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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第六編 鏖殺の果て
117/220

第二章 騎士と蛮族 ――Reunion and Arrest―― 1.サウスブリテン皇国

 顔に柔らかな熱を感じて、闇の底に落ちていた友介の意識が徐々に浮上する。


「ん……あ、くぁ……ッ、……ここ、は……?」


 身を包むふかふかとした感触に疑問を覚え、起き上がって己が横たわっていたものを見る。可愛らしい花柄のデザインのベッド、そして彼を包んでいたのはピンク色のかけ布団であった。


「……?」

冴え切っていない頭を無理やりに働かせながら、とにかくベッドから降りて部屋の中を見渡す。

 客間なのだろうか、特に嗜好品の類はなかったが、窓を隠すカーテンや部屋の真ん中に置かれたテーブルのデザイン……そうした雰囲気、あるいは匂いから、どこか女の子が暮らしているような印象を受ける空間だ。


「…………なんか、おかしいよな」


 寝ぼけた頭で呟くが、具体的に何がおかしいのかの判断が出来ず、結局そのままベッドの側に置いてあるスリッパをはいて部屋から出ようと歩き出す。

 ドアの前まで行き部屋の部に手を掛けたところで、振り返ってもう一度部屋の中を眺めた。

 カーテンの隙間から部屋に差し込む朝焼けの斜光が、友介が寝ていたベッドへと注がれている。


「……んんんっ?」


 疑問を覚える。

 何か、重大なことを見落としているような……。

 しかし、未だ寝ぼけたままの何を見落としているのか、その推測すらつかない。まあいいか、と心の中で勝手に結論付けて、握っていたドアノブを回そうとしたところで。

 コンコン、とノックの音がして、ドアがひとりでに開いた。


「あのー、まだ寝てますかー?」



 そうして、ドアの向こうから、金色の長髪と緑色の瞳を持つ愛らしい容姿の女の子が。

 つい最近ライブを見に行ったアイドル、春日井・H・アリアと瓜二つの少女が現れた。



「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あ?」


 春日井アリアが、目の前にいた。


「え、は、は?」

「はい? どうかしましたか?」

「…………いや、えっと、え? え?」


 そのありえない光景を目にした瞬間、友介の脳が、覚醒状態に入った。

 これまで出会ってきた数多の超常現象のどれよりも現実味のない目の前の景色は、土御門狩真の染色よりもなお友介の脳に驚愕を与えた。


(待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て! なんだこれ? 何が起きた一体ッ?)


 混乱の境地に立たされている友介だが、目の前の少女は首を傾げて友介の反応を不思議がっているだけで、特に驚いた様子も、動揺した様子もなかった。

 そして無駄にプライドの高い友介はここで動揺して情けのない声を上げて醜態を晒すことを嫌い、叫び出しそうになる衝動を必死に抑えた。


「…………なんじゃこりゃ…………」


 叫び出しはしなったが、目の前に立つ春日井アリア似のそっくりさんにすら聞こえないような小声で、叫びたいその一言を呟いた。


「? あの、今何か言いかけましたか?」

「いや、大丈夫だ。大丈夫……大丈夫だ、俺は冷静だ………………って、そんなわけあるかボケェッ!」

「きゃっ!」


 結局叫んでしまった。


「あ、すいません」


 突然大きな声を上げた友介に、アリア似のそっくりさんを怖がらせてしまい、友介は反射的に謝ってしまった。

 人生初の乗りツッコミは上手くいかなかったようである。


「いえいえ、大丈夫ですよっ」

「あ、ありがとうございます」


 友介の謝罪に、アリア似のそっくりさんが笑顔を返す。恥ずかしい所を見られた友介は、羞恥に若干顔を赤くしていた。


「あの、その……すいません。とにかく、俺が今どういう状況下なのかだけ教えてもらって良いですか?」

「あ、ああ! そうですよね! 起きて他人の家にいたらびっくりしますよね! 分かりました! じゃあ、リビングに案内するんで着いて来てください」


 そうして、友介は春日井アリアのそっくりさんに付いて行った。


「それにしても似てるな」

「はい? 何か言いました?」

「いや、こっちの話っす」



☆ ☆ ☆


 リビングに通された友介は席に着き、出されたコーヒーを飲んでいた。

 先ほど友介が寝かされていた部屋と同じく、リビングもまた女の子らしい雰囲気のものだった。家具や調度品、小物などに気が使われており、友介に手渡されたマグカップもまた花柄のデザインであった。


「ここ、ハイツですか?」

「はい、そうですよ! 中も素敵ですけど、外から見たこの建物もとても良いんですよ?」

「そうなんですか」


 リビングに通され、かれこれ五分。未だ動揺を落ち着けられず頭の中で『ホワッツ? ホワッツ???』とアメリカンなツッコミを続ける友介は、現状を把握するため、アリア似の少女にまずは簡単な質問をすることにした。と言うわけでハイツ。初対面(?)の女の子の家について尋ねるなど相当危ないのだが、動揺している友介には分からない。


「あ、すいません。俺、安堵友介と言います。多分どっかで倒れてたと思うんですけど、助けていただいてありがとうございます」


 あまりの動揺に、突然自己紹介を始めてしまった。


「いえいえそんな、お礼なんて! こういう時は助け合いですからね! ……ていうか、何でまた自己紹介なんてするんですか? 私たち会ったことありますよね」

「え、」


 おかしな声が出た。


「いや、そのっ、」

「でも、あの時は凛ちゃんとばかり話してので、今回は安堵くんと親交を深めるためにもう一度私も自己紹介しますね」

「え、ちょっ」

「私は春日井・ハノーバー・アリア! アイドルやってるんですよっ!」


 これまで現実逃避を続けていた友介だったが、どうやら受け入れるべき時が来たらしい。

 彼は、アイドルの部屋で寝たのだ。


(――こんな人生のトロフィーいらねえんだけど)


「じゃあ、自己紹介も済んだことですし、私から軽く説明しますね」

「あ、ども、ありがとうございます」


 アリア似のそっくりさん、もといアリアは、表情をころころと変えながら、友介を拾った時の様子を説明した。

 彼女曰く、友介は街の国境近くの街で倒れていたらしいこと。

 たまたま散歩していた彼女が見つけ、怪我をしていた友介を家に連れ帰って手当てをしてくれたのだとか。

 また、昨夜国境近くで騒ぎがあったことから、何となくだが友介がその犯人だということも分かっているようだった。

 説明を聞き終えた友介は、少し胡散臭いものを見るような視線を対面に座る少女へ向けて、


「つぅーかあなたアイドルじゃないんですか? 俺みたいなテロリストを匿ってどうするんすか」

「いやーまあ、会った時に悪い人じゃないって分かってましたし、なんか理由があってのことだろうから大丈夫かなあって」

「不用心すぎるでしょ」

「あははー、まあ……そこはそこということで」


 照れた笑いをするアリア。そんな笑顔を見ていると、緊張している自分が馬鹿らしくなってきた。

 ライブの時の印象が強かったため少し固くなっていたが、アリアもまた友介と同じただの思春期の子供だ。見た目や雰囲気化の印象からして、同じく高校生だろう。もしかしたらアリアの方が年上かもしれない。

 それでも、アリアは紛れもなく、友介と同じ、普通の高校生だ。

 ただ、彼女は追っている夢がとても大きい。二人の違いなど、その程度のものだ。


「それにしても、ここにも家を持ってたんすね。いつも日本で活動してるけど、実科はこっちなんですか?」

「まあ、そんな感じです。二つの国を行ったり来たり……慣れましたけどね!」


 などと楽しそうに話をするアリア。


「ていうか、あの……今さらですけど、何でさっき突然自己紹介始めたんですか? まさか私のこと覚えてなかったとか……」


 少し悲しそうな声でそう尋ねるアリアに、


「あ、いや。そっくりさんだと思ってたので」

「いや、こんなに顔が一緒なそっくりさんってどう考えてもおかしくないですかッ?」

「似てるなー、って思ってました」

「似てるなー、じゃないですよ! 何よりも先にその可能性に思い当たるって逆に凄いですね……」

「まあ、テンパってたんでね。まさかイギリスまで来て、起きたらアイドルの部屋にいるってどう考えてもおかしいでしょ。まだ顔の似てる別人の方が可能性ありますよ。…………あの、もしかして本当に同姓同名の、同じ顔した別人――」

「ありえません! 私はアリアです! あなたと会ったことのある、本物の春日井アリアです! 必死でアイドルをやってる女の子です!」

「いやでも、もしかしたら、あなたが会ったのって、俺と同じ名前で同じ顔した別人なんじゃ、」

「怖いこと言うのはやめてくださいッッッッッッッ!」

「怒り過ぎですよ」

「ぐぬぬぬぬぬ…………っ!」


 少し雑談をして緊張がほぐれたのか、友介はようやく本調子に戻ってきた。


「それにしても、アイドルっつってもちょろいな」

「聞こえてますからねッッ?」

「冗談ですよ」

「むぅ……まったく……凛ちゃんと一緒にいた時は、もっと優しくてクールな、素敵な方かと思ってましたけど……あなた、意地悪ですね」

「まあ、意地の悪い相棒がいるんでね」

「…………なるほど」

「?」


 一瞬、アリアの声色が変わったような気がした。が、友介は深く考えずに話を続けた。


「あの、ちょっと聞きたいんですけど」

「はい?」

「『塔』って知ってます?」

「塔、ですか……?」


 それは、昨夜の戦いの最後に効いた言葉だ。ローブの男が語ったその場所に、彼女はいるのだと言う。

 とはいえ、アイドルとは言え一般人であるアリアが知っているはずがない。そう、思っていたのだが――


「もしかして『お城』のことと間違えてませんか?」

「お城?」

「はい。円卓の残滓っていう組織が本拠にしてる、ロンドンにある『キャメロット城』です。かつてブリテンに存在していたという、アーサー王のお城を再現してるらしいんですけど……そこに、すっごい高い塔があるんですよ」

「独立して?」

「うーん、ちょっと違いますね! お城の造りが、いくつもの塔をくっつけたみたいなデザインで、その中にもひときわ高い塔があるので、その事かなあって思ったんですけど、違いました……?」

「いや、『塔』としか聞かされてなくて……」

「うーん……」


 友介の返答に、アリアは神妙な顔つきになって、


「それ、誰が言ったんですか?」

「いや、良く知らない人っすね……金髪の、やつれた男です」

「――――……なんで……?」

「はい? どうかしました?」

「あ、いえ! 大丈夫ですよ、こっちの話なので!」


 どこか黒い色を含む表情に気付いた友介だったが、特に口を出す気もなかった。知り合いだったのかもしれないが、個人の事情に深く突っ込むべきではないだろうと考え、特に深入りはしない。


「さて、んじゃあ、もう行きますね。お世話になりました。遅くなりましたが、助けてもらってありがとうございます」

「あ、もう行くんですか?」

「はい。急いでるんで」


 コーヒーを飲み干し、一礼してその場を去ろうとする友介。

 身体も痛むところはないし、戦闘になっても十分戦えるだろう。


「そうですか……じゃあ、気を付けて! あ、玄関まで送りますね!」

「最後まで悪いですね」


 玄関で靴を履き、もう一度体が動くことを確かめていると、アリアがちょんちょんと肩を突いてきた。

 不思議に思った友介は振り向くと、


「これ、どうぞ。何をやる気か知らないですけど、あまり無茶したらダメですよ?」

「あ、あの、これ……」


 二丁の拳銃を差し出していた。


「はい。危ないので預かってました。けど、安堵くんのですよね?」

「ええ、まあ。すいません」

「はい。では、改めてお気をつけて」

「はい、何から何まで世話になりました」


 そうして玄関を出ようと一歩を踏み出す前、友介は立ち止まり、思い出したかのようにこんな言葉を溢した。


「そうだ。ライブ良かったですよ。また行きますね」

「え、あ……はい! ありがとうございます! また来てくださいね!」


 そんな何気ない一言を告げて、彼はドアを開けた。

 魔術圏の国へと、彼は一歩踏み出したのだ。


☆ ☆ ☆


「ライブ、かあ……あの人、歌じゃなくてライブを褒めてくれた……ふふっ」


 一人だけの玄関に、そんな声が響いた。


☆ ☆ ☆


 扉を開け、魔術圏の国へと本当の意味で足を踏み入れた。

 その瞬間に飛び込んできた光景を、彼は絶対に忘れないだろう。


「なんだ、これ……。すっげえな……」


 敵地であるというのに感嘆の声を漏らさずにはいられなかった。

 アーチを描く水流や空を飛ぶ絨毯や箒に乗った人々、空中を浮遊する半透明の花が、ここが魔術によって生活が支えられている世界であるということをまざまざと見せつけていた。

 嘴に紙を加えたフクロウやカラスがせわしなく空を飛び交っている。中には大きな荷物を持った大鳥もいた。おそらく魔術圏では、郵便や配達はあのように鳥を使って行われているのだろう。


「これが、魔術圏……」


 小さく呟いて、ゆっくりと歩き出した。

 街並みは科学圏のノースブリテンとそう変わらない。レンガ造りの街並みは風情が漂っており、心を僅かに弾ませてくる。


 だが、この街はあちらよりもなお、特別感があった。

 ノースブリテンが外国に来たという感覚を与えてくるのに対し、サウスブリテンは異世界に迷い込んだかのような錯覚を覚えさせてくる。

 夢と魔法の世界、という言葉が当てはまる。

 街のあちらこちらで魔術が飛び交っている。

 街には電線などもなく、物と物は浮遊して交換されている。


「つーかあれ、事故らねえのか?」


 街を簡単に見渡した後、もう一度空を見上げ、飛び交う絨毯と箒、そして鳥たちの動きを観察する。

 どうやら空にも道路のような『区切り』があるようで、地面から絨毯、箒、鳥という順番で飛ぶことの出来る標高が決まっているようだった。

 一つの区切りにおける標高の高さはおおよそ二十メートルで、その空域においてもまた飛行するルートが標高によって四つの層に分けられているように見える。

 飛行ルートは碁盤型に斜線を引いた図形だ。おそらくは、東西南北に北東、南東、南西、北西方向を加えた八方向に区切られている。四層の区切り方はそれぞれ、南北方向が最下層、その上が東西方向、次に南西北東、そして一番高い場所が南東北西である。

 進行方向を変えたい場合は、決められたポイントで停止し、上下の層へ移動しなければならないようだ。

 空は混雑としているが、しかしそうした取り決めによって事故が起きる気配は全くなかった。三次元的に入り組んだ複雑な空を、皆が皆ルールを守って快適に飛行している。


「これが、魔術圏か……」


 その常識を遥かに超えた光景に、感嘆の念を隠さずにはいられない。

 生まれて初めて足を踏み入れた魔術圏の国には、友介のような捻くれた性格の少年でも幾ばくかの感動を覚えずにはいられなかった。


 とは言えいつまでも見惚れているわけにもいかない。

 目下の目的地はキャメロット城。

 カルラに関する情報が一つとして存在しない今、手段を選んでいる時間はない。敵の本拠地に乗り込み情報を盗み、カルラの居場所を探る。


 円卓の残滓がカルラ誘拐に関わっているのかすらも不透明なまま、彼らと敵対するような行為を取るのは危険極まりないが、背に腹は代えられない。

 一秒でも早くロンドンへ入り、円卓の残滓に気付かれぬまま情報を盗み取らなければ――、



「さすがは蛮族。考えが狡からく浅はかですね。甘い。考えが足りないというよりも、何も考えていないようだ」



 しかし――。


「――――ッ、な……っ」


 声は背後から。

 多くの人が行き交う道の真ん中に、その女は立っていた。

 一人だけ、纏う空気が異なり、出で立ちそのものもまた奇異であった。

 白い騎士服に身を包んだ、三十代後半くらいの西洋人の女。赤い長髪の上に羽根付き帽子を被り、どこか海軍の将校を思わせる風貌だ。腰には赤く輝く両手剣が提げられている。


 その印象は、まさしく国を守る騎士。


 彼女は片手をそっと愛剣に添えると、大きく息を吸い込み、こう言い放った。


「皆さま! 私は『円卓の残滓(サーズ・キャメロット)』において『ガウェイン』の名を冠する円卓の騎士――ボニー・コースター=ガウェインでございますッ! これよりテロリストとの戦闘に入りますが、皆さまどうか落ち着いてください! すぐに政府の者がおりますので、指示に従って避難を! ここはもうすぐ戦場となりますので!」


 大きく張り上げられた声を聞いた住民たちが、恐怖と困惑の声を上げながらも、パニックを起こさずに避難していく。

 テロリストがいると言われてのこの落ち着きよう。それはおそらく、目の前に立つこの女に原因があるのだろう。


「テロリストだってッ?」

「でも円卓の騎士様が来たから大丈夫ですきっと!」

「ママぁ! あれガウェイン様だよ! もっと見たい!」

「ボニー・コースター様が来たからには安心だ……」


 絶対的な支持。圧倒的な人気と、国民から寄せられる信頼と憧憬の声。

 つまり、円卓の騎士に任せておけば安心だという、絶大なカリスマ故だ。


「では、その身柄、拘束させていただきます。少し手荒になりますがご勘弁を」

「テメエ……ッ」

「そのような顔をされるいわれはないはずですが。私は国家最高軍事機関『円卓の残滓(サーズ・キャメロット)』の騎士。国を守るがその使命。あなたのようなテロリストから国民を守ることこそが私の仕事です。賊には分からぬでしょうが、誰かを守る仕事というのは良いものですよ?」

「だろうな。よく分かるよ」

「ほう」


 ボニー・コースターは整った顔立ちに興味深げな笑みを浮かべ、小さく息を吐く。


「なるほど。見た目……というよりも、目つきから、あなたをただの外道と判断してしまいましたが、考えを訂正しましょう。幾分、騎士道の心得はあるようです」


 そう言うと、女は腰に提げた剣を掴み――抜剣。赤く輝く刀身は反り返った湾刀型。細く長いその片刃の剣は、サーベルか。朝焼けを照り返す美しさと苛烈さを孕んだその剣を構える。


「ハッ、騎士道だ? そんな大層なもんは持ち合わせてねえよ。ただ俺は、クソ下らねえこの世界にうんざりしてるだけだ。おいババア、テメエもまた俺の道を阻むってんなら――容赦なく撃ち砕くぞ」


 悪人面をさらに歪め、腰のベルトに差した二丁の拳銃を手に取る。リストバンド型のホルスターに弾倉が装備されていることを改めて確認し、左右の得物の遊底(スライド)を引いて発射準備を終えた。

 人が消えた街の中、少年と女が対峙する。


「ふふ、一つ忠告しておきましょう、少年」

「あん?」

「――女性と接する際は、歳に関係なく礼節を重んじるものですよ?」


 そう、穏やかな笑みで告げた直後。


「遊びはありません。あのお方の理想のため、私は全力で職務に取り組むとしましょう」


 ボニー・コースターは身体を半身にして腰を深く落とし、赤剣の切っ先を背後を向けた。まるで居合のような構えを前に、友介が訝しんでいると、



「〝宝剣解放〟――()を摂れ『加護与えし陽剣(ガラティーン)』」



 女騎士の姿が、消えた。


「な、どこに消えやが――ぐヴぉあ、がぁっ……ッっ?」


 その直後に、水月を中心に、凄まじい衝撃が体内に伝わった。


「――遅いですね、少年」

「テ、メエ……ッ」


 目線を懐へと向ければ、そこには柄を鳩尾に叩き付けるボニー・コースターの姿があった。腰を低く屈めたまま、前髪の隙間からじろりと友介の瞳を射抜く。


「まだです」

「させるかボケがぁッ!」


 飛びかける意識を無理やりに手繰り寄せ、踏み外しかけて足を地面に叩き付けた。

 話しかけた拳銃を握り直し、目の前の女へ銃弾を叩き込もうと腕を走らせるが――、


「ですから、遅いと」


 しかし友介が何かするよりも速く、その黒い瞳に赤い三条の軌跡が焼き付き、脇腹、大腿、水月へとさらに三度の打撃を叩き込まれた。

 今度こそ完全に体が宙を浮き、背中から地面に叩き付けられる。


「づぁっ、ァアアアッ!」


 激痛に脳がショートを起こすも、痛みにはある程度慣れている。友介は朦朧とする意識の中、記憶と方向感覚を頼りに、先ほど女騎士が立っていた場所へと銃弾を叩き込む。


「ふっ!」


 しかし、その全てが躱され、あるいは宝剣に弾かれてしまう。

 たった数メートルの距離からの射撃を全て捌いたその度量に、戦慄を禁じ得ない。


(でもよ、これならどうだ……ッ!)


 しかし、安堵友介には切り札がある。

 染色という名の、切り札が。


「ぶっ潰してやる……ッ!」


 しかし――


「いえ、させません」


 水月へ、三撃目の打撃が加えられた。


「が……っッ」


 柄の端を使用した渾身の打撃が突き刺さり、体内で凄まじい音が鳴り響く。まるで波紋が広がり蠕動しているかと思うほどの衝撃が走り抜けた。

 手も足も出せぬまま、描画師の少年は『騎士』に討ち取られた。


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