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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第六編 鏖殺の果て
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第六章 枢機卿、稼働 ――Cardinal error―― 8-1.赫怒と情――壱

 千矢が宮殿でディリアスたちと手を取り合う一時間前には既に、国家最高権限者たるディリアスはグレーター・に務める全ての騎士たちへ、今すぐキャメロット城のあるシティ・オブ・ロンドンへ戻るよう命令を下していた。


 ロンドンと一言で表しても、実はこのロンドンという名前は二つの意味を持つ。一つはグレーター・ロンドンと呼ばれる、面積1557.3平方キロメートルの、最上位に位置する行政区画のことだ。シティ・オブ・ロンドンと32の特別区に及ぶ領域のことで、人口はおおよそ8174000人といったところか。

 そしてもう一つが、一般にロンドンと呼んで想起されるシティ・オブ・ロンドン。キャメロット城が建ち、現在は戦場と化した街である。


 先の空襲により、城の外を警護していたロンドン市の兵たちはほとんどが虐殺され、さらに城内にいた者たちもデモニアの『無機の魂融合せし時(イノルガニク・キメラ)』によって閉じ込められてしまった。

 これらの事態が重なったことにより、既にロンドン市内で動ける一般騎士は五十人ほどにまで減ってしまっており、住民の避難誘導が全く進んでいなかった。


 だが、真の問題はそこではない。

 元々ロンドンには千人程度の騎士がいた。

 そして、それだけの騎士がいれば、枢機卿に勝つことは不可能であろうとも、街を襲うヘルハウンドの数を減らすことも可能だっただろう。

 しかし、現在市内にいる騎士は五十人にまで減少し、ヘルハウンドの猛攻によって、数で大きく劣る騎士たちは、住民たちと変わらぬただの餌と化した。

 現状、国民の命を奪っている最大の要因はあの黒い犬だ。愉悦と食欲のままに人を食い荒らす奴らは、もはや害獣。そして、その害獣を食い止めるためには、ビルを切り崩す円卓の騎士ではなく、大量の兵士が必要となる。


「おいおい、去年にあんなデカい戦争があって、その一年後には国の危機かよ。こりゃあ、円卓体制もそろそろ終わりかねー」

「おいおいラック。仮にも騎士がそんなこと言うもんじゃねえよ。時代が時代で、かつ騎士王さまが慈悲深え今だからこそ首が飛ぶなんてことはありえねえが、騎士王閣下万歳の大隊長さまが聞けばペナルティで基地内を何周走らされるか分かったもんじゃねえよ」

「ハハッ、。お前もなかなか肝が据わってんなー。どうした? ロウのケツ掘って男が上がったかー?」

「バカが。男の穴使うぐれえならモデルハウスに150ポンド投げるっての」

「国の金も、クズに渡れば女の膣に変わるってかー」


 などと、馬を並走させて下らない会話を繰り広げる、やる気のなさそうな黒人の男のラック・ドールストと、二の腕が日本人の大腿ほどもある白人の男のユリウス・リンリタスもまた、街の至る所へと散ってしまった人食い犬に対抗するためにロンドン市へと呼ばれた騎士だった。

 ラックとユリウスは、グレート・ロンドンはニューアムに建造された基地に所属する騎士である。

一時間前に命令が下され、至急ということでその三十分後には出発。魔術で身体能力が、向上した馬に乗り、時速百キロという速度で公道を駆っていた。

 まだブリテンが一つであった時に利用されていた高速道路を凄まじい勢いで駆けていく騎士の群れ。その規模、一個大隊に相当する。


「ったく、こんなにやる必要あんのかねー」

「さあな。でも噂によると、今回の敵は『天下布武(てんかふぶ)』なんて雑魚に思えるほどヤバいって話だぜ」

「アレよりヤバいってなんだよ」


 やる気のなさそうな声でラックが唸ると、ユリウスはどこか恐れるようなそぶりで、そっと耳打ちした。


「これはほんとに、部隊の指揮に関わるから口外秘なんだが……」

「イイから言えって」

「『楽園教会』らしい」

「…………」


 ラックはしばらく目を丸くしてユリウスをまじまじと見つめると、


「タッハハ! そりゃおめえー、じゃあ大したことねえじゃねえかよ!」

「ああ、ちげえちげえ。ほら、つい一週間くらい前か? 渋谷がとんでもねえことになったろ。そん時に街を滅茶苦茶に破壊した、言ったら――本物の『教会』って話だぜ」

「はいはい、それこそありえねえっての」


 ラックは真剣に聞いたのがバカみたいだと言わんばかりに目じりに涙を浮かべ、


「そんな都市伝説みたいな秘密結社が、存在するわけねえだろ」

「テメエ全く信用してやがらねえな」

「そりゃもう、ほんと全く」

 楽園教会の噂や逸話の『はじまり』は、実は分かっていない。少なくとも、法則戦争が始まり魔術が世間に明るみになるより前、まだかび臭い小屋で魔術師たちが隠れて実験をしていた時代には、既にその存在は語られていた、

 気付けばいつの間にか魔術世界で語られるようになり、次の瞬間には表の世界の住人が口を揃えて話す都市伝説の一つとなっていた。


「なあユリウス、お前もういい歳だろ? いい加減男か風俗以外に出したいなら、『そういうの』やめとけって」


 実際、『楽園教会』など、フリーメイソンや三百人委員会と大差ないものだ。大衆からすれば『あれば面白いし無くても害はない』という程度の認識でしかない。魔術が明るみになった今では、幽霊や心霊現象の方が信憑性は高い。


「でもお前、第二次大戦中にビッグ・ベンの地下で魔術の研究が行わていたって噂だって、四十年前の当初はただの笑い話だったってのに、去年の『天下布武』との戦争で明らかになったじゃねえか」

「ありゃナチス魔術研究と同じでお粗末なものだったんじゃねえのかー?」

「そりゃそうだが、それでも変人魔術師の薫陶を受けた本物がやってたらしいじゃねえか」

「どうだか。ま、どっちにしろ『教会』はないな。そりゃさすがに眉唾が過ぎるってー」

「ったく、知らねえからな。向こうに行って後悔しても」

「はいはい、そう怒んなよ。また今度いい女でも引っかけようや」


 馬は走る。彼らがいく先に何が待ち受けているのかも知らないまま、地獄の窯の中へと進んでいく。


☆ ☆ ☆


「莫迦が」


 奇怪な黒と白と灰色の混沌としたマーブル模様の部屋の中、氷の如く冷酷でありながら、業火が如く苛烈な侮蔑が響いた。


「自ら命を捨てに来るとはな、戦争の走狗ども」


 紅蓮の髪と黄金色の瞳。顔の右半分に火傷を負った、焦熱地獄の領主。如何なる方法か、集結しつつある各地の騎士たちがロンドンに集結しつつあることを理解していた。

 相も変わらず愚かな戦争の走狗どもだ。

 塵屑ほどの価値も無い、理不尽に悲劇を振り撒く愚者ども。

 とはいえ、今はまだ殺さない。どうせ後で全員死ぬ(・・・・・・・・・)。わざわざ殺す手間を分ける必要はない。


 戦火を広げる者は誰であろうと必ず殺す。撃滅、滅相、総じて鏖殺。紅蓮を落とし、我が心に巣食った恐怖を知らしめる。

 バルトルート・オーバーレイは戦争を憎む。悲劇を恨む。地獄を忌む。理不尽を疎む。不条理を嫌悪する。

 つまり正義も正しさも、総じて彼の敵だ。

 正しい行いをしようとするものは、彼にとって害虫と同義だった。


「……今考えたところで詮無いことか」


 ただ、今の通り彼もこうしてただ呪詛を吐くだけの行為が生産的とは思っていない。

 どうせ皆殺しにする敵とも呼べぬ雑魚を意識から切り捨て、彼は背後を振り返った。

 横に長い長方形の形の窓ガラスがあり、その向こうに、赤髪の少女がいる。


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