第一章 入国審査は時に過剰に ――Illegal Entry―― 1.ミサと円卓
――――闇に、薄暗い光が灯る。
光は次第にその光量を増し、闇に塗りたくられていた空間を光子でもって塗り変える。人の気配のないその空間に、命の息吹が生まれた。
そこは、広大な部屋であった。
二十平方の空間、その六面の全てがどこか鮮やかな風情を感じさせる黒い壁によって囲まれていた。
まず中央に円卓があった。黒と白、そして灰色のみで造られた気味の悪いマーブル模様の円卓。そして、その円卓を取り囲むように置かれた十の椅子。石で出来たそれらは、幾度も傷つけられ中には半壊している物も見られる。
そして、円卓の置かれた床の北側――そこに、上座があった。上座には色の異なる五つの玉座が鎮座する。
右から黒、紺、銀、赤、そして――円卓と同色のマーブル模様。黒と白、そして灰色のみで構成された、乱雑だがどこか規則性の存在する、薄気味悪い柄である。
そして――
「集まってくれたかな、枢機卿諸君よ」
光だけが灯されたその空間に声が響いた。
艶やかで色気のある男のものだ。ひとたび彼が愛を囁けば意中の女は容易く転ぶであろう魔性の音。
「今日、皆を集めたのは他でもない――『計画』が佳境に入ったことを受け、再度、『役の振り分け』を行おうと思ってね」
柔和な笑みを浮かべそう嘯く銀の長髪を持つ隻眼の男は、コールタール=ゼルフォース。秩序の覇王。圧倒的な最強。世界と宇宙の全てを見渡そうとも、その最強を崩せる概念などいるのだろうか。
コールタールのその甘い美声――それに応えるかのように部屋の中に変化が起きた。
円卓を囲む十の椅子、その内の七つの扉の背後――そこに、煙が如く存在感のあやふやな透明色の扉が浮かび上がったのだ。扉は異空間を経て全く異なる座標と繋がっていたのだろうか――ぎぃ……っ、と軋んだ音を上げて開けられた扉から、この場にいなかったはずの人間――否、偽神が姿を現した。
彼らは枢機卿。楽園教会が十の支柱を担う一騎当千、万夫不当の使徒の群れ。
カツカツと靴音を立てながら各々の席へと向かう七人の描画師。常の如く、いつものように、その歩みには揺るぎない己が込められている。皆が皆、己の在り方を至上とし、故に自信に満ち溢れた足取りであった。
野良の描画師を撃ち破り、咎持つ少女を捕らえたことで己の目的へと一歩近づいた彼らはしかし――その在りようはあくまで『平静』でしかなく、願いに近付いたことに対する喜びや興奮、昂ぶりなどは露ほども持っていない。
そう、彼らはあくまでもいつも通り。
ただしその服装だけは違っていた。
先日渋谷を襲撃した時とは異なり、彼らは皆統一感のある服装に身を包んでいる。
祭服。黒い生地で編まれた儀式用の服である。本来ならば宗教的な意味を持ち、人が神に慈悲を乞うためにあるその正装は、今や神に近しい力を持った者達の纏うただの服以上の意味を持たなかった。そこに高尚な想いも、大層な願いも込められていない。
あるのはただ己という圧倒的な『個』である。
首には皆それぞれ色の異なるストールが掛けられており、その両端がひざ下まで伸びていた。
「クハハッ、ようやっと重い腰を上げたなあ、陛下」
それぞれが己の席に着き最初に声を上げたのは、紫色のストールを首に掛けている白貌の少年――白亜の拳闘士、ジークハイル=グルースだ。
刺青の入った凶悪な頬をさらに邪悪に歪ませ戦いの奴隷は不敵に言葉を紡ぐ。
「あいつが逃げてからどんだけ経ったよ。二年か? それまでよくもまあ俺達を縛ってくれたもんだ。退屈で死にそうだったよ」
「いや、ジークさんはその時団員じゃなかったでしょ?」
「ハハッ、雰囲気作りだよアイドル女」
「アイドル女ってどんなあだ名ですか!」
空飛ぶヘリを拳で殴って墜落させるほどの力を持つジークハイルに的確な指摘をしたのは、表ではアイドルとして活動する春日井アリアである。
彼女は何ら物怖じした様子もなく、己よりも圧倒的な力を誇るはずの怪物へと指を向けながら、
「それにそもそも私ジークさんよりも年上だし、教会に入ったのも早いんですよ! 何で私が敬語使わないとダメなんですかッ?」
「知らね。多分だけど俺より弱いからだろ」
「こ、この……ッ」
たかが二言で言い捨てられアリアのこめかみに青筋が浮くが、ここで殴り合っても自分が痛い目に遭うだけだと理解して渋々矛を収める。口先を尖らせて不満を露わにしつつも、年上のせめてものプライドを守るためにわざと黙った。
「うるさい……」
だが、そんな弛緩した空気を破る声が灰色の髪を持つ少年から発せられる。先日、コールタールがジブリルフォードを下した後、彼の背後に付き従っていたボロボロの服を纏っていた灰色の髪の少年であった。
今の彼は他の枢機卿と同じく祭服を身に纏っており、みすぼらしさは少し軽減されていた。肩に掛けるストールは灰色で、常に連れている子犬は現在彼の隣にはいない。
彼はぼさぼさの前髪の間から、先ほど軽い口論をしていた二人を睨むと、
「良いから黙って。羽虫みたいな汚い声を聞かさないでくれ」
小さな声で、呪詛のようにそう告げた。
その彼の態度にアリアはほんの一瞬だけひるみ、ジークハイルはケラケラと楽しそうに笑った。
「ハハッ、ならやろうや。俺は大歓迎だぜ? お互いまどろっこしいのは抜きにして、勝った方が負けた方の言うことを聞くって感じで」
意味の分からぬ理由で殺し合いをしようと提案するジークハイルを、灰色の髪の少年――『銀狼の手綱』セイス・ヴァン・グレイプニルは一瞥すると、
「…………」
なにも答えず、無言のまま彼から視線を外して提案を撥ね退けた。
挑発することで彼との戦いを演じようと目論んだジークハイルだったのだが、作戦が失敗に終わり残念そうに肩を落とした。
「もう良いか、二人とも」
二人の間に割って入ったのは紅いの髪と黄金の瞳を持つ紅蓮の王、バルトルート・オーバーレイだ。
「陛下の前だ。見苦しい姿を晒すなよ。会議が進まん、黙って聞け」
氷よりもなお冷えた黄金色の瞳を先ほどから口々に喋る同胞たちへ向ける。苛立ちの混じった声が通ると、その場は静かになった。
そう思い、バルトルートが息を吐いた瞬間であった。
「これはまた大きな態度になったなあ、紅蓮焦熱王様。まるで生前のジブリルフォードのようだ」
彼の対面に座る土御門率也の陰気な声がバルトルートの神経を逆撫でした。ほんの一瞬灯った赫怒の炎を一秒もせぬ間に収め、彼はあくまで冷静な態度で対応した。
「何が言いたい?」
「いや、別に。死者に拘ることを私は是とする人間だからな。少し親近感が湧いただけだよ」
「……それは、侮辱か? 皮肉か? いずれにせよ、貴様が、彼を貶めるというのは気に食わん。貴様のような、死者などという終わった者に執着し、下らぬ妄執しか持たぬ愚者が」
「――っ、なるほど」
率也の皮肉に対し、侮辱で返すバルトルート。
直後。率也の黒のストールと、バルトルートの紅蓮のストールがふわりと揺れて。
「――腐り落ちろ」
「――焼き焦げろ」
声が重なり、黄泉の瘴気と地獄の紅蓮が衝突した。
円卓の中心で閃光が瞬き、鼓膜を突き破るかのような爆音が部屋を席巻した。
先んじて衝突の気配を感じていた枢機卿たちは爆発の数瞬前には既に椅子から飛びのいており、円卓に残っているのはそれぞれ魔術を発したバルトルートと率也、そして――。
「カハハ、ハハ。おいおい、テメエら、勝手に二人で盛り上がってんなよ。やるなら俺も混ぜろや」
その二人の中点にて二人の攻撃をそれぞれ片手一本で受け止めた、ジークハイル=グルース。
それまでふざけた態度で話半分にしか会議に参加していなかったジークハイルが、喜悦に顔を歪ませて乗り気になった。
「ふは、カハハ。俺は良いぜ二人とも。神話級の使徒三人、互いが互いの命を奪う殺し合い。楽しそうじゃねえか」
「――チっ」
その提案を受け、先の矛を収めたのは土御門率也であった。
「下らないな。お前たち生者にかかずらっているほど、私は暇ではない」
毛ほどの興味も失せたかのようにバルトルートとジークハイルから視線を切り、上げていた腰を椅子に下ろした。
バルトルートも頭を冷やしたのか、ふぅと一つ息をつくと何事も無かったかのように席に着いた。
残るメンバーも騒ぎが落ち着いたと見て各々席に戻る。
「申し訳ありません、見苦しい所をお見せしてしまいました」
「ちっ……つまんねえの」
バルトルートが頭を下げると、円卓の上で楽しそうに佇んでいたジークハイルが見るからに機嫌を落として席に着いた。
「それで、陛下。その役とは……?」
気を取り直し、バルトルートが逸れていた話を元に戻す。
風代カルラの兄である彼だがその声音にカルラを案じているような色はなかった。
――――それを、十歳くらいの少女は悲しげな瞳で見つめていた。
「そうだな」
問われたコールタールは先までの騒動を何ら気にした風もなく緩やかな笑みを浮かべて返事を返した。このような事は日常茶飯事であるが故、特に気にするほどのことでもないのだろう。
「簡単な話だよ。我々が定めた結末へと、彼ら二人を収束させるための役割だ」
「なるほど、そういう事でしたか。なればその配役とやらを、ぜひお聞かせ願いたいのですが――、」
「やめとけやめとけ。そいつの物語、恥ずかしくて読めたもんじゃねぇからよ」
「――――――――――っ」
軽薄な声が、大部屋に響いた。
まるで金属と金属を擦り合わせたかのような不快な声。耳に入るだけで脳が腐っていくかのような錯覚を覚えるほどの、嫌悪の象徴のような笑いが、七人の枢機卿とコールタールの耳に届いた。
その瞬間、どこからか隠しきれぬほどの憎悪がどこからか漏れたが――しかし、気付いていながらこの場の誰もが無視した。
なぜなら。
「貴方か、デモニア」
「おうよ、久しぶりだねぇ、コール君」
この男に目を付けられてしまえば、人としての尊厳などが芥に思えるほどの絶望が待っているのだろうから。
楽園教会が五の主柱『葬禍王』第二席、『異界卿』デモニア=ブリージア。
第四席の狂人曰く、『この世で最も醜く穢れた魂を持つ』とされた人類最悪の男。
コールタールの背後の闇から姿を現したデモニアはニヤニヤと笑みを溢しながら、コールタールの座る銀の玉座の隣、紺色の玉座に腰かけた。背もたれに腕を乗せ行儀悪く座るデモニア。
手入れの行き届いた長い金髪は首の辺りで縛られている。瞳の色は紺。それも闇に近い濃紺だ。整った容姿をしているが、彼の醜い心象が曝け出された笑みによって醜悪この上ないものとなってしまっている。
纏う服はコールタールが着用している軍服のアナザーカラー。瞳と同じ紺色である。ただしコールタールが軍服をきっちりと着こなしているのに対し、デモニアは所々を改造しなおかつ着崩していた。
「そんで、なんだっけ? 騎士の計画の詳細を詰めてえんだよな」
「そうだ。誰に何をしてもらうか考えていてね」
「あーなるほどぉ、理解理解。ククク……つってもまあ、先に言っといてやる。やめとけコールタール。お前に策謀は合わねえよ。お前は人を背負うことにだけ特化してるからな。人を導くこと、操ることなんて器用なマネ、お前にゃ無理だ」
『統神』とされ、枢機卿からは畏怖と尊敬の対象とされているコールタールへ向かって、デモニアは次々と暴言とも取れる言葉を発する。
それに、幾人の枢機卿が不快げに目元を小さく動かしたが、しかし当のコールタール自身はそれを大したことでもないと言うように笑って受け入れていた。
「なるほど、確かに貴方の言う通りか。ならばここは貴方に任せるとしよう。ただし――」
常と変わらず穏やかな口調だった彼の雰囲気が、ほんの一瞬だけ変化した。
「俺の宝石を弄ぶような真似だけはするな?」
「クククく、クハハハ、ゲハハハハハハハ! ああ、了解りょーかい、分かったよ。約束だ。こいつらは『玩具』には入れねえよ。大人しく俺様の言うこと聞いてりゃ、何もしねえ」
「ならば結構。存分に遊びたまえ」
「お前に言われなくても。クク、クカ、カカカカカカカッ」
ゲラゲラと品のない笑いを上げるデモニアは椅子から立ち上がると円卓に座り、敵意の隠せていない枢機卿たちを睥睨した。
そして――。
「ま、ブリテンを治めてるアリアたんは決定だわな。そんで他のメンツだけど……そうさなあ……うは、ハハハ……ああ、どうしよっか。あは、あははは、どうしたら面白えかなあ。ああ、迷う、迷うなあ……」
指を差された金髪の少女――アイドルとして活動している春日井アリアが不快げに眉を顰めるが、デモニアはどうでもいいと切り捨てる。
子供のように無邪気な笑い声を上げるデモニアの頭の中にあるのは、たった一つ。
「今回はどうやって遊ぼっかなあ……クカッ、カ。カカッ! カカカカカカカカカカッ!」
そうして下卑た哄笑を上げ、これより彼を包むであろう悦楽に酔いながらさらに四人を指名した。
デモニア=ブリージア。
人類最悪の人間と称される彼の座右の銘は。
――この世の全ては我が玩具――。
☆ ☆ ☆
そして。
楽園教会の団員、『枢機卿』と『葬禍王』による集会――ミサと呼ばれるそれを終えた春日井アリアは席を立ち、暗闇の空間に浮かんだ半透明の扉を開けて大部屋から出た。同時、彼女の纏っていた祭服と黄色のストールが空気に溶け、入れ替わるように白いローブを纏った一般的魔術師のような姿になった。
すると、闇に包まれていた視界が晴れ、一転。先ほどとは対照的な白亜の大理石で構成された大部屋が待っていた。後ろ手に扉をゆっくりと閉め、部屋の中へと歩み入る。
大部屋の壁には高価な品がいくつも掛けられており、天井には恒星のように光り輝く魔術で生み出された光源があった。恒星のような光の塊の真下――部屋の中央には十の椅子で囲まれた金の円卓が鎮座する。
どこか、先の闇の大部屋と似た空間。だが、根本が全く異なる。
先ほどの部屋が闇に紛れる者達が集う暗所ならば、この空間は光を掲げる聖者が集結する聖地。
魔術圏サウスブリテン皇国の首都ロンドンに立てられた巨大な城。
かの高名なるブリテンの王、そして最高にして頂点たる騎士たちが根城としていたとされる城をモチーフに、新たに建てられた要塞城『キャメロット城』の中に存在する一室であった。
円卓の周囲に配置された十の椅子。現在はその内の七つが埋まっている。
それを認めたアリアは何か大切なことを叫ぶ心にそっと鍵を掛けると、いつものように人懐こい笑みで声を上げた。
「みなさん、こんにちは! お久しぶりですね!」
明るく元気な挨拶を受けて、円卓を取り囲む七人の『騎士』たちが一斉に少女の方を向いた。疑念や苛立ちの混じった棘のある視線に晒されながらも、少女は持ち前のメンタルで笑顔を崩さない。
「久しいな、殿下。来て早々で申し訳ないが、これより、ノースブリテンに入国したという蛮族の対処について話し合おうと思っている。そこで、貴殿の知恵をお借りしたい」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ! 私にも、国を担う一人としての責任がありますので!」
初めに声を上げたのは、金色の髪を短く切り白い正装をきっちりと着こなした騎士である。腰に白銀の両手剣を帯剣した壮年の男。軍事皇国『サウスブリテン皇国』の司法、立法、行政、軍事、その全ての権限を集めた国家最高機関『円卓の残滓』の最高司令官であり、最も強大な力を持つ男、ディリアス・アークスメント=アーサーである。ブリテンの王である『アーサー王』の名を冠する騎士であり、実質的な国家の長といった所か。
そして、その国家の長に殿下と呼ばれる少女、春日井・ハノーバー・アリア。
真か偽か、ハノーバー家の名を持つこの少女はここサウスブリテン皇国では皇族として扱われている。
だが、その皇族に対してこのディリアスは数々の礼を失した言葉を吐いていた。
――――そのことに、ディリアス本人を含めたこの場の誰一人として疑問を抱くことはない。
何かがおかしい。だが、その違和感はこの場では違和感として扱われていなかった。
ディリアスは鉄のように表情を変えることなく、話を続ける。
「では報告を、ユーウェイン卿」
「はい」
獅子の騎士の名を告げると、一人の女が立ち上がった。歳は二十前後で、赤い髪を流した可愛らしい顔だ。とはいえ、その表情の中に緩みは感じられない。纏っている騎士服も――スカートが些か短いものの――カッチリと着こなしており、生真面目、という言葉が似合うどこか厳しさのようなものも感じさせる美しい娘であった。
彼女の名はシャーリン・ルオール=ユーウェイン。円卓の騎士たちの中においては最も人間らしいのが、この少女であろう。
「では報告を。わたくしが放った使い魔の映像によると、東日本国から発進したと見られる自家用機が、我が国の上空を通過した後、隣国のノースブリテンへと入ったとようです。航空機のサイズからして一小隊どころか五人にも満たぬ規模の編成でしょうが、科学圏の航空機が魔術圏の国の領空を堂々と侵犯したことから、何かの策を持ってのことかと思いますので一艘の警戒をするべきかと」
「了解した。報告ご苦労。腰を下ろしてくれて構わない」
「はい」
「さて――」
ディリアスはシャーリンを席に着かせると、その他五人の騎士たちの顔を順番に眺めて言う。
「今報告に遭ったように、法則戦争が一時冷戦状態になってから数年……。地獄のようなあの日々が一旦の落ち着き、それが今また壊れようとしている。たとえ賊がたった数名であろうと、侵入を許し、それが世界に露見すれば、この国、そして世界は大きく傾くだろう」
感情を感じさせぬ冷えた声音で告げていく。
「今の世界は危うい均衡の上にある。一度傾けば、束の間の平和は崩れ去り、世界大戦が再度勃発する」
「でもよ、父さん。いずれにしても北は取り戻すんだろ? だったら関係なくねえか。いつか戦争は起こるかもしれねえし……」
「口を閉ざせディア。北を取り戻すというのは国を一つにまとめるということであって、侵略するということではない。元々、我々には北も南もないのだ。まさか国の民を斬るつもりか?」
「……すいません」
たったいま口を挟み、その間違いを糾弾された少年はディア・アークスメント・モルドレッド――ディリアスの息子であり、アーサー王の息子モルドレッドの名を賜った少年だ。
騎士服を着崩し、長い金髪にメッシュを入れた十五歳程度の騎士。
舌打ちをし、不満を隠そうともしない声色で不承不承謝る息子へそれ以上特に何も言うこともなく視線を外した。
「話が逸れたな。――ともかく、ここで蛮族の侵入を許すわけにはいかん。国家を守るため、貴殿ら円卓の騎士たちには働いてもらう。その武を示し、国を守らんとする英雄として剣を取るのだ」
「「「「「「はっ!」」」」」」
六人の声が重なる。
ディリアスは一つ頷くと、さらに言葉を続ける。
「では、ガウェイン。貴殿に迎撃を頼む。日中であれば、その宝剣に敵う者などいないだろうしな」
「はっ! 必ずや賊を討ってみせましょう!」
羽根付き帽子を被ったディリアスと同年代の赤髪の女が立ち上がり、腰に提げた剣を胸の前で掲げ宣言した。
「他の者も、不測の事態に備えてくれ。各々、配置はまたこちらから連絡する。私からは以上だ。皆、祖国の為に命を削ってくれ」
「「「「「「はっ!」」」」」」
そうして、サウスブリテン皇国の防衛策は決まった。
彼らは既に、万全の態勢で蛮族を討つ腹積もりである。




