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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第六編 鏖殺の果て
167/220

第八章  今は語られぬ、赤い涙 ――Holocaust―― 5.そして、■■■■■■■■■■。

 そして。そして――――


 意識を取り戻し、最初に感じたのは肌を刺すような冷気と、肌を打つ雨だった。

 場所は……どこかの森の、少し開けた場所だった。大地を叩く雨が泥を飛ばす。

 ぬかるんだ地面に倒れ伏していた少女は、当然体を真っ黒に汚していた。


「ああ……」


 私は逃げたのか、と。

 冬の氷雨に打たれながら、少女は空虚に理解した。


「わたし、は……」


 先まで正体不明のノイズへの嫌悪感によって支配されていた心が落ち着きを取り戻す。それにより彼女の心に再来するは、当然ながら罪業の記憶。人を斬った無数の感触と己への嫌悪感が、ウジ虫が湧くように心の奥底から溢れ出してくる。


「う、ぅああ、ああああ……あ、ああ……ううぅ……っ」


 己の体を斬り付けたい。この爪で掻きむしり、肉の全てをこそぎ落としてやりたい。今すぐ死にたい、物言わぬ肉片と化し惨めに塵屑らしくくたばりたいと、切に切に願ってしまう。

 後悔の涙が、また溢れてきた。

 もう枯れるほど流したと思ったのに、錆びた蛇口から無理やりひねり出したかのように、次から次へとしずくが零れてくる。

 滂沱と流れ、氷雨とともに泥の地面へと落ちて溶けた。


「ぅうううあああああああっ! あああああ! ああ! あ、ああぁああ……っ! うぅぅ! こんな、こんな奴、こんな体、こんな心なんて! こんな! こんな気持ち悪い奴が、なんでッ! なんで生きてるんだッッッ! ふざけるないでよ! ふざけるなよバカッ! 何が、何が後悔だっ! 今になってまるで悟ったみたいにッ! 何が涙よッ! こんなもの流れてくるんじゃないわよおっ! そんな資格なんてないくせにっ! 悲劇のヒロイン気取りやがってッッッ! 気持ち悪いんだよこの人殺しがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ! 死ねッ! 死ねッ! 死ね。死ね死ね死ねッ! 今すぐ死ねッ! 死ねよ風代カルラッ! 惨めに死ねよぉッ! お前に生きる価値なんてないくせにィッ! 死ねええええええええええええええええええええええええええええええええええッ――ッッッ!」


 拳をぬかるんだ地面に打ち付ける。

 何度も、何度も。

 何度も何度も何度も。まるで自らその体を破壊しようとしているかのように。

 こんな汚れた身体が自分のものだという事実に耐えられない。己の悪辣さに、また吐いてしまいそう。

 自らの体を傷付ける少女へ、ふと声が掛かった。


「貴様か」


 聞き覚えのある声だった。

 そうだ、ずっと。

 ずっと自分を守ってくれていた、兄だ。

 返しきれない恩のある、大切な、残されたたった一人の家族だ。

 これまで守ってきてもらったのに、その優しさに全く応えてこなかった。心を持たない欠陥品の少女は、ただ守られるままに守られて、しかし彼には何も返さなかった。それどころかその全てを、この十二年間仇で返し続けた。

 きっと、あの無垢な少女たちの次に風代カルラを恨んでいる少年。


「……変わり果てたな」


 振り向けばそこに、己同様に変わり果てた兄の姿があった。

 枢機卿の証たる黒の祭服を身にまとい、彼の象徴たる紅蓮色の生地に金の刺繍の入ったストラを肩にかけている。

 顔の右半分に大きな火傷を負っており、かつてカルラを優しく見守っていた黄金色の瞳からは温度が消え去っていた。冷たい――地獄の底よりも冷たい瞳で、こちらを見下ろしていた。


 枢機卿――第十神父(ディエーチ・カルディナーレ)紅蓮焦熱王(スルト)』バルトルート・オーバーレイ。


(ああ……お兄ちゃん)


 二年ぶりの再会だったが、全てを理解してしまったがゆえ、それを喜ぶことは彼女にはできなかった。

 もう、彼と同じ道は歩めない。

 バルトルート・オーバーレイは人の道を外れることを選んだ。

 たとえ幾千幾万の屍を積もうとも、己が矜持を貫くことだろう。


「それよりこんな所で何をしている。実験に戻れ」

「――――ッ」


 つまりは、そう――

 もう、もう――あの優しい兄はいない。

 風代カルラにケーキを分けてくれた、暖かな笑顔を浮かべる少年は、あの日、あの紅蓮の炎の中で死んだのだ。

 二年以上も会わなかった間に、彼は完全に変わってしまった。

 全てを燃やす赫怒の復讐者に。焦熱地獄に君臨する王になった。

 風代カルラは、家族を失った。


 いや、あるいは――

 そもそも、彼女は失ってすらいないのかもしれない。

 生まれたとき(・・・・・・)から彼女には家族などいないのだ。

 だって、優しいバルトルートに愛されていたのは過去の無垢な自分であって、今ここにいる罪深い女などでは断じてない。


「人を殺したのだろう? ならばそれを償うために励めよ。戦争を無くすぞ。世界を救うぞ。そのために身を差し出せ」


 カルラにとっては生まれたときからバルトルートは他人でしかなくて。

 バルトルートからしてみれば、今のカルラは妹の体の中に勝手に居座っている寄生虫のようなもの。


「おい、聞いているのか」

「――ッ」


 呼びかけられただけで、後ろめたさでいっぱいになる。体が無意識に震え、全身から血の気が引いて行く。


「答えろ」


 冷酷な声が響き、手のひらが翳された。そこへ炎が集約され、カルラ――バルトルートからしてみれば妹ではない何か――へ向けられる。


「再度告げる。答えろ」


 慈悲も優しさも何もない声に対し、赤の他人である風代カルラは……


「いけ、ない……」


 弱々しいながらも、はっきりとそう口にした。


「私はもう、楽園教会には、いたくない。ううん……あそこにいたら、駄目なの」

「…………」

「あなたたちとはいられない。……私は、今日から、てき、よ……っ」

「――……そうか」

 震える声でそう突きつけた赤髪の少女に対し、紅蓮の王はしばし逡巡した後、短くつぶやいて――




「ならば死ね」




 冷淡な声でそう告げた。


「ぐ、ぅう……ッ!」


 カルラは背を向けて全力で駆けだした。ここがどこなのかも分からないが、ここで死ぬわけにはいかない。

 足掻かないといけない。死を受け入れることはできない。

 どこでもいい、とにかく逃げないと。


「楽園教会を抜けると言うなら、ああ――貴様の言う通り、俺たちは今日から敵同士だ。邪魔だてすれば殺す。もしも貴様の力が必要になれば、たとえどれほど嫌がろうとも、俺は貴様を捕縛し、陛下の御前へ突き出す」


 背中から突き刺さる声に涙が出そうになる。

 彼が優しい兄だった時のことを知っているから。優しい笑顔を覚えているから。

 だけど、残された唯一の繋がりも、既にこの世から燃えて爛れて焼け落ちた。

 二人の道はずっと昔に分かたれていて、これからその道が交わることは永劫ありえない。


 少年は世界を変えるために。

 少女は罪を重ねないために。


「ハァッ、ハァ――ッ。ァ――っ! ハ、はあッ、はあァッ!」


 走る、走る。走る走る走る走る――――

 目的地など知らない。分からない。道しるべもない。

 少女の行く先に光が照らされることなどない。

 それでも、彼女は走るしかなかった。

 その間、彼女に業火が及ぶことは一度もなかった


☆ ☆ ☆


 最愛の妹が立ち去った後。

 彼女を振り返ることなく、赤髪の少年は雨に打たれながら静かに佇んでいた。


「おいおい。お前、わざと逃がしたのかよ。妹に甘いねェ」

「どうでもいいよ、家族の情なんて。僕は追うよ。邪魔立てするなら殺すから」


 バルトルート・オーバーレイの背後から、二つの声が掛かった。

 着こなし方がそれぞれ異なるものの、基本的に纏う服は同系統のものだ。黒の祭服、即ちバルトルートと同じもの。

 しかし、肩に掛けるストラの色が異なっていた。


 最初に声をかけたのは、紫色のストラを肩にかけた白髪白貌の少年だ。苛烈な印象を与える獰猛な笑みは、戦闘狂と呼ぶにふさわしい。第七神父(セッテ・カルディナーレ)、ジークハイル・グルース。『雷闘神(トール)』の二つ名を持ち、『教会』随一の戦闘狂(バトルジャンキー)。枢機卿内でも彼を煙たがっている者は多い。


 もう一人は、こちらにまるで興味を持たない灰髪の少年。ストラの色も灰色。祭服は所々が擦り切れてボロボロになっており、素足のままで歩いているせいか、その肌は酷く荒れている、全体的に貧相な印象を与えてくる少年。第三神父(トレ・カルディナーレ)銀狼の手綱(グレイプニル)』セイス・ヴァン・グレイプニルだ。

 何をしに来た、などと愚問を発する気は毛頭ない。

 彼はただ、こう言った。




「これが俺の、兄としての最期の仕事だ。

 ……元気でなカルラ。もう二度と俺の前に現れるな。

 許されるなら――おまえの隣に並び立つ、正しく強い誰かが現れることを心から願っている」




 直後。

 世界のどこかで、音すらも消し飛ばす激突があった。

 翌朝、地球から山が一つ消えた。


☆ ☆ ☆


 とにかく走った。

 どこへ行けば分からなかったが、立ち止まっている暇はない。

 遮二無二暗闇の中を駆け抜けて、方向も目的地も考えず、ただ必死に走り続けた。


 怪我をすることのない安全な道はない。手を差し伸べてくれる都合の良い神様もいない。

 だから、自分で道を見つけて、神様に頼らず一人で立って生きなければならない。


 だが――その決意も、僅か二週間と経たずして折れかけていた。

 どこかの街の、薄暗い裏路地。世界から忘れられたような暗がりで、温度のない瞳を空に向けて、建物の壁に背を預けていた。痩せ細ったその体は、誰がどう見ても死に体だ。

 空腹と疲労で半死に近い状態。肉体から精神が乖離しているような気がする。職に就いていないのだからまともな食料を手に入れられるわけがない。当然、盗みを働くという選択肢は最初からなかった。これ以上罪を重ねることなど、いったいどうしてできようか。


 そんな時に、カルラはその女と出会った。


『やあ、鏖殺の騎士。君が風代カルラ。奴らから逃げた女の子だね』


 もっとも、出会ったというよりも、どこかで野垂れ死にかけていた時に、スピーカー越しに話しかけられたというものだが。


『君を匿ってやろう。ただし条件がある。僕の手足になれ』


 我が兵隊となり、己が夢を叶えるための走狗となれと、そう言っているのかと思ったが、続く言葉が否と告げた。


『別に人を殺せと言うわけではないさ。他の奴らに命令することはあっても、君だけは無視をしていい』


 朦朧とする意識の中、聞こえる声は妖しくて。

 直感で、彼女もまた危険だと判断する。

 しかし、それでもなお、あの混沌の後ろを行くことに比べれば、まだマシだろう。

 女の声は続く。


『君、人を殺せる心を持っていないだろう? ――怖いんだろう? ……人を刺し、斬り、傷つけるあの感覚が。怖くて怖くて、絶叫しそうなんだろう?』


 そんな奴に人を殺せと命令したところで意味はない――と、女は至極真っ当な正論を口にした。

 ああ、そうだ。

 無理だ。

 私にはもう、人を斬ることはできない。

 肉を斬り、骨を断つあの悍ましい感触が脳と心を食い破るのだ。


 既に少女の頭の中では鏖殺の記憶が薄れ始めている。

 風代カルラとして覚醒してからの数時間は、自我が覚醒する前と後のカルラが入り乱れたような状態であったため、その記憶にも実感が伴っていたが、時間が経つにつれてそれが薄れていった。

 理由は単純で、あの殺戮を行ったのは『今』のカルラではなく、『前』のカルラだから。

 あの地獄の中で体験した無機質な記憶のほとんどは、『前』のカルラに引っ張られるようにして記憶の奥底へとしまわれてしまい、今では極彩色の景色に靄が掛かったように思い出せなくなっていた。


(でも……ッ)


 また嘔吐感が少女を襲う。何も食っていないのだから出てくるものなどないというのに、カルラの意は何かを吐き出そうと必死だった。


「うっ、ぉあ……ぇっ!」


 未だ彼女の手にはあの時の感触が残っている。肌にかかる返り血の温度を、余すことなく覚えている。

 確かに記憶は無明の底へ沈められた。しかし、それで全てが消えたわけではない。

 己が所業への罪悪感、そして嫌悪感は留まることを知らないとばかりに加速を続ける。

 中身は思い出せないけれど。

 それでも、殺し尽した事実は知っている。覚えているし、その感触は体の隅々に浸透している。


『どうせ路頭に迷っているんだろう? どこへ行けばいいのか分からない。だから僕が衣食住を与え、加えて君が道を決めるその手助けをしてあげよう』

「…………っ」


 結局カルラは、女の声に従った。

 生まれながらの虐殺者は、女狐の手を取ったのだ。


☆ ☆ ☆


 そして。

 そして、

 そして――

 それからの日々は、激流のように豆ぐるしい毎日だった。

 感那の命令を受け、現場へと赴いてあらゆる事件を解決していく。

 ただの一人も犠牲を出さぬように。

 これ以上目の前で、誰も死なせないように。

 限界を超えて、全身を駆動させる。

 死ぬような思いもしたし、目の前で救えなかった人だって両手両足の指を使っても数えきれない。

 何度も吐いたし、部屋を出る自分の足が震えていることだって数えきれない。


 それでも――泣くことだけはしなかった。

 こんなことで泣いていられない。そんな権利はどこにもない。泣いている暇があるなら一人でも多くの人間を救え。

 そんな風に強がって、折れそうになっても諦めずに絶叫しながら這って進んだ。


 そして、そんな激動の二年で、いくつか気付いたことがあった。

 一つは、この世界の悲劇があの奈落だけではなかったというもの。

 風代カルラのいた世界は劣悪かつ血みどろで、それこそ世界のどん底ではあっただろう。この世の非道と邪悪と汚泥と絶望をぶち込み煮詰めた地獄の釜の底の底。煮え滾った闇そのものではあったのだろう。

 だが、世にはまだ無数に地獄と悲劇が存在していた。

 科学圏という、人外が存在しない科学だけの街であろうとも、殺人は毎日起こっていた。彼女が暮らす東日本国の外では戦争によりダース単位で人が消し飛ばされ、生まれてきた子供たちが衰弱の内に死ぬことも、間引きのために殺されることも、あるいは親の鬱憤晴らしのために殺されることもあるのだろう。


 この世界には悲劇が溢れている。ありふれている。

 そして、その悲劇の当事者が罰されることはない。


 別に、カルラはそうした人々に然るべき罰を与えようとは思わない。

 ただ純粋に、厳然たる事実として、この世界には因果応報などという概念は存在しないのだ。

 簡単に悲劇は生まれるし、人はふとした瞬間に不幸になる。


 だからこそ、少女はある想いを抱いた。


 一つの使命を、己に課した。これだけは胸に秘め、そして必ず成し遂げようという、ささやかで精一杯の罪滅ぼしを。


 それを人は■と呼ぶのだが、彼女はそんな概念は知らなかった。


 そして、そして、そして――








「ねえ、光鳥」

『何かな?』

「私に仲間なんかいらないわ。私は一人で戦う。誰だって、この手で守り切ってみせる。そもそも、私にそんなものは許されていない」

『どうせそんなことを言うと思ったよ。でもごめんね。これは僕からの命令だ。拒否権はない』


 少女はとある公民館の一室で、スピーカー越しに光鳥感那と会話をしていた。

 凛々しく覚悟の宿った瞳に、かつて己の罪に押し潰され蹲って泣いていた少女の面影はもはやない。爛々と光らせた金眼は、しっかりと前を見据えていた。


「そんなこと言われても困るわ。私は一人で良い。――いいえ、一人じゃないといけないの。私には誰かと肩を並べたり、信じられたり信じたり……そういう当たり前は許されていない。罪の重みもそうだけど、そもそも私がそれを許さない」

『そうかいそうかい。でも、何回も言うが拒否権はない。そんなにも誰かと肩を並べるのが嫌なら、僕が寄越す彼らを邪険に扱えばいいんじゃない?』

「何ですって?」

『いやいや。僕は仲間を与えると言ったけど、君が僕の提案に全面的に乗る必要はない。自ら彼らを嫌い、嫌われるように振る舞うことで、孤独を維持すればいいじゃないか』


 己から仲間を与えると一方的に押し付けておきながら、その後のことはカルラ自身に任せると言う。あまりに無責任かつ意味の分からぬ提案に、少女は眉をひそめ訝しんだ。


『別に特別な意味や、裏で何かを考えているとかじゃないよ。単純な話、君が彼らを受け入れず撥ね退けてしまえば、それだけで信頼関係なんて生まれっこないんだから。だから、本当に嫌なら徹底的に彼らを排斥すればいい。僕としては、複数人の方が色々と解決できる事件が多いだろうなあ、程度の認識だったし』

「…………」

『おっと、そんな話をしていると来たらしい。まあこれからどうするかは、君が選ぶと良い。じゃあまた後でね』


 そう言って、感那は会話を打ち切った。

 だがその直後に、付け足したように、こう言い残した。


『でもねカルラちゃん、一応言っておくと、だ。せっかく僕が君に用意して上げた仲間だし、できれば仲良くして欲しい。まあ僕も、できると思って寄越すわけだし。じゃあ、また後でね。頑張ってー』


 そうしてようやく、ぶつん、と音が鳴り通信が切れた。

 カルラも、これで話は終わりだとでも言うように、向けていたスピーカーから視線を切った。

 もうすぐ現れるという『仲間』とやらに軽く思いを馳せる。どういう奴なのか皆目見当もつかないが、正直なところどうでも良い。



 どうせ私は一人で戦う。ずっと独り。誰に心を開くつもりもない。そもそも権利が無いし、あったとしても己自身が許さない。



 だから――まずは第一声。



 最低最悪のあいさつと共に、そいつとの未来を断とう。








 そして――がちゃり、と。

 扉が開く音。








 鮮明に響く足音と、近付いてくる気配。

 少女は小さく息を吐く。







「ぁ――――」


「なん……だ……」







 入ってきた少年は、少女の顔を見て呆けたように口を開いていた。


 ならば、放つ言葉は一つだろう。






 なぜかそのセリフは、喉からするりと流れるように出てきた。


☆ ☆ ☆


 そして、風代カルラの過去を巡る旅は終わった。


 少年はゆっくりと瞼を開き、そして立ち上がる。

 どうやら気絶していたらしく、その身は地面の上で無様に転がっていた。地面に手を突き立ち上がり、辺りを見回す。


 景色に変わりはない。先までと変わらず、荒廃したゴーストタウンは静謐に少年を見下ろしていた。少し離れた場所では、友介の覚醒に気が付いた感那とジークハイルが笑みを浮かべている。一人は胡散臭く、またもう一人は物騒な微笑みだ。寝起きで見て愉快なものではない。


「なあ、俺はどれくらい寝てた」

「そうだねえ。ざっと五分くらいかな。君の脳に電気信号を送り込んですぐに気絶して、今起きた。……どうだった?」

「どうももクソもねえよ」


 服に着いた土やら埃を手で払い、吐き捨てるように言う。

 一つ大きく深呼吸をした友介は、ジークハイルと感那を見据える。


「世話になったな」

「ははッ、僕の目的のためさ。そう気にするな」

「おいおい、まさかもう行くってのか?」


 友介の感謝に、感那がひらひらと手を振った。対してジークハイルは友介の態度に納得がいっていないらしく、不満を隠そうともしていない。


「ここまで修業を付けたのは俺だ。少しくらい見返りがあっていいんじゃねえのか。具体的には、一つお前の答えを見せてもらうって形で」

「まあ、そう来るだろうな」


 白貌の少年は拳を構え、右腕にガントレットを装着する。その後端、肩の辺りにはエンジンが取り付けられており、禍々しい音を立て駆動していた。

 ジークハイルの行動を読んでいた友介は、特に狼狽することもなく両手に拳銃を持ち、構えた。


「光鳥。これが全部終わったら弾寄越せ。どうせ持ってんだろうが」

「りょうーかい」


 それを聞き、友介の懸念は全て晴れた。

 これで修業を付けてもらったジークハイルへの借りを返せるだろう。


「じゃあ、ジークハイル。やってやるよ。ただし五秒だけだ。それ以降は相手しない」

「十分だっての。俺から何を盗んだのか、そしてお前がどんくらい強くなったのか、俺に魅せてくれや」

「ああ。これで貸し借りは無しだぜ」

「そりゃそうだッ」




 二人は同時に大地を蹴った。






☆ ☆ ☆






第八章  今は語られぬ、赤い涙 ――Holocaust―― 5.そして、■■■■■■■■■■。







第八章  今は語られぬ、赤い涙 ――Holocaust―― 5.そして、少女は少年と出会った。

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