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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第六編 鏖殺の果て
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第三章 円卓の残滓 ――Sirs Camelot―― 2.安堵友介vsディア・アークスメント=モルドレッド

「ええと……あった。これとこれか……丁寧に置いといてくれて助かったな。さすが英雄様。人の物を預かった時の対応がきちんとしてる」


 道中、騎士を一人脅迫し得物がどこにあるのかを聞き出した友介は、彼をトイレの個室に押し込んだのち、敵の騎士に見つからぬよう細心の注意を払いながらこの物置部屋にやって来ていた。

 騎士の話によるとこの部屋はテロリストから押収した武器や兵器、聖遺物を保管管理しておく部屋らしい。視界いっぱいに広がる重火器や刀剣の類に少し興味を引かれ、適当に物色し始めた。


「なんだこれ……指向性の……なんだ、バズーカか? つぅーか、この国のテロリスト、装備が物騒だな。なんでバズーカ持ちながら入国できたんだよ」


 既に己の得物を見つけだした友介は、現在部屋の物色を行っていた。ロケットランチャーやバズーカ砲、アンチマテリアルライフルや機関銃、ショットガンなど、様々な兵器を手に取っては、首をひねって放り投げていた。

 そうして無駄な時間を過ごしていた時だった。

 ふと手に取ったそれは、サブマシンガンだった。


「こいつは……使えるかもな。持ち運び楽だし」


 安易な理由で手に取り、構える友介。

 適当にいじり、引き金を引くと、凄まじい反動と共に弾丸が射出された。壁に立てかけてあった物品が次々と破壊され、引き金から指を放した頃には床に鉄屑が散らばっていた。


「……いらん」


 友介は崩呪の眼でサブマシンガンを塵屑レベルまで解体した。ここまで解体すれば、誤射の心配もないだろう。

 空気に溶けて消えるサブマシンガンから視線を外し、再度部屋の中を見渡すが、やはり役に立ちそうなものは見つからず、


「行くか」


 そう呟いて出口へと向かった。

 ベルトに漆黒の拳銃と純白の拳銃を差し、今後の方針を考える。

 フードの男は塔に行けと言っていた。アリアから聞いた話も鑑みると、やはりひとまずの方針として、安直ではあるがこの城において最も標高の高い位置に向かうべきであろう。


 ただ、この城に運び込まれる際、彼は気絶しており、キャメロット城の作りついて、外観すら友介は把握していない。

 どこに向かうべきか、どう進むべきか分からない以上、安易に動き回るのは危険であり、ならばもう少しこの場に留まっておくべきではあるだろう。

 そう思い足を止めて、


(いや、ググれば早いな)


 気付き、ポケットからスマホを出した。魔術圏の施設とはいえ、ノースブリテンの国民達の様子を見るに南北の住民たちの行き来は緩そうに見える。となれば、キャメロット城撮影してブログにアップしている科学圏の住人がいてもおかしくないとは思い、ネットを開いたのだが……


「ぶっ壊れてやがる」


 戦闘の影響か、あるいは寝ている時に踏んでしまったのか、手に取ったスマートホンは画面が割れ、中の回路が露出していた。


「ちッ」


 舌打ちを一つして、スマホを背後に投げる。地面に叩き付けられたそれは、心地のいい破砕音と共に砕けた。

 もはや地道に情報を集めるしか方法は残されていない。

 気を引き締め、扉を開けて廊下に出ようと一歩踏み出した。


 そして――。



「手を上げろッ! ここはキャメロット城! 貴様は既に包囲されているっ!」



 五十人近い騎士が、剣を構えて友介を出迎えた。

 廊下にて所狭しと剣を構えて立つ騎士たちは、友介を中心に半円を描くように取り囲んでいる。


「…………………………………………………………………………………………………………」

「抵抗しても無駄だぞ。この近くにはモルドレッド卿の私室がある。万が一我々を全て下したところで、すぐ近くにいるモルドレッド卿がお前を討ち取ることだろう。命が惜しくば降伏しろッ!」


 考えれば当たり前のことだった。

 たとえ己の居場所を知っているであろう騎士を縛り上げて隠したところで、部屋の中でサブマシンガンを乱射すれば音で気付かれる。

 彼は言葉に出来ぬ微妙な感想を胸に抱き、左右をちら、ちらと一瞥した後、一言。


「悪い、邪魔だから落ちてくれ」


 そう言って、物置部屋へと一歩下がり拳銃を抜き放って床を穿った。そこは崩呪の眼により黒点が生み出された場所。

 急所たる黒点を貫かれ、床――否、友介の視界に映る廊下の全てが崩落した。


「ああああああああああああああああああああッ!」

「貴様ッ! よくも、よくもォッ!」

「退避――――ッ! 総員退避だ――――――――ッッ!」


 阿鼻叫喚の悲鳴を聞きながら、友介はため息を吐いて扉を閉めた。


「幸先が悪いな」


 そう言って扉に背を向け、反対側の壁へ向かって歩き出した。もはや廊下は陥没し利用できない。よって、壁をぶち抜いて隣の部屋へ移動しようと考えたのだ。

 黒点を生み出し、軽く小突いて傷をつけ、壁を破壊する。硝子が割れるが如き破砕音が広がり、その奥に豪奢な意匠の大部屋が見えた。

 友介は特に何も考えず後頭部を掻きながら大部屋へと一歩踏み出して――



「おいおい、日本人のノックは豪快だな」



 聞き覚えのある声が、友介の耳朶を叩いた。


「……ッ」


 素早く腰から拳銃を抜き放ち、遊底を引く。声のした方向へと視線を向け、敵の姿をその視界に収めた。

 部屋の中央。

 棚の上の装飾品や、壁に掛けられた芸術作品が彩る部屋のちょうど真ん中。

 読んでいた本を机の上に置き、大剣を床に突き刺し杖のようにして椅子から立ち上がる少年の姿を見た。


 黒のメッシュの入った長い金髪を後ろで纏めている。胸の中にある苛立ちを隠そうともしない表情に、着崩した白い騎士服。

 不真面目で粗暴な印象を与えてくるその少年は、


「ここに来たってことは、父さんに反逆すると、刃を向けると……そう言うわけだ。なら名乗ってやるよ。取るに足らねえテロリストなら別だが、俺たち円卓の騎士に楯突くってんなら、騎士たる者の礼儀として名を明かす必要があるからな」


 立ち上がり、大剣を肩に担いで吐き捨てるように彼は告げる。


「円卓の残滓(サーズ・キャメロット)、モルドレッド卿が名を賜りし叛逆の(ともがら)。ディア・アークスメント=モルドレッドだ。名乗れ。命を狩る者として、その名を永劫忘れぬという誓いを立てよう」

「――――」


 見た目や態度に反して、彼の騎士としての姿勢は本物であった。友介はディアの騎士としての在り方に敬意を払い自らも名乗る。


「安堵友介だ。そこを退()け」


 友介の言葉を、しかしディアは断固として無視した。

 当然だ。これは口上――聞く必要など微塵もなく、その行く先は戦いの果てにしかない。

 つまり。


「行くぞ、アンド。騎士として、故国を守るためその首を落としてやるよッ!」


 勝者こそが正義。

 国崩しが始まった。


☆ ☆ ☆


 一瞬にして自らの立つ位置、そして周囲の状況を確認する。

 二十メートル四方の大きな空間。壁際にはタンスなどもあり、部屋の中央にはテーブル。その奥にはベッドがあり、ここが私室なのだと分かる。


(そう言えばあの兵士たちが近くにこいつの私室があるとか言ってたな。まさかハズレを引くとは思ってなかったが)


 さらに天井へと目を向ける。どういう贅沢かシャンデリアが五つ。ディアの頭上と、さらに四つのシャンデリアが四方等間隔――つまり十字型に並んでいた。その内の一つは友介とディアのちょうど中間地点に当たる地点の上方、その天井にある。

 全ての確認を終え――、


 初手。

 ディア・アークスメント=モルドレッドは大剣を担いで一直線に駆け出し、安堵友介は右手の拳銃でもってディアに牽制の銃弾をばら撒いた。


「はあ? そんなもんが聞くかよボケがッ!」


 三発の弾丸。どれも狙いを絞らず、ディアの胴全体を的とした乱雑な射撃である。ジャイロ回転を伴って飛翔する弾丸は、しかし軽々と振り回された大剣によって全て弾かれた。


「お前に一つ良いことを教えといてやる」


 音速で飛来する弾丸の全てを、たった一本の大剣で叩き落とすその技量、生半可なものではなく、これまで戦ってきたどの敵よりも、彼が体術剣術において秀でている。

 さらにばら撒かれる銃弾を、しかしディアは躱し、あるいは弾いて友介に肉薄した。


「俺ァ宝剣を持ってねえ。このデカブツは、見た目だけのぼんくらだッ! 俺が使うのは体術だけ。良かったな。お前がこれから戦うのは、異能を使えない、体術のみで円卓の座に着いているだけの雑魚だぜッッ!」

「――――っ」


 叫び、懐に入り込んだディアが大剣を横薙ぎに払った。風を巻き上げ放たれる剣閃、その軌道は友介の胴を上下に分かつそれである。

 目の前には勝利を確信したディアの顔。


「そりゃラッキーだ」


 それを、安堵友介は嘲笑った。

 銃口を刃の付け根へと向け、発砲。

 柄を握るディアの手元に衝撃が走り、さらに――


「んぐ……ッ!」


 刃に叩き付けられた鉛玉は跳弾――角度を変え、友介の狙い通りにディアの額目掛けて直進した。

 叛逆の騎士はたまらず首を振り回避。それと共に重心が崩れ、大剣を振る速度が減衰し、さらには狙いまで逸れる。

 結果、一瞬の隙の内に一歩下がった友介にはかすり傷一つ負わすことも出来ず、さらなる追撃を許してしまう。

 左の拳銃にて発砲。その軌道はディアの胸を穿つもの。音速超過で飛ぶそれを、しかしディアは大剣を横へ振って弾く左へ。――が、更に発砲音が続いた。

 狙いは全くの見当違い。右手はあらぬ方向を向き、銃口から立ち昇る硝煙が空しい。

 だが。


(なんだ……?)


 薄笑いを浮かべる友介にディアが困惑していると、金属と金属が超速でぶつかる甲高い音が強く鳴り響き――直後。

 ディアの身体に影が落ちた。


「――、ま、さか……ッ!」


 戦慄を言葉にする時間もなかった。

 確認する暇すら惜しい。

 みるみるうちに面積を広げる陰から逃れようと後方へ大きく跳躍、大剣の腹で体と頭を守るようにしてバックステップで跳ぶ。

 そうして影から抜け出た直後――目で追えぬ速度で落下するシャンデリアがディアの視界を塞いだ。


「こ、の――ッ」


 ディアが悔しげに声を漏らした。


(こいつ、弾を撃って跳弾で……ッッ?)


 友介がやったことは神業という他に言いようのないものだった。

 右眼でディアが銃弾を弾くことを予見していた友介は、狙い違わず予見通りの座標へと銃弾を送り込み、さらに跳弾させて上部のシャンデリアを撃ち抜いたのだ。

 その曲芸まがいの芸当に、ディアは戦慄を禁じ得ない。下らぬ羽虫、凡夫が如き劣等だと見下していたが――この男、舐めていてはこちらが刺される。


 轟音。鼓膜を叩き付けるような破砕音が大部屋を席巻した。シャンデリアが床に激突し、四方八方へとその残骸がまき散らされる。

 指向性の持たない破裂は、手榴弾のそれを想起させた。


「この……人の部屋を荒らしやがって……ッ」

「趣味が悪いからリフォームしてやるよ」


 破砕音の間を縫うようにして、友介の声がディアの耳に届いた。

 そして――硝子の爆発の向こうから、鉛玉が飛来する。


(これが狙いか……小癪なっ!)


 体勢が崩れた所へ次々と飛来する鉛玉。

 数は七。

 しかし。


「聞くかァッ!」


 思考が加速する。

 周囲の景色が純白に塗り潰され、叛逆の騎士の瞳には七つの弾丸しか見えていない。

 ディア・アークスメントという少年は幼少期から特異な体質の持ち主であった。何か一つの物事に取り組むとその瞬間から周囲の音と景色が消し飛ぶ。脳が高速で回転しているかのような感覚を味わい、その瞬間から彼はある種の機械のように淡々とタスクを完了させてしまう。

 要は、ゾーンと呼ばれる一種の極限状態へ簡単に入ってしまうのだ。


 一発目と二発目。ディアの右の太腿と左肩へ飛来する弾丸を逆袈裟の切り上げでもって両断。


 三発目。心臓の中心を狙った弾丸は大剣の柄頭でもって上から下へと叩き落とした。


 四発目――水月へと直進する弾丸。三発目を叩き落とした勢いそのままに再度柄頭で地面へと叩き付ける。


 五発目、六発目。並行してディアの胸へと迫る二発の弾丸を切り払いで弾き――


 七発目、本命。利き腕である右の二の腕を狙ったそれを、ディアは柄を握り右手の力を緩め、左手で刀身を押さえ風車のように回すことで逆手に持ち替えた大剣でもって上下に両断。


 友介が右の『眼』の機能を惜しみなく利用して行ったその連続射撃を、ディアは生身で切り抜けた。


「あん? おい、ふざけんなくそが。どうなってんだッッ?」


 これには友介も瞠目せざるを得ない。

 友介の狙いは極めて簡単であった。シャンデリアを落下させ、敵から視界を奪うと同時にシャンデリアの破砕音に紛れて発砲する。視覚と聴覚を奪うことにより、発砲そのものの知覚を遅らせるというものだった。

 人間にどうにか出来るような攻撃ではなかったはず。

 しかし、ディアは人の域を超えた凄まじい状況認識能力と人外の域に届き得る身体能力でもって押し潰したのだ。

 友介の眼があるわけでもなし、如何にして斯様な芸当を成したのか、友介は刹那の間思考を巡らせ、陳腐な推測を口にする。


「騎士団計画か?」

「ああ? なんだそれ。これはただ単に――」


 仕切り直し。互いに互いの曲芸を見せ合った後の殺し合い。


「体質と鍛錬と……実戦で見に付けたただの勘だッッ!」

「――ちッ。天然モノのバーサーカーかよ」


 シャンデリアを踏み抜いて、友介に肉薄する。

 友介は銃口を下に向け、脚を狙う。だが、いち早くその狙いに気付いたディアは大剣を友介に振るうことはなく。


「――ふっ」


 地面に突き立て、跳躍。柄を持つ右手だけを支えに、大剣の上で倒立した。

 当然銃弾はディアを掠ることもない。


「お前は賊らしく、狡からい手段しか取れねえようだな」

「――うっせえんだよクソガキ」


 友介は頭上にいるディアを見上げようともしない。

 その瞳は、目の前にある大剣に真っ直ぐ向けられている。


「頭から落ちろ」


 大剣に黒点を生み出し、それを打ち抜かんと引き金を絞る。


「させるか!」


 しかし、床に突き立った大剣が突如、九十度その向きを変えた。友介に向けられていた腹が横を向き、刃が正面に立つ友介を見据える。――空中にて、ディアが腕を捻り剣の向きを変えたのだ。


「左右に分かれろ蛮族ッ!」


 ディアの腕がたわみ、大剣に力を込められる。

 銃口を向けていた友介は、すぐさま大剣の刀身を認識から外した。切っ先の突き立った床のたった一ミリ手前に黒点を生み出す。

 そうして跳ね上げられる巨大な刃。股下から頭頂までを斬り裂かんと唸る大剣に、死の気配を感じる。背筋に冷や汗が流れ、悪寒が全身を包んだ。

 だが――。


「掛かったな」


 振り上げられた大剣が床にマーキングされた『急所』――黒点を二つに裂いた直後、地面が破砕、陥没し、友介を左右に裂かんと剣を振ったディアの態勢が僅かに崩れた。


「な、にが――?」


 そしてバランスが崩れたところで大剣の腹を力の限り蹴りつけ軌道を逸らした。


「な、あぁッ?」


 大剣が左に逸れ、友介は難を逃れる。

 対して空中で制動を取っていたディアはバランスを崩し、地面に想いきり叩き付けられた。

 背中を強打し、咳き込むディアに友介は馬乗りになり、銃口を口に突っ込んで動きを止める。


「――ぉ、ぐお……ッ!」

「何言ってるか分からねえから黙れ。余計な事したら撃つからな。大人しく俺の質問に答えろ」

「――――ッ」


 忌々しげに友介を見上げるディアが、ゆっくりと首を縦に振る。


「単刀直入に聞く。カルラはどこだ」


 質問をして、そこで友介は拳銃を口から引き抜いて顎に突き付けた。


「答えろ」


 冷たい声に、ディアの相貌が憎々しげに歪む。――が、すぐに観念して。


「知らねえよ」

「嘘はつくなよ」

「本当に知らねえよ。テメエは、俺が牢屋でその言葉を吐いたのが気になってんだろうが、あれはマーリンから教えてもらった言葉だ。その一言を言えば、お前が動揺するって聞いてな」

「マーリンってのは」

「知るかよ。あいつの素性なんか知ったこっちゃねえ。ただ、ロクでもねえ奴だってのは確かだぜ。神出鬼没。扱う魔術は人心操作だったか。まともな人間じゃねえよありゃ」

「名前は」

「アリア」

「あん?」

「アリア・ハノーバー。連綿と続くイギリス王家の末裔だとか」

「――――ッ」


 その名前に、友介はほんの一瞬だけ表情を曇らせ一人の少女の顔を思い浮かべた。が、すぐに追い出した。

 ここに来て彼女と似た名前の人物が出てくることに一抹の疑念がない訳でもない。だが、あの少女がこんな物騒な連中と関わっているとも思えない。偶然がここまで重なることなどさすがにありえないだろう。

 彼は己の中で完結させ、さらに質問を投げる。


「まあ、そのマーリンってのはどうでも良い。とにかく、お前はカルラの居場所を知らねえんだな」


 友介の再度の問いに、ディアが再度首肯する。

 銃口を突きつけたままの友介はそこで目を細めて、


「そうか。なら――」

「待て。一つ聞かせろ」


 それを途中で遮られた。

 拳銃を顎から離し脚の腱を撃つつもりだったが、ディアの真っ直ぐかつ真剣な瞳を見て、ほんの少しだけ猶予を与えることにした。ピタリと動きを止め、続きを促す。

 ディアは一つ頷いて、


「お前、本当に父さんと戦う気か」

「……父さん……そうか、あいつはお前の父親か。ならつまり、お前は俺があいつを殺すかどうかが心配なわけか?」


 ディリアス・アークスメント=アーサー。

 ディア・アークスメント=モルドレッド。

 顔立ちや器の違いから連想しにくいが、名前からして、おそらくディアはディリアスの息子なのだろう。

 救国の英雄を父に持つ少年。

 つまりは、父が凝らされてしまうのだろうか、という心配。

 そう思い、質問に質問で返した友介だったが。


「ああ? そんなわけあるかよ。いや、まあ、ある意味では正しいか」


 忌々しげにそう吐き捨てると、彼はさらにこう続けた。



「〝あいつをぶっ倒すのは俺だ〟って言ってんだよ」



 友介が訝しむ視線を向けるのも無視して、彼は自らの心を曝け出す。


「あいつは、俺の獲物だ。俺が超える壁だ。それを……どこの馬の骨とも知れねえ賊にやってたまるか。ほんとはもうちょっと待つつもりだったが……そこにお前が現れた。俺たち円卓の騎士たちを相手にして勝だなんてのたまいやがったお前が。なら――」


 そこで彼は、その瞳を一層の炎で照らして、


「その流れに、俺も乗る。お前に協力してやる。円卓の騎士の剣を貸してやる。だから、だから――だから俺を、あのクソ親父と戦わせろッ!」

「――――」


 その剣幕に一瞬だけ気圧され、数秒の間言葉を紡げなかった。

やがて冷静になり、静かな声で再度問う。


「何で俺なんだ。今までだってあの英雄に立ち向かう馬鹿はいただろ」


 その当然の問いに、


「目だよ」


 そう、少年は告げた。

 一瞬、崩呪の眼のことを言っているのかと訝しんだが、そうではないらしい。彼はさらに続ける。


「ああいたよ、確かにいた。俺達の強さと残忍性に気付かず、無謀にも戦いを挑んでくるような馬鹿はな。そんな中で俺よりも強い奴だっていた。お前もその一人だと思ってたけどよ……でも、違うらしい。前は、お前の瞳は奴らと違って狂ってねえ。自分の正しさを信じてやがる。お前は、正気のままにあいつらを相手取ろうとしてる。しかも理由は女を救うためだときた」

「……それで? そんな言葉でお前を信用して仲間にすると思うのかよ」

「今は俺の言葉を信じてもらうしかねえ」

「俺より弱い奴を味方にして何の意味がある」

「……まあ今回は俺の負けだが……でも俺は、奴らの情報を持っている。お前の知り得ない情報を。能力の特性もな」

「…………」


 友介は数秒思案し、


「いや、やっぱりお前は信用できない。お前がそれに足る理由を俺に見せねえ限り――、」

「騎士の誇りに掛けて、この誓いは破らない」


 しかし、そのどこまでも真っ直ぐな瞳に射抜かれ、揺らぐ。

 この少年は敵だ。信用するには値しない。今すぐに何かを用意できるわけでもなく、情報を与えるとは言っても、それが嘘だとは限らない。

 しかし――


(いれば役に立つのも事実、か……)


 情報に関しては己で見極めればいい。

 裏切る可能性があるのなら、常に一定の距離を開けておき、ディアに先行させておけばいい。

 何よりも、父を超えたいと告げたあの瞳に、嘘はなかったように思う。

 それに、彼は己を騎士だと言った。粗暴で荒々しい性格をしているものの、騎士としての己に誇りを持っていることに否はないと見える。


 そして、結局。


「――分かった」

「え、じゃあ……!」


 友介の声を聞いた瞬間に、顔を喜色の色に染めた彼を見て、友介は決断する。


「別にお前を信用したわけじゃねえけど、肉の盾くらいには使ってやる。円卓の騎士を倒すのに協力しろ。――救国の英雄はお前にくれてやるよ」


 友介はそもそもディリアスと戦うことは望んでいない。敵が強大であることもその理由であるが、何よりも戦闘そのものを減らすべきであるからだ。

 顎から拳銃を離しつつも銃口は突きつけたまま、友介はゆっくりと立ち上がり、ディアを戒めから解放する。

 立てと促し、大剣を拾わせる。


「そんじゃあ行くぞ。お前もカルラの居場所を知らねえようだし、とりあえずいそうな所から進んで行こう。安直だが、この城で最も高い位置に向かうぞ」

「ケッ、本当に安直だな。よくそれで脱獄しようと思ったもんだ」

「ほっとけ」

「――こっちだ、付いて来い」


 ディアを先導させ大部屋を後にする。

 心強いのか、あるいは自らを滅ぼす毒になるのかはまだ分からぬが、ひとまず状況が進展したと考えることにした。


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