荒木村重との想い
荒木村重の一言
上様。
私はあなたを裏切った男として、歴史に名を残しました。
ですが、私の心から忠義が消えた日は、一日としてありませんでした。
武将には守るべきものがあります。
家族、家臣、領民。
そのすべてを守ろうとした結果、私はあなたと違う道を歩むことになりました。
あの日、もう少しだけ互いに語り合えていたなら。
酒を酌み交わし、本音を語れていたなら。
違う未来があったのかもしれません。
それでも私は、あなたという天下人に仕えた日々を誇りに思っています。
信長様。
どうか乱世を終わらせ、誰も裏切る必要のない世を築いてください。
それが、私の最後の願いです。
――荒木村重
第六十三章 荒木村重との想い
若狭沖海戦を目前に控えたある日。
信長は軍議を終え、一人静かに天守の縁側へ腰を下ろしていた。
夕焼けが空を赤く染め、吹き抜ける風が頬を撫でる。
その景色を眺めていると、ふと一人の武将の顔が脳裏によみがえった。
荒木村重。
かつて織田家の重臣として仕え、数々の戦で功績を挙げた男。
そして、信長を裏切った武将でもあった。
信長は静かに目を閉じる。
「村重……。」
⸻
摂津を治めていた頃の村重は、誰よりも勇敢な武将だった。
戦場では先陣を切り、兵を守り、領民からも慕われていた。
初めて村重と酒を酌み交わした夜。
信長は笑いながら言った。
「村重。」
「おぬしほど酒が強い武将は見たことがない。」
村重は豪快に笑う。
「上様には負けます。」
「天下を取るには酒も強くなければなりませぬ。」
二人は夜遅くまで語り合った。
戦のこと。
民のこと。
未来のこと。
村重は真剣な眼差しで言った。
「私は上様と共に、この乱世を終わらせとうございます。」
信長は盃を掲げる。
「共に生きよう。」
「共に天下を築こう。」
二人の盃が静かに重なった。
⸻
だが、運命は残酷だった。
時が流れ、村重は謀反を起こす。
その報せを聞いた信長は、しばらく何も言えなかった。
秀吉が恐る恐る声を掛ける。
「上様……。」
信長は静かにつぶやく。
「なぜだ。」
「なぜ村重が……。」
家康も言葉を失っていた。
誰も信じられなかった。
あの忠義に厚い村重が反旗を翻すとは。
⸻
ある夜。
戦になる前、村重は密かに信長へ一通の書状を送っていた。
『上様。
私はあなたを憎んではおりませぬ。
今でも尊敬しております。
ですが、家族、家臣、領民を守るため、この道を選ぶしかありませんでした。
願わくば、来世では敵ではなく、再び酒を酌み交わしたい。
荒木村重』
その手紙を読んだ信長は、静かに目を閉じた。
「村重……。」
「おぬしも苦しかったのだな。」
⸻
現在――。
若狭の浜辺。
信長は海を見つめながら、小さくつぶやく。
「余は多くの敵と戦ってきた。」
「だが、一番辛い戦は、かつての仲間と刃を交えることだった。」
そこへ秀吉がやって来る。
「上様。」
「村重殿を思い出しておられたのですか。」
信長は静かにうなずく。
「ああ。」
「余は今でも思う。」
「もし、あの時もっと話し合えていたなら。」
「もし、村重の苦しみに気付けていたなら。」
「違う未来があったのかもしれぬ。」
秀吉は静かに言う。
「上様。」
「村重殿は最後まで上様を憎んではおりませんでした。」
「それだけは確かです。」
信長は夕焼けの空を見上げる。
「敵になっても、仲間だった日々は消えぬ。」
「それもまた、人の縁というものだ。」
その言葉を聞いていたレオンが近づく。
「私にも、ヴォルグという友がいました。」
「今は敵ですが……。」
信長はゆっくりとうなずく。
「ならば分かるだろう。」
「戦で勝つことよりも、友を失うことの方が辛い。」
レオンは静かに目を閉じた。
「ええ……。」
二人はしばらく無言で海を眺めていた。
沈みゆく夕日は海を赤く染め、まるで過去の思い出を優しく包み込むように輝いていた。
信長は胸の中で村重へ語りかける。
「村重。」
「もし、おぬしが今ここにいたなら。」
「共にこの国を守るため、肩を並べて戦えたであろう。」
風が静かに吹き抜ける。
その風はどこか懐かしく、まるで荒木村重が「上様、私はここにおります」と応えているようだった。
信長は静かに立ち上がる。
「過去は変えられぬ。」
「だが、未来は変えられる。」
その言葉を胸に、天下人は再び歩き始めた。
新たな世界と、新たな時代を切り開くために。
だし(荒木村重の妻)の一言
戦は、多くの命を奪います。
ですが、それ以上に悲しいのは、大切な人同士の心が離れてしまうことです。
夫・村重は決して悪人ではありませんでした。
誰よりも家族を愛し、家臣を想い、領民を守ろうとした武将でした。
けれど、その優しさが時代に翻弄され、信長様と敵同士になってしまったのです。
私は夫の苦しむ姿を、誰よりも近くで見てきました。
夜が明けるまで眠れず、家臣や民の未来を案じる夫の背中を、ただ見守ることしかできませんでした。
もし、戦のない世であったなら。
もし、人と人が争わずに語り合える時代であったなら。
夫は最後まで、信長様と笑い合う友でいられたでしょう。
どうか皆様。
この物語を読み終えたあと、一人でも多くの人が「平和とは何か」を考えてくだされば、それだけで私は嬉しく思います。
夫が守ろうとした想いも、信長様が目指した天下も、きっと未来へ受け継がれていくと信じています。
――だし




