第四章 救国の英雄 ――Delius―― 2.安堵友介vsディリアス・アークスメント=アーサー
安堵友介とディリアス・アークスメント=アーサーが正面から激突する。
――こいつに間合いなんて概念はねえ。
騎士は皆、超人的な身体能力をその身に宿している。銃弾を避け、弾き、斬るような化け物ばかりだ。
その中でも、ディリアスは特別に特異かつ強力な騎士である。
斬撃は光の速度に届き得る速度。
身体能力もまた異常。走る速度は音速を下らない。
そのような相手に、中距離戦を挑むなど痴愚の所業。
故に、友介はその懐へ潜り込む。
聖剣の間合いへと、躊躇なく踏み込んだ。
「――――スゥッ」
先手はディリアス。左の腰に溜めた剣を横に払う。胴を上下に断つ軌道。
だが友介はその未来を先んじて読み取り、アクションを起こしていた。己の右手を、放たれる斬撃の軌道に合わせて動くディリアスの手首に重なるよう置く。
コンマゼロ一秒の誤差無く手首を掴み、放たれた斬撃の勢いを利用して側方宙返り。光の斬撃の真上を飛び越えながら、回る視界をものともせず左の拳銃の引き金を引く。三度乾いた音が鳴るも、首を傾け回避される。一発が頬を掠め、男の頬が痛みに歪むが、すぐさま己を殺して刃を振るわんと柄を握る手に力を込めた。
未だ友介は空中。さらに視界は水車のように回っている。
この状態で回避など不能。
ならばと彼は考え方を変える。
避けられぬならば攻めれば良い。
染色を発動。三度の世界の崩壊に、雪の間の空間が軋みを上げる。
これには堪らずディリアスが後退。染色による事象破壊の法を、彼の視線を注意深く観察することで上手く回避した。
しかし、直後に起きる揺り返しまではどうしようもなかった。
吹き荒れる暴風――否、世界の修復に、ディリアスはバランスを崩し動きが乱れた。
その隙逃さず、黙示録の処刑人は発砲した。ジャイロを描きながら大気を裂き進む四つの弾丸。それらの内、急所を狙った二つを弾かれ、しかし残り二つは肩と脚に着弾。
着地と同時にさらに左手に持つ純白の拳銃の引き金を絞るが、弾丸は射出されない。弾切れだ。彼は空になった弾倉を取り出し、地面に落ちかけた所で斜め前へ蹴り飛ばす。空になった弾倉は、あらぬ場所へ飛んでいく。
右手の銃を逆手に持ち替えると、激痛を無視して特攻しようと腰をたわめたディリアスへと染色を二度見舞って牽制。動きの止まったその隙に、左腕の袖をめくってリストバンド型のホルスターから弾倉を取り出す。
――お前も、色んなもんを背負ってんだな。
一瞬にして弾倉を再装填し、遊底を引く。
銃弾の発射準備を終えた所で、染色の揺り戻しに耐え切ったディリアスが今度こそ距離を詰めてきた。
友介は右手の銃口をディリアスへ向け、左手はあらぬ方向へと伸ばしていた。視線もまた、そちらへ。
――何を企んでいる。
ディリアスは訝しんだが、しかし委細構わず突き進む。己から視線を外して正面に立つ少年の元へと駆ける。
敵へ視線を向けぬまま、友介は右の拳銃の引き金を引いてディリアスを迎え撃った。しかし、意識半ばでばら撒いただけの射撃が命中するはずもない。
友介もそれは分かっていた。
「悪いな、英雄」
それでも友介は己の勝利を確信する。
一秒を十に刻んだ死闘に、終わりが近付く。
あらぬ方向を向いた拳銃が火を噴く。マズルフラッシュが瞬き、火薬の爆発する音が鳴り響き、音速超過で銃弾が発射された。
突き進む弾丸の行き先は、先ほど蹴り飛ばした空弾倉――その直近、ほんの数ミリ奥の雪の大地である。
弾丸が白い地面に触れた直後。
ボバッッ! と布団を叩いたような音と共に、雪が爆発してディリアスの視界を奪った。
「――――ッ!」
意識の外からの目くらましにディリアスが瞠目する。
崩呪の眼。
対象を認識し、急所たる黒点を生み出し傷付けることで破壊するという力。その効力を応用して、ある一部分の雪を水蒸気へと一気に崩壊させることによって爆発のような現象を生み出したのだ。
ディリアスが驚く気配を確かに実感しながら、右眼を凝らして雪のカーテンに紛れた〝手榴弾〟を見る。今はまだただの物体でしかない。雪の白に紛れているため、同色のそれはディリアスには視認できない。
――見つけた。
「チェックメイトだ」
しかし『眼』を持つ彼なら話は別だ。
ただの白いガラクタでしかなかったそれは。
たった一発の鉛玉を叩き込まれることによって、破片を撒き散らす手榴弾へと変貌する。
そう、先ほど友介が蹴り飛ばした純白の拳銃の空弾倉。
雪の爆発によってちょうどディリアスの胸の正面に飛ばされたそれが、一発の弾丸によって木っ端微塵に破壊され、数十の破片を飛ばす凶器へと変貌した。
「づぁ……ッ!」
白い散弾が胴の至る所に突き刺さり、発射された弾丸もまた軌道を変えて男の左の肩へとめり込んだ。
激痛に喘ぐ英雄へ向け。
「確かにお前の理想は素晴らしいよ。
俺にそれを否定する権利はないんだろうよ。
けどな――」
彼の話で、一つだけ許せないことがあった。
だって、それは――今、彼が必死に戦うその意味を、否定するものに思えたから。
「もっと、人を見て、寄り添えよ。――せめて、息子や奥さんにくらいは」
そう言って、いつの間にかディリアスの背後に回り込んでいた友介が、男の肩へと銃口を押し付け、引き金を引いた。
銃弾が肩を貫いた。
英雄の手元から黄金の剣が落ち、光を失って雪の地面の上に落ちる。そうして彼は、膝を折る。
「――――……」
痛みが飽和を超え、男は今なお愛する女へと何かを呟き、眠るように意識を落とした。
☆ ☆ ☆
「こっ、こんにちは! 私の名前は、リコリスって言います! あ、あ、あの、先輩! 私と、私とその――友達になってください――――ッ!」
「えっと、まあ、いいよ」
出会いはジュニアハイスクールに通っていた二年の夏。おおよそ二十年弱前といったところか。
少年がまだ英雄などというものを志す前のことだった。
「そ、その、えっと……えっと、その……私を、恋人にしてください!」
「むっ、いや、気持ちは嬉しいが、その……なぜ僕なんだ?」
「いや、えっと。その……優しいから、かな?」
「いや、僕は君に、大して何か特別なことをしたことは――」
「そ、そうじゃなくて! あの、ディルくんがいつも困った人を助けるの見てたから……」
「なるほど。それは、恥ずかしい所を見られたな」
二人が交際を始めたのは中学三年の春。
「ぐ、軍隊に入るッッ?」
「いや、何を驚いているんだ?」
「し、死んだらどうするのッ?」
「大丈夫さ。僕が志願したのはちょっと特殊な舞台でね。軍としてというよりも、個としての強さを重視する組織だから」
「??? えっと、つまり……?」
あまりよく分かっていない様子の恋人にふっと優しく笑いかけて、彼は言った。
「つまり、僕は強くなるから絶対に死なない」
軍隊に入ると決めたのは、高校三年の春。
かつてより魔術やそれに付随した研究が進んでいたイングランドでは、軍隊の中にそうした部隊もあり、剣術の鍛錬は欠かさなかった彼が入るには絶好の場所であった。
そして。
戦争が起きた。
イギリス軍に紛れていた偽りの『教会』の魔術師によって軍が科学圏と魔術圏が引き裂かれ、大規模な内戦が起きた。
そんな中、イギリス軍の中でも最上級の騎士であり、エクスカリバーを手にしていた一人の青年が武勲を上げる。
『ブリテンの宵闇』にて、青年は数多の軍人をその手に掛け、大勢の無辜の民を救った。
――――愛するブリテンの民を手に掛けるその所業に、心を痛めながら。
そして。
「別れよう」
「え……?」
既に結婚して、ディアという子供も出来ていた時に唐突に告げられた別れ。
当然リコリスは納得できるはずもない。
だが。
「すまない、駄目なんだ。僕は、僕は――この国を救いたい。
この国を、一つの形に戻してあげたい。
同じ国民同士が憎み合うなんて間違っている。
そして、その理想に突き進めば、君たちを巻き込んでしまう。愛する家族を、苦しめてしまう」
この時には、彼は既に覚悟を決めていた。
たとえ何を犠牲にしようとも走り抜けると。
必ずこの国を救うと。
だから。
でも。
せめて、妻と子だけは巻き込みたくない。
失うことは痛い。
絶対に嫌だ。
友でさえ身を裂かれるような思いだったのだ。
何度も吐いたし、何度も泣いた。
だから、せめて家族だけは――
「ばか。私はあなたの妻ですよ。あなたを支えるのは私の役目。
――それとね、先輩。私ね、実はストーカー気味なんですよ?」
そう言って抱きしめてくれたぬくもりを、ディリアスは一度として忘れたことはない。




