後編
修正報告)最初の部分、少し削っています。
あの出会いから半年。
朝ーー小鳥の声に私は目が覚めた。
「……なんか、体がだるい」
そう言いながら、起き上がった私は違和感に気づいた。
何だか……手が小さい。
それに、体も……。
ふらふらとしながら寝台から降りた私は、そのまま姿見の前に辿り着きーー。
数拍後。
「なんじゃこりゃああぁぁぁああ!!」
響き渡る怒声に、王宮が騒然となる。
嵐国はその名の通り嵐を司る国な為、ある程度の騒々しさは日常茶飯事である。
しかし、その叫び声の主がかの神ともなればのんびりとはしていられなかった。
「王妃様?! どうなされました?!」
王妃の響き渡る怒声に、嵐国上層部が駆けつけたのはそれから三十秒もしない時間だった。そんな素早さで集った彼らだが……とりあえず、目の前の現状に言葉を無くしたようだ。
「あの……えっと、王妃様?」
「そうだけど?」
「えっと、あの」
とりあえず、嵐国宰相が代表して口を開いた。
「その、王妃様ってやっぱり男だったんですか?」
「うっさいわぁ!!」
服の裾から伸びた足で宰相の腹部に蹴りを私は叩き込んだ。
「なんという男らしい蹴りだ!! まさかっ!! 我らは男を王妃様に迎えたのかっ?!」
「騙されていたのか我らはっ!」
「陛下を男の魔の手に渡してしまったとはなんたる不覚っ」
とりあえず、激しく失礼な発言をした三馬鹿上層部はしっかりと潰させて貰った。
「アンタら……良い度胸だな? あぁっ?!」
手をバキバキならしながら、地面にノシてやった三馬鹿上層部。他の上層部達が慌てて止めにかかるが、そんな事は気にしない。
「お、落ち着いて! どうどうっ」
「私は馬か!」
そう叫ぶ私に、上層部達が「野蛮だ!」とか何とか言ってくる。悪かったな、これは生まれつきなんだよっ!!
だが、これだけは言わせてくれ。
お前らだってデリカシーがなさ過ぎるだろっ!!
イケメン--いやいや、そこのクソ男の娘揃いとあと美女共っ!美少年と美少女、美男も居るがっ!!
お前ら、激しく失礼なんだよっ!!
「というか、後天的な性転換で気が動転されているのでしょう! まあ、王妃様の気性にとてもよくあった性別になってはいますが」
「あんだと?」
「王妃様、心まで男に」
上層部の馬鹿の胸倉を掴めば、彼はフルフルと震えた。本物の女より可憐ってどういう事だ、てめぇら。
あと、これだけ--これも言いたい。
「そもそも、元はと言えばこの馬鹿のせいでね!!」
夫である王に対して容赦がない--と言わないでくれ。容赦なんてもの、結婚する前にさっさと投げ捨ててきているのだから。
「お、王妃様、仮にも相手は嵐国国王」
「うっさいわね!! そんなに王が大事なら、そういう女性を正妃に迎えなさいよ!!」
もう怒ったとばかりに、私は叫ぶ。
なんだって、こうもこいつに私は迷惑ばかりかけられるのか。
だが、ここで奴らはこっちの神経を逆なでしてくる。
「陛下、大丈夫ですか?」
「ああ、どうかお泣きになさらないで」
「陛下、何も心配する事はありませんよ」
妻の怒気を含め、この事態に地面に座り込みはらはらと涙を流している悠遠を、上層部が慰める。彼らに守られる様にしながら涙目でこちらを見上げる夫は、それはそれは麗しかった。
さすがは、風世界の妖精と名高い神物である--。
「くたばれ!」
私の叫びに、悠遠は突っ伏して泣き出した。
「王妃様! あんた鬼だっ」
「陛下になんて事を!」
「なら、今すぐてめぇら全員女になってしまえっ!」
売られた喧嘩は買う。
全員叩きつぶしてやるっ!!という強い意気込みに私は駆られていた。
「陛下、泣かないで下さいな」
「それにしても、陛下が女性になられたとは……男性の時からそのお美しさは完璧でしたが、女性となった今、それを知った多くの国々が陛下を求めて大戦を引き起こさないか心配です」
「そうですわ! 陛下を狙う者達がここぞとばかりに攻め入ってくるやもしれません」
「絶対に陛下をお守りしなくてはっ」
陛下、陛下、陛下。
誰もが女性となった悠遠の事を心配しーー私の事は完全にほったらかしかよ、おい。いつもの事……そう、いつもの事だが、てめぇら少しは私の心配をしろよ。
分かってる。
こいつらにとって、私の存在なんてそこら辺を這いつくばるナメクジほどにも価値が無い事を。
奴らは悠遠が大事だ。
悠遠が一番で、二番三番四番五番も悠遠で、最後まで悠遠だ。
お前は乙女ゲームの逆ハーレム主人公かっ!!
この前人間界で入手した乙女ゲームの主人公は、とても悠遠に似ていた。似すぎていて、ゲーム中に何度殺意が湧き上がった事だろう。
でなくとも、私は悠遠が大の苦手になっている。嫌いではないが、悠遠の側にいると女性としてのコンプレックスを粉々にされてしまう。
というか、男のくせに何だってそんなに可憐なんだ。いや、可憐なんぞとうに通り越している。
同性の恋情を独り占めにし、異性からは理想の女性として心酔されーー。そして、そんな悠遠の妻となった私は失笑と驚愕、罵声を周囲から浴びている。
何であの様な嫋やかで可憐な方の妻が、あんな男女なんだとーー。
だから、私だって結婚なんてしたくなかったんだよ!!
せめてもの抵抗とばかりに、子作りは拒否してるけどなっ!!
それで煩く言うなら、すぐさま離縁するか、『後宮』を開けば良いのだ。熨斗付けて送りつけてやる。
しかし、熨斗を付けて送り出す準備万全だと言うのに、何でか、悠遠は私に構ってくる。
見た目を裏切らない、乙女的思考の悠遠は何かにつけて私の側に纏わり付いてくるのだ。
だが、そこで相手をしてはならない事を私はしっかりと学んでいた。
悠遠がこっちに--私に構うと、一緒にトラブルまで持ってくる。たいていは悠遠を狙う馬鹿達を招き寄せてしまい、囚われの悠遠を助ける為に私が巻き込まれるパターンだった。因みに、そういう場合は向こうも容赦をせず、いつも私は傷だらけとなった。
その報酬は、悠遠の献身的な介護。普通ならば身に余る光栄として傷の痛みなどものともしないだろうーー私以外は。
もういい加減にしてと言いたい。
私だって女の子だ。普通に恋愛に憧れ、彼氏から大切にされ、夫に守られ穏やかな家庭を築きたかった。なのに、悠遠と結婚してしまったが為に、悠遠の夫的な立場に立たされ、さらには盾にされる日々。
しかも、今回は男にされるという悲惨な目に遭わされた。
そうーー悠遠は今回もまたトラブルを持ってきた。怪我の絶えない私の為に、治療薬を持ってきた彼は何を間違ってか性別転換薬を持ってきた。そしてそれを嫌な予感がして嫌がった私に、口移しで、強引に飲ませ……この有様。その際に自分も少し飲んでしまい、彼は女となったのだった。
行動どころか見た目も女らしくない、むしろ漢と言われていた私は正真正銘の男になってしまった。まあーーしばらくすれば戻るらしいが、それでも一月はかかるという。
泣いても良いだろうか?
いやいや、泣いても良いだろう。
ただしその前に。
「覚悟は出来てんだよなぁ? ゴルァァアっ」
流石の嵐国上層部もこの私の怒気に驚いたようだ--。
「ゴリラみたい」
「顔がもう少し良ければねぇ」
「首から上を無かった事にすれば、なかなかの逞しい体つきだわ」
「お前ら、顔と引き替えにデリカシーをどこに捨てて来やがった」
殴りたい、この素敵な笑顔。
そこは守りたい、この素敵な笑顔だと思う--というツッコミを入れてくる者は居なかった。
落ち着け、落ち着け私。
それよりもやらなければならない事があるではないか。
「こんな風にしてくれてっ! どうすんのよ! 公務っ」
「落ち着け、そっちは俺達で何とかする!! だから、悠遠様をそんなに責めるなっ」
あの厳しい宰相まで悠遠をかばう姿に、私の苛立ちはピークに達した。そうして大暴れした私に、元に戻るまで王妃の仕事は休みにするからと宰相達が懇願し何とか収まった騒動。
確かに、男の姿で王妃業はしていられないだろう。
「ああ、悠遠様、なんとお労しい」
「悠遠様は何も悪くありませんよ」
「そうですよ、悠遠様は佐保の体を思いやってされた事ですからね」
「佐保、お前悠遠様の好意を何だと思ってんだよ!!」
「だから、てめぇらちょっと顔を貸せ」
悠遠を慰める上層部に再び苛立ちがこみ上げた私は、とりあえず数神ほど抹殺しようと思った。本気で。
けれど、何とか自分の気持ちを抑えつける。その手には、しっかりと宰相からもぎ取った王妃業の休みが書かれた書類が握られていた。
そう、今までどんなに欲しくても手に入らなかったものが此処にはある。
「まあ、今は大きな行事もない事ですし、はい」
あったら、影武者を立てていたと私は心の中で怒鳴りつける。まあ、そうは言っても悠遠とは違い、王妃の仕事は上層部の女性陣でも事足りる。
「とにかく……元に戻るまで、悠遠を私に近づけさせないで」
「佐保?!」
涙目でこちらを見上げる悠遠から視線をそらし、宰相に厳命する。
「いいわね?」
「ですが、王妃様ーーはい、分かりました」
ジロリと私が睨めば、宰相はコクコクと頷く。まあ、彼も今回のことは私が巻き込まれただけと分かっているのだろう。
でなきゃ、宰相の顔面に私は風穴を開けたがなっ!!
他の上層部達も言いたいことはあったみたいだけど、最終的には無言を通すこととなる。強制的に黙らせても良かったのに--残念。
「佐保……佐保、妾は佐保に会いに行ってはダメなのかえ?」
「ダメ」
はらはらと涙を流す悠遠にそう言い捨て、佐保は全員を部屋の外に押しだししっかりと鍵をかけたのだった。
★
「そんな事があったんだ……大変でしたね、佐保さん」
テーブルを挟んで向かいに座る果竪后が労る様に言葉をかけてくれる。
ちょっと皆さん聞いてくれました?
大変だったね、佐保さんですよ?
これが嵐国の人間だったら大変なのは悠遠陛下で、迷惑をかけたのが私となる。
ああ……ずっと此処に居たい。もうあっちに帰りたくない。
どうせ王の盾の代わりなんて腐るほどいるし、志願者も掃いて捨てるほど居るだろう。
あの大事件から十日目の現在。
私は、凪国王妃である果竪后の所ーーすなわち凪国後宮に遊びに来ていた。
え?王妃が軽々しく国を離れていいのかって?
大丈夫、だって嵐国王妃は現在療養中なのだからーー大怪我で。
そもそも男に変化した時点で神前には出られないだろう。影武者を立てる様な行事もこれと言って無かったので、それなら療養中で誤魔化せるという判断が最終的に上層部で決定されたのだ。
しかし、普通療養とくれば病気と言うのが多いだろう。だが、それを言ったら上層部はこう言った。
『佐保なら怪我の方が真実味があると思う』
『そうだな、風邪とかなら絶対に誰も信じないな。かなり強いウイルスじゃないと』
『ああ、全身複雑骨折とかならあり得るな』
とりあえず、上層部は全員ボコッたーー特に男性陣。
女性陣は要領が良いのか、おほほほと高みの見物をしていたのを覚えている。
まあそんなわけで、『刺客から悠遠陛下を守る為に大怪我をした王妃は療養中』という公式発表をしてもらった所、特にこれといったツッコミもなく受け入れられたという。
本当に、どうしてくれよう、嵐の国
いつの日か、潰してくれよう、覚えてろ
という辞世の句を詠んでしまった私は絶対に悪くない。あと、辞世なんてとんでもない。神々の中で一番長生きをしてやるつもりなのだから。
そんなわけで、部屋にこもるのも一つだったが、どうせならこの機会にしか出来ない事をしようと考えた私は、凪国に連絡を取った。
ぶっちゃけ
「すいませんが、色々と色々な色々すぎる事情がありまして。詳しくはうちの外交官に聞いて下さい。って事で、お邪魔させて下さい」
丁度、嵐国に滞在していた凪国の外交官に交渉して連絡を取ってもらい、凪国側から無事に了承を得た結果、こうして私は果竪后と共にお茶会するに至ったのだった。
まあ、向こうもたかだか半年ほどで遊びに来るとは思わなかったらしいが、それでも快く受け入れてくれた。非公式とはいえ、突然の他国の王妃の来訪にとても親切にしてくれた。
「こんな、優しくてくれた事、無かったっ」
思わず涙ぐむ私に、凪国の上層部の皆様がとても心配してくれた。
なんて優しいのだろう。
え?怒らせると恐い?
そんなもの、怒らせなければ良いではないか。
あと、有事の際には恐くても当然だ。
そんなわけで、私は無事に凪国の地を踏んだ。
転移陣万歳。通信手段の発達万歳。
まあ、転移陣から炎水界に移動した後は、凪国外交官の帰還の船に乗せてもらってきたので、高性能船舶も万歳。神力使用制限の緩和もそうだが、科学技術発達は神々にとっても恩恵をもたらしてくれている。
「それで、こっちにはどれぐらい居られるんですか?」
「え~と、薬の効果が切れるまで?」
となると一月だが、それはさすがに無理な事は私にも分かっている。しかし、出来ればギリギリまでここに居たい。それに、私が居なくても向こうは大丈夫だろう。なんたって、上層部が居るし。王妃は全身複雑骨折なんだから、一月ぐらい療養してたって誰も文句は言うまい。言うなら、側室とれ、後宮を解放しろ。
まあ、他国の王妃が一月も別の国に居るとなればとやかく言う者達も出てくるかもしれないが、そもそもここに居るのは私--佐保という名の少年であるから、対外的には問題ないだろう。
「あるよ、問題」
「きゃっ!! 朱詩?!」
ガバッと果竪后に抱きついてきたのは、凪国上層部ーー朱詩様だった。天性の男狂いと謳われる凄まじい色香と愛らしく可憐な美貌は天使すらも足下に及ばない。
本来であれば、それを目にした者達は理性も何もかも消え去るのだがーー。私からすれば、なんてことはない。
というのも、私にとって『顔が良くても中身が重要』だからだ。散々自国の美形上層部からコケにされている私からすれば、顔が良いからなんだ!!と逆にわめき散らす対象に過ぎない。
「果竪后が羨ましい……しっかりと溺愛されてて。その溺愛体質下さいっ」
「いやいや、私も昔は女の子扱いされてなかったですよ? 明睡なんて私のことボッコボコにしたし」
ギクリと、部屋の外から揺れる気配に私は気づいた。宰相様、近くに居るの?
「茨戯は『アンタ本当に女?』とか色々と言ってきたし、鼻で笑ったし。むしろ、上層部のみんななんて二度見と凝視、失笑は基本だったし」
そして果竪后はにっこりと笑ってトドメをさした。
「朱詩も含めて、嘲笑、罵倒、暴力なんて普通だったから」
ね?と微笑まれた朱詩様はというと。
「全て過去の事だよ」
と言い切るその図太すぎる神経も凄いが、ぎゅぅっと果竪后を抱きしめて頬ずりする姿は何ともまあ。果竪后から暑いと言われてもめげない根性に乾杯したい。
「だよね、今は溺愛体質ですよねっ!」
「佐保さんだって溺愛されてると思いますよ?」
「どこがですかっ」
この点に関しては、果竪后の頭が沸いているか目が腐っているとしか思えない。散々神をコケにする奴ら。上層部だけじゃなく、関わる者達全員がそうだ。そしてこれから関わる者達もそうだろう。
どちらかと言うと、溺愛体質は悠遠だろう。誰もが悠遠を見た途端、異常なまでに過保護となり真綿にくるむように大切に大切に守っている。そして上層部のお色気ムンムンな美女達に加え、絶世の美女と見紛う男の娘達揃いの男性陣の熱狂的なファンの多いこと多いこと。
そんなファンからも、私はコケにされていた。むしろなんであんたが王妃?どこに威厳が?その顔で?ってか王妃の基準って何?
なんか裏工作して王妃の座を奪い取ったのでは?!
と勘ぐられる始末。
「なんかもうね、死ね美形とか思うわけですよ。男の娘も敵です、私にとって。ああ、凪国は別ですけどね。最初はあんた方も抹殺してくれようかと思わなかったと言えば嘘になりますが」
「恐いね」
くすくすと笑いながら、朱詩様が果竪后の髪を弄ぶ。見た目は無邪気で愛らしく可憐な美姫だが、内面は無邪気とは裏腹の腹黒さと残忍さ、怜悧冷徹さや冷酷さしかない--と、私は嵐国上層部から聞いた事がある。
「けど、本当に大丈夫なの?」
「何がですか?」
「そりゃあ今は男に変化しちゃってるけど、それでも佐保后は嵐国王妃。後宮の奥深くに引きこもっている王妃ならまだしも、佐保后の場合は顔を見知っている者達も多いんじゃない?」
まあ、公式の行事とか、訪問とか色々やってはいるが。
「いやいや、未だに地方とかだけじゃなくて、王都でも私を見て王妃だと思う神って少ないですからね」
名乗っても信じられない始末。上層部を引き連れてようやく認めてもらえるといった有様だ。しかもその上層部が、一神だけでは王妃と認めてもらえないという事実に爆笑しているから始末に負えない。
なら、気品と威厳のある誰が見ても王妃だと信じる女性を王妃にしろよ!!
そう怒鳴った事も数知れず。
「それに、男となった今なんてね……」
試しに、男となった姿で王妃の顔を知る貴族達の前に出てみたが。
『ああ、佐保王妃様の親戚の方ですか。ってか、むしろ親戚でなければあの奇跡の平凡顔を再現する事は無理でしょうねぇ。ああ、群衆に埋もれて気づかれにくいってのは重要ですよ? 特に隠密業では目立たないが鉄則ですから』
なんていう意見を筆頭に、似たような意見をたくさんもらったのは言うまでも無い。その中には、私をコケにしている、侮辱しているとしか思えないお言葉の数々もあったが。
「で、でも、佐保さんは王妃の仕事を頑張ってるよ!!」
「そりゃあ、王妃になったからには頑張りますよ」
王宮での仕事だけでなく、王都に降りたり地方に出向いたりして訪問の仕事やら何やらを行っている。時には、王妃の身分を隠して調査などにも出向いていた。そうーーだぁれも気づかないし、王妃だと。平凡顔万歳。
「毎日毎日公務以外にも頑張って勉強して、武術の特訓もしてて」
「何せ悠遠王陛下の盾ですからね、私」
刀と言うよりは、ひたすら盾業を求められる。むしろ、陛下の為に囮にさせられる事度々、捨て駒にされ切り捨てられる事もしばしば。神質にとられ、悠遠の身柄と引き替えとなった時には毎回見捨てられている始末である。そのせいか、最近では神質にして交換といった手法を取る刺客が減ってきた事だけは幸いではあるが……何だろう、この敗北感。
「ってか、女の子なのに毎回毎回傷だらけになってさ……いや、傷だらけの王妃って居る? 戦争中ならまだしも」
「え、えっと……」
問われた果竪も答えに困るのか曖昧に笑うしか無い。
「私はですね、普通の幸せが欲しいんです。そう、別に相手は絶世の美貌の持ち主とか、王様とかじゃなくて、普通の平凡な男性と恋愛して互いに大切に思い合って、結婚して穏やかな家庭を築いていく。毎回じゃなくても、『君が大事だよ』とか言ってくれたりする様な夫婦になりたいの。そう、私だって女の子なんだもの。好きな神に守られたり大切にされたりしたい、愛されたいって思うのはダメなのかしら?」
「佐保さん……」
「別に恋愛が素晴らしいとかそういう考えはないです。王族と貴族の結婚は大戦前と比べて格段に減ったとはいえ、政略結婚もまだまだ普通の事ですし。でも、政略結婚ならせめて尊敬しあう仲で居たいと思うのダメなんでしょうかね?」
尊敬は……まあ、している。悠遠は決して名ばかりの王でない事を私は知っているから。
「まあ、私がその尊敬に値しないと言う相手であるのならば仕方が無いわ」
「なんか含みのある言い方だね」
それまで黙っていた朱詩様に、私はきっぱりと言った。
「そういう尊敬しあえる相手を探せば良いのよ。喜んで悠遠王の盾となり、捨て駒となる事を幸福とし、切り捨てられる事を享受出来る女性ーーそう、それでいて悠遠王を支え、強力な後見を持つどこぞの姫君でも迎えればいいのよ」
「いや、姫君だと盾にはなれないと思うよ。刺客と戦ったら一発で終わりだと思うし」
「なら、後見として名家の姫君を数神、盾となり、捨て駒となれる女性を数神ほど後宮入りさせれば良いだけよ」
「君もたいがい酷い事を言うよね」
「性格なんてとっくに歪んでるわよ」
あんだけコケにされ続ければ。なんたって嵐国は何でも悠遠、悠遠、悠遠であるのだから。過保護過ぎるという言葉は彼らには存在しない。
私の事は常に放置だと言うのに--ケッ。
「なのに、そうやって毎回苦労している私に与えられるのは鞭ばっかりってね」
他は知らないが、私の場合は鞭、鞭、鞭。飴はごくたまに与えられるが、食べて驚きのしょっぱい飴や辛すぎる飴ばかり。一度で良いから、美形達に囲まれて優しくされたい、愛されてみたい、ってか逆ハーレムカモン。
「私、佐保さんの事大好きだよ」
「ありがとう果竪后。もし私が男だったら嫁にしてます」
「え? 果竪狙い? うちの陛下とバトる気?」
その前にボクが相手になるよと小声で言う朱詩様を無視して、私は果竪后を抱締めた。
あ~、癒やされる。
「ああぁぁぁ! 果竪に抱きつくなよっ」
「女同士なんだから良いです」
「今は男だろ!!」
「あの馬鹿亭主のせいでね!!」
くわっとナマハゲも驚きの顔で叫ぶ私に、朱詩様は押し黙った。
「……まあ……うん、その、事が収まるまでゆっくりしなよ」
「そうね、女に戻るまでゆっくりさせてもらいたいです。でないと、苛々して嵐国の上層部を数神潰しかねないから」
「うん、まあーーたいていはあの顔と色香にやられて理性を失う奴らが多いのに、それをものともせずにボコボコに出来るのは佐保后ぐらいなもんだよ、うん」
「美形は敵です。あ、滞在費は嵐国につけておいて下さい」
「税金使うの?」
「違います。私が自分で稼いだお小遣いから出すに決まってるじゃないですか」
お小遣いと言っても、私が品種改良した薬草やらを売りさばいて得た収入は結構な額となる。高い標高でも実る植物、雨風に強い作物などの研究が私の趣味だった。
それを話したら、果竪后が食いついてきた。
「大根について是非っ」
大根についてとても熱く語られた。
「税金使わないのは良いけど、でも王妃が副職って……まあ、果竪も同じだから別に良いけどね」
国に貢献しているのだから、ただの趣味や娯楽ではない事は朱詩様も重々承知していた。現に、嵐国の特産の作物のいくつかは私が改良した作物なのだから。
「最近お金を使う事もあまり無かったし、買い物でもしようかなぁ」
「あ、私も新作の大根の種が出るから買いに行きたいっ」
「行こう行こう!!」
「はぁ~、なら警護を」
「「いらない」」
同時に言い切って、私は果竪后と顔を見合わせた。
もしかしたら私達、とっても気が合うのかもしれない。
「あのねぇっ! 王妃二神だけで行かせられるわけないだろ」
「じゃあ誰がついてくるんですか?」
「もちろん、ボクか茨戯」
「「そっちの方が危険だし」」
そこだけは残念ですが、絶対に譲れません。
「なんで?!」
「だって、私も佐保ちゃんも平凡顔でしょう?」
「群衆に埋没したらまずどこにいるか分からないぐらいだし」
「で、私も王都を一神で歩いていて王妃ってバレた事ないし」
「私も実際にバレなかったし、ってか男だし」
そうーー思い起こせば、一神で歩いていて危険な目にあった事は殆ど無い。喧嘩や騒動に自ら首を突っ込みに行かなければ。
むしろ危険なのは。
「逆に朱詩とか上層部と一緒に行った方が毎回絡まれるの、朱詩達狙いの神達に」
「私も嵐国ではそうでした。上層部狙いに絡まれ、追いかけ回され、襲われーーああ、襲われは上層部の場合は文字通りで助けに走り、私の場合は殺りに来られてた所がありますが」
「って事なので、わざわざ狙われる危険性を高める相手と行くのはちょっと」
酷い!!と喚く朱詩様は無視し、私達は王都歩きの計画を立てたのだった。実に無難な選択である。
その後、薬の効き目が切れる一月掛けて、私は果竪后と遊び倒した。
まあ、滞在費はしっかりと自分持ちなので誰にも文句は言わせないけどね。
そして、私は果竪という無二の親友を手に入れたのだった。