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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第六編 鏖殺の果て
138/220

転章 戦況報告


 ジジ、ザ……ジジジざザザザジジザ、ジジジジザサジざざざザザザザザ――――……


 ■■■■、展開。


 現在、主は『宵闇の再来』に直接干渉することが不可能な状態にあります。

 よって、79京5782兆9062億193万4003の権能の内、4087個の権能を用いて西暦二〇三四年六月のブリテンへと視点をフォーカス、■の世界権システムを用いて監視を始めます。


 ジジ、ジザ、ざ、ジジジジザザザザジジザざざザザザざザザザザザザザ――――……




 枢機卿、セイス・ヴァン・グレイプニルは北欧由来の冥狼と大蛇を召喚した後、イギリスの民間伝承由来の『黒き犬の妖精(ヘルハウンド)』を召喚した。

 体長は一メートルから二メートルとまばらだが、共通して言えることはそれらどれもが人を喰い殺すことの出来る異形の生物であるというもの。目は血のように赤く染まっており、口からは粘質な血が付着した牙が覗いている。短い毛の所々にも血が付いており、その見た目は不衛生極まりない。


 ヘルハウンド――はじまりの伝承は十三世紀。デボン州にて黒い犬が人を殺したという伝承が広まったことだ。

 十四世紀には、ニューゲート監獄跡地において、十三世紀に死んだとされた囚人が黒い犬に化けて近辺を徘徊するという噂、あるいはマン島では番兵をショック死させたという伝承も残っている、ブリテン土着の妖精である。


 黒い犬はハイド・パーク跡地に建てられたキャメロット城のすぐ横にある、禍々しいマーブル模様の巨大な塔に屋上にて大量に顕現し、それぞれ街に降り立つや放射状に駆け出した。大通りやビルとビルの隙間の裏道、建物の中を、全身を躍動させて駆け抜ける。

 彼らは先の空襲によりパニックになった無辜の民を見つけるや飛び乗り、四肢を抑え付けて首と言わず腹と言わず顔と言わず、その全身の肉を貪り始めた。


「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああッ! くわっ、くわれッ――ぶぎょっッ!?」

「ママ、ままっ! ま、やめ、や……いや、いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ来ないでえええええええええええええええええええええええええええええッッッ!」

「逃げろ、にげりょびゅッ!」


 光鳥感那による大規模爆撃とはまた別種の恐怖がロンドン市民を襲っていた。

 先の地獄は分かりやすい命の危険があった。空から落ちてくる無数の爆弾や戦闘機。その光景は人々が死を連想し恐怖を覚えるのに十分なものであった。


 だが、今街を襲っている脅威に比べれば、先の空襲の方が幾分マシだ。

 爆撃で死ぬのなら一瞬で死ねる。恐怖に全身を凍らされることもなく、意識が断絶するかのように絶命できる。


 しかし、ヘルハウンドは人を喰う。後ろから追い立て、四肢を抑え付けられ、ゆっくりと全身の肉を削ぎ落とされて噛み千切られる。その恐怖に比べれば、即物的な死など恐怖に能わない。

 ロンドンの街の至る所に肉片が飛び散り、つい半日前まで平和だった街は阿鼻叫喚の地獄と化した。

 魔獣の行進は止まらない。ロンドンという己の故郷を知り尽くした悪しき犬の妖精は、さらなる餌を求めて足を進める。


「はあ、うるさいな……たかがこれだけのことで大袈裟だね」


 その地獄を演出した張本人。

 痛んだ灰色の髪と擦り切れた漆黒の祭服、そして灰色のストールを肩に掛けた少年は、感情のこもっていない、面倒くさそうな声で呟いていた。

 セイス・ヴァン・グレイプニル。


「そうだね。――『空駆ける白磁の天馬(ペガサス)』」


 現れたのは、翼を持つ美しい純白の馬であった。

 ペガサス。ギリシャ神話の幻獣。高名なる魔物メドゥーサから生み出されたという天馬だ。

 灰色の少年はその背に乗り、優しくペガサスの毛を撫でてやる。


「ペガサス、リルの所までよろしく。ちょっと心配になってきちゃった」


 大きな翼をはためかせ、天馬は空を駆けた。




 草加草次、川上千矢、安倍涼太の三人が相対するは、使徒。

 フードを目深に被り、素顔を伺わせない男。隙間から痛んだ金髪が覗き、頬は痩せこけているようにも見える。瞳はどこまでも空虚でありながら、しかし眼光は飢えた獣のように鋭かった。前面が開かれている、改造された漆黒の祭服と白のストール。フードはその祭服の下に着たローブのものだ。

 不意打ちとは言え、伝説の騎士ガラハッドの宝剣を数多持つウィリアム・オーフェウス=ガラハッドを一撃のもとに沈めた擦り切れた何者かは、疲れたような声で告げる。


「楽園教会が十の支柱たる枢機卿。風化しきった、誰でもない何か。

 第八神父(オット・カルデナーレ)風化英雄(ノーネーム)』だ。

 名前は捨てた。お前らも全員、脱落しろ」

 祭服の下から二丁の拳銃を取り出し、彼は三人と相対する。


「来いよ。虚しいお前らの覚悟も信念も矜持も、全部俺が粉微塵にしてやるからよ」




 サリア・バートリーとボニー・コースター=ガウェインは未だ戦闘を続けていた。その趨勢は完全に互角。共に中遠距離の攻撃手段を持つと共に、近距離における決め手も所持しているため、互いにあと一手というところで仕切り直しが続いていた。


「さあ、さあさあさあさあさあ! お姉さん、ここからが本番だよ! サリアの『嵐装腕(らんそうかいな)』でギッタギタにして上げるッ!」

「悲しいですね、バートリー。あなたが悲劇に見舞われる前に、私が引導を渡しましょう」




 リア・バルアス=トリスタンを手中に収めた春日井・H・アリアは、悲しげな瞳を湛えたまま、しかし一度として歩調を緩めることなくキャメロット城を昇り『雪の間』を目指す。


「次に待っているのはサリア・バートリーとボニー・コースター=ガウェインか……ああ、もしかしたら、あの子もいるかな。だとしたら、私のこんな姿を見れば、幻滅するんだろうなあ」


 呟きは誰にも届かない。

 届かないからこそ、少女は弱音を吐いている。




「ああ! お兄ちゃん! お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん! やっと会えた! どれだけこの日を待ち望んでいたか! 私が、ほんとに、どれだけの間、お兄ちゃんのことを思っていたか、それをようやく教えられる……っ。ああ、だから、ねっ。――他の害獣のにおいなんか、私の血で上書きすればいいよねぇえええええええ……?」


 壊れた玩具のような狂った笑みを張り付ける少女の名は、土御門愛花。

 彼女の瞳に移る存在はただ一つ。稀代の狂人、世界最低の(ナチュラルボーン)大量殺人鬼(シリアルキラー)、土御門狩真。呼吸をするように人を殺す悪辣なる喰人鬼へと、イタコの少女は恋を唄う。呪い(アイ)の言葉を吐き散らす。

 そして、その少女の隣には、生きることを諦めたかのような、陰気な青年が佇んでいた。


「お前も来い、狩真。俺と共に家族を救うんだ」

「ハッ、どっちもお断りだよ気持ち(わり)い。千改心で出直して来いっての。まあそれが出来ねえなら、仕方ねえ。俺がテメエら二人を殺して犯して捨ててやる」


 鬼は笑う。

 貴様ら如き、俺にとっては塵に等しい。

 何故ならば、土御門狩真にとっての至高とは、安堵友介の他にないのだから。彼の足元にも及ばぬ奴らは、もはや関わる価値も無い。面白味の欠片もない存在を、塵と言わずなんと言うのか。


 ここに異常者達の戦端が開かれた。





 そして。



「なあ、お前。それ求めてるの? ――鏖殺の騎士(ホロコースト)



「カルラ……」



「アンタ、誰?」



 返る答えは絶望の具現。即ち全ての終わりを意味する。

 戯曲は悲劇への階段を転がり落ちていく。まるで雪崩でも起こすかのように。悲劇を賛美とともに受け入れる。負の模様を呈していった。






 ブリテンに夜が訪れる。

 かつて国を南北に分けた悲劇の内戦。

 その焼き直しが――否、それ以上の戦場悲鳴が紡がれる。


 演目名『宵闇の再来』


 テーマは混沌、戯曲の第一幕が幕を開ける。



 ――さあ、極彩色の救済をご覧あれ。

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