15話 新たな危機
とある文章が印刷されたコピー用紙と一枚の写真。
その二つを手に俺は渡り廊下に立っている。
目の前には一人の人物。
名前も知らないそいつは、含みのある笑顔でこっちを見つめている。
時刻は昼休み。
教室棟と柔・剣道場を繋ぐ日当たりの悪い廊下は、この時間ひと気が無い。
なのでここには俺とそいつ以外、誰もいない。
悪友である司と椿もいない。
そうするように指示されたからだ。
なぜこんなことになっているのかと言えば、遡ること数時間前――。
* * *
「口の中が苦ぇ……」
学校の正門をくぐり終えた俺は、早速素に戻ってうんざりしていた。
味覚が負傷している理由はお察しのことだろう。
双子の手料理である。
なんと今朝も用意されていたのだ。
『妹の手作り料理は好感度間違いなし!』と作ったらしいのだが、人間そんな急スピードで成長できるわけもなく、前回の朝食と変わらずなものが食卓に並べられた。
敢えて褒めるなら食パンの焦げ具合がちょっとマシになった程度、という感じ。
聞けば結構お高い値段で売られている、近所のパン屋の逸品らしかった。ショックが二倍になった……。
明日もそうなっては堪らない。
正直やめさせたいのだが、手料理を振る舞おうと頑張る女子に一体何と言えばいいのか。
昨日の一件が嘘のようにスッキリとした顔を見れば、尚更何も言えなくなる。
……水を差したくはないんだよな。
本日すでに何度目かの溜め息を吐きながら下駄箱を開ける。
上履きを取ろうと手を伸ばした時、いつもはないものがあることに気付いた。
「あ? なんだこれ。手紙……?」
踵に踏み跡のある上履きの上。一通の白い封書が乗せられている。
こ、これはまさか!
「果たし状……ッ!?」
「なんでやねん」
バシッと後頭部を叩かれ、反動で下駄箱に思いっ切り頭をぶつけてしまった。
「痛ぇ! 何してくれてんだ……椿」
「おはよう。瀬名くん」
人を殴っておきながらしれっと挨拶をしてくるのは、悪友である立花椿。
一見モデルのような見た目なのに、その行動は今日も荒い。というか単純に酷い。
「なんで椿まで関西弁なんだよ」
「ツッコミの定番ワードでしょう」
「なるほど。じゃねえよ! 強すぎんだろ。叩き方に悪意を感じたぞ」
「気のせいよ。それより何その手紙?」
「いや謝ろうぜ」
「ちょっと拝借するわよ」
「聞けよ、人の話を!」
マイペースか!
「差出人は……名前が無いわね」
俺の手から封書を奪い取り裏表を確認すると、訝しげに首を傾げる。
さすがに中まで開ける気はないようで、すぐにこっちへ返却してきた。
見れば表書きには『吾妻様へ』と書いてある。
手書きではなくPCで書かれた文字で。なんだか少し違和感。
「俺宛で間違いはないみたいだが、何だろうな」
「……妙な手紙ね」
「ああ」
なぜか貰った本人よりも真剣な眼差しで封書をジッと見つめる椿。
無表情がデフォルトみたいなやつなのだが、今は綺麗な眉が寄せられている。
笑えば可愛いのにな。滅多に見れないけど。
「とりあえず開けてみるか」
開けずに捨てるという選択肢もあるが、不審なものだけに気になる。
触った感じ硬そうなものは入っていない。だとしたら多分、刃物とか危険な物が飛び出すことはないだろう。
学校でそんなもん渡されるわけないと思うだろうが、過去に何度かあったんだよ。中坊って無茶するよな……。
とりあえず中身を傷付けないよう、なるべく封筒の端をビリビリと破る。
開封された封筒の中を覗き込めば、入っていたのはたった二枚の紙。
取り出してそれが何なのか見た瞬間、言葉を失った。
「何だったの? 私にも見せなさい」
呆然とする俺の手から椿がそれらを奪い取る。
数秒後には俺が抱いた感想と同じことを口にしていた。
「何なのこれ」
そんなことはこっちが訊きたい。
一体何なんだこれは。
「変わったラブレターね」
違った。全然同じじゃなかったわ。
「どこをどう見ても脅迫状だろうが!? よく見ろ!」
「ちょっと声が大きい」
『脅迫状』という非日常的な言葉に反応したのか、昇降口にいる生徒たちがザワザワとこちらの様子を窺ってくる。
クソッ、ミスった。
「……仕方ないわね。こっちに来なさい」
「ちょ、おい!」
俺の腕を掴み、そのまま強引に昇降口から連れ出す椿。
どこへ行くのかと思えば、人通りのない保健室裏へと誘導された。
「ここまで来ればいいでしょう」
「お、おう。サンキュー」
確かに朝一で保健室を利用する生徒なんてそういないだろうし、保健医もこの時間なら職員会議中だろう。聞かれたくない話をするには、うってつけの場所だと言える。
「あれ? そういえば司はどうした? 一緒じゃないのか」
家が近いから登校はいつも二人一緒のはずだが、姿が見当たらない。
昇降口で会った時から椿しかいなかったことに、今さらながら気付いた……。
「ああ。上級生らしき人たちに呼び止められたから、置いてきたのよ」
「なっ、ケンカか!? なら俺も――」
「女子三人組だったわ」
「そうか。永遠に放っておこう」
恐らく告白とか遊びの誘いとかその辺だ。よくある。なんだこの差。
「で? 改めて何それ」
「さあな。ラブレターじゃないことは確かだ」
もう一度文面を見てみる。
封筒の中に入っていた紙にはこう書かれていた。
【本当の貴方をこの二人にバラされたくなければ、昼休みに一人で武道場前の渡り廊下まで来てください】
折り畳まれたA4サイズのコピー用紙にPCで打たれた一文。
この紙と同封されていたもう一枚は写真で。
登下校中の隠し撮りなのか、制服姿で歩いている雪奈と氷奈が写っていた。




