一.
春という季節は、どうにも落ち着かない。
桜が咲いているからとか、新しいクラスになったからとか、そういう理由だけじゃない。
冬とは少し違う風が、開け放した窓から教室へ入り込んでくる。
暖かいような、まだ少し冷たいような。
その中途半端さが、妙にそわそわする。
「……眠い」
机に頬杖をつきながら、俺は黒板を眺めていた。
高校二年生。
クラス替え初日。
担任が黒板に書いた新しいクラス名簿を、教室のあちこちでみんなが確認している。
誰と一緒になった。
誰と離れた。
あの先生だ。
今年は楽そう。
そんな声が、あちらこちらから聞こえてくる。
俺には、特に気になることもなかった。
仲のいい友達は何人かいる。
部活もそれなり。
成績も、悪くはない。
彼女はいない。
欲しいかと言われれば――まあ、いたらいいな、くらい。
そんな、どこにでもいる高校二年生。
それが俺だった。
「ねえ」
突然、声をかけられた。
「ん?」
顔を上げる。
そこには、一人の女子が立っていた。
肩まで伸びた黒髪。
少し眠そうな目。
手には、新しい教科書が数冊。
見覚えがある。
「……お前、去年も同じクラスだったよな?」
「ひど」
彼女は少しだけ頬を膨らませた。
「一年間、同じクラスだったのに」
「いや、覚えてるって」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
「じゃあ、名前は?」
「…………」
「ほら」
からかうように笑う。
俺は一度だけ目を逸らしてから、答えた。
「……宮野」
「正解」
宮野は満足そうに頷いた。
「じゃあ、今年もよろしくね」
「ああ。よろしく」
それだけだった。
たった、それだけ。
このときの俺は、まだ何も知らなかった。
この一年間が、今までの高校生活の中で一番長くて、一番短い一年になることも。
あの日の何気ない「よろしく」が、あとになって何度も思い出す言葉になることも。
もちろん、このときの俺には知る由もなかった。




