニッと笑えば教室がザワつく。
いつの間にか注目を集めていたらしい。
おい男子ども、槍が降るとか言うな。そんな効果ねぇよ。
女子はヒソヒソと談合を開催中。予想外とか大穴がどうとか聞こえる。なんで競馬?
「俺ちょっとコンビニ行ってくるわ。昼飯買い損ねたんだ」
この学校に食堂はなく購買があるのだが、この時間だと何も残っていない。
そこでアグレッシブな野郎たちは近くのコンビニへと繰り出すのだ。
もちろん校則違反。
教師に見つかれば反省文か奉仕活動という、心が全く躍らないドキドキの冒険である。
「その必要はないで。ルイスが凌大くんのメシも用意してるんやて」
いきなり教室後ろの扉から登場する司。
その手には引きずるようにしたルイスIN嫁。
重いからって死体みたいになってんぞ。……意識あるよな?
「用意って、まさかその状態で購買に?」
「行ける訳ないやろ。一緒に食おう思て、料理人に弁当作ってもろた言うてたで」
「マジか」
司から掻っ攫い、ファスナーを下ろせばしょぼりしたルイスと目が合う。
「……俺のせいで担任に呼び出されたって公坂から聞いた。ごめん」
「気にすんな――つっても無理そうだな。あー、ならその弁当でチャラってことにしないか?」
「……! 勿論!」
まさか松坂牛極厚ステーキ重だと思わなかった……。お釣りが有り余る。
しかもデザートに司が購買で買っといてくれたカツサンド付きだよ。吐きそう。




