第十章 鏖殺の果て
認めない――
こんな悲劇的な結末は絶対にぶち壊す。
友介の想いはただ一つ。
カルラを助けたい。
そして、彼が彼女のためにできることなんて、一つしかなかった。
「カルラァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」
ただ、真っ直ぐ。
今も赤い涙を流す少女へ向かって、少年は走る。
友介が走り出すと同時、まるで電源が切れたかのように少女の絶叫も止まった。
そして、血の涙を流したまま、こちらを悲しみをたたえた瞳で見つめてくる。
彼女は腕を軽く動かすと、周囲に展開していた無数の刀の数十本を差し向ける。
「どけえええええええええええええええええッッ! 邪魔なんだよッッッ!」
そいつらを全部、ぶっ壊してやった。
無数にある刀の五十本ほどが、友介が怒りの視線を向けただけで叩き壊れた。
カルラへと続く全ての障害を払いのけるように、彼はやみくもに、ただ心の赴くままに少女を縛る枷を壊していく。
自身に迫る危機を察知したのか――少女を囲む五千の刀が一つの群れのように蠢いた。ベイト・ボールの如き蠕動は、カルラの意志を尊重するかのような有機的な動きを見せる。
全数の八割が少女を外界から守るかのように取り囲み、時速二百キロ近い速度で公転することで球体を形成した。それは近付く全てを斬り刻むミキサーだ。
その死のミキサーの刀と刀の僅かな隙間から、友介はカルラの姿を確かに捉える。ただ静かに血の涙を流す少女は、明らかに救いを拒んでいる。
刃の殻に閉じこもって、もういなくなりたいと、彼女の心はそう告げている。そう――これは、風代カルラという少女を過去に縛り付ける忌々しい刃の監獄だ。少女自身が作り出した、自身を世界から隔離する殻。
風代カルラの、救いへの拒みそのものだった。
「ざっけんな……ッ」
ならばこそ、友介はそれをぶっ壊さなければならない。
あれを破壊しなければ、カルラには辿り着けないのだから。
悪態をつく友介へ、残る千近い刀がひと固まりとなって襲い掛かった。
「俺とカルラの間に入ってきてンじゃねえよクソがッ!」
それを黙示録で破壊する。だが、叩き潰せたのは全体の一割にも届かない。まだ九百本以上の刀が、クジラのように大口を空けていた。
「上等だっての……ッ」
友介は『瞬虚』を発動。空間を跳躍して千刀のクジラの側面に立つと、すかさず全力全開の黙示録を叩き付けた。
撃ち砕かれる数多の刀。しかしそれでも、銀のクジラからしてみれば些細な損傷だ。
――だったら一枚ずつ削ぎ落としてやるよ。
友介は怨念すらこもっていそうな禍々しい瞳で睨みつけ、刃の群れを削っていく。ピーラーで薄皮を割いていくかのような途方もない所業であったが上等だった。
ただカルラの所へ辿り着く。そのためならば永遠にだって戦えってやる。
四度の黙示録でおよそ百本ほど刀を砕いたところで、銀のクジラが首を友介へと振った。
同時、『瞬虚』を発動。逆側面へと跳躍し、再度同じ作業を繰り返そうとした――その瞬間に、背中から腹にかけて鋭い痛みが走った。
「ぎ、ィ……ッ!」
視線を落とせば、先ほどカルラに刺されたのとは別の箇所――右の脇腹――を長い刃が貫いている。
視界の端にはさらに四本、飛来する刀が映っていた。
「別動ってことかよ……ッ、小賢しいんだよ、無機物風情がッ!」
絶死の瞳で睨み、それら四本を破壊する。
刺さった刀を乱暴に引き抜き、銃を構えたところで嫌な声を聞いた。
「ぎ、ィア……ッ!」
先の絶叫と刃種類の異なるカルラの悲鳴。激痛を訴えるその声音に嫌な予感を覚えそちらを見れば、千刀の牢獄の向こうで、少女は苦痛を露わに右の脇腹を押さえていた。両手で押さえている箇所を中心に、赤い染みがじわりと広がっていく。カルラの染色の影響――己が他者に付けた傷と同じものを、己の身にも刻むという自傷の心。
「こんの、バカ女……ッ」
激痛など下らないと無視をして、ぐらついた足を地面に縫い付ける。
「独りでずっと背負いやがって……ッ」
刀を無理やり腹から抜いて、少年はさらに前へと突き進む。
「――――『鏖弾』――――」
己への怒りを糧にして、少年は絶奏の弾丸を眼前で蠢く巨大な銀のクジラへと撃ち込んだ。『眼』を利用して刃と刃の僅かな隙間へ銃弾を滑り込ませ、
「引き裂かれてろッ!」
クジラを中心から引き裂いた。大気が、そして世界が黙示録の破壊に耐え切れず砕かれ、それに伴い数多あった刃が木っ端微塵に叩き割られた。
だが、まだ足りない。百本ほど刀が残っている。
九十本近くがサメのような形状を取り、残る十本の刀が独立して襲ってきた。先行するそれら十本の刃に、友介は黙示録を叩き付けるが、
「が、ぎぃ……ッ」
三本撃ち漏らした。
回避の挙動を取ったものの、左の脇腹と左肩、そして大腿を一センチほど切り裂かれる。
「ぁああっ!」
「カルラっ!」
友介と同じ場所に傷が刻まれ、そこから赤い血が散った。少女は両手で肩を抱くようにして痛みに耐えている。人を斬って、自分も罰する。
許せない、許せない。こんな体は切り刻まれてしまえ。
自身を責めるその心が、友介には痛いほどに分かってしまった。
「――――……ッッッ」
もう、我慢の限界だ。
こんなふざけた後悔は、今すぐ終わらせる!
「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」
絶叫と共に、迫る無数の刃を叩き潰した。
またも五十本ほどが残り、群体を作ったが。
「――――」
もう相手にしなかった。
すれ違いざまに染色を叩き付けると、後ろも振り向かずただカルラへと向かって走った。背後から残った刀が背を刺さんと追いかけてきたが、もうどうでもいい。知るかこんなもの。
牢獄の奥で泣き続ける少女だけをただ見つめて、少年は必死に前へと進む。
「ぐ、ゥゥウウウ……ッ!」
刀が腹に刺さったが、もう気にしない。どうせカルラも分かってやっていることだ。予定変更、いちいち全部に付き合ってられるか。あの頑固女を相手にしてるんだ。立ち止まってやる余裕なんてない。今まで通り、お前の無茶に俺が付き合うから、お前も俺の無茶に付き合いやがれッ!
大地を蹴り付け、もはや刺さった刀を抜きもせず前へ前へとただ走る。
そして少女を閉じ込める千刀の檻に辿り着くと、右手に握った拳銃を適当に捨てた。
こんなものはいらない――
右の拳を岩のように固く握り締めた。
「邪魔だ」
怒りを乗せたその拳を、高速回転するミキサーへと叩き付ける。
「邪魔だッ!」
刃に拳が切り裂かれ、血飛沫が舞うがどうでもいい。
「邪魔だッッ!」
まだ拳は握れる。
「邪魔だッッッ!」
まだ、少女へと手を伸ばせる。
「邪魔なんだよこの馬鹿ッ! さっさとこれどけろカルラァァァアアアアアアアッ!」
何度も。
何度も。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
右手の感覚が無くなって、拳を握れているのかも分からないけれど。
それでも、暴走するままに絶叫しながら拳を叩き付けた。
「いい加減に人の話聞けよッ! なあおいっ! 辛いんだろうがッ! 泣いてんだろうがッ! いつもいつもすぐ感情に任せて人のこと殴るくせに、こんな時ばっか強がってんじゃねえッ!」
もはや原形もとどめないほどに壊れた拳を、まだ握って。
少女を包む固い殻を壊していく。
「カルラッ! いいかよく聞けッ! お前が人を殺したことも、何の疑問も抱かなかったこともッ! 全部見た! お前が最初に心を持っていなかったことも知ってるっ!」
背後から数多くの刃が少年の肉を貫かんと猛る。それを視線だけで全て叩き壊すと、すぐさまカルラへと瞳を向けて、拳とともに言葉を叩き付ける。
「ああ、認めてやる! お前は確かに人殺しだっ! 人を殺した、殺したんだよッ! その事実は変わらないッ! お前は一生赦されないことをした! それは紛れもない事実で、そこから逃げることなんてできない! 逃げちゃダメなんだっ! カルラ、お前は最低で最悪なことをしたんだよっ! そんなことは、もう嫌っていうほど分かったよっッ!」
友介の瞳から、次から次へと涙があふれてくる。砕いた刃の欠片に、友介の涙が反射を繰り返し、カルラのもとへと届けられた。
別に自分のことじゃないのに。
カルラがもう許されないという事実が、友介には心の底から悲しかった。
「でも、でもッ!」
ただ、それでも。
これだけは、どうしても言いたかった。
「それでも! お前が一生許されないとしてもッ!」
だって。
「カルラッ! お前は――ッ」
だって、彼女は――――
「お前は、お前の人生を生きていいんだよッ!」
風代カルラは、安堵友介にとってかけがえのない存在で。
「お前のやりたいことを言えよ」
彼女は彼にとって、いることが当たり前みたいな存在で。
「なあ、あるんだろうが」
カルラの笑顔が、どうしても友介は見たかったから。
「言えよ」
そして。
「お前の、夢をさ」
何度目になるか分からない少年の拳が、とうとう少女を独りにしていた『殻』を、木っ端微塵に砕き散らした。
まだ千本以上残っていた刃の全てが。
まるで、友介の言葉がカルラの心の殻を壊したように。
まるで、友介を自分の心の中に、迎え入れるように。
「ぁ、あ――――」
「ほら、怖がらなくていいからよ」
ボロボロの体を引きずって、舞い散る破片の中をゆっくり歩いてくる。
ぺたりと膝をつく少女は、向かってくる少年を呆然と見上げることしかできない。
やがて、目の前まで来た少年の手が、そっと頭に乗せられる。
ゆっくりと膝を落として、目線をカルラに合わせてくれる。
「ぁ、ぅあ、……っ、……っ」
「別に焦らなくてもいいからな」
これまで浮かべたこともないような、暖かくて優しい笑顔を浮かべながら、聞いたこともないような柔らかな声音で優しく語り掛けられる。
「大丈夫だって。いつまでも待ってやるから。落ち着いて、深呼吸しろよ。ほら……な? 落ち着いたか?」
優しく頭を撫でられて、背中を優しく叩かれて。
「わた、しは……」
「おう」
「わたしは……」
じわりと、少女の瞳に涙が浮かぶ。
ただ、それはもうさっきまでのような赤色の涙じゃない。
後悔と悲痛で満ちた血の涙とは違う。
それはきっと、理解不明な感情がたくさんつまった、少女自身にすら分からないものだ。
困惑とか、負い目とか、喜びとか、嬉しさとか。
そういう自分でもわからない、色んな思いがごちゃまぜになった、そんな涙で。
でもきっと、一番は、目の前の少年に見つめられていることへの喜びで。
ああ、だから……
彼女は、簡単に口を開いてしまう。
抵抗することが、できない。
できるはずが、ない。
「わたしは……わたしは……っ」
瞳を満たしていた雫が、一筋の光に変わって。
彼女は、ずっと隠し続けていた夢を、語る。
「わたしは…世界を、すくいたい……っ」
そうして。
十四年間止まっていた、錆びついた少女の時計の針が、動き出した。
「誰かを守りたいっ、泣いている人に手を差し伸べられるようになりたいっ、もう誰も泣かなくていいような世界にしたいっ! 苦しんでる人のところに駆けつけてあげられる、ヒーローみたいな人になりたい……っっ」
「……っ」
言葉と涙が、ぼろぼろと溢れてくる。
……十四年間ずっと錆びて動かなかった彼女の心が、今ようやく、本当の意味で輝き始めていた。
「わたしで、こんなの最後にしないといけないの。最後にしたいのよ! もう二度と、あんな悲劇を作りたくないから!」
友介の肩を必死につかんで、壊れたように訴えるカルラの頭を、友介はずっとずっと撫でていた。
「でも――」
それでも、カルラの表情は全く晴れない。願いを口にしても、夢を語っても、風代カルラの絶望は消えない。
「でもね……わたしじゃ無理だって、そんなこと分かってたから……っ」
「……なんで無理なんだよ?」
「む、むりに決まってるでしょっッ!? だってわたし、こんなに醜くて、汚れてて、最低の人間で! こんな私に何かできるはずないじゃない!」
人を殺した。
何千人も、殺したんだ。
命乞いも聞かず、ただ機械のように殺した。
いっぱいいっぱい殺して、両手は血でびっしり汚れてしまって。
「だから、むりだって、気づいて……あきらめて……っ」
ゆっくりと、服を掴んでいた手の力を緩めた。
友介から視線を外し、俯いてしまう。
ぱっ、と離れた少女の両手。だけど少年は――離すものかと、残った右手で肩を掴んで引き寄せた。
「ぇ――――」
そして――
そのまま、少女の体を力いっぱい抱き締める。
「なに、を……」
困惑を隠しきれない声を聞いても、友介はそれに答えようとしない。
「カルラ」
「っ」
名を呼ばれた少女の肩が、びくりと震えた。
「な、に……?」
「できるよ」
「っ、なに、いって……」
耳元でささやかれる優しい声に、少女がいやいやをするように首を振った。
「そんなわけ、ない……っ」
「いいや、そんなわけある。だってよ――」
ぎゅっとその頭を抱えてやって、自分の肩に押し付ける。
感謝や信頼や愛情を全て注ぎ込むように、抱きしめる腕の力を強くする。
そうしながら、彼は小さく笑って。
こんなことを言った。
「お前は俺を、救ってくれたじゃねえか」
「ぁ――――、……――」
それが、いつのことを言っているのか、カルラにはすぐに分かってしまった。
それは――彼女にとって、彼との出会いと同じくらい大切なもの。
抱きしめてくれる少年の心を知って、通わせて――意識し始めたきっかけだから。
でも――
「俺が苦しんで立ち止まって、ボロボロになって泣いてるときに、お前は俺を立たせてくれた」
「ちが、う」
それは違う。あの時の彼女に、彼を救うつもりなんて全くなかった。
だってあれは、ただのわがままで、勝手に期待を押し付けただけの最低な行為なのだから。
カルラのように、世界と戦う友介に、負けてほしくなかったから、アンタも負けないでと、そう押し付けただけだ。
「ちがう、ちがう……っ!」
「諦めて腐ってた俺を、見捨てないでくれた」
「それは、そんなんじゃない! そんなんじゃないのよ……っ! ただ、ただアンタに……っ!」
「小さい体で、力いっぱい俺を殴ってくれた。どうしたいのかって、バカで意地っ張りな俺の本音を引き出してくれただろ?」
「それはアンタが、諦めるのが私はいやで……っ、私の、自分勝手な……!」
「なあカルラ。あの時、ありがとな。お前がいてくれて本当に良かった」
「ちがうの、ちがう! お願い友介、私のことをそんな風に……っ!」
友介はカルラのそんな否定を、全く聞いていない。
どうせこいつはそういう奴だから、と。
自己評価が低くて、自分のことが嫌いで仕方なくて、それでも生きなきゃって必死で背伸びして生きている。
そんな大馬鹿だからこそ、友介はそれ以上の愛で肯定してやりたかった。
「なあ、カルラ」
「う、ぁ……」
抱きしめる力が強くなって、少女の体が緊張した。
体いっぱいで感じる少年の熱が、愛おしくてたまらない。
知ってるのに。
彼には他に好きな人がいることなんて、知ってるのに。
でも、だけど。
もう、無理だ。
こんな幸せは、こんなに汚い自分には似合っていな――、
「お前は俺と一緒で綺麗だ。誇り高くてカッコイイ。誰よりも純粋な心を持った優しい人間だよ」
「――――ぁ」
そんな、いつかどこかで聞いたようなセリフを聞いて、
「まっ、て……ちがう。やめて。わたしは、そんなんじゃ……」
「違わねえよ。俺が保証してやる。お前は、風代カルラは――誰よりも、この世の何よりも気高くて、純粋で、強くて、誇り高くて、優しくて、カッコ良くて、可愛い……最高の女なんだよ」
安堵友介は風代カルラの全てを見たはずだ。彼女の汚い過去の所業を、余すことなく見渡したと、彼自身が言っていた。
なのに、どうしてそんなことが言えるのだろう。
彼の言葉は、事情の知らない赤の他人の言葉じゃない。彼女の闇を全部理解して、汚い過去も血塗れた罪も、全部全部見たうえで。
それなのにこんな言葉を、嘘も偽りも虚飾も何もなく、心の底から彼女をこんな風に言った。
そんな、風代カルラという少女の全部を肯定した。全部全部、汚れた部分も暗い部分も、全部全部含めて最高の女の子だと、そう言ってくれた。
だから、だから――
「……ほん、とに……?」
「ほんとだっつの」
「うそじゃ、ない……?」
「俺がそんな嘘ついたことあんのかよ」
「……ほんとに、ほんとに……?」
「ああ」
言葉とは全く逆に、彼の言っていることは全く意味がわからなかった。
だって、友介は唯可のことが好きで、自分のことなんてどうでも良いと思ってたのに。
何でこんなに大切にされてるのか、全然わからない。
風代カルラはこんなに汚れていて。
褒められるところなんて全くなくて。
最低で最悪で、否定されることだけが、彼女の人生なのに。
「できる、の……?」
「できるさ」
「わたしでも、世界を救って、いいの……?」
「どんどん救えよ。おまけにあと三個くらい救っとけ」
「こんなわたしでも、ゆめを、追いかけていいの……?」
「ああ、追いかけていい」
たった二人だけの時間が流れていく。
今この時だけは、世界の中心はこの二人だけで。
他の誰だって、この幸福なひと時を邪魔することなんてできはしない。
砕かれたカルラの剣の破片たちが、月光を浴びてきらきらと舞い落ちている。銀色の雪の中で、安堵友介は風代カルラを精一杯の愛情をもって抱きしめていた。
「カルラ、お前は馬鹿だからこれから先もきっと自分を責め続けるだろ。どうせ今日俺がどれだけお前が最高の女だって言っても、すぐに自信がなくなって、やっぱり自分は駄目な奴とか言って勝手に落ち込むだろうよ。だからそのたびに、俺がお前を肯定してやる。お前がお前を否定した、その百倍の気持ちでお前がこんなに凄い人間なんだって教えてやる。だから何回でも甘えて来い。いくらでも泣きに来い。自分勝手に当たり散らかしてもいい。いつだってこんな風に、ちゃんと受け止めてやるから」
「……ぁ、……」
甘えてもいいの?。
寄りかかってもいいの?
これからも、ずっとずっと……この人の隣にいていいの?
わからない、本当に何もわからないよ。
どうすればいいの?
友介の気持ちは痛いほどに伝わってくる。
でも……本当にそれでいいのかわからない。
今も頭の中に、色んな記憶が押し寄せてきてるのよ。
たくさん人を殺した。
ただ生き残るためだけに、言われるがままに何千という命を奪った。
どれだけ安堵友介が肯定しようとも、風代カルラの全身は他人の血で汚れている。
風代カルラは――殺人鬼だ。
それでも。
たとえ、この人生が真っ赤に染まった最悪のものだったのだとしても。
もしも、私が殺した少女たちが、自分を絶対に許さないのだとしても。
それでも。
それでも。
それでも。
「ねえ、ゆうすけ――……」
――求めても、いいのかな……?
「――――――たす、け……て」
やっと、その一言を誰かに言えた。
身を縛る鎖を引き千切って。
心を雁字搦めにして捕えていた、後悔という名の枷を自ら捨てて。
罪の意識や、後悔。自分自身の嫌悪や、罰されたいという甘え。
そうした全てを乗り越えて、
彼女は生まれてから初めて、
誰かに助けを求めることができた。
「カルラ……よく、がんばったな……」
それがとても難しいことだと、彼女の記憶を見た友介にはわかるから、震える声でそう褒めてあげた。
「う、うぅうう……っ。う、ん……。わだじもう、わがんないの。どうすればいいの? あたまのなかぐちゃぐちゃで、何したらいいかわからなくて、……こんなのひどい、ひどいよぉ……。わたしだって幸せになりたいよ、ふつうに笑いたいし、だれかと一緒にいたい! じぶんの人生を歩きたい! 罪にしばられたくない! 正義の味方になりたい! 世界も救いたい! 泣きたくない! 笑いたい! ともだちもほしい……! かぞくもほしい。お兄ちゃんとはなれたくなんてなかった! たたかいだぐない! しゅうがくりょごうもいぎだい……! なにより、ゆうすけといっしょに、いたい……っ」
そして、一度口にしてしまったら、もう止まらなかった。
ずっと押し込めてきた弱音が吐き出されていく。
助けてほしかった。
ずっと誰かに助けてほしかった。
でも、それはきっと駄目だと思っていて。
だけどそうじゃないって言ってくれた人がいたから。
「たすけて! ゆうすけ、おねがい……たすけてよぉ! ひとりはやだよぉ。一緒にいてよ! ひとりぼっちじゃ、生きていけないの! だから、お願い、わたしを助けて! ……助けてよおっ! ううううああああああああ! あああああああああああああああああああああああああ、ああああああああああああああああああああああああ、あぁぁぁ……っ、あああ、あああああああああ…………っ!」
やっと本音を吐き出せた。
やっと弱音を吐くことができた。
やっと誰かに甘えることができた。
いけないことだとわかっている。
今でもこんなことをしていいのかと、怖くなる。
それでも、止まらなかったのだ。
心の底に溜めこんでいた、泣き言が――涙と一緒に溢れてきた。
「ああ、任せとけ。だから――」
ゆっくりと、何度目になるかも分からない呼びかけとともに、友介はより一層腕に力を込める。
「うぅうう……あ、ああ……っ。な……な、に……?」
カルラが不思議そうに、幸せそうに、声を返して、
そして――少女は、今日、幸福を知った。
「家族になろう。俺の一生を懸けて、おまえを助けてやる」
「――――――――」
「これからずっと一緒だ。絶対に離れない。手放さない。泣きたいときにはそばにいてやるし、お前が辛くなった時は、一番近くで支えてやる」
愛しい彼の言葉が、少女の心の錆を溶かしていく。
「お前の罪はきっと、一生かかっても償いきれないものだ。今この場所でお前を救うなんてできないのは分かってる」
ああ、そっか。
「だから、いつかカルラが自分を許せるようになるまで、ずっとずっと一緒にいてやる。いいや、許してからも一緒だ。本当に、ずっとずっと一緒にいてやるからな。死ぬまで、一緒だ」
幸せって、こういうことなんだ。
「たとえ世界が敵に回っても、俺はお前を守ってやる。カルラ自身がカルラの敵になったとしても、今みたいに全力で助ける。お前を世界で一番大切にする」
何となくだけど、彼の言う家族がどういう意味なのかは分かった。
自分はもう、女の子として見られないんだろうなって。
けど、もうそんなことどうでも良かった。
もういい。これ以上は何もいらない。
だって、こんなに幸せなんだから。
「ゆう、すけ……っ」
そして、ようやく。
「ゆうすけぇ……っ」
カルラは、中途半端に浮かせていた両手を、友介の背中に回すことができた。
「ゆうすけ、ゆうすけ……ゆうすけ、ゆうすけゆうすけゆうすけ、ゆうすけ……っ!」
胸の高鳴りが止まらない。込み上げてくる幸せが押さえられない。溢れ出す涙が止まってくれない。
これから、きっと色んなことがあるだろう。
でも、この身体を包んでくれるぬくもりがあれば、どんな困難も乗り越えられる気がする。
「わたし、絶対、自分をゆるす……し、世界をすくう、から……っ」
ようやく気付いた。女の子ってきっと、そういうものなんだ。
「だから、だから見てて……」
「ああ。ずっと見ててやる」
「――――うん、約束だから……っ、うそついたら、絶対許さないから……っ」
ずっと彼に対して抱いていた気持ち――その名前を、やっと知ることができた。
胸を満たすあたたかな感情。少しだけ苦しい、とても心地のいいもの。
この気持ちの名前は――――
「ねえ、友介――」
東の空から、ゆっくりと朝日が昇っていく。
少年から腕を離し、一歩だけ後ろに下がる。
そして、地上を照らす優しい陽光が少女と重なって、
溢れ出る涙をぬぐおうともせずに、
「――これから、よろしくね。大好きよ」
幸せそうに、顔をしわくちゃにして笑った。
☆ ☆ ☆
あのね、友介。
私は一つだけ、あなたに隠し事をしました。
めんどくさい女って思うかもしれないけれど、でも、いつか気付いてね?
――私は今日、あなたに恋をしました。




