六.
放課後。
帰りのホームルームが終わる。
俺が鞄を持って立ち上がったとき。
「ねえ」
宮野が声をかけてきた。
「ん?」
「今日、一緒に帰らない?」
「いいよ」
宮野は少しだけ目を細めた。
「……ほんと?」
「ああ」
「よかった」
「どこか寄るの?」
「うん」
「どこ?」
「秘密」
「また?」
「うん」
宮野は笑った。
校門を出る。
四月の夕方は、まだ少し肌寒かった。
「こっち」
宮野が俺を案内する。
「こっち家と逆方向なんだけど」
「知ってる」
「知ってて連れていってるの?」
「うん」
「ひどくない?」
「だって今日は私が案内する日だから」
「そんな日、初めて聞いた」
「今日作った」
そんなことを話しながら歩く。
学校から少し離れる。
住宅街を抜ける。
やがて、小さな公園が見えてきた。
「ここ?」
「うん」
宮野が公園の奥へ歩いていく。
そこには一本の桜の木と、古いベンチがあった。
「ここ、去年見つけたの」
「へえ」
「学校から近いのに、あんまり人来ないんだよ」
宮野がベンチに座る。
「座る?」
「うん」
俺も隣に座った。
少しだけ間を空けて。
風が吹く。
桜の花びらが一枚、足元に落ちた。
「去年ね」
宮野が言った。
「入学したばっかりの頃、ここに来たの」
「一人で?」
「うん」
「なんで?」
「学校、疲れたから」
「一年生なのに?」
「一年生だからだよ」
宮野が笑う。
「知らない人ばっかりだったし」
「まあ、そうだな」
「それで、ここに来たら桜が咲いてて」
宮野は遠くを見る。
「なんか、安心したの」
「……へえ」
「だから、たまに来るようになった」
俺も桜を見る。
確かに静かだ。
学校から少し離れただけなのに、別の場所みたいだった。
「じゃあ、なんで俺を連れてきたの?」
宮野は答えない。
「宮野?」
「ん?」
「聞いてる?」
「聞いてるよ」
「じゃあ答えて」
「うーん……」
宮野は少し考えた。
「今年は、一人で来るのやめようかなって思って」
「なんで?」
「一人より、二人のほうが楽しいから」
「誰でもいいの?」
何気なく聞いた。
宮野が俺を見る。
「……誰でもいいわけじゃないよ」
「え?」
「なんでもない」
まただ。
俺はそれ以上聞かなかった。
宮野が鞄から一枚の写真を取り出した。
「これ」
「……写真?」
去年の文化祭の写真だった。
その端に、小さく俺が写っている。
「これ、覚えてる?」
「文化祭だろ?」
「うん」
「俺、何してたっけ」
「知らない」
「知らないのかよ」
「でも」
宮野が写真を裏返す。
青いペンで書かれた言葉。
そこには。
『この頃から、ちょっと気になってた』
俺は言葉が出なかった。
宮野も何も言わない。
風だけが吹いている。
桜の花びらが、俺たちの間に一枚落ちた。
「宮野」
「……なに?」
「これって――」
「待って」
宮野が遮った。
「今は、聞かないで」
「……なんで?」
「まだ言えないから」
小さな声だった。
でも、今度の言葉には、逃げるような響きがなかった。
「……分かった」
俺は写真を見る。
宮野は少しだけ安心したように息を吐いた。
「ありがとう」
「何が?」
「待ってくれて」
その言葉の意味を。
俺はまだ、全部は理解できなかった。




