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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第六編 鏖殺の果て
137/220

始章 『宵闇の再来』

 崩壊した壁の向こう。

 ロンドンの街を照らしていた太陽が地平線に隠れ始めて行く。照り付けていた黄金色の光は哀愁漂わせる橙へとその色を変えた。影は伸び、光は一秒ごとに頼りなくなっていく。

 雪の間に差し込む光もまた、橙色のそれへと変化していた。


 父の本心、真意と覚悟、生き様を見て、ディアは言葉を失っていた。

 許せないと思った。

 否定しなければ、と思った。

 けれど、彼にもまた、絶対に譲れない思いがあった。果たすべき理想を、叶えなければならない夢を持っていた。

 それでも。


「分かん、ねえよ。父さん。俺には、まだちょっと難しい……」


 シャーリンに優しく頭を撫でられながら、少年は顔を顰めて小さな声を上げる。


「まあ、親の気持ちなんてまだ分かんねえだろ。もうちょいデカくなってから考えろ」


 適当に返しながら、友介は肩を回して出口へと歩き出した。


「おい、お前どこに……?」

「決まってるだろ。あれを止めて、そして――」



「茶番は終わったか、戦争の走狗ども」



 氷の如く冷えた声が、雪の間に反響した。

 声は。


「『神話起動――紅蓮巡り』」


 上から。


「燃え尽きろ塵ども。巨神の怒りを思い知れ」

「カカカカッ、良いもん見せてもらったぜ。英雄様。その痛みに塗れた在り方、嫌いじゃねえよ。特等席で見せてもらって感謝感激の極みだよぉ」


 漆黒の祭服をまとい、肩に紅蓮のストールを掛けた赤髪金眼の少年と、紫色の軍服をその身に纏った悪魔が二人、空に浮いたまま友介達を見下ろしていた。

「――――ッ」


 声を上げる暇もなかった。

 少年の背後に炎の巨神が現出し、一戸建ての家と遜色ない巨大な拳が振り下ろされた。

 日の入りは、すぐそこに――――





「おいおい」


 それまで上機嫌にルーカスと切り結んでいた金髪の鬼は、珍しくその声に苛立ちを滲ませて目の前の男を睨んでいた。


「テメエ、何でこんな所にいやがんだ」


 明らかに怒りを滲ませたその声の行き先は、騎士ではなく。


「俺も甚だ遺憾だが、上司の決定だ。刃向かえば面倒なことになる。我慢しろ」


 漆黒の祭服を纏い、肩には祭服と同色の黒いストールと、同じく不吉な空気を漂わせる黒い数珠を掛けた姿の陰気な青年が、鬼の前に立っていた。

 煙管を吹かし、貴様などには興味がないと言いたげにため息を吐く。

 土御門率也。

 土御門家現当主である青年は、死の芳香を振り撒きながら、二人の男へ向かい合う。


「安心して良い。腐ろうともお前も土御門の人間だ。お前が俺に協力するなら、お前を黄泉送りにはしない」

「ハッ、冗談きついぜ兄者様。俺が死者のために動くわけねえだろうが」

「だろうな」


 興味なさげに呟く率也。

 狩真もまた狂ったな笑みを浮かべ、率也へ殺意を向ける。

 だが、そこへさらに声が掛かった。

 それも、幼い少女の声。


「ふ、ふふ……やぁっと、逢えたぁ……」


 青年の後ろから、からん、ころん、と。

 ゆっくりと、不規則に下駄を鳴らして近付いて来る。

 青年と同じ漆黒の祭服を改造した少女。肩をはだけさせ、祭服を太ももの辺りまで切り、精一杯に色気を出そうとしている。が、まだあどけなさの残る顔立ちや凹凸のない体から分かるように、第二次成長期に入っているかどうかも怪しいと言えるため、特段そそられるものはない。肩に掛けるストールの色は桃色で、身長は狩真の胸あたりまでしかない。歳は十かそこらであろうか。

 髪はどす黒い黒で塗り潰されている。日本人特有の鮮やかかつ艶やかな風流ある黒髪ではなく、数百という種類の絵の具をパレットにぶち込んで力に任せて混ぜ合わせたかのような、そんな汚泥のような濃密な闇だ。それでいて黒髪はしっかりと手入れされており、また、その純粋な黒の瞳はしっかりと狩真を見据えている。


「ふ、ふふふ、ふ……お兄ちゃんだ、お兄ちゃん。かるまお兄ちゃん。やっと、やっと……」

「……なんだそのガキ」

「お前と俺の妹だ」

「会ったことねえんだけど」

「まあ……お前には合わせていなかったからな。イタコの素質があったゆえ、恐山に送った後、俺が楽園教会に入った後はそっちで育ててからな」

「なるほどねえ……」


 狩真の表情が、訝しげに歪んだ。常に狂笑を浮かべ、享楽的に笑う彼にしては珍しい表情だった。

 だが、それも仕方のないことだろう。

 狩真を初め、土御門の血を持つ者の多くは、他者に度し難いほどに狂っている。

 比較的まともに見えるあの字音ですら、狂的なまでに『陰陽術』を神聖視し、自らの才能など関係なし、全て芥だとでも言うように『無駄な努力』を何年にもわたって続けるような人間だ。

 それは率也にしろ、字音にしろ、今日初めて会った妹にしろ、それは変わらない。


 だが。

 狩真が訝しんでいるのは、その狂い方に不快感を覚えたからではなかった。

 まず前提として、土御門の本家の人間同士というのは相容れない。当然だ。皆が皆、常人とは凄まじくかけ離れた特異かつ異端な人間なのだ。ならばそのような狂人同士が仲良しこよしであれるはずがない。

 しかし、この少女は違う。


「あは、やっと。あはは……これでやっとお兄ちゃんと一緒にいられる。ずっと、これでずっと一緒。うふ、あは、は。アハハ、ハ……」


 こいつは、土御門狩真を愛している。

 今までまともに会話をしたことがない――どころか、狩真からしてみれば初対面である。共有した時間も、心を通わせた思い出もない。だというのに、彼女は同じ土御門の狂人に対して嫌悪どころか、狂的なまでに土御門狩真を欲する。もはや愛すら超えた悍ましいドロドロとした感情を向けている。

 少女は頬を染め、口元から涎を垂らしながら熱く蕩けるような声で狩真を呼ぶ。


「はぁ、はぁああ……アハ、アハハ アハ」


 壊れている。普段の彼女がどんな人間なのかは知らないが。

 狩真を前にした彼女は壊れている。

 その一端が、漏れ出た。


「アハハハハハ ハ ハハハ ハハハハハ   ハハ ハハハハ ハハハハハハハハハ ハハハ ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッッッ! お兄ちゃんだやっと逢えたお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん! 人を殺せるお兄ちゃん、私を殺すお兄ちゃん。壊れてて狂ってて潰れてて破綻してて優しくて甘くて美味しくて可愛くて綺麗で純粋で真っ白で輝いてて眩しくて真摯で前向きで儚げで美しくて透き通ってて整っててカッコ良くて一途で真っ直ぐでひたむきで努力家で私の私だけの私のための私専用の私専属の――――――」


 弾けた風船のように言葉と狂愛が溢れ出し、ビクビクと全身を痙攣させる小さな少女。その姿は異様であり、異なる生物にしか見えない異質さであった。語る言葉の熱はマグマより熱く、込められた想いは星よりも重い。

 だが。

 その熱が。

 絶対温度零度まで下がり、瞳から一切の光が消失した。



「――――――――なのに何で。私以外の害獣(にんげん)の血の臭いがするの?」



 ぞっ、と。

 比喩抜きで、彼らを取り囲む世界の温度が二度ほど下がった。



「ねえ何で? なんで他の人を殺すの? 殺すのは私だけで良いでしょ? 何で? 他の人がそんなに大事? 私の何がダメなの? 何で私は殺さないのに他の人は殺すの? おかしいでしょ? おかしいよねおかしいよ。だってお兄ちゃんは私だけのもので、だから私だけがお兄ちゃんのモノになれる。お兄ちゃんの中で永遠に生きていいのは私だけ他は全員いらないそいつら全員お兄ちゃんから出て行けお前ら全員全員全員全員全員全員邪魔なの。お兄ちゃんに喋りかけるなお兄ちゃんも何で浮気するの私の事嫌いなのダメ絶対駄目お兄ちゃんは私だけを見るの殺していいのは私だけ私を愛してよ他の人なんていらないそんなのいらない何で分からないの言うこと聞いてじゃないと私しか見れないように目を取っちゃうんだからあそうだそうだよそうしようそしたらお兄ちゃんは私しか見れないしそれだけされたら私しか殺せないぐらい私の事嫌いになるよね殺したいほど憎んだんだからお兄ちゃんの心の中にも残るお兄ちゃんの永遠になれるそうだそうしようそれが嫌なら私だけを殺してねえ聞いてる聞いて聞いて聞いてよねえねえねえねえねえねえねえねえお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺してお兄ちゃんの手で殺してお兄ちゃんの足で殺してお兄ちゃんの口で殺してお兄ちゃん歯で殺してお兄ちゃんのお腹で殺してお兄ちゃんの指で殺してお兄ちゃんの目で殺してお兄ちゃんの花で殺してお兄ちゃんの髪の毛で殺してお兄ちゃんの舌で殺してお兄ちゃんのおへそで殺してお兄ちゃんの爪で殺してお兄ちゃんの垢で殺してお兄ちゃんの産毛で殺してお兄ちゃんのまつげで殺してお兄ちゃんの■■■■■で殺して早くお兄ちゃんの中に行きたい」



 それはもはや、汚泥であった。

 愛ではなく、汚泥。この世の汚れ。ありとあらゆる人間の汚い欲望をこね混ぜて、それらをどす黒い負の感情がこびり付いた大鍋で煮詰めてようやくできる極大の邪悪。

 殺人衝動を持ち、快楽のまま呼吸をするように人を殺す狩真とは異なった方向への邪悪、その最果て。

 狩真は自然と、こう口にしていた。


「お前もう、駄目だな」


 己と同じく壊れ切った人間でない何か。人とはかけ離れた、意味不明理解不能な愛の形を信じる少女は、理解されないという意味では狩真と同じく『鬼』なのかもしれない。

 それに、少女は答える。


「うん、いいよ。だって私、あなた以外どうでもいいし」


 ふわり、と。

 狂った少女では浮かべられないような穏やかな笑みを浮かべた。花のような笑みが、狩真へ向けられた。


「キヒヒッ、そうか。ならまあ、とっとと死んどけ」


 狩真は無感動に刃を振り下ろす。

 この少女がどれだけ己を愛していようとも、どうでもいい。

 雑魚に興味はない。

 少女の首を断たんと唸る野太刀はしかし――


「おいおい、大切な家族だ。簡単に手を上げるな」


 横から割り込んだ煙管に阻まれた。


「クソ兄貴」

「口の利き方がなっていないな」


 煙管一本で野太刀を弾き、開いた腹を蹴って距離を取る。

 彼は気怠そうに煙管を口にくわえ、紫煙を吐く。


「楽園教会が十の支柱たる枢機卿。

 第五神父シンクエ・カルディナーレ八百万(やおよろず)夜行(やこう)』土御門率也。

 もう一度言うぞ、狩真。俺に協力しろ」


 さらに、少女が瞳に狂気を宿したまま、愛する男へ名乗りを上げた。


「楽園教会が十の支柱たる枢機卿。

 第二神父ドゥーエ・カルディナーレ死想(しそう)全知(ぜんち)』土御門愛花。

 初めまして、私はあなたの全てになる人です」


 二人の言葉を受けて、狩真は珍しく苛立たしげな表情を浮かべた。サングラスの向こうの瞳が不機嫌に揺れる。

 彼は卑喰ノ鉈を担ぎ直し、敵を睨み据える。


「騎士サマ」

「――なんだ、下郎」


 話を振られたルーカスが、そこでようやく会話に入る。


「テメエにガキを任せる。俺ァ、あの不能を殺さなきゃならねえ。子守は得意だろォ? 共闘しようや」

「……従う義理はないが」

「ならこうしよう。共にあの巨悪を止めてこの国を守ろう! 一緒に、互いに、手を取って!」


 ゲラゲラと不快な哄笑を上げて


「本当に、貴様は狂っているのだな」

「ハハッ、それも今じゃあ自信がねえけどな」

「仕方ない。事実として、街に被害を及ぼしているの彼らだ」

「そうか、なら――」

「――――だが、貴様もまた悪。俺一人で貴様ら外道の首を取らせてもらう!」

「ハハッ! そう来たか!」


 ルーカスの持つ魔剣が狩真の首を狙うも、野太刀が受ける。甲高い音が鳴ると狩真は後退し距離を取った。ルーカス、率也、愛花――その場の全員を補足できる位置に立ったまま、先ほどまでの不機嫌な表情を消し、いつもの狂った笑みを貼り付けた。

 それを見た率也は、煙管を吹かし、


「……なるほど。交渉決裂か」

「ハンッ。交渉も何も、俺はお前を殺したいんだぜ? 手を取り合うなんざ無理に決まってんだろうがよォッッ!」


 そうして、新たな殺し合いが幕を開ける。

 ルーカスが狩真に突貫し、それを弾いて率也へと駆けた。

 率也は煙を吹かして死を振り撒く。

 愛花もまた、ニヤリと残酷な笑みを浮かべて狩真の懐目掛けて走った。

 騎士、鬼、黄泉の使い、自殺志願者。


 あらゆる思いが交錯して、ブリテンの日が沈んでいく。街を覆う色彩は少しずつ剥離していき、いつしか影が薄くなっていた。





「あ、なた……私たちを、謀ったのね……」

「ごめんなさい。これもね、優先順位の問題なの」

「ふ、ふふ……」


 リア・バルアス=トリスタンは、奇妙な笑いを発していた。

 自分でもおかしなことだと思う。

 腸が煮えくり返るほど激怒しているのに、どうして笑が漏れ出すのか。


「あなたは……あなたたちは、閣下の理想を、笑ったんだなぁァアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!」


 でも、良かった。

 きちんと怒りの咆哮を上げることが出来た。

 これで、心置きなくこの女を殺せる――――。


「アリア・ハノーバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」


 己を見下ろす金髪の少女を睨んで、一人の男の理想に憧れた女が剣を振るう。

 常とは異なる装い、漆黒の祭服を纏い肩に黄色のストールを掛けた少女の首を、亜光速の斬撃で落とさんと双刃が唸りを上げた。

 しかし――



「〝どうか魔法よ、消えてほしい。さあ進め。ここが我らの墓場なり〟」



 たった一言で、女の腕は止まり、自我は一瞬にして乗っ取られた。


「ごめんなさい、けど仕方ないの」


 たった一言謝ると、少女は女を引き連れ、キャメロット城の中央の塔――その上階に位置する『雪の間』へと向かう。

 あと一人か二人の騎士を傀儡にして、これ以上血が流れない方法でブリテンを征服する。

 それが、彼女の良心と理想を互いに両立させる妥協案であった。


 日は落ちる。

 ゆっくりと。

 それはまるで、誰かの心を暗喩しているかのようであった。




 太陽の八割が地平線の向こう側に沈み、街が闇に包まれていくその時。


「が、はァ……づッ!」


 草加草次、川上千矢、痣波蜜希、そして安倍涼太の三人と死闘を演じていたウィリアム・オーフェウス=ガラハッドが、口から鮮血を零した。


「ぁ、ぁ……」

「ウィリアム・オーフェウス=ガラハッド、か……。忠告しておいてやる。お前、ここでリタイアした方がいいよ。じゃねえと、本当に自分を見失うぞ」


 フードで顔を隠した男の右手に背後から腹を貫かれ、空へ掲げられる最も穢れ無き騎士は、既に言葉を発することも出来ぬほどに衰弱し切っていた。

 彼を貫いた男は、やつれ切ったその顔に同情の色を滲ませて、


「もっと早く、誰かが止めてやるべきだったんだけどな」


 勢いよく腕を抜き去り、地面に捨てた。

 ウィリアムは地面に血だまりを生み出し、その中で体を小刻みに痙攣させている。彼の周囲に散乱する聖遺物が徐々にその存在感を失っていき、やがて消えた。


「が、ぁああ。あ。あっ、でぃ。あ……」

「…………」


 誰かの名前を連呼しながら、徐々に意識を薄れさせていく彼を数秒眺めた後、視線を切った。

 顔を上げて眼前に立つ三人の少年を見やる。


「草加草次、川上千矢、それにお前は……安倍涼太だな」


 言いながら、腰のホルスターから二丁の拳銃を抜き、正面に構えた。

「お前らも寝とけ。こっから先、ただの魔術師や強化兵に出来ることなんざ一つもねえよ。大人しく、特等席で悪趣味な歌劇を見るのが関の山だ」


 どこかで召喚された魔獣の足音を聞きながら、男は死人のように息を吐く。


「もう、疲れただろ」


 デモニア=ブリージアが『ミサ』で指名した枢機卿は、アリアを含めて五人。

 春日井・H・アリア。

 セイス・ヴァン・グレイプニル。

 バルトルート・オーバーレイ。

 土御門率也。

 土御門愛花。

 では、この男は?

 たった一人のイレギュラーに何が出来るわけでもない。

 それでも男は、戦場にいた。


 ただ一人、ロンドンを覆う夜を憂いながら。





 サウスブリテン国境付近。

 その風景を遠くから眺める少年の後ろ姿があった。

 彼は野生獣のように凶悪な笑みを白貌に浮かべると、指の関節を一つ鳴らした。


「ハッ、俺抜きで楽しそうなことしやがって。腹いせだ。俺が全部掻き乱してやる」


 最後の足掻きとばかりに、夕日が白髪を照らした。




 そして、そして、そして――――。


「クククククク、カカカ! どうよ、どうよどうよどうなのよ! なあ、円卓の騎士サマ答えてくれえ! 自分たちが統治していたと思っていた国が、本当は別の誰かによって操られていたって知った気分は! なあ、自分らがただの操り人形だと気付いた感想はッッ?」


 下種そのものの笑顔で語り掛けるデモニアに、ディアが赫怒に滲んだ怒声を発する。


「黙れ下種がぁ! テメエみてえな外道が、俺達円卓の残滓(サーズ・キャメロット)を語るんじゃねえッ!」

「ガハハハハハハハッ! そうだよ、それ! その怒りだよォッッ! そういう顔が見たかったぁ。テメエら人間が弄ばれた時に浮かべる屈辱と敗北と悔恨と後悔と懺悔と赫怒と恐怖と絶望の表情ぉ――――ッッ! うーん、やっぱり人間はいいなあ。遊ぶのが楽しい」

「――――ッ、殺して、やる……ッ」

「ディアッ!」


 折れた大剣を手に立ち上がろうとするディア。シャーリンは止めようと手を伸ばすが、光速の域にまで達した少年を引き留めることなど叶わない。


「死ねェえええええええええええええええええええええええッッ!」


 刹那にも満たぬ間にデモニアの懐に入り込んだ少年は、父を下した一閃でもってこの邪悪を切り捨てんと猛るが、


「あ、すまん頼むわ。バルトルート君」

「ぁ……?」


 奇妙な浮遊感がほんの一瞬彼を包み込んだかと思えば、視界に映る景色が変わった。

 たった今、彼はデモニアを斬ろうとしていたはずだが、今その目に映る人物は、漆黒の祭服に身を包んだ赤髪の少年だった。

 ――空間転移か……ッ!

 魔術の正体をすぐさま看破したディア。人ひとりを完璧に転移するその技量は恐るべきものだが、


「だったらまずはお前からだ。――恨むなら上司を恨むんだなぁッッ!」


 関係ない。どちらにしても国家の敵。どうせ二人とも殺さねばならないのだ。


「待て、ディアッ!」


 友介が切羽詰まった声で何か声を発していたが、関係ない。

 もはや斬撃は止まらないのだ。

 閃光のように刀身が走り、折れた刃がバルトルートの腹へと滑り込む。

 刹那。



「莫迦が」



 侮蔑の声を聞いた。

 そして。


「――――ぁ?」


 光速の斬撃がバルトルートの腹を捉え――

 紅蓮の奔流が、ディアを包んで後方へと吹き飛ばした。

 ノーバウンドで五十メートルほど弾かれたのち、さらに地面に体を叩き付けられながら十メートルほど進んでようやく停止した。


「ぁ、がぁああ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ?」

「ディアッッ?」


 全身から煙を放って身もだえるディアに、シャーリンが金切り声のような悲鳴を上げて駆け寄った。


「ぐ、ぁぁあ、あああああ……だい、じょうぶ、だ……。まだ、死には、しねえ……」

「ふん。爆発の瞬間に後方へ跳躍して回避したか。あれを受けていれば即死だったはずだが……なるほど、本来の一パーセントもダメージを受けていないな」


 身じろぎ一つせず、閃光の騎士を下したバルトルートは、しかし己の成果を誇るでもなく淡々と告げる。冷ややかな視線は氷のようで、純化された殺意が満身創痍のディアへと注がれた。

 ディアを庇うように抱きしめるシャーリン共々、焼殺せんと右手を構えた。

 だが――



「おい」



 銃弾が、バルトルート・オーバーレイの頬を掠めた。


「――――なに」


 バルトルートが疑問の声を上げ、その一部始終を見ていたデモニアが口笛を吹いた。

 紅蓮の王、その視線の先には黙示録の処刑人がいた。

 彼は拳銃をバルトルートへと向けて、たった一言。


「テメエ、なに妹放ってこんな所で遊んでやがる」

「……貴様は」


 その光景を見たデモニアが、軽薄な笑いを上げた。


「クカカカッ、こいつは面白くなってきたなあ」


 右手に持つ拳銃の銃口から煙が上っている。

 そして左手は――


「なに笑ってやがる。テメエも例外じゃねえぞ、デモニア=ブリージア」

「いやいや、笑うだろ。お前、たった一人で描画師二人を相手にして勝つ気でいるじゃねえか」

「当たり前だ。カルラを救うには、お前ら二人を叩きのめしてあいつの居場所を聞かなきゃならねえ」


 彼は左目を黒白目へと変化させ、二人の描画師を睨む。

 この場に現れた楽園教会の走狗、その全てを鏖殺し、一人の少女を救う。


「お前ら全員、俺を敵に回したことを後悔させてやるよ」


 処刑人の、本当の戦いが始まる。



「なるほどねえ」



 しかし、その友介の覚悟を聞いてなお、デモニアは不気味に笑い続けた。

 その覚悟こそを待っていたと。

 その決意こそ、脚本において最も重要であるのだと。

 クツクツと。

 ケタケタと。



「なるほど、なるほど」



 その紺色の瞳を酷薄に歪ませて。

 男は、告げた。





「だってよ。お前はどう思う?」




 悪魔の背後に黒いサークルが生まれ、そこから一人の少女が歩み出た。

 さくり、と。

 雪を踏む音が聞こえた。





「なあ、お前――それ、求めてるの?」





 さくり、さくり、と。

 音は連続し、近付いて来る。

 バルトルートとデモニアの間を割って、彼女は現れた。





「なあ。鏖殺の騎士(ホロコースト)





 赤く長い髪。

 金色の瞳。

 不機嫌そうな頬。

 小柄な体躯。

 腰に引っ提げた、少女の身の丈ほどもある長刀。

 身に纏っている服は、いつもの騎士服ではなかった。

 漆黒の祭服に、鮮やかな赤のストール。

 顔は伏せられ、前髪に隠れて表情がよく分からない。

 けれど。

 見間違えるはずがない。

 彼女は、友介が探し求めた――

 少年が、戦う理由そのもの。





「カルラ……」





 少年の呼びかけに、少女は返す。



















「アンタ、誰?」




















 日が落ちる。

 雪の間を照らしていた光はもうない。

 濃密な闇が空間を覆う。

 夜が来る、闇が来る。

 ブリテンに、宵闇が訪れる。

 まるで誰かの心を暗喩しているかのように。


















 ――――――――――――…………。


 では。


 これより、ここに一つの戦争を記そう。


 後に『宵闇の再来』と語り継がれる、法則戦争史上最大にして最悪の、そして宝石のように美しい戦争を。


 主題(テーマ)は初志より変わらず『混沌』。


 それでは楽しんでくれたまえ。



 終末へ向けて加速する戯曲の第一幕――極彩色の救済を。


         To be continued...


すいません!!

作者の個人的な都合(就活)により二週間から一か月ほど更新を止めさせていただかもしれません!

続きは絶対に書きますのでどうかよろしくお願いします!


もしよろしければ、この休載期間の間に知人へ進めていただいてもよろしいかと......!!

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