23話 少しずつ変化する学校生活
翌日登校した俺を待ち受けていたのは、美少女の抱き枕だった。
激しくデジャヴ。
「おい、ルイス。何してんだ……」
今日も異常に厚みのある抱き枕に話し掛ける。
お前のクラスは隣だろう。なぜ朝一で俺の席を不法占拠するんだよ。
ゆっくりとファスナーが下ろされると、ちゃんと制服を着たルイスが顔を出した。どうでもいいが、これ両面ファスナーなんだよな。
「……教室、居辛い」
「だろうな! 一ヶ月休んでた挙げ句に抱き枕同伴じゃ無理ねぇよ」
「……ただの抱き枕じゃない。俺の嫁」
「反論するのはそこなのか」
もういっそ廊下に転がしてやろうかと思ったが、こいつのコミュ障ぶりはよく知っている。とりわけ学校という集団の中だと萎縮してしまうらしい。
気を許した相手にはこうして喋ってくれるけどな。
「あの……、吾妻くん」
どうしたもんかと思っていれば、チャレンジャーな女子数人が話し掛けてきた。
話し掛けてきた……!?
思わず勢いよく二度見をしてしまった。落ち着け俺。
「な、何だ?」
「そこにいる王子、友達?」
ほんのり顔を染めながらルイスをチラチラ見る女子たち。
王子? と思ったが視線から察するにルイスのことなのだろう。
なるほど。紹介しろとかそういうことか。
こいつの顔面戦闘力は俺への恐怖心をも超えるらしい。もうアイドルデビューして世界を平和に導け。
「ああ。でもこいつは――」
無理だぞ、と言おうとして全力で閉まるファスナー。
ルイスがミノムシのように隠れてしまった。
「「「ええええーー!?」」」
驚く女子たちには悪いが、ルイスはこれが通常運転。話したくない相手はこうやって全力で拒否るのだ。
これで旅行できたのか非常に気になる。まあ大人相手なら少しはマシ……そういう問題か?
「すまん。こいつ極度の人見知りで」
「そ、そうなんだ……」
会話をしたければ乙女ゲームのように好感度を上げていくといいぞ! とアドバイスしたところで多分意味がないだろう。
こいつは三次元の女子に興味がない。攻略非対象キャラなのだ。
「悪いな」
「! 笑った……!?」
思わず苦笑すればザワつく女子たち。いや笑うだろ。生きてんだから。アイムヒューマン。
「ねぇ、もしかして意外と怖くないんじゃない?」
「てゆーか、ちょっとアリかも……。ギャップ萌えみたいな」
「わかる!」
いきなり密談し始めたかと思いきや、はしゃぐ女子たち。
ルイスのことはもういいのだろうか。え、会話終了?
「そこに居られると邪魔なのだけれど」
謎のハイテンションについて行けないでいると、登校してきた椿が開口一番吐き捨てた。
何と言うか、心なしいつもより機嫌が悪い気がする。
その証拠に女子同士の睨み合いが始まってしまった。怖い。
「は? なに、立花さん」
「邪魔だと言ったのよ。人の席を勝手に占拠しないでくれるかしら」
ルイスは自分にも言われていると思ったのか、ビクッと動く抱き枕。
少しは自覚あるのか。まあいいけど。
お前じゃないと伝える為に頭の部分をポンと叩けば、左右にゆらゆら揺れた。ちょっと不気味……。
「こらこら椿ちゃん。言い方があるやろ?」
慌ててフォローに入ったのは、椿の後ろにいた司だ。
気遣うような笑顔で謝る司に多少和らぐ空気。
イケメンも正義である。世の中の大半が悪じゃねぇか。
「ハッキリ言わなければ迷惑だと自覚しないでしょう」
「……何ですって?」
しかしフォローも虚しく椿と女子たちは再びバチバチと睨み合う。
格闘家ぐらい闘志に火が付くのが早ぇよ。
「ちょ、椿ちゃん! 堪忍やで。うちのお姫さん、ご機嫌斜めやねん」
「誰が司のよ。気持ち悪い冗談言うと眼鏡叩き割るわよ」
うん、確かに斜めだ。傾斜九十度に迫るぐらい斜めだ。
「あー……。悪いが今のうちに逃げてくれ」
司に矛先が向いた隙に散開するよう女子たちに頼む。
一瞬顔を見合わせたものの、「しょ、しょうがないわね」とツンデレ発言を残して言う通りにしてくれた。やれやれ……。
「おい、ルイス。こういう時はどうやって機嫌を回復させるんだ」
嫁越しに突いて密かに質問する。
隣の席である俺に被害が一日中及ぶのは勘弁願いたい。
お前のゲーム知識を披露してくれ。
ルイスはファスナーを下ろし顔だけ覗かせると、こんなアドバイスをくれた。
「……一番好感度が高い人物が宥める。さり気ないボディタッチも忘れずに」
何だその無理ゲー……。
「いや、もう司がやってるけど。めっちゃ蹴られてんだけど」
「……なら公坂じゃない」
「じゃあ他に誰がいるんだよ」
「……凌大?」
ねぇよ。首コテンじゃなくて。
「ルイス、その答えは椿に当て嵌まらない。別案を頼む」
「……強引に口を塞ぐ。もちろん唇で」
「エロゲーか!?」
三次元では完全にお縄である。罪名・強制わいせつ。
「大体、瀬名くんも瀬名くんよ。鼻の下伸ばして話してるんじゃないわよ」
「と思ったら俺に冤罪が!」
いきなり降りかかる火の粉。とうとう俺にまで飛び火してきてしまった。
「昨日からデレデレしてみっともない。もっと気を引き締めなさい」
お前はどこの教官だ!
そしていつ俺がデレデレしたのか。相手は誰だ。
なんて言えるわけがない。司の二の舞(ローキック責め)は御免である。
こうなったらここは一つ、謝ってやり過ごすのが無難だろう。
男が折れれば場が治まるものだ。……離婚しない秘訣だった気もするが。
「す、すいませんでした」
「気持ちの伴っていない謝罪ほど無意味なものはないわね」
「ぐはっ……!」
バッサリと言葉のナイフで斬り付けてくる椿。
こっちの配慮など斬鉄剣ばりに一刀両断されてしまった。
なんでここまで不機嫌なんだ……。
「椿ちゃん、いい加減にしときや。度が過ぎると可愛ないで」
「私に可愛げを求める方が間違っているわよ」
「愛想尽かされてもええんか?」
「…………」
どうした。無言になっちゃったぞ。
「というか、何の話だ……?」
「……立花が嫉妬してるって話でしょ」
「誰に?」
「……凌大かな」
ホワイ?
「ん? あー、そういうことか!」
恐らく昨日の食事会で不安になったのだろう。
なんだよ、椿も意外と子どもっぽいところがあるんだな。
「椿」
「何よ」
「義妹が出来ても俺と椿の友情は変わらなぶっふぉおッ!」
顔面にクリーンヒットする椿の鞄。
中身が入っているそれはドスンと床に落ちた。痛ぇ……!
おまっ、これ辞書入ってんじゃねぇのか。
「今のは凌大くんが悪いで……」
どう考えても無罪だろ。眼科行け。
* * *
そのまま椿と会話もなく突入した昼休み。
俺は隣のクラスの担任に職員室まで呼び出されていた。
理由はなんとなく分かるだろう。
「あ、庵西ぐんのごど、どうじだらいいんでずがぁ……」
目の前にはグスグスと泣きじゃくる気弱そうな教師。
なぜか突然、強制的にやってきてしまったお悩み相談コーナー。
その相談内容がこちら。
『うちのクラスにいた不登校の生徒がやっと来てくれたと思ったら、一日中女の子の抱き枕カバーを被っています。どうしたらいいですか?』(三十代・男性)
俺に安息の地はないのかよ。




