番外編① 威厳より可憐が上回る王
国王ともなれば、カリスマ性とか威厳とかが凄いと言う。
確かに凄い。
凪国とか、凪国とか、凪国とか。
「ロリコンの何が悪いのですか」
あの、無駄なまでの威厳とカリスマ性の前には、「あ、悪くないです」と思わず頷いてしまう者達が大多数だったと言う。
いや、悪いだろうロリコン。
実害が出る前に駆除するべきだ。
実害を出さず、対象者に何の影響も害も与えない『心の中でのロリコン』ならまだしも。
「王妃様、ぼんやりしてないで下さい」
「はいはい」
後ろから侍女達にたしなめられる。
今は公務中。
というか、公式行事中。
バルコニーから民衆に向けて手を振る予定だが、まだ王が来ない。
--来た。
背後にある、バルコニーへの入り口。
美しいレースのカーテンの向こうから、屈強な将軍にお姫様抱っこされて現れた美しき姫君。
この国の国王--悠遠だ。
美しい衣装は女性物だろうか?
似合っている。
とにかく似合っている。
美形の将軍すら霞みかねない美しさと麗しさ、そして可憐さを漂わせて--。
凄まじい歓声が鳴り響いた。
「うぉぉぉぉぉぉっ! 陛下っ! 今日も最高にお綺麗ですっ!」
「なんて美しいんですかっ!」
「ああ、国王陛下こそこの国一番の美女ですわっ!」
「いやもう、陛下以上の美女は居ませんからっ」
恍惚--というよりは狂喜の色に彩られた彼等は本当に凄かった。
「ああもうっ! あの方の隣に立つ相手が可哀想よね?」
「そういえば王妃様が居ないな」
「いや、居れないでしょう? 恥ずかしくてっ」
「だから勇者なんだろっ? ぷぷっ」
うん、分かってる。
後で覚えてろ、てめぇら。
だが、その前に私は言いたい。
「……可憐が威厳を上回ってる」
可憐な国王って。
「おおっ! 佐保、どうしたのじゃ? ほら、手を振らないと」
相変わらず将軍に抱かれたままの、形式上の夫が美しい笑みを浮かべてこちらを見る。それだけで、民衆達の中に悩殺されて倒れる者達が続出した。
中には、ああ、この空気に耐えられない--とか言って倒れた者も居る。
なんか妙な空気感染の菌でも流出しているのか?
「佐保、どうしたのじゃ? --おぉっ! もしや、我のかっこよさに見惚れてるのだろうか?」
「いや、威厳、無いなぁ~って」
数秒後、陛下はハラハラと泣き出し、そこは凄まじいパニックに支配された。
「王妃様!」
「私は悪くないわ」
大混乱を何とか抑えた後、私は空き部屋に連行された。
空き部屋と言っても、綺麗に整えられたそこはいわば控え室である。
そこの長椅子に座った私の前に、宰相が仁王立ちしている。
「悠遠様に威厳が無いとはどういう事だよっ」
「無いでしょ」
私の即答に、宰相が騒ぎ出す。
「陛下ほど素晴らしい方は」
「威厳を可憐が上回ってるんだから仕方ないでしょうがっ」
宰相の声を上回る声で私は叫んだ。
「陛下が可憐なのはデフォルトだ」
「凪国国王陛下は可憐じゃないわ」
可憐と言うよりは、美しすぎて恐い。
「そりゃあ、凪国国王陛下は可憐ではありません。しかし、聖域に住まう巫女姫の如き清らかさと清純さに満ち溢れています」
ロリコンの呼び名が高いけどね。
「……そこは敢て触れてはならねぇ」
「私の心の中を勝手に読まないで」
こいつにはデリカシーというものは無いのか。いや、プライバシーか。
「とにかく、陛下が泣いてるんだから、きちんとご機嫌とってくれよ!」
「今すぐ『後宮』を開きましょう」
そして、沢山の妃達に慰めて貰え。
「そんなのが居るんだったら、最初からお前を強引に王妃にしてねぇよ」
その通りだ。
「努力が足りないのよっ!」
なぜ探さなかった!
そして、私を強引に王妃にした時の実行力を彼女達に試さなかったのか。
「試したさっ! だが、向こうは『女』だ。あまり酷い事は出来ない」
どこか苦しそうに目を伏せる宰相に、私は言った。
「私に酷い事しても良いのにか?」
「馬鹿! 向こうは真相のか弱き令嬢達だぞ!」
「私だって、貴族の子女よ!」
宰相に掴み掛かり、私は叫んだ。本当なら胸倉を掴みたい所だが、宰相の方が身長が高いので上手くいかない。
「というか、女がダメなら男を『後宮』入りさせれば良いでしょうがっ」
「陛下に厭らしい視線や欲に塗れた情欲の眼差しを向けられたらどうする! 陛下が穢れるだろっ」
「おい、このエセダンディー宰相。『後宮』の定義を言ってみろ」
何の為に後宮があるのかと問えば、宰相は口笛を吹きながら視線を逸らした。
「清く正しい『後宮』を」
「『後宮』として正しく機能するためには、情欲は必要だろうがぁぁぁああああっ」
後宮は、王を心身共に慰める場所だ。情欲が無くてどうする。
「それを受け止める為の王妃様です」
「嫌だっての。あと、悠遠に男としての情欲があるの? そもそも」
男の情欲と庇護欲を大いにそそる悠遠は、異性からもたいそう庇護欲をそそる存在らしい。
--と、話はずれたが、男達にとっての理想とも言える姫君でもある彼は、どう見ても男の情欲とは無縁に見える。
「そうですね。媚薬を用意しておきます。幻覚作用があるものを」
「宰相、貴方とは一度、腹を割って話し合う必要があるようね? 本気でお前の腹をかっさばいてやろうか? あぁっ?!」
つまり、幻覚作用のある媚薬でも使わないと、こっちを相手に出来ないって事か?
「いや、ほら、悠遠様って恥ずかしがり屋ですから」
「恥ずかしがり屋の一言でこっちの女心をズタボロにされてたまるかっ!! 言っとくけど、絶対に男女の仲になんてならないんだからねっ」
「じゃあ誰となるんだよ」
「……」
他の男--と言う選択肢は無い。
王妃が別の男と浮気したら、下手すれば死罪だ。
しかし、そういう境遇に追い詰めたのはどこの誰か。
「--世界広し。王妃が『後宮』を持つ所もあるわ」
「入る男が居るんですか? 王妃の『後宮』に」
「テ・メ・エ」
何本か脳の血管が切れた気がする。
私の中の何かが囁いている。
今すぐこいつを殺れ--と。
「あ~~、王妃様」
「何? 辞世の句を詠むまでは待ってあげても良いけど」
「あんまり俺に近づかないでくれます?」
「あぁん?」
宰相の言葉に、誰のせいで--と喚きながら私は顔を近づけた。
「知らないですよ?」
「だから、何が」
後ろで、「陛下!」と悲鳴の様な声が聞こえた。
振り返れば、悠遠が将軍に抱き抱えられて居た。その後ろには、悠遠を守る騎士達が居たし、侍女や女官達も居た。
「……佐保」
「あ? なんだ、泣き止んだの?」
そう言って私が声をかけた時だった。
「佐保の浮気者!」
「はぁ?!」
浮気者って何だっ!!
「わ、我というものが居りながらっ! 確かに宰相はとても良い男じゃが! くっ! 佐保はダンディーな男が良いのかっ?!」
「いや、海国大将軍閣下の配下--『左』様の名を冠する雲仙様みたいのが良いです」
「う、雲仙だとっ?! くっ、忌々しい男がっ」
なぜか宰相からも舌打ちが聞こえた。
「雲仙様、カッコ良いじゃない。あと、凄く紳士で優しくて素晴らしいわ」
「さ、佐保の浮気ものぉぉぉっ! わ、我にはそなただけなのにっ」
「いや、冗談キツイから、それ」
むしろ放っておいてくれ--私の心の平穏の為にも。
「なぜじゃ?! 我はこんなにもそなたを大切に思ってるのにっ」
「この世にはね、伝わらない心っていうものがあるの。あと、反比例って言葉も知ってる?」
悠遠に構われれば構われるほど、私は周囲からケチョンケチョンな扱いをされる。
「とにかく、周囲をこれ以上刺激しない為にも」
「ならば」
その時、急に部屋が寒くなった気がした。
「五月蠅いウジ虫どもが全て消えれば、そなたは」
「悠遠?」
小さな小さな呟き。
というか、何か言っている気がするが、私は上手く聞き取れなかった。
「陛下っ」
なんだか宰相が慌てている。
のはまだ良いが、なぜに私を突き飛ばして行くのか。
突然の事に受け身をとれず、私は床に倒れた。
「おいっ! 悠遠様を早く休ませろっ」
「ああ、今日は色々とあってお疲れでしたものね」
「本当におかわいそうに、陛下」
誰も床に倒れた私には気づかず、悠遠王をひたすら心配する。そして、あっという間に悠遠は大切な宝物の様に抱かれたまま、この部屋を出て行った。
後に残されたのは、私だけ。
「……結果オーライ?」
とりあえず、宰相の理不尽な説教は中断されたし、悠遠は居なくなったし、一神の時間も持てる感じだし。
しかし何だろう?
「……虚しい」
王妃って、何だろう?
私は、心の中で呟いた。




