日本歴史
ワシは信長じゃ
第百二十一章 日本歴史再構築戦――七人目の信長
本能寺の門を出た瞬間だった。
信長は足を止めた。
目の前に広がっていた町の景色が、先ほどまでとは完全に変わっていた。
燃えている。
家々が燃えている。
道には人々が逃げ惑い、泣き叫ぶ声が響いていた。
しかし、奇妙なことに、炎の中を走っている兵士たちの姿は、信長が知っているどの軍勢とも違っていた。
甲冑は黒い。
だが、戦国時代の甲冑ではない。
鉄のような装甲。
見たことのない武器。
そして、その旗に描かれているのは――。
織田家の家紋。
幸村が目を見開いた。
「信長様……」
「ああ」
信長も、その旗を見つめていた。
「織田家の旗だ」
「ですが……」
幸村は槍を握り直す。
「この世界には織田家が存在しないはずです」
「その通りだ」
四人目の信長が答えた。
「だからこそ、あれはおかしい」
天狼が敵兵を睨む。
「こちらへ来るぞ」
黒い兵士たちが、ゆっくりと近づいてくる。
その数は――。
百。
二百。
いや。
それ以上だった。
ルーカスが時の鍵を確認する。
「……信じられない」
「どうした?」
「この軍勢……」
「何だ」
「時間がありません」
信長が眉をひそめる。
「時間がない?」
「兵士一人一人が、違う時代から来ています」
「何?」
ルーカスは震える声で続けた。
「戦国時代の兵士」
「江戸時代の兵士」
「明治時代の兵士」
「大正、昭和、平成……」
「さらに未来の兵士まで混ざっています」
幸村が敵を見る。
「つまり……」
「歴史そのものを兵士にしている」
四人目の信長が呟いた。
「七人目め……」
現在の信長が聞く。
「知っているのか?」
「いや」
四人目の信長は首を横に振った。
「だが、私の世界でも似た現象があった」
「歴史の違う兵士たちが一つの軍隊として動いていた」
「それを指揮していた者がいた」
「誰だ?」
四人目の信長は答えた。
「七人目の信長だ」
その瞬間。
敵軍の奥から、一人の男が歩いてきた。
黒い外套。
長い髪。
腰には一本の刀。
顔は――。
やはり信長だった。
しかし、今までの信長とは違う。
彼は笑っていた。
冷たい笑みだった。
「久しいな」
現在の信長が刀を抜く。
「貴様が七人目か」
男は頷く。
「そうだ」
「余たちを知っているのか?」
「当然だ」
七人目は周囲を見渡した。
「現在の信長」
「未来の信長」
「選ばれなかった信長」
「戦国を終わらせられなかった信長」
「原点の信長」
「そして、歴史を記録する信長」
六人目が静かに歩み出る。
「……私まで知っているか」
「当然だ」
「ならば聞こう」
六人目が尋ねる。
「お前は何を望む?」
七人目は笑った。
「完成だ」
「完成?」
「ああ」
「私は、すべての信長を一つにする」
信長の表情が変わった。
「何だと?」
「お前たちは皆、失敗している」
七人目は言った。
「一人は本能寺で死ぬはずだった」
「一人は未来を支配しようとした」
「一人は選ばれなかった未来を生きた」
「一人は戦を終わらせられなかった」
「一人は歴史を記録するだけ」
「そして、お前は――」
七人目は現在の信長を見る。
「まだ、自分が何者なのか分かっていない」
信長は刀を握る。
「余を侮辱するか」
「違う」
七人目は笑う。
「事実を言っているだけだ」
⸻
幸村が一歩前へ出る。
「信長様を侮辱するな!」
七人目が幸村を見る。
「真田幸村」
「……!」
「お前のことも知っている」
幸村の顔が険しくなる。
「なぜ私の名を……」
「お前は、この物語において非常に重要な人物だからだ」
「物語?」
「そうだ」
七人目は笑う。
「お前がいることで、信長は何度も歴史を変えている」
幸村は槍を構える。
「だったら何だ!」
「お前がいる限り、信長は完全には壊れない」
七人目の目が鋭くなる。
「だから――」
「最初に、お前を消す」
信長が一歩前に出た。
「やってみろ」
七人目と信長の視線がぶつかる。
「余の仲間に手を出すなら――」
刀を構える。
「貴様が何者であろうと斬る」
七人目は笑った。
「その言葉を待っていた」
⸻
戦いが始まった。
黒い兵士たちが一斉に突撃する。
「来るぞ!」
天狼が叫ぶ。
幸村が槍を振る。
「おおおおおっ!」
一人。
二人。
三人。
次々と敵を倒す。
しかし、敵の数が多すぎる。
「多い!」
天狼が叫ぶ。
アレクシスも剣を振る。
「これではきりがない!」
ルーカスが叫ぶ。
「無理に倒さないでください!」
「なぜだ!」
「彼らは時間そのものです!」
「どういうことだ!」
「倒しても、別の時代から補充されます!」
幸村が驚く。
「ならばどうする!」
「指揮官を止めるしかありません!」
全員が七人目を見る。
七人目は動いていなかった。
ただ、信長を見ている。
「来い」
信長が走った。
「うおおおおっ!」
刀がぶつかる。
ガキィィィン!
七人目は受け止める。
「遅い」
「何?」
七人目の刀が信長の肩を狙う。
信長は身をひねる。
紙一重でかわす。
「なるほど」
信長が笑う。
「強いな」
「当然だ」
七人目は答える。
「私は、すべての信長の戦い方を知っている」
「何?」
「お前たちがどんな攻撃をするか」
「どんな判断をするか」
「どんな時に迷うか」
「すべて知っている」
信長は刀を振る。
七人目はかわす。
反撃。
信長が受ける。
再び攻撃。
またかわされる。
「くっ……!」
幸村が叫ぶ。
「信長様!」
「手を出すな!」
信長は叫んだ。
「こいつは余が倒す!」
七人目は笑った。
「そうだ」
「それでいい」
「一対一で戦え」
「そうすれば、お前は必ず負ける」
「……」
信長は黙った。
そして――。
刀を下げた。
七人目が眉をひそめる。
「何?」
信長は幸村を見る。
「幸村」
「はい!」
「一緒に戦うぞ」
七人目の表情が変わった。
「……」
「なぜ一対一にこだわる?」
信長は笑った。
「余は一人で戦う必要などない」
「仲間がいるからな」
幸村が笑う。
「はい!」
天狼も前へ出る。
「俺もいる」
四人目の信長も刀を構える。
「私もだ」
六人目も本を閉じる。
「私も手伝おう」
七人目の顔から笑みが消えた。
「……」
信長は言った。
「これが、お前の知らない余だ」
⸻
五人の信長が並んだ。
現在の信長。
四人目の信長。
六人目の信長。
そして、遠くにいる別の時間軸の信長たち。
七人目は、それを見ていた。
「愚かな」
「何がだ?」
「信長が集まれば、歴史は安定するとでも思っているのか?」
六人目が答える。
「安定させる必要はない」
「何?」
「歴史は、変わり続けるものだ」
七人目が笑う。
「それでは何も守れない」
「守る必要はある」
六人目は本を開いた。
「しかし、固定する必要はない」
「……」
七人目が刀を握る。
「ならば、すべて壊す」
⸻
その瞬間。
空が暗くなった。
町の上空に巨大な亀裂が現れる。
その向こうから――。
無数の城が見えた。
大阪城。
安土城。
江戸城。
そして、存在しないはずの巨大な城。
それらが空に浮かんでいる。
幸村が驚く。
「何だ、あれは……」
ルーカスが震える。
「歴史の残骸です」
「歴史の残骸?」
「存在した歴史」
「存在しなかった歴史」
「これから存在するかもしれない歴史」
「すべてが混ざっています」
信長は空を見た。
「……」
「これが七人目の目的か」
四人目の信長が答える。
「おそらく」
「歴史を一つにする」
「すべての可能性を一つにして、完全な世界を作る」
信長は首を横に振る。
「完全な世界など、存在せぬ」
七人目が叫ぶ。
「ならば作る!」
「不完全だから人は争う!」
「不完全だから国は滅びる!」
「不完全だから、大切な人を失う!」
「私は、そんな世界を終わらせる!」
信長は叫び返す。
「失うことも人生だ!」
七人目が止まる。
「……」
「余も、多くのものを失った」
「仲間も」
「故郷も」
「時間も」
「それでも――」
信長は幸村を見る。
「それでも、生きてきた」
「失ったものだけを見るのではない」
「今ここにあるものを見る」
幸村が頷く。
「それが、信長様です」
七人目は黙った。
しかし、すぐに笑う。
「ならば見せてみろ」
「その希望が、どこまで持つのか」
⸻
戦場がさらに広がった。
町の外から新たな軍勢が現れる。
今度は武士だけではない。
銃を持った兵士。
槍を持った兵士。
刀を持った兵士。
未来の装甲兵。
そして――。
信長自身の軍勢まで現れた。
「織田軍だ!」
幸村が叫ぶ。
しかし信長は違和感を覚えた。
「……」
旗。
兵士。
装備。
どれも見覚えがある。
だが、兵士たちの顔がない。
「人間ではない」
天狼が言う。
「何?」
「目を見ろ」
信長が見る。
兵士たちの目には、何も映っていない。
「こいつらは――」
四人目の信長が言う。
「歴史の記憶だ」
「記憶?」
「そうだ」
「七人目は、過去の戦いを再現している」
信長は理解した。
「つまり――」
「余が過去に戦った敵も出てくる」
「その通り」
「ならば――」
信長は刀を構えた。
「余も、過去を超える」
⸻
信長の前に、一人の武将が現れた。
かつて戦った敵。
さらに別の敵。
次々と現れる。
幸村が叫ぶ。
「信長様!」
「大丈夫だ!」
信長は走る。
一人を斬る。
二人目。
三人目。
過去の敵を、一人ずつ超えていく。
その横では幸村が戦っている。
「これでどうだ!」
槍が敵を吹き飛ばす。
天狼も戦う。
四人目の信長も戦う。
六人目は戦場を見ながら、歴史を書き換えている。
「ここを……」
本に文字を書く。
すると、敵軍の一部が消える。
「なるほど」
ルーカスが驚く。
「六人目は、本当に歴史を書き換えられる」
「ただし――」
六人目が苦しそうに言う。
「私が書き換えられるのは、記録だけだ」
「現実そのものではない」
「では、どうする?」
「誰かが現実を変えなければならない」
六人目は信長を見る。
「彼が」
⸻
信長は七人目へ向かっていた。
七人目も歩いてくる。
二人の間に、敵はいなくなった。
「ようやく二人きりだな」
七人目が言う。
「そうだな」
「お前は、なぜ戦う?」
「守るためだ」
「何を?」
「仲間」
「国」
「未来」
「そして――」
信長は答えた。
「自分自身だ」
七人目が笑う。
「自分自身?」
「ああ」
「余は、誰かに決められた信長になるつもりはない」
「お前の信長にも」
「四人目の信長にも」
「原点の信長にも」
「誰にもだ」
「余は余だ」
七人目は刀を構える。
「ならば証明しろ」
「お前自身の歴史を」
二人が走る。
刀がぶつかる。
一撃。
二撃。
三撃。
四撃。
七人目は強い。
しかし、信長は少しずつ動きを読んでいた。
「なるほど」
「何?」
「お前はすべての信長を知っている」
「そうだ」
「だが――」
信長が笑う。
「今の余は知らないだろう?」
七人目の目が見開かれた。
「……!」
信長の動きが変わる。
これまでの信長とは違う。
過去にもない。
未来にもない。
どの信長にもない。
今この瞬間に生まれた動き。
七人目は対応できない。
「なっ……!」
信長の刀が七人目の刀を弾き飛ばした。
七人目が後退する。
「なぜだ……」
信長は刀を向ける。
「簡単だ」
「余は、今を生きている」
「お前が知らない未来を、今から作る」
七人目は呆然とする。
「……」
その瞬間。
六人目が叫んだ。
「信長!」
「何だ!」
「時の鍵が限界です!」
信長が振り返る。
時の鍵が激しく光っている。
「あと少しで――」
ルーカスが叫ぶ。
「全部の歴史が一つになります!」
「そうなったら?」
「戻せません!」
「ならば止める!」
信長は七人目を見る。
七人目も立ち上がった。
「まだ終わっていない」
「終わらせる」
「私を倒しても無駄だ」
七人目は笑った。
「この日本そのものが、もう歴史の境界から外れている」
「何?」
「この国は、どの時代にも属さない」
「だから――」
七人目は両手を広げる。
「ここから新しい歴史を作る」
空が真っ白になる。
日本全土に亀裂が走る。
東京。
大阪。
京都。
北海道。
九州。
すべての場所で時間の歪みが発生する。
幸村が叫ぶ。
「信長様!」
信長は答えた。
「幸村!」
「はい!」
「日本を守るぞ!」
「はい!」
「天狼!」
「分かっています!」
「ルーカス!」
「はい!」
「四人目!」
「任せろ!」
「六人目!」
「準備はできている!」
六人の信長が、それぞれ別の方向を向く。
そして――。
日本全土に広がった歴史の亀裂へ向かって、同時に動き出した。
⸻
しかし。
誰も気づいていなかった。
本能寺の地下。
誰もいない場所。
一冊の本が置かれていた。
その本の表紙には、
「信長歴史録」
と書かれている。
ページが勝手にめくれる。
一ページ。
二ページ。
三ページ。
そして最後のページ。
そこには、まだ何も書かれていない。
だが――。
突然。
文字が浮かび上がった。
第八人目、起動。
本の奥から、低い声が響く。
「七人では足りない」
「六人でも足りない」
「すべての信長を集めても、まだ足りない」
「ならば――」
暗闇の中で、二つの目が開く。
「信長そのものを作り直す」
そして。
日本全土が、白い光に包まれた。
信長たちの戦いは、始まったばかりだった。
7人目のノブナガ??




