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信じたい過去

過去は消せない


どれだけ遠くへ旅をしても、どれだけ新しい国を訪れても、過去に起きた出来事は消えることはありません


信長にも、忘れられない過去があります


桶狭間


長篠


本能寺


そして、本来ならばそこで終わっていたはずの人生


しかし信長は生きている


世界を旅し、多くの人と出会い、何度も運命を変えてきました


それは偶然だったのでしょうか


それとも、信長自身が歴史を変えているのでしょうか


今回、信長の前に現れた一人の使者


その男が持っていた一冊の本には、信長の人生が記されていました


しかし、本能寺以降のページだけが白紙だった


それはつまり――


ここから先の歴史を知る者は、まだ誰もいないということ


過去はすでに決まっている


けれど、未来は決まっていない


信長はそのことを知り、ある一つの答えを出します


過去を変えるのではない


過去を背負って、未来を変える


果たして信長は、本当に歴史を変えることができるのでしょうか


そして、海の向こうからやって来た者たちは、なぜ信長の歴史を知っているのでしょうか


新しい歴史の扉が、今ゆっくりと開きます

第百八章


信じたい過去 ― 信長は歴史を変えられるのか


海から吹く風が、静かに城下町を通り抜けていた。


戦が終わった日本には、少しずつ平穏が戻り始めている。


壊れた家は建て直され、荒れた田畑には新しい苗が植えられた。


かつて敵だった兵士たちも、今では同じ道を歩いている。


誰もが思っていた。


ようやく、この国に平和が訪れたのだと。


しかし――


信長だけは、なぜか落ち着かなかった。


理由は分からない。


ただ、胸の奥に妙な違和感が残っている。


世界を旅していた時にも感じなかった感覚だった。


その日の夕方。


信長は城の書庫へ向かった。


古い記録を調べるためだった。


海外から届いた書物。


戦国時代の古文書。


各地の寺に残された記録。


そして、信長自身がこれまで歩いてきた歴史。


一枚ずつ確認していく。


その中に、一冊の古い巻物があった。


表紙にはこう書かれている。


『織田家秘記』


信長は手を止めた。


「……これは」


幸村が横から覗き込む。


「織田家の記録ですか」


「ああ」


信長は巻物を開く。


そこには、若き日の自分について書かれていた。


尾張を統一する前。


まだ天下など夢にも思っていなかった頃。


家臣たちから「うつけ」と呼ばれた時代。


父・信秀との関係。


弟・信行との争い。


そして――


本能寺へ至るまでの、長い道のり。


信長は黙って読み続ける。


ページをめくるたび、過去の記憶が蘇ってくる。


「信長様……」


幸村が心配そうに声を掛ける。


「大丈夫ですか」


「問題ない」


そう答えながら、信長の手はわずかに震えていた。


その時だった。


一枚の紙が巻物の中から落ちた。


古い手紙だった。


差出人の名前はない。


信長が読み始める。


そこには、驚くべき内容が記されていた。


『織田信長という男は、本能寺で死ぬことになる』


幸村は息をのんだ。


「……本能寺」


信長も黙り込む。


自分自身が何度も乗り越えてきた過去。


本来ならば、そこで終わるはずだった人生。


だが今の信長は生きている。


日本へ戻り、世界を旅し、黒竜と出会い、天狼とも戦った。


歴史はすでに大きく変わっている。


それでも――


過去は完全には消えていない。


その夜。


信長は一人で城の庭へ出た。


月を見上げる。


「余は……歴史を変えられるのか」


そこへ幸村がやって来る。


「何を悩んでおられるのですか」


信長は答える。


「過去だ」


「過去は変えられぬ」


幸村は少し考えた。


「では、未来は」


信長が振り返る。


幸村は続けた。


「過去そのものを変えることはできなくても、その過去から生まれる未来は変えられるのではありませんか」


信長は黙って幸村を見る。


「私は、そう思います」


「信長様が歩いてきた道は消えません」


「ですが、その先へ進む道は、まだ決まっていません」


その言葉に、信長は静かに笑った。


「なるほどな」


「幸村」


「はい」


「お前は時々、良いことを言う」


「時々ですか」


幸村が苦笑する。


二人が笑った、その時だった。


突然、城の鐘が鳴り響いた。


ゴォォォン!


「何事だ!」


兵士が駆け込んでくる。


「信長様!」


「西の海に現れた船団から、使者が参りました!」


「何者だ」


「それが……」


兵士は困惑した表情を浮かべる。


「使者は、信長様のお名前を知っております」


信長は眉をひそめた。


「余の名を?」


「はい」


「そして、こう申しております」


兵士は一度息を吸う。


「『あなたが歴史を変えられるか、確かめに来た』と」


信長の表情が変わった。


幸村も立ち上がる。


「歴史を変えられるか……」


信長は庭の奥を見る。


やがて、一人の男が歩いてくる。


外国風の衣装。


胸には見たことのない紋章。


手には古びた本。


男は信長の前で深く頭を下げた。


「織田信長殿」


「私は遠い国から来ました」


「そして、あなたが生きていることを知っています」


信長は尋ねる。


「なぜ余を知っている」


男は本を開いた。


そこには――


信長の生涯が書かれていた。


幼少期。


尾張統一。


桶狭間。


長篠。


本能寺。


そして、その後の出来事まで。


だが、本能寺以降のページは真っ白だった。


信長は目を細める。


「なぜ、ここから先がない」


男は答える。


「それは……」


「あなたが歴史を変えたからです」


信長は本を奪うように受け取った。


ページをめくる。


何度も。


何度も。


しかし、本能寺以降には何も書かれていない。


男は静かに言った。


「私たちの国では、あなたは本能寺で死んだことになっています」


「ですが、現実にはあなたは生きている」


「つまり――」


「歴史そのものが、あなたによって変わり始めているのです」


信長は本を閉じる。


「余が歴史を変えた……」


「はい」


男はうなずく。


「しかし、それは危険なことでもあります」


「なぜだ」


「一つの歴史を変えれば、別の歴史も変わる」


「あなたが生きたことで、救われた者もいる」


「しかし、逆に生まれなかった出来事もある」


信長は黙る。


幸村も何も言えない。


男は続けた。


「あなたが変えた歴史の先には、まだ誰も知らない未来があります」


「だから私は来ました」


「あなたに一つだけ伝えるために」


信長が問う。


「何を」


男は本を閉じる。


「過去を恐れないでください」


「過去はあなたを縛るためにあるのではありません」


「未来を選ぶためにあるのです」


信長は長い沈黙の後、空を見上げた。


かつて本能寺で燃えた炎。


自分を取り囲んだ敵。


そして、死を覚悟したあの瞬間。


それらは消えない。


消す必要もない。


それもまた、自分の人生だからだ。


信長は静かに言った。


「ならば、余は逃げぬ」


「過去を変えるのではない」


「過去を背負ったまま、未来を変える」


幸村が力強くうなずく。


「はい」


信長は男へ向き直る。


「そして、余が歴史を変えることで誰かが苦しむというのなら――」


「その責任も、余が背負う」


男は微笑んだ。


「それが聞きたかった」


その瞬間。


西の空に、大きな光が走った。


海の向こう。


見知らぬ船団から、無数の灯りが上がる。


信長はその光を見つめる。


「世界が、また余を試しているらしいな」


幸村は槍を握る。


「今度は何が待っているのでしょう」


信長は笑う。


「分からぬ」


「だから面白い」


二人は城の高台へ歩いていく。


その背中を、月明かりが照らしていた。


過去は変えられない。


だが、未来はまだ白紙だ。


本能寺で終わるはずだった信長の人生は、すでに歴史の外側へ飛び出している。


そして今――


信長自身の手で、新しい歴史が書かれようとしていた。

第百八章を最後までお読みいただき、ありがとうございました


今回は、これまでとは少し違った「信長自身の過去」に焦点を当てました


信長はこれまで、戦い続けてきました


敵と戦い


国と戦い


時には自分自身とも戦ってきました


そして世界を旅する中で、戦うことだけが強さではないことも学びました


しかし、どれだけ成長しても、過去だけは消えてくれません


本能寺で終わるはずだった人生


それを信長はすでに乗り越えています


だからこそ今回、信長は初めて「歴史を変える」ということを真正面から考えました


過去をなかったことにするのではない


過去の自分を否定するのでもない


すべてを受け入れたうえで、その先を自分の手で選ぶ


この考え方は、これからの信長にとって大きな意味を持つことになります


そして、物語には新たな謎が生まれました


海の向こうから来た使者は、なぜ信長の人生を知っていたのか


なぜ本能寺以降の歴史だけが白紙なのか


そして、彼らが本当に信長へ伝えたいことは何なのか


まだ答えは出ていません


ですが、一つだけ確かなことがあります


信長の未来は、もう誰にも決められない


ここから先に書かれる歴史は、誰かが用意したものではなく、信長自身が選び取っていく歴史です


本能寺で終わるはずだった物語は、まだ終わらない


むしろ、ここからが本当の始まりなのかもしれません


次の章では、海の向こうから来た者たちの正体が、少しずつ明らかになっていきます


そして信長は、自分が信じたい「過去」と向き合いながら、さらに大きな未来へ進んでいきます

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