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ゆず  作者: にく
春 - 主人公
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1/6

一.

 春という季節は、どうにも落ち着かない。


 桜が咲いているからとか、新しいクラスになったからとか、そういう理由だけじゃない。


 冬とは少し違う風が、開け放した窓から教室へ入り込んでくる。


 暖かいような、まだ少し冷たいような。


 その中途半端さが、妙にそわそわする。


「……眠い」


 机に頬杖をつきながら、俺は黒板を眺めていた。


 高校二年生。


 クラス替え初日。


 担任が黒板に書いた新しいクラス名簿を、教室のあちこちでみんなが確認している。


 誰と一緒になった。


 誰と離れた。


 あの先生だ。


 今年は楽そう。


 そんな声が、あちらこちらから聞こえてくる。


 俺には、特に気になることもなかった。


 仲のいい友達は何人かいる。


 部活もそれなり。


 成績も、悪くはない。


 彼女はいない。


 欲しいかと言われれば――まあ、いたらいいな、くらい。


 そんな、どこにでもいる高校二年生。


 それが俺だった。


「ねえ」


 突然、声をかけられた。


「ん?」


 顔を上げる。


 そこには、一人の女子が立っていた。


 肩まで伸びた黒髪。


 少し眠そうな目。


 手には、新しい教科書が数冊。


 見覚えがある。


「……お前、去年も同じクラスだったよな?」


「ひど」


 彼女は少しだけ頬を膨らませた。


「一年間、同じクラスだったのに」


「いや、覚えてるって」


「ほんと?」


「ほんとほんと」


「じゃあ、名前は?」


「…………」


「ほら」


 からかうように笑う。


 俺は一度だけ目を逸らしてから、答えた。


「……宮野」


「正解」


 宮野は満足そうに頷いた。


「じゃあ、今年もよろしくね」


「ああ。よろしく」


 それだけだった。


 たった、それだけ。


 このときの俺は、まだ何も知らなかった。


 この一年間が、今までの高校生活の中で一番長くて、一番短い一年になることも。


 あの日の何気ない「よろしく」が、あとになって何度も思い出す言葉になることも。


 もちろん、このときの俺には知る由もなかった。

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