継章 交錯する戦線 ――Island Charch, Sirs Camelot, Anonimas, Gregorio――
「それで、どうやってカルラを追えばいいんだ?」
泣きはらし、充血した目を隠しもせずに、友介は憑き物が落ちたような表情で三人へ問いかけた。目の下にくっきりと残っている涙の跡は、彼が大切な人を手に入れた証。宝物の大きさに気が付いて、前へ進んだことで得た勲章だ。
だから彼は、その顔を誇っていた。
「それはもう蜜希ちゃんが調べてくれてるよ。すげーっしょ」
「だから何でお前が誇らしげなんだよ」
友介のツッコミに蜜希が楽しげに笑みを漏らした。
「ふふ……。え、えっとね、その……あの人たちの狙いがカルラちゃんだってことに気付いたから、その時点で電話会社にハッキングして、か、カルラちゃんのスマートフォンの位置情報を入手したの……」
「相変わらずめちゃくちゃだなお前は」
「えへへ……そ、そっ、それでね? 途中でスマートホンは捨てられちゃったけど、ある程度はコースを絞れてる、よ……。その、三つくらいに」
「三つか……教えてくれ」
「う、うん……」
頷き、彼女はポケットから小さな危機を取り出した。側面の一カ所にボタンの付いた、小さな直方体のリモコンのような機械であった。
彼女がボタンを押すと、友介達の目の前の空間に、青く光る世界地図が映し出された。
空間投影ディスプレイ。
送風装置を用いて一定空間内の水分を任意の配置に置き、そこへ可視光を放射。光の反射――とりわけプリズムによる光の回折を上手く応用した技術だ。
彼女は空間上に映し出された世界地図の三ヶ所を一つずつ指し示していく。
「まずはここ。スカンディナビア半島の『北欧禁制地区』」
トールやスルトという異名から推察するに、使徒の多くが北欧由来の神話を行使している可能性は十二分に存在し、故に第一の候補として上げられたのがこの戦争地域であった。
木を隠すなら森の中。
科学圏と魔術圏が直接戦力をぶつけ合っているこの場所に、彼ら楽園教会がいる可能性は大いに高い。
「そして次が、『魔術圏西日本帝国』」
これは言うまでもないだろう。コールタールが西日本帝国の帝王であること、そして地理的観点から見ても、可能性としては十二分にありえるものだった。
「そして最後が――イギリス南部『サウスブリテン皇国』」
「そこは……」
「あの、円卓の……」
蜜希が最後に示した可能性に、友介と草次が瞠目した。
北欧禁制地区と比較的近い場所に位置する大国。
「う、うん。――魔術結社であり、サウスブリテン皇国の最高軍事機関である『円卓の残滓』が巣食う魔境。魔神を擁する西日本帝国に次ぐ第二の軍事国家、だね……」
「騎士の国……まさか、そんな場所に……?」
「だが、ありえるぞ」
草次の困惑に、千矢が応えた。
「奴らは風代を『騎士』と呼んでいた。宝剣を扱う異能者という、魔術的な意味を持つ『騎士』というよりも、何かの比喩のような言い回しではあったが、しかし……」
しかし、あの騎士のような服装に、長刀を用いた先頭スタイルはどこか騎士を連想させるものだった。
そこへ、さらに蜜希が口を挟んだ。
「そ、それに……ちょっと調べてみたんだけど、その……カルラちゃんは、科学圏で騎士団計画っていうのに参加してたらしくて……」
「騎士団計画……?」
聞き慣れない単語を耳にして、友介は顎に手をやり思案した。
楽園教会。
円卓の残滓。
鏖殺の騎士。
騎士団計画。
風代カルラ。
今はバラバラな点と点が、少しずつ繋がろうとする。
「あ、そ、そそっ、それともう一つ……」
「あん? なんだよ」
「なんか、その、わたっ、わたし達のチームの名前が決まったんだって……っ。さっき、その光鳥さんから、連絡、あ、あった、から……」
「それって、組織名みたいなの? 超カッコ良さそう!」
「お前は子供か」
「ちげえねえな」
「ふふ、ふふふふ……」
草次と千矢、蜜希が笑う。その輪の中に、当然のように安堵友介がいる。
「そんで?」
友介が面倒くさそうに問いを投げると、蜜希は少し照れながら笑って、
「『グレゴリオ』、だそうだよ」
「ああ……なんか、その。中学生か?」
「いやいや、カッコイイっしょ。友介くん何言ってんの!」
「いや、俺も安堵に同感だな。これを名乗るのに抵抗があるのだが」
嬉しそうな草次とは対照的に、友介と千矢の反応はあまり芳しくなかった。
そんな温度差が、両者の間でちょっとした議論を生む。
少し白熱してきたところで、
「あ、でっ、でもね!」
蜜希が見たこともないような笑顔を浮かべながら、こう言った。
「ちゃんと、その、りっ、理由があるんだって言ってた、よ?」
「理由?」
「う、うん……」
問い返した友介に、蜜希が顔を赤くして嬉しそうに言った。
「光鳥さん、言ってた。――『君たち、カラオケ行ってたでしょ? 楽しそうだからそれっぽくしておいたよ』……って」
「――っ。……ふふっ、ははは」
ああ、なるほど。
あの女狐の言いそうなことだと、友介は思った。
名前の由来が適当な所も彼女らしい。
友介は彼女と出会って初めて、その見透かしたような態度に好感を持った。
「ああ、そうかよ、なるほどな。だったら、しゃーねえ。どうせ決まっちまったし、今さらどうこう言っても仕方ねえわな。だったらそれでいいか」
きっとこの時、彼は空夜唯可と分かたれてから――いいや、六年前のあの地獄から、初めて、心からの笑みを浮かべた。
「今日から俺達は『グレゴリオ』だ。俺と、草次と、蜜希と、千矢と――カルラの五人でグレゴリオ。だから、救おう。俺達の仲間を。掛け替えのない友達を」
「友介くん、でも敵は楽園教会だよ。それに加えて『円卓の残滓』なんていう魔術結社が治めている国そのものを敵に回すかもしれない。それでもかい?」
「関係ねえよ」
だが、それら全ての不安要素を、友介は下らないと切り捨てた。
なぜなら。
「お前が教えてくれただろ」
それは、彼の胸の中で宝石のように輝く大切な答えだ。
真っ暗だった彼の心の中に灯る、一等星。
「お前らがいる。だから絶対大丈夫だ」
少年はゆっくりと顔を上げ、満天の星空を見上げた。
行き先は決まった。
イギリス南部『サウスブリテン皇国』。
「カルラを救う。そのためなら、どんな奴らも撃ち砕く」
さあ、少女を救え。
処刑人よ、断頭の刃を振り翳せ。
ただ、大切な誰かのために。
「ほお」
座標不詳の玉座にて、秩序の覇王が感嘆の吐息を漏らした。
「素晴らしい。見事正解を引き当てるとは。何に見初められ、貴方は斯様な運命を背負ったのか、俺には興味が尽きぬよ。我が宿敵」
微笑を零す。
右の手をおとがいへ当て、彼は満足げに瞳を細めている。それはまるで、眩しいものを見るかのようで、どこか羨望を感じさせるものであった。
「しかし貴方は分かっているのかな? その道の先が地獄であると。艱難辛苦などという優しきものはどこにもない。血と涙に塗れた終わりの景色こそが正答。歩む進路の向こうに待つは億の惨劇、唯一それのみだ。
それを理解してなお、貴方は英雄として歩むか?
無限の痛みと無数の悲劇に呑まれて磨り潰されようと、貴方は処刑人として進み続けられるのか――?」
問いかけに――しかし彼は自ら否を唱える。
「愚問であったな」
自嘲気味に呟き、彼は美しい笑みを絶やさぬままここにはいない誰かへ呼びかける。
「追光の歌姫よ。彼らは正答を引き当てた。これよりそちらは戦場となるが、覚悟はできているかね?」
『――当然ですよ、陛下』
声は、これもまた虚空より響いた。
「よせ――その呼び名は好かん。少し距離を感じさせる」
『ですけど、私には陛下に生意気な口を聞きたくはないので……』
元気よく答えた少女の声は、コールタールの告白によって僅かに沈んだものになってしまう。
「すまない。強制しているわけではないのだ。聞き流すといい」
そしてすぐさま調子を戻して、彼は問う。
「では、再度聞こうか。追光の歌姫よ、我が宿敵を見事打倒し、新世界の秩序の安寧へ力を貸してくれるかな?」
『ええ……それは当然です!』
「重畳。派遣する枢機卿については『ミサ』にて告げる故、しばし待ってくれたまえ」
『了解しました』
そうして彼は言葉を切り、しばしの間まぶたを閉じる。
己が宝石を想起し、彼は緩く淡い笑みを浮かべた。
『追光の歌姫』春日井・ハノーバー・アリア。
またの名を――アリア・ハノーバー。
表ではアイドルとして活動する一方、楽園教会の枢機卿として闇で蠢き、イギリス王家の名を奪い、サウスブリテン皇国がブレインとしての、もう一つの『表』の顔を持つ傑物が胎動する。
魔軍を率いる光の将が、ちっぽけな四人の前に立ちはだかる。
不死身の英雄を使役する、歴代最悪の偽神軍師。
その奇跡の一端が、振るわれようとしていた。
やがてアリアの声が消え去り、後に残るは静寂だけだ。
「伴奏が終わり、ようやく歌が詠みあげられるか。
奏者は我が宝石たち。観客は俺のみ。そして宿敵、あなたはこれより歌うといい。指揮者も既に揃っている。足りぬは詠み手。慟哭を届ける者だけだ」
そうして彼は視線を前へ。
いかなる業か。そこには、魔術を使用した空間投影によって、十字架に磔にされた赤髪の少女の姿があった。
「さあ、彼の番よ、その騎士よ。貴方も愛を自覚しろ。彼は貴方のために命を懸けるのだ」
優しい声が、十字架に結び付けられた少女へと投げられる。
彼女を生かす希望の言葉は、しかし絶対に届かない。
「貴方はどのように光るのか、俺は楽しみで仕方がないよ」
それは誰に向けられた言葉なのか。
その真意は、覇王たる彼にしか知り得ない。
そして――。
「キヒヒッ、キャハハッ。乗り遅れちまったなァ」
瓦礫の山の上で、二人の男が立っていた。
「おいおい見ろよ涼太。俺がやるより百倍もデケエ破壊だぞ。キヒヒヒヒヒッ! カハッ、ハッハハ……いやァ、こいつァ驚きだわ。んふ、クハハハッハ、ハハハハハハハハハ、カーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ――!」
「お願いだから一人でキマるのはやめて……。僕が白い目で見られるから!」
ようやく完全に洗脳から抜け出した涼太が、喰人鬼に懇願するも、そもそも種として異なると言っても過言ではない狩真にその切実な叫びは届かない。
「キヒヒヒヒ、ハハハッ。まァそう言うなって涼太君。楽しい時は笑うもンだろうが。多分だけど、あのクソロリも同じことを言うだろうぜ」
アノニマス。
そう呼ばれる組織が科学圏には存在する。
その名から、サイバー攻撃だけを主な任務とするチームかと思われがちだが――真実は異なる。
「んじゃ、やるか。鬼の使徒狩りだ。あのクソ兄貴の腸掻っ捌いてやろうぜ。目障りでつまんねえ、強さの欠片も感じられねえゴミカスを潰そうぜ」
彼らは科学の粋と魔術の塊を寄せ合わされて作られた『狂人の集まり』だ。
常識人はただ一人、可愛い顔の少年のみ。
人格破綻者たちの気まぐれが、此度も戦場を掻き乱す。
「『耳』の野郎と『触角』の変態は今回は不参加。クソロリは現地集合で良いんだよな。だったら先にあっちに乗り込んじまおう。ついでに二、三人魔術師でもぶっ殺そうぜ」
野太刀『外道丸』の柄に手を掛け、金髪の鬼は狂い笑う。
「ひっさしぶりの『本場』だ。それも騎士とかいう意味の分からん魔術師がいる始末。もしかしたらちょっとは骨のある奴がいるかもしれねえしな」
鬼の口が三日月に裂ける。
「行くぞ涼太ァ。あのクソ兄貴の頭蓋をかち割って味噌汁でも作って遊ぼうぜ」
涼太は思う。
この鬼と比べれば、どのような外道も、皆が等しく『人間』でしかないのだろうと。
そして、最後の一人――。
マーブル模様の混沌の空間。
光が何一つ存在しない無明の世界。
そこで、一人の女狐が長い髪を揺らしながら妖しく呟いた。
「さて」
世界崩壊の歯車が、また一つ噛み合う。
「僕も出るか」
To Be Contnued...




