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もし信長が生きていたら ― 本能寺から始まるもう一つの天下 ―  作者: マーたん


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信忠、父の背中

織田信忠の一言


父上。


幼い頃の私は、あなたのことが少し怖い人だと思っていました。


戦では誰よりも厳しく、家臣たちから畏れられる天下人。


その姿だけを見ていたからです。


ですが、私が転べば手を差し伸べ、迷えば静かに導き、失敗しても「次がある」と笑ってくださる父でもありました。


父上は私に剣の振り方だけではなく、人を思いやる心を教えてくださいました。


「武士は民を守るためにある。」


「天下人とは、多くの人を笑顔にできる者だ。」


その教えは、今も私の心の支えです。


私はまだ父上には遠く及びません。


それでも、いつの日か父上が安心して未来を託せる武将になりたい。


それが、織田家の嫡男としてではなく、一人の息子としての願いです。


どうか皆様も、この物語では天下人・織田信長だけではなく、一人の父としての優しさにも触れていただければ幸いです。


その背中は、私が生涯追い続ける、世界でたった一つの背中なのです。


――織田信忠

第六十七章 信忠、父の背中


夜明けの若狭。


東の空がゆっくりと赤く染まり、静かな海を黄金色に照らしていた。


港には無数の兵が集まり、出陣の準備が進められている。


鎧の音。


馬のいななき。


船乗りたちの掛け声。


誰もが迫り来る決戦を感じていた。


その中を、一人の若武者が歩いていた。


織田信忠。


信長の嫡男。


幼い頃から父の背中を見て育ち、次代の織田家を担う若き武将である。


信忠は海を見つめながら、小さくつぶやいた。


「父上……。」


幼い頃、信忠にとって父・信長は恐ろしい存在だった。


戦では鬼神のように敵を打ち破り、家臣たちの前では威厳に満ちあふれていた。


しかし、家へ帰るとまるで別人だった。


「信忠。」


「今日は何を学んだ。」


そう言って笑いながら頭を撫でてくれる父。


木刀を持てば、自ら相手をしてくれた。


書を学べば、「文字には人の心が宿る」と教えてくれた。


時には市場へ連れ出し、商人の話を聞かせ、農村では田植えを見せながら語った。


「国を治めるとは、城を守ることではない。」


「人を守ることだ。」


その言葉は幼い信忠の胸に深く刻まれた。



ある年の春。


父子二人だけで桜を見に出掛けた。


満開の桜並木を歩きながら、信忠は父へ尋ねた。


「父上。」


「天下人とは、どのような人なのでしょうか。」


信長は少し考え、桜の花びらを手に取った。


「信忠。」


「天下人とは、一番強い者ではない。」


「一番多くの人を笑顔にできる者だ。」


「戦は、そのための最後の手段に過ぎぬ。」


信忠は静かにうなずいた。


「私も、そのような武将になりたいです。」


信長は優しく笑った。


「なれる。」


「お前ならきっと。」



さらに年月は流れた。


信忠が初めて戦場へ立った日。


敵の矢が雨のように降り注ぐ。


恐怖で足が震えた。


その時だった。


信長が馬を駆り、信忠の前へ立った。


「下を向くな!」


「敵を見るな!」


「守るべき者を見よ!」


その一言で信忠は顔を上げた。


背中には父がいた。


その背中は、どんな城よりも大きく、どんな山よりも頼もしく見えた。



現在――。


若狭の港。


信忠は甲冑の紐を締め直し、出陣の支度を終える。


そこへ信長が歩いてきた。


「信忠。」


「準備はできたか。」


「はい、父上。」


信長は息子の鎧を見つめる。


「立派になったな。」


信忠は照れくさそうに笑う。


「まだ父上には及びません。」


信長は首を横に振った。


「余を超えよ。」


「それが親の願いだ。」


信忠は驚いた。


「父上……。」


「余は永遠には生きられぬ。」


「だからこそ、お前たちが未来を築くのだ。」


「戦のない世を完成させるのは、お前たちの役目だ。」


信忠の目には涙が浮かんだ。


「必ず。」


「父上の志を受け継ぎます。」


その様子を見ていた秀吉は、静かに目頭を押さえた。


家康も微笑む。


「信長殿には立派な後継ぎがおられる。」


レオンはその親子の姿に感動し、小さくつぶやいた。


「国は違っても、父が子へ託す想いは同じなのですね。」


信長は信忠の肩を力強く叩いた。


「さあ、行こう。」


「未来を守るために。」


法螺貝が高らかに鳴り響く。


港では艦隊がゆっくりと動き始めた。


朝日に照らされる親子の背中。


その二つの背中を見つめながら兵たちは思った。


「織田の未来は、この親子が切り開いていく。」


そして若狭の海には、新たな決戦の幕が静かに上がろうとしていた。

登場人物


織田信長おだ のぶなが

天下統一を成し遂げた戦国武将。厳格な天下人として知られる一方、信忠には武士の心、人を思いやる心、そして未来を託す父としての愛情を惜しみなく注ぐ。


織田信忠おだ のぶただ

織田家の嫡男。父・信長を誰よりも尊敬し、その背中を追い続ける若き武将。乱世を終わらせ、父の理想を受け継ぐことを誓っている。


羽柴秀吉はしば ひでよし

信長の忠臣。信長と信忠の親子の絆を温かく見守り、未来を担う信忠の成長を喜んでいる。


徳川家康とくがわ いえやす

信長の盟友。信忠の器量を認め、織田家の未来を支える若き後継者として期待を寄せる。


柳生十兵衛やぎゅう じゅうべえ

信長に仕える剣豪。信忠へ剣術だけでなく、武士としての心構えも伝える良き師でもある。


弥助やすけ

信長の側近。信長親子を守ることを使命とし、信忠の成長を間近で見届ける忠義の武将。


艦隊総督 レオン・ヴァルディス

異国の総督。信長と信忠の親子の姿に感銘を受け、自国の未来を担う若者たちへ希望を託そうと決意する。


土田御前どた ごぜん

信長の母。物語では回想として語られ、信長が信忠へ伝える教えの原点となる存在。


生駒吉乃いこま きつの

信忠の母。直接は登場しないが、その深い愛情と優しさは信忠の人格形成に大きな影響を与えている。


織田軍の将兵

信長と信忠の親子を支える武将や兵士たち。二人の姿に希望を抱き、決戦へ向かう仲間たち。

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