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もし信長が生きていたら ― 本能寺から始まるもう一つの天下 ―  作者: マーたん


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父を超える日

織田信忠の一言


父上。


幼い頃の私は、あなたの背中があまりにも大きく見えていました。


戦では誰よりも強く、家臣からは尊敬され、民からは慕われる天下人。


その姿を見て育った私は、「父上を超えることなどできるのだろうか」と何度も考えました。


ですが、父上は私にこうおっしゃいました。


「余を超えよ。」


「それが親の願いだ。」


その言葉を聞いた日から、私の目標は変わりました。


父上の背中を追い続けるだけではなく、その志を受け継ぎ、さらに先へ進むこと。


それが織田家の嫡男としての務めであり、一人の息子として父へ返せる恩だと思っています。


私はまだ未熟です。


それでも、父上が信じてくださった未来のために、一歩ずつ歩み続けます。


どうか皆様も、父から子へ受け継がれる想いと、未来へつながる絆を見届けてください。


――織田信忠

第六十八章 父を超える日


若狭の海に、ゆっくりと朝日が昇る。


夜明けの霧は少しずつ晴れ、水平線の彼方には無数の軍船の影が浮かび上がっていた。


織田軍。


レオン・ヴァルディス率いる忠誠派艦隊。


そして、ヴォルグ・カイゼル率いる反乱艦隊。


決戦は、もう避けられない。


港では兵士たちが鎧を締め直し、刀を研ぎ、弓兵は弦を張り直していた。


砲兵たちは異国の大砲へ火薬を運び込み、水夫たちは帆を整えている。


誰一人として私語はない。


皆、それぞれが守るべきものを胸に秘めていた。


その中で、一人静かに海を見つめている青年がいた。


織田信忠。


天下人・織田信長の嫡男である。


信忠は父から授かった刀をゆっくりと抜いた。


朝日を浴びた刀身が黄金色に輝く。


「父上……。」


その一言とともに、幼い頃の記憶が胸にあふれ出した。



幼い信忠は、父の姿が少し怖かった。


家臣たちは皆、信長を恐れ、敵は鬼神のようだと噂した。


「天下人。」


その言葉の意味は分からなかった。


ただ、自分の父は誰よりも強い人なのだと思っていた。


しかし、家へ帰れば違った。


「信忠!」


「今日は何をして遊んだ?」


父は笑顔で迎えてくれる。


木馬を作り、一緒に庭を走り回る。


時には魚釣りへ行き、時には城下町へ連れ出してくれる。


「父上!」


「魚が釣れました!」


「そうか!」


「今日はお前の勝ちだな!」


その笑顔は、戦場では決して見せない父の顔だった。



ある夏の日。


信長は信忠を市場へ連れて行った。


「父上。」


「なぜ武士なのに市場へ行くのですか。」


信長は商人の店先で足を止めた。


「信忠。」


「この商人がいなければ兵糧は集まらぬ。」


「鍛冶屋がいなければ刀はできぬ。」


「農民がおらねば米は育たぬ。」


「武士だけでは国は成り立たぬのだ。」


信忠は驚いた。


父は城より町を見ていた。


武士より民を見ていた。


その日から信忠も人々を見るようになった。


市場で笑う子ども。


畑で働く老人。


汗を流す職人。


その一人ひとりが国を支えていることを知った。



秋の日。


信忠は剣術の稽古で初めて父へ挑んだ。


「参ります!」


力いっぱい木刀を振る。


しかし一瞬だった。


「甘い。」


父は軽く受け流した。


何度挑んでも勝てない。


悔しくて涙が止まらなかった。


「私は弱い……。」


信長は木刀を地面へ置いた。


「信忠。」


「人と比べるな。」


「昨日のお前と比べよ。」


「一歩でも前へ進めば、それがお前の勝ちだ。」


「余もそうしてここまで来た。」


信忠は涙をぬぐい、大きくうなずいた。



冬。


雪が降る日。


父子は静かに囲炉裏を囲んでいた。


信忠が尋ねる。


「父上。」


「戦は好きですか。」


信長は少し考えて答えた。


「嫌いだ。」


信忠は驚いた。


「では、なぜ戦うのですか。」


信長は炎を見つめながら静かに語る。


「戦を終わらせるためだ。」


「誰も泣かぬ国を作るためだ。」


「だから余は剣を抜く。」


その横顔を見て信忠は思った。


父は戦好きではない。


平和を守るために戦っているのだと。



さらに時は流れる。


信忠が初陣を迎えた日。


戦場には矢が飛び交い、馬が倒れ、人々の叫びが響いていた。


恐怖で身体が動かない。


その時だった。


信長が馬を駆け、信忠の前へ立った。


「信忠!」


「父上!」


「敵を見るな!」


「民を見よ!」


「仲間を見よ!」


「守るべき者だけを見ろ!」


その言葉で恐怖は消えた。


信忠は再び立ち上がった。



現在。


若狭の港。


法螺貝が鳴る。


敵艦隊接近。


兵士たちが持ち場へ走る。


レオンは海図を確認しながら命令を出す。


「第一艦隊、左舷へ!」


「第二艦隊、港を守れ!」


秀吉は兵糧隊へ指示を飛ばす。


家康は守備隊を配置する。


十兵衛は静かに刀を抜き、弥助は巨大な槍を肩へ担ぐ。


全軍の視線が信長へ集まった。


信長はゆっくり軍配を掲げる。


「皆の者。」


「今日守るものは城ではない。」


「国でもない。」


「未来だ。」


兵士たちは一斉に声を上げる。


「おおおおっ!」


信忠は父の隣へ進み出た。


「父上。」


「私はまだ未熟です。」


「父上ほど強くもありません。」


「ですが。」


「父上が命を懸けて築いた未来だけは、この命に代えても守ります。」


信長は息子の肩へ手を置いた。


「信忠。」


「余を超えろ。」


「余を超えられる者だけが、新しい時代を作れる。」


「父を越えることを恐れるな。」


「それが親の願いだ。」


信忠の目から涙がこぼれる。


「はい。」


「必ず。」


「父上を超えてみせます。」


秀吉はその姿を見て目頭を押さえた。


「立派になられましたな……。」


家康も静かにうなずく。


「織田家は安泰です。」


レオンは二人の姿を見つめ、小さく笑った。


「親から子へ。」


「国は違っても、その想いは変わらない。」


その瞬間――


ドォォォォン!!


海を揺るがす砲声が響いた。


ヴォルグ艦隊が砲撃を開始したのである。


巨大な水柱が何本も立ち上る。


兵士たちに緊張が走る。


信長はゆっくりと刀を抜いた。


「行くぞ!」


「未来を守る戦いだ!」


信忠も刀を抜く。


「父上!」


「共に!」


親子は並んで馬を走らせる。


兵士たちも続く。


無数の軍船が海へ進み、軍旗が朝日に大きく翻る。


父の背中を追い続けた少年は、今や父と肩を並べて戦う武将となった。


だが、信忠の旅はまだ終わらない。


その先には、父を超え、新たな時代を切り開くという大きな使命が待っていた。


若狭の海を渡る風は力強く吹き抜ける。


まるで未来そのものが、若き武将を歓迎しているかのように――。

織田信長の一言


信忠は、幼い頃から余の背中を追い続けてきた。


剣を学び、兵法を学び、人の心を学び、武将として着実に成長してくれた。


親として、これほど嬉しいことはない。


だが、親の役目は子に追いつかれないことではない。


子が親を超え、新しい時代を築く土台となることだ。


いつの日か、余の名を越える武将となってくれるなら、それこそが余の誇りである。


時代は変わる。


国も変わる。


だが、人を想う心だけは決して変わってはならない。


信忠よ。


余の背中だけを見るのではない。


余が見つめていた、その先の未来を見よ。


そして、お前自身の道を切り開け。


その日が来たなら、余は天下人ではなく、一人の父として心から喜ぼう。


――織田信長

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