追憶二
――ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
――生まれてきてごめんなさい。
――死ぬことも出来なくてごめんなさい。
――みっともなく泣いてごめんなさい。
――息をしてごめんなさい。
――心を持ってごめんなさい。
――幸せを感じて、ごめんなさい。
☆ ☆ ☆
風代カルラは、兄と共に楽園教会に拾われた。
その当時から既に、ジークハイル以外の枢機卿が揃っており、その在り方は今の楽園教会とそう変わらないものだった。
「君が、あの街で『彼』に拾われたという、騎士の卵かね?」
最初にそう問いかけてきたのは、緩やかな笑みを浮かべる美丈夫であった。端正な顔立ちや品のある佇まい、染み一つない純白の軍服に――圧倒的なまでの覇気。
彼は、あらゆる全てを持っているような男であった。
「そうか。君はそうした機能を持っていないのだったか。これはまたどうしたものか」
困ったな、などと見た目の印象からはかけ離れた言葉を吐く男に、別の声が掛かった。
「ククク……きひっ、アハハハ、おいおい、統神様ともあろうお方が、子供のお守り一つできやしねえってのかい? カカカカカッ、こいつァ滑稽だねえ。いやいや、まるでコメディ映画でも見てる気分だよ」
「まあそう言うな、デモニア。俺自身思うところがあるのだ。あまり傷口を抉ってくれるな」
「カカッ、そいつは悪かった。どうも俺様は、自分より強い奴とか上の奴が何かできないことがあると喜んじまう小物らしいからな」
「貴方は人格さえまともであれば欠点などないだろうに」
「ハッ、欠点のない人間なんざいねえよ。ただ俺様の場合は、ちょっと致命的なだけだよ。ギハハハッ!」
「まあ何でも良い。――それで、デモニア。彼女を任せても良いのかな?」
「おうよ。任せろ任せろ。イイ女に仕上げてやる」
そう言って、カルラはデモニアと名乗る金髪の男に連れられて、一面が純白で覆われた大部屋に通された。
「これ持って入れ」
そう言って渡されたのは、少女の背丈よりもなお長い大太刀であった。少女はそれを躊躇なく手に取る。
ニヤニヤと笑う悪魔の顔を見ても、カルラは何も思わない。無感情に頷いて、染み一つない白の空間へと足を踏み入れた。
窓はない。ただただ、白い壁と床と天井があるだけの空間だった。
ちょっとだけ自分と似ているな、とその部屋を見て何となく思った。
そこに。
『んじゃあ、これより鏖殺の騎士計画……ああいや、騎士団計画か? まあどっちでもいいわ。とにかく実験を始めるぞ。えっと、説明とか注意書きは怠いから読まねえぞ。壊れたらお前の責任な? ちなみに、俺様が楽しみ切る前に壊れやがったら殺してから殺すからな。覚悟しろ。つってもまぁ、なんだ? 最初は戦闘力ゼロの雑魚しか相手にさせねえから心配すんな。思い切って殺せ』
コクリ、と頷いて了承する。そこに、不当に命を奪われるかもしれないという事実に対する嫌悪や忌避は、欠片として存在していない。
その様子をモニター越しに見ていたデモニアが、喜悦に染まった邪悪な笑みをさらに深めて、
『じゃ、行くぜ。実験スタートだ』
そうして、カルラの正面の壁が左右に開いて、十人近い『少女』が現れた。
『お前にやってもらうことは一つだ。
――殺せ。殺して殺して殺し尽くせ。
そいつらはお前の首を狙い、お前を殺そうとする。お前はその殺意の全てを受けながら、全員の首を斬るか心臓を穿つか脳を潰すかして自分の身を守れ。以上。
全員殺せたら出してやるよ』
それに、風代カルラは――
「はい」
そう、逡巡の迷いなく返答した。
そうして彼はモニターの電源を切った。
今回の場合、殺しそのものは特に面白くない。重要なのは殺した後だ。
彼は己の思い描いた結末を夢想して、その救いのなさにゲラゲラと品のない笑いを上げる。
騎士団計画。
超人を生み出すその計画の内容は、救いのないほどのシンプルなものであった。
極度のストレス環境下の中で無数の人間の殺意をその身に浴び続け、その全てを返り討ちにすることによって脳の未開拓域を覚醒させ、超人を生み出すというもの。
つまり、人体実験である。
それも、この世で最も邪悪な人体実験。――向かってくる大勢の人間を殺すことで力を手に入れるというものだった。
そして風代カルラは、その中心にいたのだ。
被害者としてではなく、加害者として。
『――――ッ!』
十人の少女たちが各々剣や銃を持ってカルラに襲い掛かる。
赤髪の少女は。
「ん」
まず、最初に向かってきた少女の首を刈った。宙を舞う生首は不思議そうな顔をして、そして静かに瞳孔から光を消した。
さらに来る。
「ん」
心臓を貫いた。
「えいっ」
眼球から刀を突き刺し、脳をぐちゃぐちゃにした。
「てりゃ」
上半身と下半身の二つに分けた。
「うん」
血の雨と骨の霰、肉の雪をその身に浴びながら、少女は無感情に、無表情に、無意識に、向かってくる女の子たちを殺した。
顔が鮮血で赤く染まることも委細構わず、ただ機械的に刀を振り回して命の穂を刈り続けた。
やがて、少女の足元には十の肉塊が転がっていた。
「…………」
扉が開く。
少女は自らが摘んだ命を一瞥もせず、開いた扉から外に出た。
『上出来だ。出ていいぞ。今日はもう部屋で休め。好きにしてていいぞ』
それを聞いて、少女は宛がわれた部屋へと歩き出す。
その心に、小さな棘が刺さったような感覚に疑問を覚えながら。
けれど、少女は何も思わない。
何も、感じていなかった。




