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番外編② 不遇すぎる王妃【前編】

主人公が不遇です。酷い扱いされています。苦手な方はご注意下さい。

 天界十三世界ーー風界。

 風に関係する物を司る国々が集うその世界は、炎水界や他の世界とそれほど変わりは無い。ただ、それぞれの惑星の内部が違った。というのも、風界の惑星は海の他には、空に幾つもの浮島が浮かぶという構造をしていたからだ。どこまでも広がる空に点々と浮かぶ浮島ーーそれが、風界では一つの国となる。

 浮島は小さなものから、大陸級の広大なものがあり、一つの浮島が一国家な所もあれば、いくつかの浮島が合わさり一つの国家になるという場所もあった。


 中でも、風界の主惑星ーー風家のある惑星では、列強十カ国を始め多くの大国が集う。佐保の住まう祖国ーー嵐国はその一つだった。


 嵐国ーー。

 風の列強十カ国の一つと数えられる大国は、島ではなく大陸と言う程の巨大な浮島を国土としていた。他に、四つの小さな浮島がまるで巨大な浮島を守る様に浮かんでおり、大陸級の浮島と併せて五つの浮島を嵐国と呼ぶ。


 嵐国はその名の通り、嵐を司る国である。この国が移動する場所に嵐が発生するとも言われていた。


 また嵐国を守るのは、五つの浮島を囲うように発生する嵐の結界に守られている。ただし、この嵐は単純に風が渦巻いているのではなく、国を周囲から隠すように発生した巨大な雲の中で起こっている事だった。とはいえ、国を囲う雲は分厚いものであり、それを突破出来る者は少ない。かといって、上空から乗り込もうにも、そこには幾つもの別の結界が張り巡らされており外部からの上陸を阻んでいた。


 どこまでも続くと錯覚させる様な広大な浮島大陸。


 その中央ーー盛り上がった部分に、浮島を見渡せる様に作られた巨大な王宮。それを中心に広がる都と。十二に分かれた各州。


 そうーー他の列強十カ国に勝るとも劣らない、巨大な帝国。

 嵐帝国ーーまさに、広い国土と大勢の民を持つ帝国だ。


 そして王族はお飾りではなく、権力者。

 絶対君主。


 この国を建国し、今も綿綿と続く初代王朝を紡ぎ続ける偉大なる賢王。


 な筈だが。


「賢王っていうか、王って何だろう」


 移動は全て、屈強な将軍。時に、上層部の男の娘達。

 多くの護衛に囲まれ、大切に大切に真綿にくるまれている、この国の、王。



「陛下っ! その身を頂戴するっ」


 その声と共に、私--佐保は思った。


 もうお前が王妃をやれよっ!!



 話は少し戻る。

 まず、私の最初の立ち位置を紹介しよう。

 王妃である私は、その日は遅れて儀式で使う宮殿の中--高御座に向かって歩いていた。頭につけた冠を落とさないように歩くだけで一杯一杯だった。


 というか、先に高御座に座る悠遠を見て帰りたくなった。


 悠遠は、国王の座に座っていた。しかも、左右に屈強で麗しい将軍二神を侍らせ、後ろにも上層部が数神。


 とりあえず、玉座から何段か下に居る宰相に目を向けた。


『あれはなんだ』

『デフォルトです』

『ふざけんな』

『将軍に抱えられたまま、玉座に座るよりマシでしょう』


 全て目だけの会話だ。


 いやいや、それよりもツッコミたい事がある。


 将軍に抱えられたまま玉座に座るっていう事は、まずその将軍が玉座に座るという事だ。王以外が座ったらまずいだろ、玉座に。というか、もう将軍に抱えられて座られたら、悠遠は王じゃなくてむしろ王妃だ。


『王妃だろ、王妃』

『王妃は佐保様です』

『どこがだよ』


 また目で会話しながら、このままUターンしてやろうかと考えた。それに、高御座までの道--両サイドに並ぶ上層部や、上位貴族達は皆、悠遠を見つめていた。

 恍惚とした表情は『心酔』と『敬愛』の二文字しかない。

 ここで私がUターンした所で誰も気づかないだろう。


 やれ、やるんだ、佐保!!


 ここで帰らなければ女が廃る。


「おおっ! 佐保! こっちじゃ! 遅かったのぅっ」


 なんで ぶ ち こ わ し に し て く れ るっ!!


 こちらに手を振る悠遠は、それだけでとても麗しかった。

 高御座から近いところは上層部、それに続いて上位貴族達が陣取る。そこから更に離れた所に居る--私から比較的近い所に居る、中級貴族はもとい、下級貴族達がこちらを見る。


 嫉妬、嫉妬、嫉妬、嫉妬、嫉妬--


 殺意、殺意、殺意、殺意、殺意--


 侮蔑、侮蔑、侮蔑、侮蔑--


 読み取ったら切りが無いので、ここらで止めておく。

 とにかく、嫉妬とか殺意とか憤怒とか侮蔑とか色々凄かった。嘲笑も凄すぎる。


 中級貴族達はまだ何とか隠しているが、下級貴族はもうアウトだ。あまりにも感情が駄々漏れになっている。


 一応、ここに居るのは王都とその近隣の貴族達だ。

 だが、此処に居ない地方の貴族達にも悠遠は、とても、とてもとっっっっっても大神気である。


 以前、「あ、手が滑りました」とほざいてこちらに刀を向けてきたとある地方貴族を私は一生忘れない。そして、そういうのが頻回にある時点で、私は神生が悲しくなってくる。


 未来に夢も希望もない。

 むしろあるのは絶望だけだ。


 歩く度にひそひそ声が聞こえる。

 というか、そういう話はもっと小さな声でしろよ。

 いや、小さい声でした方が聞こえやすいか。


 視線を向けて慌てて視線を逸らす方がまだ可愛い。

 殆どの場合は、鼻で笑うか嫉妬で醜く歪んだ顔を向けてくる。


「殺す、殺す、殺す、悠遠王陛下を穢す腐れ豚女は殺す」


 とか過去に言われた時には、「良い度胸だてめぇら! 喜んで反撃してやんぜっ!」と出刃包丁を両手に突撃してやりたくもなった。


 まあ、その貴族はその後、一度も見た事は無いが。

 この私に恐れをなしたか、王妃に対してあまりにも無礼な事を言ったので排除されたかと思ったが


「きっと、顔がとても恐かったんですね。凄い目で睨んでましたし、私も殺されるかと思うぐらいの凄まじい顔でしたから。もう、悪鬼ですね、悪鬼」


 と、にっこりと笑って女官長にそう言われた。

 誰が悪鬼だ、この野郎。

 というか、腐れ豚女扱いされて神畜無害な笑みを見せる義理がどこにあるのか。


 まあ、そんなこんなで、私は耐えた。

 周囲の嘲笑と失笑、冷笑の中を必死に耐えて、歩き続けた。

 そして、高御座までもう少しという所で。


 凄まじい破壊音と共に、部屋の入り口である観音開きの大扉が開け放たれた。そして、入ってくる男。


「陛下! その身を頂戴する!」


 と、ほざいた。


 その後ろには、私兵達を連れてきた。

 馬鹿じゃないかと思った。

 というか、よくこんな王宮の奥深くまで来たなと思った。


 宰相の方を見れば、とっても嫌な笑みを浮かべていたから、きっとわざと隙を造って殆どフリーパスで引き入れたのだと分かった。


 まあ、一網打尽にするには、そういうのも必要だろう。

 ただし、一網打尽に出来るのは、この男とその関係者ぐらいだろうが。


 にしても、上が馬鹿だと私兵達も大変だ--なんて事を考えた私は。


 逃げ遅れた。


「陛下! 陛下は俺の花嫁になるんだっ!」


 いや、あれ男ですから。

 どんなに女に見えても、男ですから。

 いくらお前が王妃になれよとか思っても、男だから--いや、男でも王妃になれたりはするけど。


「陛下を守れ!」


 鋭い声が飛んだかと思えば、ザッと幾つもの気配が動くのが分かる。

 こちらに進んでくる男達から視線を逸らして振り返れば、高御座で大切に守られている悠遠が居た。また将軍にお姫様抱っこされている。そしてその周囲は、上層部に守られている。


 なんだ、あのお姫様ポジション。

 確かに王に何かあったら国そのものがまずいが……うん、なんていうか、うん。


「陛下の側に近づかせるな!」

「指一本触れさせぬ!」

「下がれ下郎! 貴様達の様なものが陛下と同じ空気を吸うだけでも腹立たしいっ!」


 女官長と--あと、王妃付き侍女長も陛下を守るべく動いていた。というか、なんでそんなに生き生きなんですか。


 他の上層部もいつでも動けるように体制を整え、そして上位貴族達も守りに転じた。中位貴族達の対応は半々で、下位貴族達はオロオロとしている者達が多い。うん、下位はまだまだだ。


 そんな中、私は高御座に続く道の真ん中で立ち尽くしていた。


「どけ! このゴミがっ」


 先頭の男が私の前に立ち止まることなく、むしろハエでも払う様に私を横に突き飛ばした。


「ああっ!」

「今こそ、肉盾にならなくてどうするのです!」

「無茶言うなっ!」


 分かっていた……分かっていた。

 こいつらに私を守ろうというか、安全地帯に誘導する気すら無い事は。


「は? こんなゴミが肉盾だと?」


 男が、私を見る。


「ふっくっあははははは! こんなゴミが悠遠王陛下を守る肉盾だと?! 笑わせるな! こんなクズなど、陛下の視界に入る事すら烏滸がましい!! さっさと去れ!!」


 そろそろ、こいつの顔を殴っても良いだろうか?


 ふるふると、現役時代?はぶいぶい言わせた右手を振るわせながら私は必死に耐えた。


 男は、かなり多くの私兵を連れてきていた。

 どこから、これほどの数を連れてきたのか。


 しかも--。


「さあ陛下! 俺の花嫁になるのだっ!」

「我は佐保のものじゃ! そなたのものになどなるものかっ」

「佐保?」


 なんか、巻き込まれた。

 というか、よりにもよって悠遠が巻き込んで来やがった!!


「佐保? 誰ですその男はっ!」

「馬鹿っ?! 名前から女だって分かるでしょうがっ!」


 男でも女でも使える名前はあるが、この世界で佐保は女の名前である。


「馬鹿か貴様! 汚らわしい女が、美しい悠遠王陛下のお側にまず近づけるはずが無いだろうがっ!」


 怒られた。しかも、こんな状況だと言うのに、その男はクドクドとこちらに説教をしてくる。そしていかに悠遠が美しく清らかで心優しく素晴らしい『女』なのかを力説してくる。


 ぶっちゃけ言いたい。


 お前、余裕だな!!


「分かったか! このゴミ虫がっ」

「……言われなくても分かってますけど」


 そんなもの、もう耳が腐り落ちるほど聞かされている。


「そうか、お前はなかなか見込みのある男だな」


 黄金の右手で張り倒したくなった。やっていいか?殺ってもいいか?


「さあ陛下! この俺の下に来るのですっ」

「黙れ! 誰が貴様の様な者に陛下を渡すものかっ!」

「陛下、さあこちらに」

「ああ陛下! この様に震えてなんとお労しいっ」

「大丈夫です、我らが陛下に指一本触れさせませんからっ」


 そして始まる戦い。


 宰相のニヤニヤ笑いはもはや余裕さえ滲み出ていた。

 当り前だ。

 誘い込んでいるのだから。

 きっと、全ては宰相の筋書き通りだろう。


 まあ、なんていうか、うん。


「……頑張れ~」


 あのリーダー格?の男に続いて、何神かの兵士達にも私は突き飛ばされた。


 邪魔だとか、どけ不細工とか、ウロチョロしてんじゃねぇぞ醜女とか、色々言われながら。


 それでも、まあ全く相手にされていないという所で、私は戦いの場で比較的安全が保障されてしまっていた。嫌な保障のされ方だが。


 といっても、この部屋から出ていくには、部屋の入り口に結界を張られているので無理だ。

 侵入してきた男達がかけたものだろう。


 そして、それを解除しようとしている上位貴族達の焦った声が聞こえてくる。


「なんだこれ」

「解除できないぞ」


 うん、半ば予想通り。


 そもそも、普通ならこんな上位貴族と嵐国上層部が共に揃っている所に乗り込んでくる馬鹿はなかなか居ない。居るとしたら、それは全力馬鹿だ。というか、頭が完全におかしくなっているとしか思えない。


 しかしそれでもなお乗り込んできて、悠遠を手に入れられると豪語する男。

 たぶん、何かあるのだろう。


 とっておきの秘策が。


「王妃様!」

「ん?」


 なんか暫くぶりに呼ばれたなと思い、声のする方を見た私は。


「危ないですからどけて下さいね~」


 危ない、の所でもう遅いだろう。

 その時点で、神術を放った男の攻撃を結界で防いだ悠遠を守る将軍達。彼等は、にっこりと笑いながらそれぞれ、神術を放った。


 それも、特大級。


「ひぃっ!」


 大部分は男が攻撃を受けたけれど、その余波というものはどうしても存在する。私は慌てて逃げようとして、転んでしまった。


「--え?」


 足にしっかりと絡みつく、蔦。


 蔦?


「くっ、こうなったら--」


 血塗れになった男が、こちらを振り向く。


「え? え? え?」

「血を寄越せ! 贄となってこの俺の糧となれっ!」


 何、その急展開。

 あまりな事についていけないんですけど。


 けれど、蔦が絡みついた足では逃げ切れず、男が刃を手に迫ってくる。


「ちょっ、ちょっと待、うぇっ?!」


 何とか蔦を引きちぎろうとすれば、より足を締め上げてくる。

 その痛みに呻いている間に、男が私の頭を掴んできた。


「血を、血を寄越せっ! 贄となれっ」


 その時感じた、凄まじい血の臭いに、私は気付いた。


 こいつ、もう、『堕ちてる』。


 邪法に手を出した者の末路は筆舌に尽くし難いものがある。

 それほど、凄惨な末路だが……ある意味、それは当然だった。


 この男は、殺しすぎている。

 いや、すぎているという言葉自体がそもそもおかしい。


 この男は、自分の欲望の為だけに沢山殺していた。


 そう、沢山--。


 その血の臭いは決して消えることなく、憎悪と怨嗟はやがてこの男を蝕んでいくだろう。ただ、それがいつになるかは分からないが。


 そしてこのままでは、私はその憎悪と怨嗟の声の一つになってしまう。


 頭をぐいっと逸らされて、首に刃を当てられる。そのまま横に引かれれば、一巻の終わりだろう。


 痛いだろうか?いや、痛いだろう。


「死ね、死ね、死ねっ!」


 どんだけ痛めつけられたのだろうか。

 狂った様な笑い声と共に、男が私の耳元で怒鳴り続ける。


「……殺せば良いじゃない」

「あ?」


 神とて、恐怖の臨界点を超えると、何かを超越してしまうらしい。

 私の中で、怒りが死への恐怖を上回った。


「あんたの中の糧になってやる。そして、内側から」


 殺してやる


「狂って、死ね!」


 そう言って嗤ってやった次の瞬間、私は床に叩き付けられていた。そして、思い切り足で頭を踏みつけられる。


「この、クソアマっ!」

「っ--」


 痛みに意識が飛びそうになる中、私の視界の隅にある物が映り込んできた。


「……ぁ」


 それは、見えてはならないものだった。有り得ないものだった。



 ダメ--



 私じゃない、私が



 叫ぶ




 歩いている


 歩いて


 なんで


 ダメ


 ダ--



「ゴォロシィテヤルっ!」


 既に壊れた音声よりも不快な怒鳴り声で私を持ち上げた男の後ろに、私は、見た。



 ヤメテヤメテヤメテ


 コナイデ--



 内から叩き付けるような悲鳴が、口から漏れる。


 その叫びに


「どうして? 佐保--」


 彼の赤く濡れた唇が、囁いた。泣いていると思った。



 ドンッ、と凄まじい衝撃と共に、私の意識は失われていった。





 そして気付いた時、薄暗い洞窟の様な所に居た。

 側に、あの男のなれの果てが転がっていた。



「……はは、ここ、どこ?」



 私は、どこに来てしまったのだろうか?

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