第九章 決戦 ――Decisive Aurora―― 3.収束し行く戦局
展開していた爆炎の反射膜をいとも容易く引き裂いて、処刑人の拳が突き刺さる。理解不能な事態を前に、紅蓮の王は困惑を隠せずにはいられない。
「が……っ! な、に……ッ」
「無様だな、紅蓮の王」
衝撃に体を仰け反り瞠目するバルトルートとは対照的に、拳を振るった少年の瞳はどこまでも静謐である。
そして、再びの染色発動。
左眼の視界を対象範囲として、無作為に世界を破壊する黙示録が、今は握り締めた拳へと収斂される。崩壊の呪いは発散されることなく、噴火の時を待つ活火山の如く静かにその時を待ち侘びていた。
そして――
「もう一発だ。泣いて喜べヘタレ野郎」
漆黒の礼服を引っ掴み無理やり立たせると、再び絶拳を枢機卿の頬へと突き刺す。
ゴッッッギィ……ッッ! と。
部屋中に響き渡る轟音と共に、衝撃波が拳から発された。出力を抑えているため内包したエネルギーはかつてのそれより格段に劣るものの、バルトルートの体が凄まじい速度で床へと叩き付けられていた。紅蓮の王は激痛と驚愕に成すすべもなく振り回される。一騎当千、万夫不当――無類の強さを誇っていた枢機卿がボールのように跳ね返り、すかさずぶち込まれる蹴撃に腹を打ち据えられ滑空した。
壁を四つほどぶち抜き五十メートル以上吹っ飛ぶ。ようやく勢いを失ったバルトルートは、手足を投げ出し五枚目の壁にぶつかりようやく勢いを止めた。全身を殴打し、激痛と動揺を隠せない。
「な、にが……がはッ! ぅぐぅうあッ? ぐ、クぁ……ッッ」
必死にもがき立ち上がろうとするも、甚大な損傷のため上手く体を動かせない。
冷たい瞳を剥ける黒髪の少年は拳を解き、腰に取り付けたホルスターから二丁拳銃を引き抜いた。それぞれ遊底を引き、倒れ伏す紅蓮の王へ銃口を向けながら、圧政者へとその罪状を突き付けた。
「お前はこの国の人達を無為に殺した」
城下から響く悲鳴は今も友介の耳へと届いている。
「俺の大切な仲間たちを侮辱し、あまつさえ殺そうとした」
近くで倒れている草次や千矢を見て、友介の表情が怒りに歪んだ。
「そして――テメエはカルラを傷付けた」
以上三つの罪状の元、処刑人は判決を言い渡した。
「死刑だよお前は。その心を徹底的に折ってやる」
「かふッ。……ぐ、おのれ……ッ。敗北し逃げた負け犬の分際で、よくも吠えたなッ」
勢いよく喀血した紅蓮の王は、赫怒の瞳を黙示録の処刑人へと突きつけた。
だが、当の本人は既に殴り飛ばした敵のことなど些事であると切り捨てて、背後でぺたりと座り込む赤髪の少女へ優しく微笑んでいた。
「悪い、待たせたカルラ。今からお前を助けてやるよ」
優しくも力強い笑み。真っ直ぐに前を、そして世界と運命を見据えた瞳。
この世の全ての不幸を赦さぬという矜持が、そこには宿っていたから。
「なに、してるのよぉ……ッ」
ああ、そんなあなたを見て、思い出さないわけがない。
誰よりも優しい、こんなにもカッコイイ男の子を、私は一人しか知らないから。
「来るなって、何回言ったら分かるのよお……ッ」
「悪いなカルラ、それだけは聞けねえ」
「逃げてって、言ってるのにぃ……! なんで、何で分かんないのよこのバカあッ!」
「うるせえっての」
だが、そんな少女の叫びを全て、少年はいらないと切り捨てた。
「何回言われても分かんねえよ。とりあえずお前はそこで大人しく見てろ。だから、もう、泣かなくていい。――後は俺が片付ける」
瞳から大粒の涙を溢れさせる少女を背に庇い、安堵友介は振り返る。
「なあ、バルトルート・オーバーレイ。お前がどこで生きて、どんな悲劇を被って、そしてどんな地獄を経験してそこにいるのか、そんなことはどうでもいい。俺が言いたいのは一つだけだ」
その目にした過去――その全てを切り捨てて、友介は怒りをあらわに表情を歪めた。
「妹を殴る兄貴なんざ、クソ以下だからぶっ飛ばす」
左眼の反転目をギラリと肉食獣の如く光らせ、起き上がる枢機卿を見据える。
「もう俺はお前に負けねえぞ。ここから先に、お前のターンは二度と来ない。だから絶望しろ。掲げた夢が、俺に砕かれるその様を傍観してろよ」
「調子に、乗るなよ……ッ。青二才がァッ!」
バルトルートを守るような格好で、前面に無数の兵隊が現れた。紅蓮で構成された数多のそれらが、一斉に銃や杖を構える。
「――焼き焦がせ」
憎悪すらこもった声でもって号令を掛ける。
直後、無数の炎弾が友介を襲うが、彼に動揺している様子はない。落ち着き払い、あまつさえ両目を閉じて待っていた。
「――――?」
訝しむバルトルートだが、その結果は一瞬後にやってくる。
「なあバルトルート、知ってるか?」
ゆっくりと開かれる左眼は、やはり禍々しい反転目で。
「雑魚が集団になったところで、絶対的な個には勝てねえんだぞ」
それは、誰が放った言葉だっただろうか。無自覚で口にしたのだろうが、それはバルトルートの神経を炙るにはあまりにも効果的であった。
「貴様……ッ」
挑発されたことに怒りを見せるも、その直後――。
世界に亀裂が走った。
ひび割れる世界。崩壊する法則が悲鳴を上げた。世界の破砕に巻き込まれ、無限を誇る『群』が、強大な『個』によって叩き潰された。
「――――、チィッ!」
束の間呆然とするバルトルートだったが、さすがは歴戦の枢機卿。すぐさま忘我を脱却し、目の前の敵を討たんと紅蓮の駆動を倍加する。
「焼却してやる、塵屑が。貴様を殺し、俺の憎悪を再度世界に刻み込んでやろうッ!」
「いいや、俺は負けねえよ」
安堵友介は銃を構えて僅かに微笑む。
「お前の憎悪はここで砕ける。お前は俺に負けるんだよ」
未来を見てきたかのように、安堵友介はそう予言した。
☆ ☆ ☆
シャーリンとルーカスの元へと、数多の召喚獣が殺到する。それも、そこらの幻獣や魔獣などとは比べ物にならない伝説そのものが。
神話を担い、一つの世界を破壊するに足る化け物共が、国を守ることも出来ない貧弱な騎士へと。
ただでさえ劣勢だったというのに、竜獅子の制御を簒奪されたことでもはや魔獣の守りも得られない。伝説の一端を振るうことしかできぬ少し優れただけの騎士と、もはや只人とかした少女は、絶体絶命という言葉すら生ぬるい、死の崖の手前に立っていた。
「う、ぁぁ……、きめ、ら……っ、なんで、なんで……」
加えて、自身の召喚獣を奪われたシャーリンは、ずっと共に戦ってきた仲間を奪われたショックでまともに立つことすらできずにいた。
滂沱と涙を流しながら、こちらへ悲しそうな瞳をたたえながらも牙を剥く竜獅子を見上げることしかできない。
「ユーウェイン卿! 下がるのだっ!」
ルーカスの声が聞こえるのに、動けない。
守ろうと思ったのに、誰かと同じように殻を破って戦おうと思ったのに。
どれだけ想いを振り絞っても、絶対に越えられない壁があると知った。
そんな風に戦意を喪失したシャーリンを背に庇い、アロンダイトを構えて迫る魔獣の群れへ覚悟の視線を投げているのは湖の騎士。だが彼もまた、生き残るための策など持ち合わせていない。シャーリンともども魔獣の飽和攻撃に晒されて、背に庇ったシャーリンと共に原形すら残さず八つ裂きにされるビジョンばかりが脳裏に思い浮かぶ。
死が、近い。
原始的な恐怖を前に、獅子の騎士の心は既に再起不能なまでに折れていた。
「ごめんなさい、わたし、わたしは……」
身を焦がす後悔に涙があふれてくる。自分の弱さが、凡庸さや平凡さが憎かった。どうして自分には彼らのような強さがないのだろう。描画師のような確固たる己がない。いつまでもいつまでも、ディアやウィルとの日常を求めてしまって、彼らの幸せばかり望んで、自分で何かを手に入れようともがけない。
逝った王や彼を超えんと猛ったその息子のように、己の心を爆発させることができない。
「役に、立てませんでした……」
願いと思いを愛しき少年に託し、悲痛な雫を流した女は、その生涯に幕を閉じる。
だが――
「違うッ!」
寸前で割り込む白い影。
大きな盾を持った、もういなくなってしまったはずの少年がシャーリンとルーカスの前に陣取った。
それは、心を失ったかのように機械的に任務をこなすだけの『最も穢れ無き騎士』――ウィリアム・オーフェウス=ガラハッドだった。
なぜ、どうして。
ウィルはもう食われたはずではないのか?
彼女のそんな心中の疑問には答えず、白き盾持つ最高の騎士は、宝剣解放の祝詞を叫び上げたのち、こう叫んだ。
「姉ちゃんがいたから、僕とディアは騎士になったんだから!」
「――え?」
シャーリンが小さくつぶやきを漏らし、それを打ち消すように魔獣の牙と白き盾がぶつかり轟音を立てた。
「うぃ、る……」
火花すら散らして超硬質の盾を削る獣の牙を押し返しながら、束の間己を取り戻した少年は、感謝を口にする。
「俺たちが騎士を志したのは、ディアの母君の死があったからじゃない! 彼女が死ぬ前から、国を守りたいと思っていた! 最初は、最初から最後まで、ずっとそれが真ん中にあった! いろんなことがあった! ディアと閣下の確執、僕が宝剣に食われたこと、僕たち三人がバラバラになったこと」
そうだ、彼らが見てきた背中は妻を過労で失った冷徹な王の背中ではない。
「それでも! だけど! 最初に抱いたのは、憧れだった! そして、その憧れを正しく導いてくれたのは姉ちゃん、あなただ! 役立たずじゃない、姉ちゃんは、だって……僕らを最初に導いた人なんだから!」
「そ、れは……」
彼女に言いたいことは言った。だから、後はもう一人。
もう遠くへ行ってしまったライバルへ、彼は高らかに叫んだ。
「だから君も早く来るんだディア! いつまで恋人を待たせる気だ馬鹿野郎! 一緒に国を守るぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
長く感情を奪われてきた少年の絶叫。騎士に自我を奪われて、ずっと体を明け渡してきた、あの不良少年と負けず劣らずの悪ガキの絶叫だ。
それはともすれば滑稽な呼びかけであり、都合の良い奇跡やヒーロー、英雄を懇願するような神頼みにも近い下らない行為。
事実、遠目から見ていたセイスはそれを茶番だとしか思えなかった。
だから、
「ああ」
声が、聞こえた瞬間、ご都合主義はあるのだと誰もが歓喜した。
「みんな、待たせた」
それは、希望の光。
光の遺志を受け継いで、閃光はあらゆる闇を引き裂いた。
「後はこのディア・アークスメント=モルドレッドに全部任せろ」
「……――」
直後、セイスの視界の先で何者かが魔獣の前に降り立った。短く切った金髪、その先端にメッシュが入っている不良然とした見た目の少年。右手に大剣を握り締めた英雄譚を再編する者は、獣をも殺す眼光でウィルの盾に突き立てられた牙を睨み、一閃。
白銀の光を撒き散らせて、鋭い軌跡が人の身の丈ほどもある魔獣の牙を斬り飛ばした。
魔獣が悲鳴を上げてのけぞった。その場で両足を大きく上げて苦悶の鳴き声を響かせたそいつは、バランスを崩して背後へ倒れた。後から続いていた三つ首の魔犬がそれにぶつかり、突進を中断させられる。
「鼻が痛えだろうが、犬っころ」
これら二頭の魔犬は神話に登場する伝説そのものであるため、とてもではないがディア一人で打ち倒すことはできない。
しかしこうして、奇襲によって不意を打ち、怯ませた。
そして――
「俺の勝ちだ、枢機卿とそのペット」
――それらが成された時点で、ディア・アークスメント=モルドレッドの勝利は確定した。
震え慄け。
涙の出番は二度とない。
「――『染色』――」
ディア・アークスメント=モルドレッドは、天へ突き付けるように銀の大剣を掲げている。
ここから先に、悲劇は一つも存在しない。
なぜなら、救国の英雄が再来したのだから。
英雄を超えるために、その遺志を受け継ぎし英雄が、ここに産声を上げる。
「――――『継承せよ、英雄への足跡』――――」
叫び上げられた新たなる心象。
少年の雄叫びに応えるかのように、銀の大剣が木っ端微塵に砕け散った。
霧と同程度の直径しか持たぬ銀の破片が、月光を浴びて煌めいている。
それらは南北の区別なくブリテン全土へ拡散されていき、それぞれの大地へ等間隔で突き刺さった。
「なんだ、おまえ……」
柄だけになったクラレントを握り締めたまま、少年は強い瞳を己が敵――魔獣の長たるセイス・ヴァン・グレイプニルへと向ける。
「ディア・アークスメント=モルドレッド」
告げた直後。
少年の体はセイスの背後にあった。
「英雄の後継者だ」
「――――な、は、ァっッッ!?」
刃の消えた柄を左手に持ち変え、右手を拳に変えてセイスの顔面に突き刺した。
「が、はァ……ッッ!?」
少年の体は毬のように吹っ飛んで、無様に地面へ叩き付けられる。
「なに、が……ッ?」
喀血し、目を白黒とさせる魔獣の長は、次の瞬間には救国の英雄によって顔面を踏みつけられていた。砕けたアスファルトが口に入る。閃光の騎士の靴底とアスファルトに挟まれた顔面が、まるで万力に締め付けられているかの如く激痛を訴える。
しかし、そんな痛みすら少年にとってはどうでもいい。彼の動揺はただ一点に尽きている。
ありえない、ありえない。
そう、こんなことは、本来ならばありえないのだ。
世界最強の一角たる枢機卿が、ただの描画師一人に苦汁を舐めさせられるなど。
理論的に通じない。そんなことはあってはならないの。だというのに、どうして……?
「まさ、か……」
呟いた声は、敵に語り掛けていなかった。己の中にある仮説を、少年はおそるおそる口にしていく。
「まさか、まさ、か……おまえ、僕たちと同じことをしたっていうのかッッッ?」
「知るか。俺は、俺のやり方で強くなっただけだ」
セイスは思考する。
そうだ、それならばありえる。
というよりも、そう考えるのが自然だった。
ただの描画師が枢機卿に敵うことはない。だが実際それが成立している以上――もしも彼らが敗北するとしたら、それは彼らと同じ『通過儀礼』を経ていなければ理屈は合わない。
だが、ならばそうだとするなら、どうやって……?
奴らには手段がないはずだ。
入れ子構造となったこの世界の真理も知らず、世界雲跳躍において行き先を選ぶことすらできないというのに、いったいどうやって?
そこで少年は、目の前の地面を眺めた。
もはや砕けたアスファルトに紛れてしまってはいるが、目を凝らしてみれば月光を受け光輝く破片が落ちているこれは……
「そうか、宝剣か……ッ」
答えに至り、そして少年は理解する。
こいつはここで確実に潰しておくべきだ。
もはや、ディア・アークスメント=モルドレッドは――おそらくブリテンという限定的領域内ではあるものの――枢機卿と肩を並べる『格』を手に入れた。彼にはその資格がある。
危険だ。ここで枢機卿最強たる己が潰しておかなければ、ゆくゆく強大な敵となる。
そう理解し、祝詞を紡ごうと口を動かした刹那。
「させるか」
不意に脇腹に凄まじい衝撃が炸裂し、激痛が全身を舐め尽くす。
「ぎ……ッ!」
「染色なんて使わせるかよ。その前に片を付ける!」
地面をのたうち回る灰髪の少年の水月に、さらなる蹴撃が叩き込まれる。
原始的な暴力の音が鳴り響く。セイスは呼吸もままならない状態で地面を転がり、勢いが止まったところでえずいた。
「がはッ! あ、は。ァ、ァァあ……あ……――ッ」
息も絶え絶え、足腰が震えた状態で立ち上がろうともがくその顔面へ、瞬間移動を果たしたディアの拳がさらにさらに叩き込まれる。
軽い体はさらに吹っ飛び、その先には既にディアが待っていた。
「ギィ……ッ、ぐ……っ! ヨルムンッ、リル! 戻って来いッ!」
ボコボコに殴られながらもセイスは叫び、風化英雄に当てていた戦力を引きはがし、灰髪の少年は己の元へ全戦力を終結させた。
全くもって理解不能だった。敵の種は分かっている。何をされたかも理解している。だというのに、何が起きたか分からない。何をされたのか予測も立てられないのだ。
痛む頬を押さえながらゆっくりと立ち上がり、内心の焦燥を隠すこともできず、間抜けな顔で敵を凝視するしかない。
「なんだ、何が……くそ! リル、ヨルムン、オルトにケル! キュウキ、スフィ、ニーズ、ティア、オロチ! あいつを殺せ、今すぐにだァっ!」
轟ッ! と殺到する九体の魔獣。全方位をから取り囲む神話の群れを前に、今度こそいかれた騎士は挽肉になるはずだった。
「遅いし、守りがないんじゃまともに戦えないだろごらぁ!」
しかし、気が付けばディア・アークスメント=モルドレッドの姿はセイスの目の前にあった。
「なっ――」
驚く暇もない。セイスの視界が黒く覆われたかと思えば、鈍い音と共に鼻っ柱から顔全体へと激痛が走った。バランスを崩しのけぞった少年の鳩尾にもう一発。
どぼんっ! と嫌な音が体内を伝播していき鼓膜を震わす。
「ご、ぉ……っ?」
「まだまだ続くぜ」
冷たく言い放ち、いつの間にかセイスの背にぴったりと付いたディアがその背中へ拳を叩き込む。後ろから肺を圧迫して空気を押し出す。
「ぁ――――?」
急所を的確に突かれたセイスの意識が一瞬白く染ま――
「ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっッッ! みんな、今すぐこいつをぶっ潰せェッ!」
その寸前で強者の意地が自我の手綱を握り直し、魔獣の長が怒りのままに指示を飛ばす。
「逃げ道を与えるな。追い詰めろ! 確実に捉えるんだ! 足の裏からじわじわライターで炙るようになぶり殺しにしていけッ! 僕は染色を、ぎぃ、ァっッ?」
その激に彼の友たちが雄叫びを上げて従うも、やはり魔獣達はセイスを捕えられないし、セイスも全身を殴打されていく。九体の神話の伝承が少年を追い立てた。時に毒を、時に炎を撒き散らしながら、騎士を追い詰めんと知恵と力をフル稼働しているというのに。ディアはその全てを潜り抜けていく。逃げ道が塞がれようとも関係ない。まるで点から点へと移動するように、間の障害物の全てを無視して攻撃を避け続けた。
肘鉄を鼻っ柱に打ち込まれ、鼻骨が粉砕。鮮血が溢れた。歯も二本か三本折れている。よろめくその体へ拳と蹴りを過剰なほどに叩き込む。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!?」
「おい、まだ倒れるんじゃないぞ、枢機卿! 俺はな、俺の愛する民たちが、お前に殺されたその分を返すまで、お前を殴り続けるぞッ」
「が、ふ……ふぁ……ッ。おの、れェ……ッッ」
「ァアああああ――ッ!」
心象を謳い上げんとする魔獣の主の顔面へ、全体重を乗せた拳の一撃を見舞ってやった。国を滅ぼしかねない猛威を子供のように扱っていた最強が、面白いほど吹っ飛んだ。まるで風に煽られる凧。竹とんぼのように回転して吹き飛んだ彼は、やはり先んじてその地点へ回り込んでいたディアに捕縛された。
首をホールドされたのち、頭頂から固いアスファルトの上へと叩き付けられる。
「カッ――――ァ――……」
白目を剥くセイスは、朦朧とする意識の中で敵の危険性を天井無しに引き上げていく。
かつて少年が会得した染色は、ただ光の速度で直進し、その勢いを緩めぬまま斬撃を繰り出すというものだった。
速度に比例した運動エネルギーは得られないが、『移動』と『斬撃という概念』だけを叩き込むだけでも並の描画師ならば手も足も出ない。
しかし、枢機卿が相手であればその前提も覆ることになる。
枢機卿は規格外。とある方法――儀式とも呼べるもの――によって心象を深く理解し、染色を強化しているがゆえ、そこには圧倒的な格の差が生じているのである。
そして、セイスの見立てでは、ディアは枢機卿と同じ方法で自己の染色を強化した。己の心の在り方を、心象世界をより深く認識・理解したのだ。
つまり、神話級と伝承級という差はあれど、戦えないほどではない――同じ土俵には立てているというわけだ。
そしてここで問題になってくるのが染色の効果。はっきりいってこれは、最強最悪と言っても良い。
かつては直進し、ただ敵に剣を振ることしか出来なかった木偶の染色。枢機卿ほど殺し合いに長けた者ならば、たとえ光の速さで動こうともその動きを捉えられる。染色の効果範囲内においては物理法則など芥ほどの役にも立たない。
ゆえに、己がルールを展開すれば勝てる道理は十二分にあった。それは、染色の効果が変化した現在とて変わらない。
否。
染色さえ発動してしまえば、ディアは何もできぬ只人となるしかない。この染色は、ブリテンの中でしか扱えない代物なのだから。そうなれば、待っているのは逃れられぬ敗北と、避けられぬ死だ。
だが。
「が、ギィ……ッ」
ああ――
「ぐ、ゥゥァァアアア……ッッ」
しかし、だ。
「ク、ソ……がァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ! さっきから、ちょこまかちょこまか、鬱陶しいんだよおおオオオオオオオオオオオオオッッッ!」
その染色を発動させないように立ち回られてしまっては、勝負もクソもないだろう。自己の心象の認識と現実世界への拡張。その観測をする余裕がない。どれほどに凶悪な染色を持っていようとも、使えなければ宝の持ち腐れ。
連続瞬間移動。
それが、ディアが編み出した新たなる染色の形だ。
父たるディリアスが死んで時点で、ディアの心象世界は崩れ去った。彼の根幹は父を超えること。息子として父を、男として男を超えることを、その胸に刻んだ誓いとしていた。
ゆえに、父が没し目標を失った時点で、彼は染色を一度失っていたのだ。
だからこそ、騎士王の息子たるモルドレッド卿は諭したのだ。
『ディア。お前は、今、真に自分に向き合わなくてはならない』
『父の死にも。父への想いにも。そして――自分自身の、本当の心象にも』
だから、彼は向き合った。
そして、彼は答えを得た。
ブリテンを守る。父が残し、守り切れなかったものを守る。
そのための力。新たなる染色。
モルドレッド卿に強奪されたクラレントとしてではなく、本来のクラレントの逸話を応用して。
そもそもクラレントは、持ち主を選ぶという。
騎士が選んでクラレントを手にするのではなく。クラレントが己にふさわしい騎士を選ぶのだそうだ。
だから、そこを利用した。
選ぶということは、即ち引き寄せるということ。
それを、ディアの染色である光速移動と掛け合わせることにより、瞬間移動という新たなる染色を手にしたのだ。
クラレントの破片を媒介にして、これで少年はブリテン中を文字通り一瞬で移動できる。彼は真にブリテンを守る力を得たのだ。
それはブリテンの中でしか発揮できない『最強』だ。
一歩国の外に出てしまえば、彼はその無類の強さを発揮できない。染色を発現する前の、ただ己が剣術のみで戦うことしか出来ぬ只人へと落ちてしまう。それこそが、セイスが染色さえ発動すれば勝てると踏んだ理由だった。彼の染色は異界の請来。彼の心象世界で現実を侵し、染め上げ、そしてその原風景で世界を染め上げる。
だが、それで良い。
ディアの夢はただ一つ――父が救ったこの国を、守っていくことなのだから。
「さあ、じゃあここで終わりだ枢機卿。あばよ。もう二度と俺たちの国に足を踏み入れるな」
ひと際巨大な音が炸裂し、少年の顔面に拳がめり込む。
木っ端のように飛んだ少年は、もう動かない。
ここに一つの決着が付く。
枢機卿の敗北が、今ここに成され――
「――『染色』――」
しかし、殴打が止んだその間隙に、少年は厳かに己が心象を謳い上げようと、天へ咆哮せんとする。
だが――
「お前は、詰めが甘いな」
肩に手が置かれる。ディアと入れ替わるようにして前へ出たのは、黒の祭服と白のストラ、そして目深に被ったフードが特徴的な、敗残の気配を纏った枢機卿であった。
風化英雄。
その左目が見開かれ、反転目が同胞を見据えた。
「眠れセイス。大切なお前の染色を、敵を滅ぼすためだけに使って良いのか?」
「――――ッ」
一瞬の硬直。
それが勝敗を分けた。
左眼を起点に生じた破壊が世界を席巻する。生じかけていたセイスの染色――獣の楽園の法則が紙のように引き裂かれた。
「ァ、ぐ……ッ!」
何を言おうともう遅い。
生じた一瞬の隙を逃さない。ディアは拳を構え、瞬間移動を慣行。セイスの真正面に立ち、
「今度こそ俺の勝ちだ。枢機卿ォッッ!」
全体重を乗せた拳が、魔獣の長の顎を強かに打ち据えた。脳震盪を起こし意識を飛ばされた少年は、ゴロゴロと地面を転がった後、もうピクリとも動くことが無かった。
ディアとセイスの遭遇から決着――それは数字にして、一分程度の出来事であった。
☆ ☆ ☆
「さ、て……」
ディアがセイスを殴り飛ばすその光景を見た『風化英雄』は、既に少年から意識がないことを確認すると、先ほどセイスがシャーリンから奪った魔獣へと視線を向けた。
「…………因縁は、少しでも削いでおくべきか」
彼にしか分からぬ意味を含ませた言葉をつぶやいた直後、男の反転目が竜獅子の首輪を捉え、木っ端微塵に破壊した。
「え……?」
男の予期せぬ行動に、シャーリンが困惑の声を上げる。
男はそれには全く構わず、ただ淡々と事務的に言葉を紡いでいく。
「そこの女……今、セイスとそこの魔獣のリンクを切った。もう再契約ができるぞ」
「なに、を……?」
「さっさとやれ。今こいつに起きられて、ディアとセイスの間に因縁ができると面倒なんだ。それで一度、失敗しているらしいからな」
「……っ?」
「早くしろ」
意味深な言葉を口にする『風化英雄』の真意が分からず困惑するシャーリンへ、当の本人は苛立たしげに舌打ちをして、右手の銃を向けた。
瞬間、危機感に襲われたシャーリンは反射的に竜獅子との再契約を開始。ものの数分でそれは成され、晴れて絆は取り戻された。
同時、恋人に銃を突き付けられたディアが『風化英雄』の背後に瞬間移動し、その後頭部へ拳を見舞った。が、そんなお粗末な奇襲は首を傾けただけで回避される。それどころか、空を切った右腕を掴み取ると、ディアの体を背負うようにして地面に投げ倒した。背中から地面に叩き付けられ呼吸がほんの一瞬詰まるも、すぐさま立ち上がり後退して距離を取る。ちょうどシャーリンを庇うような格好となった。
「……テメエっ」
フードを目深に被った男を真正面から睨みつつも、未来を予見していたかのような完璧な回避に、得体の知れない恐怖なようなものを腹の底に感じた。困惑と疑惑の視線を『風化英雄』へ向け、冷たい声を投げる。
「テメエ……いったい何だよ」
「――……どういう意味だ」
質問の意図を理解していないというのではない。はぐらかそうとする声色に、次代の王は苛立たしげに声を荒げた。
「とぼけるんじゃねえぞッ。その染色にその目つき、攻撃を予見する右眼や二丁拳銃、何から何まで見覚えがあって仕方がないんだよッッ!」
「……未来の安堵友介が、現在の安堵友介を殺しに来たとか、そんな風に考えているのか?」
「――――」
ディアは答えない。が、『風化英雄』はディアの態度や身体的反応からそれが是であると判断した。
「まあ、それも道理が通っているのかもしれないがな」
「じゃあやっぱり……」
「好きに妄想していろ。ただやはり、お前の質問に答えるのならば、俺は『何でもない』し『誰でもない』……つまりは、下らない有象無象の敗残者としか答えられんよ」
そう言って『誰でもない誰か』は、灰色の髪の少年を担ぎ上げた。
「つまりは不可思議で意味不明なことは数多くあるというわけだ。まだお前の知らない真実など無数にある。世界雲を知ったな? ならばアレは何だ? なぜ世界雲の彼方には生命が存在しない? 何より――安堵友介の右眼は、本当にただの義眼か? ……ラプラスの悪魔は、いないと証明されたはずだというのに」
「は……?」
意味の分からない単語の羅列に、恐怖が消えうせ疑問が湧いた。目の前の男の正気を疑う。得体の知れない化け物を相手にしているという感覚が消え、今はただただ狂した誇大妄想者を見ているような気分になる。
対して男は下らなさそうに鼻を鳴らし、
「それでいい。運命から外れる存在は一人でも多い方がいい……でなければ、また壊れる」
そんな不吉な言葉を言い残して、誰かの面影を持つ男は二人の前から消えた。
「どういう、意味なんだ……」
後に残されたディアやシャーリン、ルーカスを襲うのは困惑や疑問ばかりで、達成感や勝利の余韻などはつゆほども得られなかった。
「くそ……とにかく、みんなの安全や避難を先にしないと」
しかし、今考えたところで答えが出るわけでもない。セイスを撃破したことにより魔獣が退却したものの、未だ紅蓮の街と兵団は健在。友介がバルトルートを撃破するまでは油断できない。国を、民を守るために、立ち止まっている余裕は欠片もないのだ。
そうして歩き出そうとした直後――城の方角から、大気が爆発する轟音と、と硝子が割れるような甲高い破砕音が入り混じって響き渡った。
「アンド……テメエ、いったい何者なんだよ……」
共に戦ってきた少年の底がまた見えなくなった。彼の背負っている運命の巨大さが計り知れない。
そんな幽かな不安を抱きつつも、次代のブリテンの王は安堵友介の勝利を願うことしかできなかった。
☆ ☆ ☆
一つの決着がついた、ちょうど同じころ。
城の下部でもまた、二柱の偽神――二人の枢機卿が向かい合っていた。
一方が、もう一方を見上げる形で。
「ハッ、よう歌姫さん。弱い者いじめは楽しかったかい?」
涼太を守るようにして立つ白髪の少年。サングラスをかけ、口元に凶悪な笑みを浮かべる戦鬼は、高みから己を見下ろす同胞を見上げながら軽薄に問う。
「こんな弱い兵隊使ったとこで、雑魚には勝てても俺には勝てねえぜ? まあそれが限界ってことかね、アリアちゃん」
体を壊さないように手加減した拳を一発ずつぶち込み沈めた二人の女騎士を踏みつける少年は、まるで見下すように語り掛ける。
「そら、どうしたよ。なんか喋ってみろっての」
『どうして、ここに?』
対するアリアは明らかに警戒し、恐怖していた。
普段は飄々としているジークハイル。アリアと彼は、『ミサ』の時にはそれなりに冗談も交わし足りもする仲だが――それは何も、二人の間に絆や友情があるからでは断じてない。
アリアは彼を恐れている。ジークハイルが怖い。己を雑魚と見限り見下す眼下の少年が、どうしても受け入れられない。だからこそ、彼女は彼の機嫌を損ねぬように最大限の注意を払う。へりくだるのではなく、かといって突っかかるのでもなく。
そつなく、一定の距離を保ちつつ、それなりにフレンドリーに接しながら。
彼女のそうした『上辺』の態度はジークハイルに限った話ではないのだが、彼と接する場合はその中でも最大限の注意を払っている。
別に特別な理由はない。彼が原始的な暴力を武器とするから。ただそれだけ。
だが――そうした単純な恐怖というのは、往々にして人を縛り付けるものだ。小さな子供にとっての親のような、下級生にとっての上級生のような。
「はぁ……。絞り出した言葉がそれかよ。染色も使う気配ねえし。テメエはほんとつまんねえよな」
そんなアリアの内心の焦燥や葛藤にはまるで気付かず、興味すらなさそうな表情のまま落胆した声を出して、ジークハイルが後頭部を掻いた。
「まあいいか。何だ。俺を楽しませてくれたあいつへのささやかな礼だよ」
『そうですか。……引く気はない……ですよね……』
「よく分かってんじゃん。ははッ、ならいっちょやるか?」
『いいえ。不毛ですし。……あなたの気まぐれは陛下も認めているところですから。こんなところで枢機卿と事を構える気はありませんよ。どうせあなたが安堵友介に味方したのも、どこかの誰かの手のひらの上でしょうし……』
「それってデモニアの?」
『どうでしょうか……分からないです』
春日井・H・アリアは不機嫌そうにそう言うと、騎士二人を縛っていた魔術を解いて床へ降り立った。アリアが騎士を解放したことを受け、ジークハイルも申し訳程度の戦意を霧散させた。アリアは心の中でそれにほっと一息つくと、涼太を一瞥した。
瞬間、少年の全身が粟立つ。相変わらずローブは目深に被ったままだが、その奥にある美しい瞳を見るだけで、彼女もまた埒外の力を持った化け物であることが涼太には分かった。
同胞に恐れを抱く、団員内でも小物のアリアではあるが、腐っても枢機卿――ただ瞳を向けただけで人を射竦める程度の気迫は持っている。
「ってか、お前なんでそんな不機嫌なの?」
『…………こんなの、楽しいわけないじゃないですか』
「あっそ」
本当はあなたが来たからですよ、と口が滑りそうになったが何とかこらえた。
それに、口にしたそれも紛れもない本音だったから。
デモニア・ブリージアの支持はどれも胸糞悪いものだったし、それに逆らわず従うしかできない己の卑賎さに反吐が出そうですらある。
彼女が仕えているのはコールタール・ゼルフォースという秩序の覇王であり、あのような邪悪の化身では断じてない。人を貶めることに悦楽を見出し、そのためだけに人を使い、時間を使う悪辣さ。
そして、我が身可愛さにその片棒を担ぐ己の心の弱さ。
全てに腹が立った。
もっとも――苦渋にまみれた彼女のそんな声を聞いても、ジークハイルは特に同情したりしない。彼女の心中の葛藤にも、全くもって興味がない。
彼からしてみれば、アリアのそれには何の価値もなく、何も生み出さない時間の無駄でしかないのだから。時間の使い方を知らないのかと哀れになってくるほどだ。
この道を選んだのは彼女だ。アリアが己の意志で選んだ。たとえそれが間違った道で、今は後悔しているのだとしても、その責任は己で負わなければならない。
もしも汚れ仕事が嫌ならば、組織から抜ければいいのだ。
己の選択の間違いにうじうじ悩み、その上現状を変えようと戦おうともせず、努力もしていない臆病で卑怯な女に目を掛けてやる義理はない。
ジークハイルは、雑魚には興味がない。
『……行きますよ。そろそろ異界卿の筋書きが加速し始める頃でしょうし』
「ハッ、了解」
そんなジークハイルの内心の侮蔑に気付いているのかいないのか、金髪の少女は先まで戦っていた少年のことなど忘れたように背を向け、天上を見上げる。バルトルートの業火の影響でトースターに入れた餅のように膨れ上がった大理石――そのさらに向こうから、僅かに震動が届いてくる。
『本当に、もうすぐですね』
「あ、口調ちょっと戻ってんじゃねェか」
「うるさいです」
上手く軽口をたたいて、彼女は歩き出した。戦闘狂の前を歩き、この場から立ち去ろうとする。
ジークハイルもそれに続く。先とは異なり、その顔には楽しそうな笑みの形に歪んでいた。
彼は先を行くアリアの隣に並ぶと、ふと振り返って、
「じゃあな少年。安倍涼太クンだったよなァ。あいつに伝えといてくれ。
楽しかったぜ。機会があったら、今度は本気で殺し合おう。――ってな」
「……あなたも、枢機卿、ですか……」
「ああ。『雷闘神』ジークハイル・グルースだ。最強になる男だ、覚えておきな」
最後まで愉しそうな笑顔を浮かべて、彼はそう答えた。
ほどなくして、二人は涼太の前から姿を消した。
撃破されたセイスも含め、これで戦線から四人の枢機卿が離脱したことになる。もちろん涼太はそのことを知らないが、彼が窮地を脱したことに変わりはない。
すぐ近くで気絶している二人の女性騎士を仰向けに寝かせ、その上へ自分の服を被せる。ほこりまみれの上、戦闘でぼろぼろに破れてしまったため大して役に立つとも思えなかったが、やらないよりはましだろう。
「づ……っ」
痛みを押して立ち上がり、震動が続く階上へと視線を向ける。
安堵友介は帰って来た。目で見たわけでも報告を聞いたわけでもないが――彼が帰って来たと分かるのだ。彼に救われた者であり、かつ彼の闘志を正面からぶつけられた涼太だからこそ分かることだった。
彼を救ったヒーローは戦っている。
また誰かを――否、今は、大切な仲間を守るために。助けるために。
「安堵さん、勝ってください」
負けるわけがない。
「信じています」
それは偽らざる本音だった。
☆ ☆ ☆
そして。
「お前を――」
燦と見開かれる禍々しき反転目と、
「今、すぐに――」
轟と燃える毒々しき地獄の業火が、
「――砕く」
「――燃やす」
二つの〝終末〟が、破壊の歌を奏でて踊る。




