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Rule of Scramble  作者: こーたろー
第六編 鏖殺の果て
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第一章 入国審査は時に過剰に ――Illegal Entry―― 2.ペンダント

 痣波蜜希がプログラムした自動操縦に従って、小さなジェット機が空を飛んでいた。

 座標は既にロシアを抜け、もう半国もせぬ内にサウスブリテンを抜けようとしている。

 その航空機の中、安堵友介はシートに腰を預け、右手を天井に掲げて手の中にある物を切なげな瞳で眺めていた。




『これ、渡しとくね、友介』


 出発の直前、杏里にカルラを探しに行くと伝えた際、そう言って彼女はこのロケットペンダントを友介に渡したのだ。

 薄い青色をベースに、赤色のラインが所々に入っており、各所に彫られた模様のデザインがとても可愛らしかった。

 家に置いていた可愛らしいそれを、母に頼んで譲ってもらったらしい。


『カルラちゃんに渡してあげて』 

『なんで入院中なのにそんなもん持ってんだよ』

『さっきお母さんに持ってきてもらったの』

『なるほどな』


 ベッドの上で寝込みながら笑って、彼女はペンダントを友介に渡す。


『これ、ほんとは友介に上げるつもりだったんだけど、どうせ友介、中身見たらカルラちゃんに上げると思ったから、やっぱりカルラちゃんに上げることにする』

『そうか。……中、見て良いか?』

『……ううん、だめ。カルラちゃんが良いって言ったら見てもいいよ』

『……そうか』


 そう言って、友介はペンダントをポケットに仕舞った。




 ふぅ、と息をつき、友介は一度ゆっくりと目を閉じた。


「蜜希」

「え、えと、は、はいっ!」

「声裏返るほど緊張すんなよ。……すまん、これ、お前に預けといていいか?」

「えと、これ、は……?」

「大切なもんだ。戦いになったら壊れるかもしれねえから、お前が持っててくれ」

「あ、そ、そそ、そういう、こと……」

「ああ。あと、すまん。中は見ないでくれ」

「……うん、分かった」


 頷く蜜希を見て、友介は己の席へ戻った。

 そうして、再び瞼を閉じる。

 機体が着陸準備をしているのだろうか、身体にGがかかり、窓から見える外の景色が少し傾いた。

 サウスブリテンは、既に彼の視界にあった。


☆ ☆ ☆


 ジェット機は、ノースブリテンにある小さな空港に着陸すると、光鳥感那の内通者と思しき係員たちがやって来て、友介達を外へ出してくれた。

 四人が外へ出ると、三十年前から変わらない、風情あるブリテンの街並みが彼らを迎えてくれた。


「綺麗だね」

「う、うん……」


 草次の呟きに、蜜希が返事を返すも、それ以上言葉が続くことはなかった。

 その理由は単純なものだ。

 ――ここにカルラがいれば。

 四人の全員がそう思っているからこそ、今はブリテンの景色を楽しむ気になれない。

 あの口の悪い少女がいて、はじめて彼ら五人はグレゴリオになれる。この景色を、心の底から楽しめるのだろう。


 けれど今は、そのカルラはいない。

 いつも友介と喧嘩をしているはずの少女は、楽園教会という強大な組織に囚われているのだ。


「でもまあ、――今度、カルラもいる時にもう一回来たらいいだろ」


 だが、その沈んだ空気を、友介の優しい声が吹き飛ばした。


「きちんとあいつを救って、笑わせて……そんでもう一回ここに来たらいいだろ」

「そう、だよね。うん、友介くんの言う通りだ! 俺達四人でカルラちゃんを助けて、みんなでまた来よう!」

「う、うん……今度は、みんなで笑おうねっ」

「まあ、そうだな。いい加減仕事ばかりというのも疲労が溜まるしな」


 草次、蜜希、千矢が口々に同意する。


「んじゃ、行くか。ひとまず休憩だ。作戦は伝えた通りだ。ここノースブリテンに正規入国してから、深夜に陸続きの国境を抜けてサウスブリテンに入る。戦闘は極力避けるようにする。――これで良いか?」

「大丈夫だよ」

「よし。それともう一つ、既に向こうは俺達に気付いているはずだ。楽園教会はもちろん、おそらく円卓の残滓(サーズ・キャメロット)も立ちはだかるだろうから、くれぐれも無理はすんな」


 レンガ造りの街並みを歩き、先んじて光鳥が予約を済ませているホテルへと向かう四人。ひとまず作戦決行の深夜まで、長旅で疲れた体を癒す予定だ。


「あ」


 街の喧騒を流し聞いていた友介だったが、草次がふと何かに気が付いたかのように声を上げた。


「どうした?」

「いや、なんかさ……うーん、なんだろ」

「いや、何だよ」


 突然声を上げた草次に友介が質問をするも、草次はよく分からない唸り声を出すだけで、一向に応えようとしなかった。

 うんうんと唸り続けている様子を見るに、どうやら思ったことを言語化できないようで、茶髪の少年は体をくねくねと降りながら言葉を探し続けていた。


「あ、わ、わかった……」


 ぽんっ、と手のひらを拳で軽く叩いて声を上げたのは、草次ではなく蜜希であった。

 未だにうんうんと唸る草次を放って、友介と千矢の視線が蜜希に集まると、彼女は恥ずかしそうに顔を赤くしながらもしっかりとした口調で答えた。


「た、たたた、たぶ、ん……その、えっと……みんなが、すごく、元気がいいから、それが不思議なんじゃない、かな……」

「元気だあ?」


 何を当たり前のことを言っているのかと友介が首を傾げていると、草次が「そうそう!」とうるさい声で同意をしてきた。


「なんかさ、みんなすごく、目が生きてね?」

「何言ってんだお前」

「いや、何でそんなに辛辣なのッ? ……ええっと、だね……そう、なんか、みんな戦時中だっていうのに、命の心配をしてないっていうか……」

「なんか、その、戦争中って感じがしないよ、ね……」


 言われて、友介達も気が付いた。

 確かに、街を歩く人たちに覚悟や強がりのようなものは見えなかった。子供を連れた女性は子が健やかに成長することを信じて疑っていないように笑顔を浮かべているし、商売をしているガタイの良いオヤジもニカリと爽やかな笑みを浮かべていた。

 右耳に付けているインカム型翻訳機が拾っている言葉も、明るい会話ばかりであった。


「ねえねえ! ママ! ぼくね、騎士サマになりたい!」

「こらこら、危ないからいけません」

「へいへい、今からどっかでランチでもどうかな」

「えっくすかりばー!」

「ばっかでー! えっくするかりばーじゃないようだ! えくすがりばーだぜ!」

「へいらっしゃい! 今日は良い魚が入ってるよ! ほらほら、そこの嬢ちゃん、どや、一匹持っていったら。おうおう、もし買うてくれるならおまけしとくで! お、ええんか。自分ええ目しとんなあ。おおきに!」


 どれもこれも、楽しそうな会話ばかりで、中には敵国であるはずのサウスブリテン皇国の『騎士』になりたいと言う子供までいる始末。


「よっ、兄ちゃん! あんたら観光客かい? だったら一度でいいからうちの魚を食ってけ! うまいぞぉ!」

「あ、いやありがとおっちゃん。けどごめん、俺らいま急いでるから……!」


 良い笑顔で魚を進めてくる店主のおっさんに、珍しく草次が押され気味な調子で断っていた。


「確かこの二つの国って元々はイギリスっていう一つの国だったんだよな」

「違うよ友介くん。正式にはグレートブリテンおよび北アイルランド連合おうこごぶっ!」


 殴った。


「黙れ、そんなもん今聞いてねえんだよ。あとうざい」

「君はうざいだろうけど、俺は痛いんだけど……」

「あっそ」


 一言で切って、友介はさらに続ける。


「確かそのイギリスが、『ブリテンの宵闇』っていう内戦で二つに分断したんだろ? なら、両国が憎み合っててもおかしくねえだろ」

「そ、それはね……きっと、サウスブリテン皇国の国家元首のディリアス・アークスメント=アーサーが融和政策を進んで行っているからだと、思う……」


 議会制のノースブリテンとは異なり、サウスブリテン皇国は独裁制である。よって、国の意向は良くも悪くも一人の意志によって決まる。

 ただ、幸運なことにもサウスブリテンの国家元首は北と南、そのどちらも『一つのブリテン』として愛した。それ故に、両国の間で貿易や交流が盛んになり、こうして笑顔が生まれているのだろう。

 魔術圏と科学圏というくくりがある以上、暗黙の了解として大々的に交流を行うことは出来ないのであろうが、しかし個人個人でならば話は別であろう。


 国境の警備は西日本帝国からの派遣であるが故に国の行き来などは難しくとも、不可能ではない。当然厳しい審査はあるものの、正当な理由があれば、国境を越え、隣国へ旅行に行くことだってできるのだ。

 貿易に関しては、両国ともに関税をゼロにするという条約が交わされているほどだ。

 蜜希が五秒で調べたその情報を聞いたりしながら街を歩く。


 やがて駅が見えてきて、切符を買って電車に乗った。

 流れるブリテンの街を見つめていると、先ほどまで四人を包んでいた弛緩した空気が消え、張り詰めたそれになった。街の喧騒から離れ、静かになったことで意識が自然と闘いへと向いたのだろう。

友介は窓から視線を外してそっと目を閉じた。そうして、一人の女の子の顔を思い浮かべて友介は静かに拳を握る。


 時間はあまりない。

 カルラが攫われてから今日ここに来るまでに、既に五日という日数が経っていた。

 楽園教会が何を企み、カルラが何に利用されるのか、そうした必要な情報が全く分かっていない。

 ――もしも、既に彼らの進めている何らかの計画が既に完了していて、もはや手遅れの事態になっていたとしたら……

 そのようなことを考えている場合ではないことは百も承知だ。しかし、何もかもが不鮮明なままの今の状況では、そうした不安を持たずにはいられない。


 それは他の三人も一緒だろう。

 もうすでに手遅れだったら。

 カルラが、もうこの世からいなくなってしまっていたら。


「――っ」


 不安は、負荷となって心に()し掛かる。


(クソ……っ)


 歯を強く噛み、負の連鎖に陥ろうとしていた心を無理やりに奮い立たせた。

 ただでさえ、戦力の差は大きく開いているというのに、気持ちまで劣っていれば、勝利の可能性はゼロになる。

 気合や根性で戦力の開きを詰められるほど戦いは甘くないが、戦力で負けている者が気持ちまで弱いのならば、万が一のチャンスを掴むことすら出来ぬだろう。


 敵は楽園教会。


 そして、円卓の残滓もまた、立ちはだかるだろう。

 サウスブリテン皇国最高軍事機関『円卓の残滓(サーズ・キャメロット)』――彼らが楽園教会の傘下組織である可能性もまた存在するのだから。

 そもそもからして、風代カルラは騎士団計画という計画の被験者であった。

 その内容までは知らされていないが、何がしかの『闇』がそこに存在していたことは確かであろう。


「――――っ」


 そこで、友介はある違和感に気が付いた。


(え……?)


 その違和感は、気付いた瞬間には寒気となって背筋を蟲のように這い上がり、まるで神経をいたぶるかのように全身へ小さな痺れを伝播させていった。



(騎士団計画は、どっち側なんだ……ッ?)



 その、致命的な疑問が、友介の脳を炙っていく。

 風代カルラは科学圏の人間だ。魔術師である川上千矢が、カルラを魔術師と評したことはない。彼女には何か特別な『勘』のようなものがあるのは友介も察しているが、しかしそれは科学の力の延長でしかないと思っていた。


 しかし――

 風代カルラは第一神父ウーノ・カルディナーレ――すなわち楽園教会の枢機卿に数えられている。

 楽園教会が『魔術』の側に属していることは論ずるまでもないだろう。

 ならば、ならば――



(この一連の事件、誰がどこまで、そして何がどう絡み合ってんだ……?)



 風代カルラは楽園教会によって囚われている。彼女は魔術の側の世界から逃げ出してきた。

 だが、彼女が使用する力は魔術ではない。それは科学の域に収まる程度のもの。

 神秘ではなく、現象としての力でしかないように思う。


(あいつなら……)


 ――光鳥感那ならば、何か知っているだろうか。

 あの何もかもを見透かしたかのような女狐ならば、カルラの取りまかれている環境の全てを説明できるのだろうか。

 そう思い、友介はすぐさまスマホで光鳥にメールを送った。


『騎士団計画について教えてくれ』


 返信は五分もせぬ内にやって来た。


「……っ」


 メールを開き、文面に目を通す。

 そして――


「な……ッ」


 その内容に、愕然とした。



『そろそろ来るだろうなって思ったよ。助けるうえで、それくらいは知っておきたかったんでしょ。

 騎士団計画だよね。まあ、僕もそこまで知ってるわけじゃないからさわり程度しか教えられないからそれだけは了承してくれ。


 あれは、五感拡張計画のさらにもう一つ上の計画だよ。


 そうだね、分かりやすく名前を付けるなら『第六感発現計画』とでも言うべきか。

 人間の直感や危機感知能力、果ては超能力というものを戦闘に使えるほどにまで引き上げるための計画だよ。


 そうして生まれた超人たちを集めて、『騎士団』と言う名の最強の軍隊を作るはずだったらしいけど、どうやら失敗したみたいだね。成功したのは二人だけって話だよ。で、その一人がカルラちゃんってことか。


 僕が教えられるのはここまでだから、後は君が見つけてくれー。では僕はそろそろゲームに戻るから』



「――カルラ、お前いったい……」


 何に巻き込まれているんだ? ――驚愕によって、そんな陳腐な問いを口に出すことすら出来なかった。


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